湖の麗人
実情椛たちのいるピメンタからザントキシルムは離れている。
ピメンタの時こそ隣国であるということもあってまだよかったが、今回はザントキシルムに辿り着くだけでもそれなりの時間が掛かることは明白であった。
そのための中継としてピメンタやドラクンクルトによる必要があるのだが、現在二国は獣人との話し合いなどでてんやわんやと慌しいこともあって、下手に顔を出すのは避ける方向とした。
よって迂回をするのではなく、一直線上に突き進むということになった。
「それにしたって、これ、厄介よ……」
ただ、三人の進行場所は、領地こそピメンタに属しているが、まったく整備もされてないことから山々はあり、人がほとんど住まうこともないから魔物はいる。
それこそ、フェルラに向かう時でも数回しか遭遇していなかった魔物は今回では既に二桁を越しており、魔物を退治するか逃げるかするというのは体力を無駄に消耗しさらには時間も経過させていっていた。
無論、そのことを見越していないわけではないのだから食料も十分にはある。それでも、肉体的にも精神的にも疲れるのはどうしようもなかった。
「焦らないように進むしかないよね~」
「まぁ、そうね」
椋も口調こそ軽いが、そうそう何度も魔物と戦っていれば疲れるのは当たり前だ。だからこそ、ゆっくりとでも確実に進むしかない。それには椛も同視するしかなく、歩を進めるのだった。
いつもであれば精霊の力を借りての高速移動をするのが常ではあったのだが、精霊の力を使うには精神力を使う。ましてや、短時間での短距離移動であれば精霊の力を使うことも厭わないのだが、今回は離れていることと、下手に使いすぎていざというときに力が使えなかったら困るということから進むのは基本的に己の脚のみを頼っている。
そんなわけもあって、運動能力で比べれば一番低いのは椛であり、進行もまた椛に合わせたものがあった。
「そういえば、ここら辺って椋が来た場所じゃなかった?」
「うん、そうだね~。確かここら辺に~……あ、あった!」
進んでいる最中、地図を確認した時にふと、椛は一つの思い出した。
地図上にいる場所が正しければ、ここは椋が精霊と契約しに来た場所だ。
確認してみれば椋ももちろんそのことに気付いており、目を凝らして探しているうちに、目的のものを見つけたのか、指をさす。つられて椛も椋の指の向いている方を見てみれば、そこには光を反射している水があった。
「あれって、湖?」
近づいてみれば、そこは確かに大きな湖であった。
山の奥だからか人が寄り付かないからか、水は果てしなく澄んでいながらそこは視えないほどに深い。
どこから水が来るのかを考えれば、近くには山があるのだからそこから流れ出た水がこうして湖となったのだと推測できる。
「そうなんだよ~。お~い、璃水ちゃ~ん!」
湖に近づくなり、気が昂ったのか興奮した様子で湖に向かって固有名詞を叫ぶ。
当然椛はそんな名前を知らないわけで、疑問符が頭につくわけなのだが……。
「もしかして、それ水精霊の名前?」
「うん、そうだよ~」
考えられる状況と椋の行動にその言葉の意味、そしてここで椋は誰と何をしたのかを推測した時、椛に思いつけるのは水精霊のことだった。ある意味長く一緒にいるからこそたどり着ける者でもあったが、名前というものを単調に考えるのは椛と椋に一致することであり、容易にわかった。
『わらわを呼ぶのは、だれ?』
椋の声が響き渡って一拍、湖の水面が立ち、盛り上がり、水柱となる。飛沫を上げて小さな水滴が三人に降り注ぐ中、水柱は段々と収まっていき、そこには水の麗人がいた。
あれこそが水の精霊。椋命名の、璃水だろう。
「やっほ~、璃水ちゃ~ん!」
『あらあら我が主リョウ。それはわらわの名ですか?』
「うん、そうだよ~。かわいいでしょ~?」
『うふふ。ええ、良い名だと思います』
椋の言葉に璃水も同意し、微笑む姿は美しかった。
その笑顔につられて、椋の笑みもにやけているぐらいだ。
「えへへ~」
『それでリョウ、どうしてこのような場所に?』
「うん、ちょっと向かう場所の近くに璃水ちゃんの湖があったから寄ってみたんだ~」
『そうでしたか。それならリョウ、貴女はお強いですが無理をしてはいけませんよ。わらわはリョウに無理を強いらないよう、その為に契約をしたのですから』
椋が立ち寄ってくれたのが喜ばしいからなのか、璃水の言葉は母のように優しく、また璃水自身が椋の力となれるように、言う。心配していることをわかっている椋だからこそ、璃水の言葉に反発などせず、真摯に受け止め、言葉を返した。
「うん、わかってる」
『それならよかった』
「それじゃあね、璃水ちゃん!」
『いつでも来てください。歓迎します』
実際顔を見せに来ただけなのだ。
それに今三人は移動しなければならない。だから、話はそこで終わり。
手を振って去っていく椋に、璃水もまた笑みを崩さず上品な手の振り方で三人を見送るのだった。
「よかったの、椋?」
「うん」
「そう」
湖を去って少し、椛は歩く椋に問う。
しかしその質問は椋にとっては愚問であり、一言しっかりと返すだけであった。その一言で、椛にも十分伝わった。
だからそれ以上は何も言うことは無く、三人はザントキシルムを目指した。
三人の中でラスト、椋の契約精霊である水精霊が登場です。
当初よりもお淑やかなお方となりました。名前は璃水です。覚えていてください。




