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初めての依頼

第5話 初めての依頼

 街の東門を抜けると、空気の匂いが変わった。


 石畳は踏み固められた土の道へと変わり、建物の代わりに畑と草地が広がっている。遠くには低い丘が連なり、その麓に濃い緑の林が見えた。


「あそこが目的地よ」


 エリシアが林を指さした。


「歩いて30分くらい。道から大きく外れなければ、危険な魔物も滅多に出ないわ」


「滅多に、ということは出るんだね」


「そりゃ出るわよ。だから剣を持ってるんじゃない」


 彼女は腰の直剣を軽く叩いた。


 ジョシュアは自分の腰に目を向けた。


 当然ながら、そこには何もない。


「僕は武器を持っていないけど、大丈夫かな」


「そのために私がいるんでしょ」


「頼りにしてるよ」


「……そう素直に言われると、なんか調子が狂うわね」


 エリシアは少しだけ歩く速度を上げた。


 ジョシュアも隣に並ぶ。


 朝の街道には、畑へ向かう農夫や荷車を引く商人の姿があった。すれ違う人々はエリシアの剣を見ても、特に気にする様子がない。


 この世界では、武器を持って歩くことがそれほど珍しくないらしい。


「そういえば、エリシア」


「何?」


「冒険者って、どうしてなるの?」


「どうしてって……人によるんじゃない? お金のためとか、名声のためとか。家を継ぎたくないからって人もいるし」


「エリシアは?」


 彼女はすぐには答えなかった。


 道端に咲いた小さな白い花を眺め、それから前を向く。


「昔、助けてもらったことがあるの。冒険者に」


「どんな人だった?」


「強くて、格好よくて……困ってる人を見捨てない人」


 エリシアは照れくさそうに笑った。


「私も、ああなりたいなって思った。それだけよ」


「いい理由だと思う」


「だから、そういうのを真顔で言わないでってば」


 彼女は早足になった。


 ジョシュアはその背中を追いながら、少し考えた。


 自分は、どうしてここにいるのだろう。


 誰かを助けるためなのか。


 何かを探すためなのか。


 それとも、別の理由があったのか。


 考えても答えは出ない。


 ただ、昨日ルカを追いかけたとき、自分の身体は迷わず動いた。


 あの行動が正しかったかどうかは分からない。


 けれど、倒れそうな誰かを見て、そのまま通り過ぎることはできなかった。


「ジョシュア?」


 エリシアに呼ばれ、顔を上げる。


「どうしたの? 急に静かになって」


「ちょっと考え事」


「また記憶のこと?」


「うん。でも、考えても分からないから」


「だったら、今は目の前の仕事に集中しなさい」


 彼女は林を指さした。


「ほら、もうすぐよ」


◇


 林の中は、街道よりも涼しかった。


 枝葉が日差しを遮り、足元には落ち葉が積もっている。鳥の鳴き声と、どこかで水が流れる音が聞こえた。


 エリシアは依頼書を広げた。


「今回探すのは、青筋草。葉の裏に青い筋が入っていて、茎の根元に小さな突起があるのが特徴よ」


「似た毒草もあるんだったね」


「そう。だから、必ず裏返して確認すること」


 ジョシュアは頷いた。


 依頼書には、必要な採取量と注意事項が書かれている。


 指定された薬草を傷めずに持ち帰ること。


 根ごと引き抜かないこと。


 そして、危険な魔物を発見した場合は無理をしないこと。


「薬草はどこに生えているの?」


「湿った場所が多いわ。小川の近くとか、木陰とか」


 エリシアは慣れた様子で周囲を見回した。


「あっちに水音がするから、まずは行ってみましょ」


 2人は落ち葉を踏みながら進んだ。


 やがて、細い小川に出る。


 水は澄んでいて、底の小石まで見えた。


 ジョシュアは岸辺にしゃがみ、草をかき分けた。


「あ、これかな」


 見つけたのは、細長い葉を持つ植物だった。


 裏返すと、確かに青い筋が通っている。


「エリシア、見て」


「どれどれ……」


 彼女は隣にしゃがみ込んだ。


「うん、青筋草ね。ちゃんと根元も確認して」


 ジョシュアは茎を持ち上げ、小さな突起を確かめる。


「あるよ」


「じゃあ、茎を折らないように切って。根は残してね」


 ジョシュアは渡された小さな採取用の刃物を使い、慎重に葉を切り取った。


 初めての作業だったが、思ったより難しくない。


 採取した薬草を布袋に入れる。


「これで1束?」


「そう。あと9束ね」


「結構あるんだ」


「だから早く始めたかったのよ」


 エリシアは笑った。


 それからしばらく、2人は小川沿いを歩きながら薬草を探した。


 ジョシュアが見つけ、エリシアが確認する。


 慣れてくると、見分けるのも早くなった。


 途中、よく似た植物を見つけたが、葉の裏に青い筋がなかったため採取しなかった。


「それは毒草ね」


「本当に似てるね」


「間違える人も多いのよ」


 エリシアは妙に真剣な顔で頷いた。


 ジョシュアは何も言わなかった。


 昨日、毒草を間違えて持ち帰った冒険者の話を思い出したが、今は触れない方がよさそうだった。


 7束目を採取したところで、ジョシュアは手を止めた。


「……エリシア」


「何?」


「何か、音がしない?」


 彼女も耳を澄ませた。


 水の流れる音。


 鳥の鳴き声。


 葉が風に揺れる音。


 その間に、何か柔らかいものが地面を擦るような音が混じっていた。


「……いるわね」


 エリシアは立ち上がり、剣の柄に手をかけた。


「ジョシュア、私の後ろに」


 茂みが揺れた。


 現れたのは、半透明の青い塊だった。


 丸みを帯びた身体がゆっくりと形を変え、地面の上を滑るように進んでくる。


「……あれは?」


「スライムよ」


 エリシアは剣を抜いた。


「低級の魔物だけど、油断しないで。身体に触れると、種類によっては皮膚を傷めることがあるわ」


 スライムは小川の岸辺で止まり、ぷるりと震えた。


 ジョシュアはその姿を眺めた。


 生き物なのだろうか。


 目も口も見当たらない。


 けれど、こちらに向かって少しずつ近づいてくる。


「逃げた方がいい?」


「向こうが通り過ぎるなら、それでもいいんだけど……」


 エリシアが言い終える前に、スライムの身体が縮んだ。


「下がって!」


 次の瞬間、青い塊が跳ねた。


 エリシアは横へ踏み込み、剣を振る。


 刃がスライムの表面を裂いた。


 しかし、柔らかい身体はすぐに形を戻し、地面に落ちて再び動き始める。


「やっぱり、普通に斬るだけじゃ駄目ね」


「どうすればいいの?」


「中に核があるはず。それを壊せば倒せる!」


 ジョシュアはスライムを見つめた。


 半透明の身体の奥に、小さな濃い青色の塊が浮かんでいる。


「あれ?」


「そう! でも動くから狙いにくいのよ!」


 スライムが再び跳ねた。


 今度はジョシュアの方へ向かってくる。


「ジョシュア!」


 エリシアが叫んだ。


 ジョシュアは身を引こうとした。


 だが、身体は別の動きを選んだ。


 右足を半歩引き、身体をひねる。


 スライムが目の前を通り過ぎる。


 その瞬間、ジョシュアの手が伸びた。


 採取用の刃物が、青い塊の中心へ突き込まれる。


 小さな硬い感触。


 続いて、何かが砕ける音がした。


 スライムは空中で形を失い、地面に崩れ落ちた。


 青い液体が土に染み込み、やがて動かなくなる。


 ジョシュアは刃物を握ったまま立ち尽くした。


「……倒した?」


 エリシアはしばらく何も言わなかった。


 やがて、ゆっくりと剣を下ろす。


「……あんた、今のどうやったの?」


「分からない」


「分からないって……」


「気づいたら、身体が動いてた」


 ジョシュアは自分の手を見た。


 心臓が速く打っている。


 恐怖は、確かにあった。


 けれど、スライムが飛びかかってきた瞬間、身体は迷わなかった。


 どう避ければいいか。


 どこを狙えばいいか。


 考えるより先に、答えが出ていた。


「……本当に、何者なのよ」


 エリシアの呟きには、驚きと戸惑いが混じっていた。


 ジョシュアも同じことを考えていた。


 自分は何者なのだろう。


 登録証に表示されたレベル1000という数字。


 使えないはずのスキル。


 閉ざされた記憶。


 それなのに、身体だけは戦い方を知っている。


 何かがおかしい。


 だが、その理由は分からなかった。


「ジョシュア」


 エリシアが近づいてきた。


「怪我は?」


「大丈夫」


「手、見せて」


 彼女はジョシュアの手首を掴み、指先まで確かめた。


「……よかった」


 安堵したように息を吐く。


「でも、次からは勝手に飛び込まないで。今回はうまくいったけど、相手によっては大怪我するんだから」


「うん。ごめん」


「謝るより、覚えておいて」


 ジョシュアは頷いた。


 エリシアは剣を鞘に収め、スライムが消えた場所を見た。


「核は砕けちゃったみたいね。素材としては持ち帰れないか」


「素材になるの?」


「魔物によってはね。ギルドや商会が買い取ってくれることもあるわ」


「そうなんだ」


 ジョシュアは採取用の刃物を布で拭いた。


 刃先には小さな傷がついていた。


 借り物なのに、申し訳ないことをした。


「……これ、弁償した方がいいかな」


「今はそんなこと気にしてる場合じゃないでしょ」


 エリシアは呆れたように笑った。


「残り3束。さっさと集めて帰りましょ」


 ジョシュアは頷き、布袋を持ち直した。


◇


 最後の薬草を見つけたのは、小川から少し離れた倒木の近くだった。


 日差しはまだ高い。


 予定より早く採取を終えられそうだった。


「これで10束」


 ジョシュアは布袋の中身を確かめた。


「よし、合格できそうね」


 エリシアも満足そうに頷いた。


「じゃあ、帰ろうか」


「そうね。帰り道で寄り道しないように――」


 言いかけた彼女が、突然口を閉じた。


 ジョシュアも顔を上げる。


 林の奥から、枝が折れる音がした。


 続いて、低い笑い声のようなものが聞こえた。


「……今度は何?」


 ジョシュアが尋ねる。


 エリシアは答えず、剣を抜いた。


 木々の間から、小柄な影が現れる。


 緑がかった肌。


 尖った耳。


 痩せた腕には、粗末な棍棒が握られていた。


 その後ろから、さらに2つの影が姿を見せる。


「……ゴブリン」


 エリシアの声が低くなった。


 ジョシュアは3体の魔物を見た。


 スライムとは違う。


 あれは明らかに、武器を持っている。


 先頭のゴブリンが、黄色く濁った目をこちらへ向けた。


 口元が歪む。


 何かを喋ったようだったが、言葉は分からなかった。


「ジョシュア、下がって」


 エリシアが一歩前に出た。


「こいつらはスライムより厄介よ。群れで動くし、武器も使う」


「3体いるね」


「見れば分かるわよ」


 彼女は剣を構えた。


「私が前に出る。あんたは隙を見て逃げて」


「エリシアは?」


「私は大丈夫。Fランクでも、ゴブリンくらいなら相手にしたことがあるから」


 そう言った彼女の手に、わずかな力が入った。


 ジョシュアは気づいた。


 エリシアは、自分を安心させようとしている。


 けれど、3体を同時に相手にするのは簡単ではないのだろう。


「……分かった」


 ジョシュアは頷いた。


 しかし、足は動かなかった。


 先頭のゴブリンが棍棒を振り上げる。


 エリシアが踏み込んだ。


 剣と棍棒がぶつかり、乾いた音が響く。


 その隙に、別のゴブリンが横へ回り込んだ。


「エリシア、右!」


「分かってる!」


 彼女は剣を引き戻し、横から迫る棍棒を受け止めた。


 だが、3体目が背後へ回る。


 ジョシュアは息を呑んだ。


 逃げろと言われた。


 その方が安全なのだろう。


 けれど、エリシアの背後で棍棒が振り上げられるのを見た瞬間、身体が動いていた。


「エリシア!」


 ジョシュアは地面を蹴った。


 自分でも驚くほど速く、距離が縮まる。


 ゴブリンが振り向く。


 棍棒が振り下ろされる。


 ジョシュアは、その軌道を見た。


 避けられる。


 そう思った瞬間、身体が半歩だけ横へずれた。


 棍棒が肩のすぐ脇を通り過ぎる。


 ジョシュアはゴブリンの腕を掴み、勢いのまま引いた。


 小柄な身体が前のめりになる。


 次の瞬間、ゴブリンは地面に叩きつけられていた。


「……え?」


 ジョシュア自身が驚いた。


 何をしたのか、よく分からなかった。


 ただ、相手の力を利用すれば倒せると、身体が知っていた。


 ゴブリンは呻きながら起き上がろうとする。


 ジョシュアは反射的に距離を取った。


 そのとき、背後からエリシアの声が飛んだ。


「ジョシュア! 後ろ!」


 振り向く。


 別のゴブリンが棍棒を振り上げていた。


 避けるには近すぎる。


 ジョシュアは咄嗟に腕を上げた。


 鈍い衝撃が走る。


 棍棒が前腕に当たった。


「っ……!」


 痛みが遅れてやってくる。


 骨が折れたような感覚はない。


 だが、決して軽い一撃ではなかった。


 ゴブリンが再び棍棒を振り上げる。


 ジョシュアは後退した。


 今度は避けられた。


 けれど、足元の落ち葉に滑り、体勢が崩れる。


 その隙を、ゴブリンは見逃さなかった。


 棍棒が横から迫る。


「――っ!」


 ジョシュアは地面に手をつき、身体を転がした。


 棍棒が土を叩く。


 すぐに立ち上がろうとしたが、足が絡まった。


 動けない。


 ゴブリンが笑った。


 黄色い歯が見えた。


 棍棒が振り上げられる。


 その瞬間、銀色の刃が横から走った。


 ゴブリンの腕が弾かれる。


「何やってるの!」


 エリシアだった。


 彼女はジョシュアの前に立ち、剣を構え直した。


「逃げろって言ったでしょ!」


「ごめん。でも、背後から――」


「分かってる! 助かったのも事実!」


 エリシアは短く息を吐いた。


「でも、今は謝ってる場合じゃない!」


 ゴブリンたちが再び距離を詰めてくる。


 ジョシュアは立ち上がった。


 腕がじんじんと痛む。


 スライムのときとは違う。


 相手は考えて動き、こちらの隙を狙ってくる。


 自分の身体は確かに速い。


 けれど、それだけでは戦えない。


「エリシア」


「何!」


「僕にも、何かできることはない?」


 彼女は一瞬だけこちらを見た。


 そして、ジョシュアの腕を確認する。


「……動ける?」


「うん」


「じゃあ、無理に倒そうとしないで。私が正面を引き受けるから、あんたは横から牽制して。危なくなったらすぐ下がること」


「分かった」


「あと、素手で棍棒を受け止めようとしない!」


「……気をつける」


 エリシアは小さく笑った。


「よし。じゃあ、行くわよ!」


 彼女が踏み込む。


 先頭のゴブリンが棍棒を振る。


 エリシアはそれを剣で受け流し、相手の肩口を斬った。


 ゴブリンが悲鳴を上げる。


 残る2体が左右から迫る。


 ジョシュアは左側のゴブリンへ向かった。


 相手が棍棒を振り上げる。


 今度は、すぐに踏み込まなかった。


 攻撃の軌道を見て、横へ避ける。


 棍棒が空を切った。


 ジョシュアは相手の手首を掴み、身体をひねる。


 ゴブリンの体勢が崩れた。


 そこへ、エリシアの剣が走る。


 ゴブリンは倒れ、動かなくなった。


「次!」


 エリシアが叫ぶ。


 残る2体のうち、1体は肩を負傷している。


 もう1体は、仲間が倒れたのを見て後ずさった。


 ジョシュアは息を整えた。


 腕は痛むが、まだ動ける。


 エリシアは剣を構えたまま、相手の動きを見ている。


 負傷したゴブリンが唸り声を上げた。


 そして、突然こちらへ突進してきた。


「ジョシュア、下がって!」


 エリシアの声が響く。


 ジョシュアは後ろへ跳んだ。


 ゴブリンの棍棒が空を切る。


 その隙に、エリシアが踏み込んだ。


 剣が横一文字に振るわれる。


 ゴブリンは地面に倒れた。


 残った1体は、仲間の姿を見て動きを止めた。


 黄色い目がジョシュアとエリシアを交互に見る。


 やがて、棍棒を落とし、林の奥へ逃げていった。


 エリシアは追わなかった。


 剣を構えたまま、しばらく周囲を警戒する。


 鳥の鳴き声が戻ってきた。


 それを確かめてから、彼女はようやく剣を下ろした。


「……終わった、みたいね」


 ジョシュアはその場に座り込んだ。


 心臓が激しく打っている。


 腕が痛い。


 足も少し震えていた。


「大丈夫?」


 エリシアが駆け寄ってくる。


「うん。多分」


「多分じゃ困るのよ」


 彼女はジョシュアの腕を確かめた。


 棍棒が当たった場所は赤くなっていたが、腫れはひどくない。


「骨は大丈夫そうね。でも、帰ったら冷やした方がいいわ」


「ありがとう」


「……本当に、無茶するんだから」


 エリシアは深く息を吐いた。


 その声は怒っているようで、どこか震えていた。


 ジョシュアは彼女を見た。


「ごめん。助けようと思って」


「分かってる」


 エリシアは小さく頷いた。


「でも、助けようとして自分が倒れたら意味ないでしょ」


「……うん」


「私も、あんたを守りきれなかった。だから、お互い様ね」


 彼女は立ち上がり、剣についた血を拭った。


 ジョシュアは倒れたゴブリンを見た。


 さっきまで動いていた生き物が、もう動かない。


 胸の奥に、重いものが残った。


 スライムを倒したときとは違う感覚だった。


 自分が直接斬ったわけではない。


 それでも、戦いの結果として命が失われたことは分かる。


「……エリシア」


「何?」


「冒険者って、いつもこうなの?」


 彼女は少し考えてから答えた。


「いつもじゃない。でも、こういうこともあるわ」


「怖くないの?」


「怖いわよ」


 エリシアは即答した。


「怖くないわけないでしょ。怪我するかもしれないし、死ぬかもしれないんだから」


 彼女は剣を鞘に収めた。


「だから、準備するの。逃げることも考える。勝てない相手には挑まない。それが冒険者よ」


 ジョシュアは頷いた。


 自分の身体は、確かに強いのかもしれない。


 けれど、強いことと、戦いに慣れていることは違う。


 少なくとも、今の自分には分からないことが多すぎた。


「……覚えておくよ」


 エリシアは少しだけ笑った。


「そうして。じゃないと、私の心臓がもたないわ」


◇


 林を出るころには、太陽が少し傾き始めていた。


 ジョシュアは布袋を抱え、エリシアの隣を歩いていた。


 薬草は10束。


 依頼書に書かれた量は揃っている。


 ただし、採取用の刃物には傷がつき、ジョシュアの腕には赤い痣が残っていた。


「試験、合格できるかな」


「薬草は揃ってるし、たぶん大丈夫よ」


「魔物に遭遇したことは報告した方がいい?」


「もちろん。特にゴブリンが3体もいたことは伝えないと。ほかの冒険者が危ない目に遭うかもしれないから」


「分かった」


 ジョシュアは頷いた。


 少し歩いてから、エリシアが口を開いた。


「ねえ、ジョシュア」


「何?」


「さっきの戦い方、本当に覚えてないの?」


「うん」


「そう……」


 彼女はしばらく黙っていた。


「正直、びっくりした。あんた、普通の新人じゃないと思う」


 ジョシュアは苦笑した。


「自分でもそう思うよ」


「でも、だからって無敵ってわけじゃないからね」


「今日、よく分かった」


 ジョシュアは痣の残った腕を見た。


 エリシアは頷いた。


「それならいいわ」


 街の東門が見えてきた。


 行きには気づかなかったが、門の近くには自警団の詰所があった。


 ジョシュアは足を止めた。


「……そういえば、ルカのこと」


 エリシアも立ち止まる。


「ああ。自警団に相談する約束ね」


「今日、行けるかな」


「まずはギルドに報告してからね。マルタさんも今朝、様子を見に行くって言ってたし、ルカたちのところにも寄ってみましょ」


「うん」


 ジョシュアは少し安心した。


 昨日の出来事が、すべて終わったわけではない。


 ルカの母親の病気も、盗んだ財布のことも、まだ解決していない。


 今日の仕事が終わったら、できることを考えよう。


 そう思いながら、2人は街へ戻った。


 冒険者ギルドの建物が見えてくる。


 ジョシュアは胸元にしまった登録証に触れた。


 レベル1000。


 セフィロト抑制。


 記憶へのアクセス不可。


 あの声は、まだ何も教えてくれない。


 けれど、今はそれでいいのかもしれない。


 少なくとも、自分には目の前にやるべきことがある。


 ジョシュアはエリシアと並んで、ギルドの扉をくぐった。

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