成長の実感
第47話 成長の実感
角兎の角を受付台に並べると、受付嬢は数を確認し、依頼書に達成印を押した。
「討伐数は3体。状態も問題ありません。依頼達成です」
「よしっ!」
エリシアが小さく拳を握った。
王都の冒険者ギルドは、昼を過ぎても賑わっていた。依頼を終えた冒険者たちが受付に列を作り、掲示板の前では新しい仕事を探す者たちが話し込んでいる。
その中で、ミアは受け取った報酬を革袋にしまい、手帳を開いた。
「これで今週は5件ね」
「そんなに受けたっけ?」
「森鼠の駆除、薬草採集、街道の巡回、農家の荷運び。それから今日の角兎討伐」
「ああ、そうだった!」
エリシアは手を打った。
「何だか、あっという間だったね」
「その分、結構歩いたけどね」
ミアは手帳を閉じた。
「靴底もそろそろ確認しないと。買い替えることになったら、またお金が飛んでいくわ」
「ミアは本当にしっかりしてるな」
ダグラスが感心したように言う。
「冒険者は装備を使って稼ぐ仕事なんだから、手入れを怠ったら損するだけよ」
「それは正しいね」
レオンが頷いた。
旧街道の調査を終えてから5日が経っていた。
5人は休息を挟みながら、王都近郊の依頼を積極的にこなしていた。
最初は慣れないことも多かったが、最近では互いの動きが少しずつ分かるようになっている。
今日の角兎討伐もそうだった。
3体の角兎が茂みから飛び出してきた時、エリシアはすぐに剣を構えた。
以前なら、そのまま先頭の1体へ突っ込んでいただろう。
しかし今回は違った。
ダグラスが盾を構えるまで待ち、ミアが回り込む方向を確認してから動いた。
レオンの魔法も、仲間の進路を塞がない位置から放たれた。
結果、誰も怪我をせず、短時間で討伐を終えることができた。
「そういえば」
レオンが冒険者証を取り出した。
「そろそろ成長記録を確認してもいいんじゃないかな」
エリシアの目が輝いた。
「レベル?」
「うん。最近は討伐依頼も続いているし、経験値が溜まっていると思う」
「確認しよう!」
エリシアは即答した。
「私、絶対に上がってる!」
「昨日も言ってたわよね、それ」
ミアが呆れたように笑う。
「昨日より今日の方が強いんだから、今度こそ!」
「レベルアップは気合いで決まるものじゃないぞ」
ダグラスが笑った。
「でも、俺もそろそろ確認したかったところだ」
ジョシュアも頷いた。
「僕も、皆さんがどのくらい成長したのか気になります」
「じゃあ、決まり!」
エリシアは再び受付へ向かった。
◇
「成長記録の確認ですね。承知しました」
受付嬢は5人を記録台の前へ案内した。
台座には細かな魔法陣が刻まれており、中央に冒険者証を置くための窪みがある。
ギルドでは、依頼の達成記録や討伐実績を管理している。
レベルの上昇は本人の成長に応じて起こるが、記録台を使えば、現在のレベルや経験値の蓄積状況を確認できる。
ただし、詳細なステータスは本人の許可なく他人が閲覧することはできない。
「では、エリシアさんからお願いします」
「はい!」
エリシアは冒険者証を窪みに置いた。
淡い光が走り、台座の上に数字が浮かび上がる。
エリシアは身を乗り出した。
「……8!」
嬉しそうな声が上がった。
「レベル8になってる!」
「おめでとうございます。前回の記録から上昇していますね」
受付嬢が微笑む。
「やった!」
エリシアは冒険者証を手に取り、何度も数字を確かめた。
「これで少しは強くなったかな!」
「今日の剣を見る限り、間違いなく強くなってるぞ」
ダグラスが言った。
「ただ、踏み込みが深すぎる癖はまだ残ってるな」
「うっ……」
「力が上がると、つい勢いに任せたくなるものだ。そこは気をつけた方がいい」
「分かった。気をつける!」
続いてミアが冒険者証を置いた。
「私は……レベル9ね」
彼女は満足そうに頷いた。
「もう少しで10か」
「ミアの方が1つ上なんだね」
エリシアが言った。
「そりゃそうよ。私の方が先に冒険者を始めてるんだから」
ミアは肩をすくめた。
「今までだって、ルイとの生活費を稼ぐために依頼を受けてきたしね」
「そうだったね」
「まあ、エリシアの方が戦闘向きの仕事は得意だと思うけど」
ミアは冒険者証をしまった。
「私は危なくなったら逃げる方を選ぶから」
「それも大事なことだよ」
レオンが言った。
「生き残るための判断も、立派な経験だからね」
次にダグラスが記録台へ向かった。
「レベル11か」
表示を確認した彼は、落ち着いた様子で冒険者証を手に取った。
「順調だな」
「ダグラスって、そんなに高かったんだ!」
エリシアが驚いた。
「前のパーティーでも依頼を受けていたからな。王都へ来る前にも、故郷の近くで魔物と戦う機会はあった」
「へえ……」
「もっとも、レベルが高ければ何でもできるわけじゃない。俺は盾を使うことに慣れているが、魔法への対処はまだまだだ」
「でも、ダグラスの盾はすごく頼りになるよ!」
「ありがとう」
ダグラスは笑った。
最後にレオンが冒険者証を置く。
「僕は……レベル12だね」
「12!?」
エリシアが声を上げた。
「レオンが1番高い!」
「僕は23歳だし、君たちより長く修練を続けてきたからね」
レオンは冒険者証を受け取った。
「魔法は覚えるだけでも時間がかかるし、実戦で使えるようになるには、さらに経験が必要なんだ」
「じゃあ、私も頑張れば追いつける?」
「もちろん。ただし、僕も成長するから簡単には追いつかせないよ」
レオンが笑う。
「望むところ!」
エリシアは楽しそうに答えた。
4人のレベルは、それぞれ違っていた。
エリシアは8。
ミアは9。
ダグラスは11。
レオンは12。
冒険者になった時期も、経験してきた戦闘も異なる。
同じパーティーで活動していても、それまでに積み重ねてきたものが消えるわけではない。
「じゃあ、最後はジョシュアだね!」
エリシアが振り向いた。
「はい」
ジョシュアは冒険者証を取り出した。
その表面に指が触れた瞬間、以前にも見た情報が視界へ浮かび上がった。
名前:ジョシュア
レベル:1000
状態:《セフィロト抑制》
その下には、さらに複数の項目が並んでいる。
使用できないスキル。
抑制された能力。
そして、閲覧できない情報。
ジョシュアは小さく息を吐いた。
レベル1000。
初めて冒険者証を確認した時から、この数字だけは変わっていない。
しかし、彼自身には、それほどの力を持っている実感がなかった。
エリシアの剣を避けきれないこともある。
ダグラスほど重いものを持ち上げることもできない。
レオンのように魔法を使うこともできない。
それなのに、表示されるレベルだけは異常なほど高かった。
「ジョシュア?」
エリシアに呼ばれ、ジョシュアは顔を上げた。
「あ、はい」
「どうしたの?」
「いえ、何でもありません」
彼は冒険者証を記録台へ置いた。
淡い光が走る。
受付嬢が表示を確認した。
「ジョシュアさんは……レベル1ですね」
エリシアが首を傾げた。
「あれ?」
ミアも不思議そうな顔をした。
「ジョシュアだけ上がってないの?」
「そのようですね」
受付嬢は記録を確認し直した。
「依頼の達成履歴は正常に残っています。経験値に関する記録もありますが、レベルの表示は1のままです」
「そんなことあるんですか?」
レオンが尋ねた。
「珍しいですが、個人の体質や特殊な状態によって、成長の反映に差が出る場合はあります」
受付嬢は答えた。
「ただ、詳しい原因までは分かりません」
ジョシュアは静かに冒険者証を受け取った。
自分には1000と見えている。
しかし、受付嬢にも仲間たちにも1と表示されている。
その違いが何を意味するのか、彼には分からなかった。
ただ、以前に聞いた声のことは覚えている。
自分の情報を、他人へ不用意に話してはいけない。
理由は教えられていない。
それでも、あの警告だけは妙にはっきりと記憶に残っていた。
「ジョシュア、大丈夫?」
エリシアが心配そうに尋ねた。
「はい」
ジョシュアは冒険者証をしまった。
「少し残念ですが、仕方ありません」
「でも、同じ依頼を受けてるのに……」
「経験値が足りないというだけではなさそうだね」
レオンが考え込む。
「何か特殊な事情があるのかもしれない」
ダグラスがジョシュアの肩を叩いた。
「気にするな。レベルだけが全てじゃない」
「ありがとうございます」
ジョシュアは頷いた。
今は、それ以上考えても答えが出ない。
ならば、できることを続けるしかなかった。
◇
その日の夕方。
5人はギルドの訓練場に集まっていた。
「せっかくレベルが上がったんだから、試してみたい!」
エリシアが木剣を構える。
ダグラスは訓練用の盾を持ち、向かい合った。
「いいぞ。打ち込んでこい」
「いくよ!」
エリシアは地面を蹴った。
踏み込みは以前より鋭い。
木剣が風を切り、ダグラスの盾へ振り下ろされた。
乾いた音が響く。
「おっ」
ダグラスが少し驚いた。
「前より重いな」
「本当!?」
「ああ。力が増している」
エリシアは嬉しそうに笑った。
「もう1回!」
「来い!」
エリシアは再び踏み込んだ。
今度は上段からの攻撃を見せかけ、途中で軌道を変える。
ダグラスは盾の角度を調整し、木剣を受け流した。
「わっ!」
エリシアの身体が前へ流れる。
ダグラスはその隙に木剣を突き出した。
エリシアは慌てて後ろへ跳んだ。
「危なっ!」
「今のは悪くなかった」
ダグラスが言った。
「ただ、攻撃の途中で軌道を変えるなら、足の位置にも気をつけろ。踏み込みが深すぎると、次の動作が遅れる」
「なるほど……」
エリシアは自分の足元を見た。
「じゃあ、こうかな?」
彼女は構え直した。
少し離れた場所では、ミアが短剣を使った訓練をしていた。
標的の正面から踏み込み、直前で横へ回る。
そのまま背後へ抜け、短剣の先端を標的へ触れさせた。
「……よし」
ミアは小さく息を吐いた。
「今のは速かったね」
レオンが声をかける。
「自分でも分かるわ」
ミアは笑った。
「前より身体が軽いの。それに、方向転換した時に足がもつれなくなった」
「敏捷が上がった影響もあるだろうね」
「そうかもしれないわ」
ミアは短剣を握り直した。
「でも、まだまだよ。ルイに安心して暮らしてもらうには、もっと稼がないと」
レオンは頷いた。
「無理はしないでね」
「分かってるわよ」
レオンも杖を構えた。
訓練場の奥に設置された魔法用の標的へ向け、詠唱を始める。
「風よ、我が呼び声に応え、刃となって敵を裂け――《風刃》!」
風が集まり、鋭い刃となって飛んだ。
標的に命中した風刃は、表面に深い傷を残した。
「……威力が上がってる」
レオンは杖を見つめた。
「魔力の流れも、以前より安定している気がする」
エリシアが駆け寄ってきた。
「すごい!」
「ありがとう」
レオンは微笑んだ。
「でも、まだ改善できそうだね」
4人はそれぞれの成長を確かめていた。
ジョシュアは少し離れた場所で、その様子を見ていた。
自分だけ、レベル1000。
しかし、実際の身体能力では仲間たちに及ばない部分も多い。
その違いが、どうしても理解できなかった。
「ジョシュア!」
エリシアが手を振った。
「一緒にやろう!」
「……はい!」
ジョシュアは訓練用の木剣を手に取った。
彼はエリシアの前に立った。
「お願いします」
「うん!」
エリシアは木剣を構えた。
「じゃあ、いくよ!」
彼女が踏み込む。
ジョシュアは、その動きを見た。
剣が振り下ろされる。
右肩から、斜め下へ。
次の動きが、なぜか分かった。
ジョシュアは半歩だけ身体をずらした。
木剣が肩のすぐ横を通り過ぎる。
「えっ!?」
エリシアが驚いた。
ジョシュア自身も、少し驚いていた。
「……避けられた」
彼は呟いた。
エリシアは笑った。
「すごいじゃん!」
「たまたまです」
「じゃあ、もう1回!」
エリシアは再び踏み込んだ。
今度は横薙ぎ。
ジョシュアは動こうとした。
だが、身体が思ったように動かない。
木剣が脇腹に軽く触れた。
「1本!」
エリシアが笑った。
「……負けました」
ジョシュアも笑った。
レオンは2人の様子を見つめていた。
最初の回避。
あれは、偶然だったのだろうか。
彼は少し考えたが、何も言わなかった。
◇
それから、さらに2週間が過ぎた。
5人はEランクの依頼を次々とこなしていった。
王都北部の森での魔物討伐。
農村を荒らす獣の駆除。
商人の短距離護衛。
川沿いの危険地帯の調査。
時には怪我をして、予定より早く引き返すこともあった。
討伐対象を見つけられず、依頼を達成できなかった日もある。
だが、失敗した時には原因を話し合い、次の依頼で改善した。
エリシアは無理な突撃を減らし、相手の動きを見てから攻撃するようになった。
ダグラスは盾で受け止めるだけでなく、仲間の退路を確保することを意識した。
ミアは周囲の警戒と奇襲を担当し、敵の数や位置を素早く伝えるようになった。
レオンは魔力の消費を抑え、必要な場面で確実に魔法を命中させることを心がけた。
そしてジョシュアは、戦場全体を見ながら仲間たちへ声をかけた。
最初の頃は、互いの動きを確認するだけでも時間がかかっていた。
今では、短い言葉だけで意図が伝わる場面も増えている。
ある日の討伐依頼では、森の中で4体の灰牙狼と遭遇した。
「右から2体!」
ミアが叫ぶ。
「ダグラスさん、前をお願いします!」
ジョシュアが声をかけた。
「任せろ!」
ダグラスが盾を構える。
灰牙狼が飛びかかってきた。
ダグラスは盾で攻撃を受け止め、身体を捻って相手を押し返す。
「エリシア!」
「分かってる!」
エリシアが踏み込んだ。
剣が灰牙狼の身体を捉える。
1体が倒れた。
その隙に、ミアが別の灰牙狼の背後へ回る。
短剣が急所を狙って突き出された。
レオンは少し離れた場所で杖を構えた。
「水よ、我が呼び声に応え、流れとなって敵を打て――《水弾》!」
水の塊が飛び、灰牙狼の身体を弾き飛ばした。
残った1体がジョシュアへ向かって走り出す。
「ジョシュア!」
エリシアが叫んだ。
ジョシュアは剣を構えた。
灰牙狼が跳躍する。
その動きが、はっきりと見えた。
前足の位置。
身体の傾き。
牙が届くまでの距離。
ジョシュアは後ろへ下がった。
灰牙狼の牙が空を切る。
着地した直後、ダグラスが横から盾を叩きつけた。
灰牙狼が体勢を崩す。
「今だ!」
ジョシュアが叫ぶ。
「いくよ!」
エリシアが駆け込んだ。
剣が振り下ろされる。
最後の灰牙狼が倒れた。
戦闘が終わると、5人は周囲を確認した。
「……よし」
ダグラスが盾を下ろす。
「全員、無事だな」
「うん!」
エリシアが笑った。
「今の、すごく上手くいったね!」
「ジョシュアの声が早かったわ」
ミアが言った。
「おかげで動きやすかった」
ジョシュアは剣を鞘へ戻した。
「皆さんがすぐに動いてくれたからです」
レオンが頷いた。
「以前なら、もっと時間がかかっていたと思う」
5人は顔を見合わせた。
そして、自然と笑い合った。
◇
その日の夕方。
5人は再びギルドの受付に立っていた。
「成長記録の確認ですね」
受付嬢が微笑んだ。
「はい!」
エリシアが答える。
冒険者証が順番に確認されていく。
「エリシアさん、レベル10です」
「やった! ついに10!」
エリシアは嬉しそうに拳を握った。
「ミアさんは、レベル11ですね」
「私も上がってるわ」
ミアが満足そうに頷いた。
「ダグラスさん、レベル13です」
「順調だな」
ダグラスが笑った。
「レオンさんは、レベル14ですね」
「もう少しで15か」
レオンは冒険者証を見つめた。
「次のレベルまでは、もう少しかかりそうだね」
エリシアはレオンの冒険者証を覗き込んだ。
「まだ4も差があるんだね」
「僕の方が次のレベルに必要な経験値も多いからね」
レオンは答えた。
「このまま依頼を続ければ、差は縮まるかもしれないよ」
「じゃあ、追いつけるかも!」
「もちろん」
レオンは微笑んだ。
「頑張って」
そして、最後にジョシュアの番になった。
彼は冒険者証を受け取り、自分の情報を確認した。
名前:ジョシュア
レベル:1000
状態:《セフィロト抑制》
変化はなかった。
ジョシュアは冒険者証を受付嬢へ返した。
「確認をお願いします」
「はい」
受付嬢は記録台へ載せた。
しばらくして、結果が表示される。
「ジョシュアさんは、レベル1ですね」
エリシアは少し残念そうな顔をした。
「やっぱり、上がらないんだね」
「そうみたいです」
ジョシュアは答えた。
受付嬢は申し訳なさそうに頭を下げた。
「経験値の記録は残っているのですが、レベルは変わっていません」
「大丈夫です」
ジョシュアは冒険者証を受け取った。
「ありがとうございます」
レオンが口を開いた。
「ジョシュアも、以前より動きがよくなっているよ」
「そうでしょうか」
「うん。少なくとも、戦闘中の判断はかなり早くなっている」
ミアも頷いた。
「そうね。最近はジョシュアの声があると、次に何をすればいいか分かりやすいわ」
ダグラスが笑った。
「俺もそう思う。今日の戦闘だって、助けられたからな」
エリシアはジョシュアの肩を叩いた。
「だから、気にしないで!」
ジョシュアは仲間たちを見回した。
「……ありがとうございます」
彼は小さく笑った。
仲間たちが成長している。
自分も、少しずつ戦い方を覚えている。
それは確かだった。
だが、冒険者証に表示されるレベル1000という数字だけは、どうしても理解できなかった。
自分は、本当にそれほどの力を持っているのだろうか。
もしそうなら、なぜ使えないのだろう。
ジョシュアは冒険者証を握り直した。
答えは、まだ見つからなかった。
◇
その夜。
王都の酒場。
時風はカウンターに座り、酒を飲んでいた。
「レベル14か」
彼は小さく呟いた。
昼間、レオンたちから聞いた話を思い出していた。
4人は順調に成長している。
エリシアは10。
ミアは11。
ダグラスは13。
レオンは14。
冒険者としては、まだまだこれからという段階だ。
だが、以前と比べれば確実に強くなっている。
「いいねえ。若いってのは」
時風は楽しそうに笑った。
そして、ジョシュアのことを思い出す。
他人から見えるレベルは1。
だが、本当のレベルは1000。
それだけの力を持ちながら、今はほとんど使えない状態にある。
時風は酒を口に運んだ。
「……まあ、そうなるよなあ」
ジョシュアの身体に施された抑制。
それがある限り、本来の力を自由に使うことはできない。
時風は、その理由を知っていた。
だが、今は何も言うつもりはなかった。
「焦ることはないさ」
彼は酒瓶を置いた。
「今のお前には、今のお前にしかできないことがあるんだから」
その時、懐に入れた手紙が指先に触れた。
フィールから届いた手紙。
時風は取り出しもせず、指で封筒の端を押した。
助けを求める娘からの手紙。
届いてから、すでに何日も経っている。
「……ったく、面倒なことになってるみたいだねえ」
時風は苦笑した。
すぐに会いに行く必要があるとは思っていない。
だが、いつまでも放っておくわけにもいかないだろう。
彼は酒瓶を持ち上げた。
「そろそろ、顔を出してやるかね」
窓の外には、王都の夜景が広がっていた。
遠く離れた《煌めき通り》では、今夜も無数の灯りが輝いている。
その街で何が起きているのか。
時風は、すでに知っていた。
だからこそ、今はまだ動かない。
彼は酒を飲み干し、空になった杯をカウンターへ置いた。




