無事か無事じゃないかと問われれば重傷
といっても、悼也は三日もあれば完治しますけど。
「だぁもぉ、なんで繋がんないのよ!?」
「応答しないってことは、なにかあったってことだよね……」
「椋」
「ごめん……」
定期連絡をする時間、手に持った連絡用の緑石を覗き込みながら穴が開く程椛は凝視しているが、視えるのは反射してのっぺりとした自分の顔と奥にある掌の皺だけ。
普通に考えて悼也の方で何かあったとしか考えるしかない。最悪、既に死んでいる可能性も存在する。
それでも口にすれば認めてしまうような気がしたからこそ、不安げな声をした椋の言葉を、椛は遮ったのだ。
常に近くにいたからこそ安心できた。それはお互いの存在をその目で確認することが出来たから成せたもので、そこに姿は無く、また繋がっているはずだった存在を肯定する手段も今は不可能となっている。
焦りしか今は存在しない。
「(どうする? どうする? 言葉にしたくないけれど悼也は死んでいる可能性を捨てられない……こういった決め事は厳守するから、もし死んでいなくとも応答できない理由があるはず……。状況を推察して、そう、悼也と風莉……)そうだ、風莉ッ!」
「うわっ、どうしたの椛ちゃん!?」
「そうよ連絡できないってことは、風莉がいないという可能性もあるのよ!」
「……? でも、そうしたらどうして風莉ちゃんは消えたの?」
「それは……と、とりあえず、風莉を喚んでみましょう!」
しかしそこで椛が行きついたのは、悼也自身の事ではなく、悼也の周りを考えた。そして、悼也と一緒に同行させた風精霊である風莉がいるということを、思い出したのだ。
もしなんらかのトラブルで風莉が顕現を解除したというのなら、その直前の出来事を覚えているはずである。椛は、その曖昧な一筋の光に賭けることにした。
「来て、風莉!」
喚ぶ手順は既に慣れた。
周囲にある空気が一箇所に凝縮されていき、風の吹くはずの無い室内で風が巻き起こる。
凝縮された風は形を成し、椛の契約した精霊が顕現した。
『なんじゃ、モミジ』
「風莉、悼也はどうなったの無事なの生きてるのどうなのよはっきり言いなさい!!」
『い、いきなり捲し立てるでないわ!』
「椛ちゃん、落ち着いて落ち着いて……」
「……ごめんなさい。ちょっと焦ったわ」
さすがに焦っていると自覚し、椛は二度三度と深呼吸をする。それだけで、熱くなっていた頭が幾分か冷めて冷静になれた。
「それで風莉……」
『わかっておる。悼也の安否じゃろ?』
「ええ」
椛が落ち着いて風莉に質問できるようになれば、風莉もまたその現状をわかっている。
それ以上に、椛が取り乱すとしたらそれぐらいしか現在はないからだ。
『端的申せば、無事……じゃろう』
「どういうこと?」
『うぬ、モミジたち別れた後にあの獣人を追ったわけなんじゃが、最終的にどうなったかを言えば、捕まった』
「っ!? ……それで、悼也は?」
『さすがに荷物を取りあげられはしたが、そこまで手荒な目にはあっておらん。見たところ人と共存している場所じゃったから、さすがに殺すということはないであろう』
「そう」
場に沈黙が降りる。
悼也が自身が今のところ無事ではないかという希望は持てた。それでも、実際にその目で見てみなければ確信には至らないというところでは、あまり意味は無かったかもしれないが。
「だったら風莉、そこまでの場所道筋はわかる?」
『断片的には。一応、風の流れを読めば辿りつける』
「わかったわ。それなら、明朝出るわよ。距離はどれぐらい?」
『軽装でよい。モミジの脚であれば半日ばかしで辿り着くであろう』
「ん。椋、今のでいい?」
「いいよ~」
わからないならば、直接確かめに行けばいい。
ある程度の道筋を覚えている風莉がいれば迷うことは少ないだろう。
そこで話は終了だ。うだうだと考えるよりも、行動するのが先決である。言葉を受けた椋は即座に荷物から必要なものを出していき、まとめていく。椛も同様に、明日へと備えて必要と思われるものだけを用意していった。
そしてある程度の荷物がまとまったら、さっさと床へと伏せ、翌朝を迎えるのだった。この時二人には確かに焦りがあったが、それ以上に悼也を信じていた。
まだ日も昇らぬ朝に、椛も椋も目が覚めた。
緊張していたから眠りが浅かったのかと問われたのならば、二人とも「否」と発していただろう。
当然の結果で、あまり目立つ動きをしたくなかったというのが二人の解釈であり、いきなり「ちょっと獣人のいるとこ行ってきます」などと馬鹿正直に言えば良くて素通り、普通に大所帯、最悪止められるのは間違いない。だからこそ、穏便に行動することにしたのだ。
「準備できた?」
「おっけ~」
部屋の中で装備を身に着けていき、最後に漏れはないか点検する。
朝食は今ここで済ますのではなく、森に入って落ち着いてからということにして水分だけを摂った。
二人のいる場所はギルドの内部であり、いくら静かだからといって誰もいないとが限らない。もしかしたら、誰かに見られているかもしれない。その可能性を考慮しながらも、迅速に行動を開始した。
「ぐごぉー……ぐごぉー!」
「へへっ、もう食えねぇ……」
「「………………」」
受付の前の広間に出ると、酔いつぶれて寝ている男たちがいた。
起こさぬように息を潜め、足音を出来る限り立てないようにそそくさと歩く。
最後の難関、木製の扉。
椋が手を当てて、ゆっくり、ゆっくりと開けていく。
今の時間帯はほとんど真っ暗であり、扉を開けても光が射すということは無かった。
――ギィ
「「っ!?」」
しかしそこで、扉が開くときに軋む音が鳴る。音に過敏に警戒している今、本来はほとんど気にしないような摩擦の音でも緊張が走る。それでも止まるわけにはいかないのだから開けていき、体を滑り込ませることが出来るだけの隙間が生まれたら即座に体を挟みこみ、椋が抜け出して安全を確認すると、椛も次いでギルドから出た。
「ふぅー」
「はらはらしたね~」
「ほんとよほんと。なんであんな静かに出ていったの?」
「そりゃ、いきなり獣人のいるところに行くだなんて言ったら騒ぎになるんだから、静かに行くって言ったでしょ? 今更何を……」
「ほうほう、獣人のところねぇ。というか、ほんとにいたんだ。それなら確かに騒ぎになるわ」
「なっ、リズさん!?」
「やっほー」
第一関門を突破し、落ち着くのもつかの間、なんと椛の後ろにはフェルラのギルドマスターであるリズがいた。
あまりに自然に会話に溶け込んでいたために気付くのが遅れたが、今の現状の二人にとって一番出くわすと不味い人物であるというのに、あっさりと目的まで話してしまった。
二人に緊張が走る。
「ふむふむ。獣人のところねー。でもどうして突然? 確かトウヤくんが獣人のほうは追いかけに言ってるんだよね」
「………………」
「あれ、警戒してる?」
「そうですね……」
「あちゃー、そっかー。いやまぁ信じるかは二人次第だけどさ、別に止める気はないし、あたしとしては大歓迎だよ。なんなら誤魔化すために依頼でも出してることにすれば怪しまれないけど」
しかし、当の本人であるリズはまったく気にしていなかった。というよりも、彼女としては二人の行動を止める理由がない。どちらかといえば、それで世界が広がるというならばお願いしたいぐらいだった。
そのリズの言動を完全に信用するとまでは椛もいかなかったが、それでも彼女が嘘を吐いていないだろうと、自分の考えを信じた。
「わかりました」
「うんうん、よろしいよ。もしあちらさんと仲良くなれてお近づきになるって話になったら、ぜひここまで案内してあげて。大歓迎だから」
つまり、どうにかして獣人たちと話をつけ、ここまで連れてこいということなのだろう。それを条件として、見逃すということなのだ。
椛も、最終的には人間と獣人の橋渡しとしての役をするということぐらいは覚悟していたため、この条件を呑むことにした。
「交渉の場に連れてくればいいんですね?」
「そう」
「では、行ってきます」
「はーい、いってらっしゃーい!」
そんな明るい声を背にして、椛と椋はフェルラを後にするのだった。
ギルドマスターという人物は誰もかれも、喰えない人間だという感想を抱いて。




