怒りし烈風、竜を喰らう
サブタイで大体わかってしまうお話。
「りょーう! とうやぁ!」
炎に呑み込まれた二人に向けて、椛が叫ぶ。
大丈夫だと、あの炎が消えれば無事な二人がいるはずだと、椛は信じている。
それでも、いやだからこそ。万が一も、億が一も許されない。だがなぜだか、言い知れぬ不安が思考にこびり付いて離れようとしない。
やがて、視界を覆う炎と、身体に吹き付ける熱風が収まっていく。
「嘘……でしょ?」
そこには、影一つ存在しなかった。
視界に映るのは未だに赤熱した大地と、これを行った元凶である紅の竜。
椋と悼也は、炭も残さず消えていた。
竜が吠える。
同時に、羽ばたく音と溶岩を時折宙に舞わせるほどの風が吹き荒れる。
飛ぼうとしているのだ。竜が。
見てみれば、最初のような紅の鱗はどこへ消えたのか。その身は緋色の鱗を纏い、まるで脱皮をしたかのように躰はひと回り小さくなっている。
まるで、この姿こそが本来のあるべき形だとでもいうように。
「………………」
しかし、そんなことなど椛にはまったく関係なかった。
顔は俯き、髪と影によってその表情は視えないが、小刻みに体は震え、握りしめた拳は掌に爪を喰い込ませている。
それは悲しみなのか、怒りなのか。
そして現在の椛の事など、竜は知る由もなく、威嚇を通り越した咆哮が響き渡っている。
「……さい」
かすれた声で、呟いた言葉は竜の咆哮の中で掻き消される。
「……れ」
言葉は続くも、全ては咆哮の前に霧散。
「煩い、黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れだまれだまれだまれだまれだまれええええええぇえええぇぇぇえええぇ!!!」
顔を上げ、身体をのけ反らせ、どこからそのような声が出るのか、叫ぶ椛。その時だけは、竜の咆哮さえ超える音が響き渡る。
双眸からは涙が溢れ、だが竜を睨み付ける瞳は怒りの色一色に染まっており、ここまでの怒りの感情を発露させた彼女を見れば、ほとんどの者は本当に彼女が椛なのかを疑っただろう。
だが、その怒りもまた当然。
親友が、目の前で消えたのだ。二人も。
確かに、相手は殺しに来た相手に反撃し、その過程でこの結果が現れただけだ。それでも、やはり割り切ることなど、まだ十幾ばくかしか生きていない少女にとって、どだい不可能な話だった。
椛の突如変化した気配に、再度竜は咆哮しようとした。いや、実際には咆哮していた。
だが、山を震わせるかと思われた音の波動は発せられることは無かった。
なぜなら、音を振動させる空気が、竜の周囲そして、一部を除くほとんどから無くなっていたからだ。
理由はすぐに判明する。
空気の無くなっていない例外の一部。正確には、一部を除いた空気が集まっている場所。そこが、椛を起点としていたからだ。
椛の右手には、極大の空気が集まり、圧縮し、形を成していく。
空気中の塵なども同様にそこに集まっているのか、収縮されていく風は一つの形を現す。
それは、一本の刀。
黒い粒子が刀の形をとった風の中で渦巻き、荒れ狂っている。
触れた者全てを砕き、呑み込むかのように。それは、椛の怒りを、悲しみを、感情の全てを詰め込んでいた。
そして、風の収縮が収まると同時に、真空の空間であった場所へ、別の場所からの空気が一気に流れ込み、それは小規模な嵐を引き起こす。
溶岩が飛び散り、岩が剥がれ飛び、風は全てを掻っ攫おうと吹き荒れる。
だが、そこにいる椛も、竜も、そのようなことはまったく気にしてなどいなかった。
椛は自身の周りに風の防壁を造り、全てを寄せ付けず。
竜は己の身に纏う緋色の鱗が溶岩を、岩を寄せ付けず、嵐の中でも安定した飛行能力を持つ竜にとってはこの程度の暴風はバランスを崩す要因にもならなかった。
「ああああああぁぁぁああああああぁあああぁぁぁ!!!」
まだ場も落ち着いていない最中、弾丸のごとく跳びだす椛。
直線を一足に跳び、目の前に飛んできた溶岩は視えない壁に弾かれ、それでも弾けない大きな岩は逆に足場にすることでさらに加速する。空気抵抗などという無粋な存在は、風を操ることの出来る彼女にとって用を成さない。
縦横無尽に、弾丸の速度で岩を蹴り、竜へと近づく椛。
そして、竜もまたその場を飛んでいるわけではない。
椛が近づこうとすれば竜は上へ下へと翼を広げて飛び、竜が椛の背後をとって爪牙の餌食にしようとすれば椛は風による疑似滑空を行い避ける。
どちらも、攻防ならぬ攻避をしくじれば勝敗の決する戦い。
加えて、竜は椛の一撃の下に斃されるかはわからないが、椛は竜の一撃を掠りさえすれば致命傷となる。それだけに、椛の集中力は極限のものであり、それは憤怒の最中でさえ思考が単調になることを許していない。
「はぁぁぁああああああああぁああああああぁぁぁ!!!」
なにより、本来の彼女であればこのようなことはしないし、なにより出来ないはずだった。
椛の潜在能力は元来椋を凌ぐものがある。しかし、本人は幼い頃より一般的を逸脱してないために、能力自体が開花されることは無く、彼女自身もそのようなことは知らない。加えて、椛の親友は一般人の枠組みであったということが、彼女の頭脳を除いて平均的な能力たらしめていたと言える。
だがそれが、怒りによって解除され、さらには借りるだけであるはずの風を操る力は彼女の中にある常識を消し去り、使役する段階にまで至っていた。
その証拠に、彼女は時折空気を極圧縮させることで足場を精製し、さらにその空気を指向性を持たせて解放することで空中での移動をおこなっている。またもう一つに、彼女の手に握られている風の刀が形を持続させ続けているのも、理由の一つだった。
「やぁぁぁあああああああああああああぁぁぁあああああああぁ!!!」
その時、竜の咆哮が響き渡る。
相も変わらずの速度で空を蹴っていた椛が、遂に竜の躰を捉えた。
振り抜きざまの一閃、竜の部位の中でも斬りやすい翼膜に一筋の線が入り、見事にそこは切り裂かれた。
これにより一瞬バランスを崩す竜。無論椛はその隙を見逃さない。
「はぁぁ! やあぁぁ! たあぁぁ!」
合計三回腕は振るわれ、それはどれも竜の翼を狙ったものだった。
そのうちの一閃が、竜の片翼を根元から叩き斬り、斬り落とすとまではいかなくとも、翼を使い物に出来なくした。
竜は重力に従って落ちる。痛みの咆哮を上げ、溶岩へと落ちる。
これで、竜は空を飛ぶことは出来なくなった。
椛はそれを確認し、空を踏み、止まる。
竜は呻きながらも、まだ戦意を喪失などしておらず、溶岩を躰に浴びながら起き上ると、椛へ向けて口を開き、辺り一帯の空気を肺へと送り込む。
そしてそれは、とある攻撃の予備動作だ。
椋と悼也を消した、炎の息吹。
溜めはほとんど存在せず、人が呼吸をすると変わらない速度で、獄炎が放たれた。
触れれば、全てを焼き、溶かしつくす炎。
しかしそれを、椛は動かずに見据え、刀を腰に構え溜める。
正気な者が見れば目を疑うかのような行動。しかし、彼女の瞳には命を捨てるという選択肢は存在していない。ただ、怒りに染まり竜を斃すだけを色があり、それは今なお近づいてくる炎の壁に対しても存在していた。
「抜刀一式」
呟いたのは、叫びではなく落ち着いた声。
だがその声中身は気の弱い者であれば気絶させるか、下手をすれば殺してしまうかのような冷たさと、殺意が混ぜ込まれた言葉。
同時に振り抜かれる風の刀。
それは、刀に籠められた吹き荒れる風を解放させることで加速し、椛を軽く三人は呑み込める炎へ向けての一閃。
炎が椛へと迫り、彼女を呑みこもうと眼前まで着た瞬間、二つに割れ、彼女を避けるようにして後方へと抜けるのだった。
炎を切り裂いた。それは快挙どころか人間業を疑うもの。しかし、椛はそこで終わらせなどしていない。
「返しの太刀」
振り抜いた刀を、再度振り下ろし最初の構えに戻る。
そこで、決着はついた。
溶岩から上半身を見せていた竜の躰が、正中線から二つにずれた。
そして、そのまま叫び声をあげることなく躰は二つに分かれて溶岩の中へと半身は沈み、竜は絶命したのだった。
クリムゾンドラゴン討伐。
今話は椛のちょっとした秘密が明かされたような、逆に謎が深まったような……。
そろそろこの章も終わりに近づいています。
ある意味やっと、スタート地点に立つことが出来ます。




