焔纏いし飛竜の咆哮炎吹 後編
「いたよ」
先頭を進んでいた椋が、その視界に目標を補足する。
そしてその言葉に、自然と三人の中で緊張感が生まれ始めた。
「まだこちらには気づいてないようね」
椛の視線は目標であるクリムゾンドラゴンに向いていた。
遠くの岩場の陰から確認しているため、竜はまだ三人には気づいていないようだ。
それを確かめるとさらに竜の死角を縫うようにして、慎重に、背後へと回り込んでいく。
「ふぅ……なんとかここまでは順調ね」
暑さもあって体からは汗が噴き出しており、失った水分を補うために荷物に大量に入れてある飲み物を口にする。少しぬるい。
竜は先ほどあったかとなど忘れているのか、のっそりした歩みで進んでおり、時折溶岩を踏みつけて飛び上がる飛沫を浴びてはそれを楽しむような声を上げている。無論、人間が触れれば命もかくやという溶岩など、あの竜にとっては水を浴びるも同義なことだが。
「あの話と、椋の経験から推測するなら、あのドラゴンは恐ろしく頑丈なのは明白。なにより、私たち自身がこの目で見ているしね」
「うん。不意打ちでの攻撃は成功したけど、竜自身は全然気にした素振りもなかった」
「だからこそ、ドラゴンの躰を保護している鱗をどうにかすれば、私たちにも勝ち目はあるの。でも、その鱗こそ竜の最大の防御。だから――」
「ボクの出番だね」
「ええ。危険だけど、恐らくドラゴンを斃すには、椋の力がないと――」
「大丈夫だよ、死に目なんて何度も経験してるから。それに、ボクでないと、あの竜を傷つけることは出来ないだろうから」
「私と悼也で全力で援護する」
「うん」
「それじゃあ、始めましょう。竜退治を」
準備は整った。
あとは、行動に移すだけ。
「行くわよ」
「了解!」
「悼也、最初はお願いね」
「わかった」
『ひひっ、そんじゃ俺っちはその間近くの影にでも隠れて観てるぜ! では我が契約主、ご武運を』
悼也が飛び出すと同時、彼の影から何かが抜き出で、近くの岩場の影へと入り込む。
それは悼也の契約した影精霊が悼也の影から抜けたということ。
そして、そのことにより悼也は一つの制限が解除される。己の影を扱うという、権限を。
「………………」
それは奇妙奇天烈な光景。
悼也は、影となった。否、影と同化した。
己の影に悼也は潜り込み、影を生み出す本体の無いはずの影は消えることなく、そこは円状の影をなお残したままであり、移動を始める。
影は影へ。
縦横無尽を駆け回り、かといって音もなく、姿もなく、だが確実に常人以上の速さで悼也は竜へと近づいていく。
時間は数瞬。
主に支配されていない影は、ドラゴンの影へと入り込むことに成功する。
竜は気づいた素振りもなく、のっそりと動き、移動していく。
椛と椋は後ろから、もしもを考え慎重に後をつける。
そして、合図は起こった。
「行くわよ!」
「うん!」
竜の咆哮と同時に、二人は岩場の影から飛び出す。
そこでは既に死闘が始まっていた。
影に潜っていた悼也は姿を現しており、その手には二本の棒状の形となった影を握りしめ竜と相対している。
竜は虫けらを払う動作で腕を、足を、尾を振り回し地面を抉り、空を巻き込み切り裂いていく。竜自身にとっては、なんてことの無い動作。それでも、竜と竜型の魔物、そして例外を除けば、触れた瞬間には全ての生命は容易く四肢を飛ばし絶命するだろう。
しかし、悼也は生きている。
当たることは無く、受け止めることもなく、確実な回避に専念し、全神経は目の前の強敵へと向けていた。
そこに、椛も加わる。
竜は椛と悼也を視界に収め、暴れ回る。
振り回される腕と尖爪を悼也は潜り抜ける。
繰り出される尾による鞭打を椛は猫のように体をしならせ、全身を以て飛び越える。
全身を覆う竜の脚が踏みつけてくるのを悼也は影に潜り込むことで回避する。
全てを喰らいつくす竜の牙を椛は風の力によって大きく跳躍しその咢から抜け出す。
どれも命懸け。
一瞬の迷いとしくじりが全体に死を招く。それでも、二人は竜から一定の距離を空けることなく、隙があれば攻撃をすることでさらに竜の注目を惹く。
全ては、単に目の前の竜を斃すため。
椋に、全力の一撃を放たせるため。
「ふっ……」
竜の後頭部には、椋がいた。
暴れ回る足場など気にもせず、神経を集中させて。
椛も悼也も椋が頭にいることなど見えていない。しかし、わかっている。
囮役である二人がいるからこそ、椋は集中することが出来る。そのことさえ分かっていれば、十分だった。
椋は左手を右手に添え、竜の鱗の上に乗せる。表面は熱く、ざらつきがあると思い気や思いの外すべすべとした感触である。
だが、そのようなことを気にかけている必要は無い。
研ぎ澄ませる。
限りなく無駄を排し、自身の世界へと。
集中させる。
限りなく小さな隙間、ただ一点に。
張り巡らせる。
全身を用い、バネというバネを駆使するために。
想像する。
全身を流れる血液を、力を、空気を。
そして――
「はっ!」
解放する。
足先から右手の掌へ。
一瞬の動作を重ねることで力を何倍何十倍にも増幅させ、さらに精霊の力を使うことで全身の血流を操作しさらに力を増幅させ、一点だけを貫き通す。
そこに見た目の変化はない。音は無い。しかし、発生した力全ては放出された。
どこにへと問うならばそう。
竜の、内部に。
咆哮が響き渡る。
一見穏やかな水面も、その内側は荒れ狂っていることがある。
椋の行った掌底は、そういったものだった。
原理は簡単だ。
竜の体表が剣も通さぬ硬い鱗で覆われているからといって、竜の内臓や脳までもが硬いわけではない。 だからこそ、椋は力の全てを鱗に対してではなく、竜の体内。つまり今回は脳内に叩きつけた。
通常の装甲とは違い、竜の鱗はぶ厚く頑丈。それ故に、力を一部たりとも逃さぬために針よりも細い一点に。乱れの生じぬように全神経を集中させ全身を最大限に利用する必要があったために、少々大がかりなものとなったわけだが、それでも十分な効果を得ることは出来た。
「ボクが出来ることは、やったよ」
「ありがとう椋」
危なげなど微塵も見せず、椋はのたうち回る竜から飛び降り椛のもとへ。
しかしそれでも全力以上の力を出したためなのか、椋の動きは少々疲れのあるものになっている。
だからこそ、そこに、油断が生まれた。
「逃げろっ!」
「えっ?」
いつもの悼也から出されるとは思えない、警告の叫び。
それは無論二人に向けられたものであり、その警告を与える存在といえば一つしかない。
響き渡る、痛みと、怒り、それだけを濃縮した咆哮。
のたうち回っていた竜はうめきながらも、怒りの眼差しを椋へと向ける。
次の瞬間、竜の口へと辺り一帯の空気、溶岩が吸い込まれる。
その動作に、椛は戦慄が走る。
「まずいっ! 今すぐに離れるわよ、椋!」
「う、うん!」
溶岩までは聞いていないかったが、それは先ほどの同じ試験参加者から聞いていたとある攻撃への予備動作。
周囲の空気を体内に収め、竜は躰をのけ反らせ、それは放たれた。
全てを焼き溶かしつくす、炎の息吹。
「ま、に、あっ、てー!」
力など出し惜しみをしている場合ではない。
風の精霊の力により自身の身体と椋に風を纏わせ、走る。
後ろからは炎の壁が迫ってきており、追いつかれれば一巻の終わりだ。
だからといって、追いつかせる気など二人にありはなしない。
多少疲れていようとも基本的な体力と身体能力は椛と椋では確実に椋の方が優れている故、椛とは変わらない速度で駆ける。
だが、疲れていることに変わりはなく、加えて椋は先ほど初めての試みをいくつかした。
そもそも、体内の血流を意図的に動かすだけでも身体に負担は掛かる。それなのに、全力を用いた。
それが、小さなミスを生む。
「うっ!?」
「椋!」
一瞬だが、椋は膝から力が抜け、さらに血流を操作した際の残滓が頭痛を発生させる。
しかしその一瞬が、生と死の境界線。
バランスを崩したことにより、離れていた距離などなかったように炎は迫り、すでに背中には炎が触れるかというほどまで近づいていた。
椛は咄嗟に椋の下へ駆け寄ろうとするが、炎の方が速い。
加えて力の反転とは難しく、止まることも大変な上に真逆方向へと進むなどさらに手間を生む。
届かない。このままでは、椋は炎の中に呑み込まれる。
だがその刹那。
不意に、椋の目の前に影が射す。
「悼也君!?」
「ぐっ……!」
それは、悼也だった。
全身に影を纏い、椋も包み込むようにして、炎に背を向ける。
そして次の瞬間、二人の影は炎へと消えた。
椋と悼也の生死は如何に?
そして無事試験を突破することは出来るのか!?




