踊らされるものほど嫌なものもない
体よくあしらわれているような感覚は気に入りませんよ、誰だって。
険しき森を駆け抜けて、視界を遮る葉枝退ければ目の前には木。かといって前や上を見ていれば地表からでているぶ厚い木の根に滑りやすい苔、はたまたどこに通じているのかわからない風穴まであり、危険が一杯などと冗談も言えないぐらいに本気で危なかった。
『こっちじゃな』
「あんたたち、ホントどういう場所を通ってきたのよ……」
『仕方がないであろう、トウヤは影で移動していたんじゃ。高低差や障害物など基本無視じゃったよ』
「それ言われると……あぶなっ!」
それでもその障害物を紙一重で回避していき、先を進んでいく風莉を追いかける椛と椋。周りに流れていく景色を鑑賞する暇もなく、冷や汗ものの油断なぞ一部も出来ない上に、風莉を見逃してはならない。さらには自然発生した殺傷性のある罠を掻い潜っていくという鬼畜仕様だった。
『ここを抜けると、太い倒木が並んでおる。そこを跳んだらいきなり、モミジなら胸元辺りに棘のついた枝があるから気を付けないと危ないの』
「え、ちょ、まぁ!?」
「うわぁ……」
真下現れた風穴をどうにか椛が風を踏んで飛び越えた矢先、眼前にそびえ立つのは古び倒れた巨木。視界いっぱいに埋め尽くすだけの大きさをしているのに、これを飛び越えた先にまだもう一本残っているなどという。
真正面からの跳躍ではすでに距離が足りないと、慌てながらも椛は判断し、周りを見渡す。
そしてその一箇所に、彼女の目は留まった。
「椋、アレを踏み台にしましょう!」
「わかった~!」
声に出して椋へと目配せ。椛の意図に椋も気づき、そのための行動を行う。
目標は、そこら中に乱立している木々たち。
椛は風を操り方向転換すると、すぐそばにある木の真横を蹴って跳躍し、さらに跳んだ方向にある木を蹴って上昇を繰り返していく。理論としてはわかりやすく、よく漫画などでも目にされる行為ではあったが、タイミングに上昇するためと前進するための力、他にも角度などを考えなければ容易に上ることなど不可能であり、さらにそれぞれ、木の皮は表面の凹凸もあれば巻きついている蔓もある。例え風を利用できたとしても、角度を間違えば足を踏み外すし、タイミングを間違えば落ちてしまう。そんな命懸けの所業であった。
「そりゃぁ!!」
果たして、椛は木を登りながら時に枝を利用し葉を利用し、巨木の頂点が見えた。それさえわかれば、あとはそこへ向けて飛べばよく、無事椛は超えることに成功した。
「行くわよ、椋」
「は~い」
着地と同時に、親友の名を呼ぶ。
答えは即座に返ってきたことで椋もまたたどり着くことが出来たことを把握し、さらに奥にある巨木に向かって跳躍する。
「そういえば椋、水を使ったの?」
「いや~ボクだってあんな無茶なことは精霊さんの力借りなきゃ難しいよ~」
「それもそうね」
椛の疑問に対する椋の答えは至極もっともだ。人間業でやすやすと登られては敵わない。
椋が契約したのは水精霊だ。大気中に存在する水分を凝縮して操ることも可能ではあるが、まず椋にとって視えない水分を見えるようにするというのは難しい話であり、そこで椋は水筒に入れてある水を使用することにした。
水が見えていれば水の扱いは出来るようで、木を登る際に椋は足に水を纏わせ、木への吸着と弾きによる加速で登っていたのだ。大きく跳躍する際も同様の原理であり、踏み場に水を用いて跳躍すれば、着地には水を敷いて衝撃を拡散させて移動していた。
といっても、実のところ椋はほとんど精霊の力を借りるようなことはしておらず、今までの移動も椛の後ろを走っていたことから危険を察知して避けていたため、自力によるものだったのだが。
『もう少しで辿り着くぞ』
「やっとかぁ」
そんなわけもあって巨木に茨の道を超えて遂に、風莉が目的地は近いことを知らせてくる。
かれこれ本当に半日。命の危機を感じ続けた移動は、終わりに向かうのだった。
「ここが獣人たちの?」
『うむ』
「見つかっていきなり襲われるとかされないわよね?」
「あ~……」
「なに、今のは椋?」
『いや、その、うむ……』
「風莉までなに? すごく嫌な気しかしないんだけど」
「実はねぇ……」
『既に』
『「見つかっちゃて」おる』
「うぇ゛?」
二人からそんな爆弾発言と同時に、野太い声が森の中に響き渡った。
「おーーーーい!!! 誰かいるみたいだぞ!!」
「おうおう、そいつはアレか? 侵入者か?」
「いやいやわからないぜ、なんせオトトシにあのニイチャンが来たばかりなんだ。ほら、アレだよあれ」
「アレってなんだよ? というか、お前オトトシじゃなくて、オトトイじゃないか?」
「あれ、そうだっけ?」
「そうだよ。確か」
「そうだよ。多分」
「そうだな。きっと」
「オマエらしっかりやらねぇか!!」
「「「はいよー」」」
複数人にわたる低い声達。草木を分けて進む音がすでに近く、移動しようにも移動できなくなっていた。
「ちょ、ちょちょちょっと待ちなさいよ、どうするの!?」
そんなわけで、いきなりの詰み状態に椛が慌てるのは当たり前である。
よって、比較的というよりも思いっきり平然としている椋にここは意見を求めるしかない。
「う~ん、どうすると言っても、方法は二通りだよね」
「言って」
「方法一が、投降する。方法二が、殲滅する!」
ただ、求めたときに出てくる意見が常に最適解とはいつの世も限らないのだが。
「極端ッ! 無理!」
無論、椛としては却下である。
「え~でも最終的にはどっちかだよ?」
しかしそれは建前の上での否定であって、迫りくる結末にはそのどちらしかないのだ。
事実として今この場から逃げるというのはほぼ不可能であり、かといって身の保証も出来ないのに捕まるのは危険だ。最悪交戦状態に入るとして、下手に相手を殺すなどしてしまってはお互いに死ぬまで争うことになるのは目に見えている。
加えて、今の椛たちは悼也の身の安全を確認することに加えて、獣人たちの代表をフェルラにいるリズの下へ連れていく必要がある。よって、自分たちが下手に出るというのは獣人を交渉の場へ連れてくる際には大きな障害となりうるのだ。
そのことを踏まえれば、椛の頭の中でも整理が出来て落ち着いてくる。
「……そうね。投降しましょう。だけど、出来る限り対等の下で彼らに従うという形で行くわよ」
「おっけ~」
「風莉は、しばらく私の服か荷物に隠れてなさい」
『承知した』
椛が指示を出すと、椋も反論することは無く、風莉は椛の腰に提げている小袋の中へとその身を入り込ませた。
そして準備が整ったら、二人は草葉の陰から姿を現した。
「お、人がいるぞ」
「おうおう、女子ではないか」
「それにしても、こんなところまで子供二人でやってくるってぇのは感心できないな」
「そうだな。ここら辺は危険だってのに、よくたどり着けたもんだ」
「「「たしかに」」」
「お前ら、関していないで、彼女らがどういうヤツ等か確認が先だ。女性だからといって、緩むんじゃない」
椛の椋が姿を現したことで、獣人たちも二人を見るなり相談し合った。
相談というよりはよくこんなところまで来れたもんだと称賛するようなものだったが。
彼らの中で唯一のまとめ役なのか、言葉を介する狼が一歩踏み出す。
「貴女ら、失礼だがどうしてここにいる?」
「そうね、その確認をするよりも先に、質問してもいい?」
「……そうだな。そういえば貴女らは人間であった。我らが何者かを知りたいのだろう?」
「ええ」
「ではそうだな、端的に述べれば我らは獣人だ。私は姿が狼のままではあるが、後ろの者たちが獣人と言えば納得できるだろう?」
狼は、いきなりの椛の疑問に対して自分の立場を考え、聞くであろうことを先に述べていく。会話の主導権を握られないためには、一方的な質問をしなければならないが、かといってそれではいけない。だから、最初にある程度自分たちの情報を開示することで先手を取る必要があった。幸いにも外から来た人間というのは迷い込んだか逃げてきたかしてここ辿り着くのだから、狼は二人を迷ってここまでたどり着いたものだと判断したのだ。
「ええ、後ろの彼らを見ればわかりやすいわね」
「であろう。そして最初に戻るが、貴女ら、どうしてここにいる?」
「そうね。人探しよ」
「人探しか」
「ええ」
探るように、双方は視線を交えながら、会話という名の主導権を得る争いをする。
「そういえば、つい先日に我らの縄張りに足を踏み入れた者がいたな」
「(っ!?)そうなの?」
「ああ。一人の少年に、なにやら面妖な者がいたらしいが……」
「へぇ、少年ね」
「最初は少年も抵抗をしたのだが、すぐに投降したよ。かといって簡単に中に入れては危険なので、道具なんかは預からせてもらったが」
「その侵入者さんは、そのあとどうなったの?」
「知らん。私もそこまでしか聞いておらぬよ。もしかしたら……」
「死んでるって?」
「さぁ?」
狼は、今の会話で確信した。
目の前にいる少女は、少年の近しい人物だということを。そしてその可能性というのは、彼等の王である男が、ある言伝をしてきた新しく自分たちの家族となったものの仲間である『モミジ』と『リョウ』だということも、わかった。しかし、それだからと言って易々と歓迎するわけにはいかない。王も、新たな家族の事も信用していないわけではないが、これは彼なりに最悪を考えての行動なのだ。
自分が認めるだけのものであるかどうかを、試すために。
「………………」
「なんだ、気になるのか?」
「そういうわけじゃないわ。ただ、人っていうのは二日間飲まず食わずでも、生きることは出来るのよ。それでもし死んでいるということになれば、それは侵入者が自殺をする場合か、あなたたちが殺す場合しかない」
「本当にそう言い切れるか?」
「ええ、そう簡単に死ぬような……チッ」
「ん? どうした? 今の言い方だと貴女はその少年を知っているように見受けられたが」
「(失言だった……)そうね。確かに、私たちの探しているのは男で、私たち年齢もそうは変わらないわ」
「ほぉ、となると先日の少年がそうかもしれないな」
「そうかしら? だって、もう死んでるかもしれないんでしょう?」
「ん? だれも死んだとは言っておらんよ。勝手な想像は相手に悪いんではないか?」
「そうなのよ。正直、死んでるという考えが出来ないのよ、私の仲間は。毎回毎回重傷負ってきたりするけど、死ぬということはないのよ」
「くく、確かに無茶な男だ」
「ええ、もうほんと。特にいつも無愛想ーな面しながら、強い人見て誘われちゃうとすーぐに殴り始めるような奴なんだから」
「そうだな。王に対して拳で挑むようなバカだよ」
「そうなの? 悼也ってば懲りないわね……どうせ重傷負ってんでしょ?」
「あの少年は中々に良い男だ。人間であることを惜しいと思うぐらいに」
「へぇ……」
椛もまた、今の会話で悼也が生きているという証拠を得た。
狼が嘘を言っているようには感じられない。また、先ほど悼也の名前を告げたのに反対することもなく話すとなれば侵入者は確実に悼也であり、さらには重傷を負っているという言葉を口にしても否定の言葉は出なかった。つまり、死んではいないが獣人たちの王と殴り合いしてまた重傷を負ったということで間違いないのだろう。
「さて、今の会話で確信できただろうが、貴女らの探している少年……トウヤはいる。
加えて我らが王はトウヤを家族と認めてな。その際に二人の仲間で、名を『モミジ』と『リョウ』が来たら歓迎するように言われていたのだ」
結局のところ、最初の方から遊ばれていたという感覚に椛もいい気分はしない。
というよりも踊らされていた感があり過ぎて、彼女としては椋や悼也の代表として会話しているのだから、本人としては負けたと認めざるおえなかった。
「歓迎ね……」
「そう苦い顔をするな。少しばかり試したかったのさ。何度か貴女の隙をついて襲い掛かろうという試みはしたのだが、後ろに者が一部たりともそれを許さなかった。僅かな殺気にも気づけるという時点でそもそも合格だった」
「そう。それで、どうするの?」
「うむ。確認だ、貴女らはトウヤの仲間である、『モミジ』と『リョウ』。その二人だな?」
「ええ。私は椛よ」
「ボクは椋だよ~」
「ではモミジにリョウ。二人を、我らが家族であるトウヤの客人として認めよう。
ようこそ、我らが獣人の国へ」
この話の最初の方を書いている最中に脳裏に浮かんだのは、岩男8の雪ステージで鬼畜スケボーをやっている場面でした。知っている人ならアレの命令してくるやつに殺意を覚えたことはあるハズ。
そして、駆け引き程苦手なものはありません……。もう少し会話に深みを増せればいいんですが、そこは要課題になりそうです。




