Eランクの依頼
第43話 Eランクの依頼
翌朝。
王都の冒険者ギルドでは、依頼掲示板の前に人だかりができていた。
朝一番に張り出される依頼は、条件の良いものから順に受注されていく。報酬の高い護衛依頼や、危険の少ない採集依頼は特に人気があった。
「うわあ、すごい人!」
エリシアが背伸びをした。
昨日まで何度も通っていた場所なのに、今日は少し違って見える。
腰の鞘には、研ぎ直したばかりの剣。
胸元には、新しい冒険者証。
そこに刻まれたEの文字が、何とも誇らしかった。
「浮かれるのはいいけど、ちゃんと依頼を探してよね」
ミアが隣から声をかける。
「分かってるって!」
エリシアは答えたものの、すぐに冒険者証へ視線を落とした。
「……やっぱり嬉しいなあ」
「昨日から何回目よ、それ」
ミアは呆れたように笑った。
その後ろでは、レオンが掲示板を眺めていた。
「Eランクの依頼は、あちらの区画みたいだね」
掲示板は冒険者ランクごとに区切られていた。
Fランクの区画には、街中の雑用や近郊での採集依頼が多い。
一方、Eランクの区画には、魔物の討伐や街道の警備、商人の護衛などが並んでいた。
「本当に種類が増えたな」
ダグラスが感心したように呟く。
「報酬も、少し高くなっていますね」
ジョシュアが言った。
ミアの耳が動いた。
「どれどれ?」
彼女は早速、掲示板へ近づいた。
「街道護衛、報酬6000ユグド……!」
目を輝かせた直後、依頼書の下部を読んで顔をしかめる。
「拘束期間、六日間。食事は支給、宿泊は自己負担……か」
「六日間で6000ユグドなら、一日あたり1000ユグドだね」
レオンが計算する。
「五人で分けると、一人あたり一日200ユグド。宿泊費まで考えると、そこまで良い条件ではないかな」
「そうね。しかも、街道で盗賊に遭遇する可能性もある」
ミアは依頼書から手を離した。
「次!」
エリシアが別の依頼を指さす。
「これなんてどう? 《赤角猪》の討伐!」
依頼書には、王都東方の丘陵地帯で確認された赤角猪を二頭討伐するよう記されていた。
報酬は4000ユグド。
「猪なら、狼より簡単そうじゃない?」
「それはどうだろう」
レオンが眉を寄せた。
「赤角猪は突進力が強い魔物だよ。特に成体は、木を折るほどの力があるらしい」
「木を?」
エリシアが目を丸くした。
「それは……ちょっと怖いね」
ダグラスが腕を組んだ。
「俺の盾で受け止めるのは難しいかもしれないな」
「じゃあ、これも保留ね」
ミアは依頼書を戻した。
五人は次々と依頼を確認していった。
薬草の採集。
農地を荒らす魔物の駆除。
行方不明になった家畜の捜索。
近隣の村までの荷物運搬。
どれも受注可能な依頼だったが、報酬や危険度、所要時間を考えると、なかなか決められない。
「うーん……」
エリシアが腕を組んだ。
「Eランクになったら、もっと簡単に決まると思ってた」
「選べる依頼が増えた分、考えることも増えたんだよ」
レオンが答えた。
その時、ジョシュアが一枚の依頼書に目を留めた。
「あの、これはどうでしょうか」
四人が振り向く。
ジョシュアが指さしたのは、掲示板の端に張られた依頼だった。
『王都西方・旧街道周辺の魔物調査』
依頼内容は、旧街道付近で目撃されている魔物の調査。
ここ数日、街道を利用する商人から、荷車が襲われたという報告が寄せられているらしい。
ただし、魔物の正体は不明。
依頼の目的は、現地を調査し、魔物の種類と生息場所を特定することだった。
基本報酬は3500ユグド。
危険な魔物と遭遇した場合、無理に討伐する必要はない。
「調査依頼か」
ダグラスが呟いた。
レオンは依頼書を読み込んだ。
「なるほど。討伐が必須ではないんだね」
「うん」
ジョシュアが頷く。
「今の僕たちには、ちょうどいいかもしれません」
ミアは少し考えた。
「でも、正体不明の魔物っていうのは気になるわね」
「そうだね」
レオンが答えた。
「ただ、調査だけで依頼を達成できるなら、危険だと判断した時点で撤退できる」
「それなら、無理に戦わなくてもいいのね」
エリシアが頷いた。
ダグラスは依頼書を見つめた。
「俺も賛成だ。昨日の試験でも、状況判断の大切さを教わったからな」
ミアは報酬額を確認した。
「3500ユグドなら、五人で分けても一人700ユグド。移動費や食費を差し引いても、悪くないわ」
レオンが頷いた。
「現地までの距離も、徒歩で半日ほどだね。早朝に出れば、夕方までには戻れるはずだ」
「じゃあ、これにしよう!」
エリシアが笑った。
五人は依頼書を取り、受付へ向かった。
◇
「旧街道周辺の魔物調査ですね」
受付嬢は依頼書を確認した。
「こちらはEランク向けの調査依頼になります」
「はい!」
エリシアが答える。
受付嬢は書類を取り出した。
「依頼内容について、いくつか説明いたします」
五人が姿勢を正した。
「まず、今回の調査対象ですが、現時点では魔物の種類が特定されていません」
レオンが頷いた。
「依頼書にも、そう書かれていましたね」
「はい。目撃情報によると、灰色の毛並みを持つ四足歩行の魔物だったそうです」
ミアが眉を上げた。
「灰色の毛並み?」
「狼でしょうか?」
ジョシュアが尋ねる。
「その可能性もありますが、目撃者によって証言が異なっています」
受付嬢は続けた。
「ある商人は狼に似ていたと言い、別の商人は犬よりも大きな獣だったと証言しています」
「なるほど」
レオンが考え込んだ。
「それから、こちらをご確認ください」
受付嬢は地図を広げた。
王都の西方。
現在使われている街道から少し外れた場所に、古い道が描かれている。
「この旧街道は、以前は商人たちが利用していた道です。しかし、数年前に新しい街道が整備されてからは、ほとんど使われなくなりました」
「今は誰も通らないんですか?」
エリシアが尋ねた。
「完全に通行がなくなったわけではありません。近隣の村人や、一部の商人が近道として利用しています」
受付嬢は地図の一角を指さした。
「魔物の目撃情報は、この周辺に集中しています」
そこには、小さな森と古い石橋が描かれていた。
「石橋の近く……」
ジョシュアが呟いた。
「はい。特に、夕方以降の目撃が多いようです」
ダグラスが腕を組んだ。
「夜行性の魔物かもしれないな」
「その可能性はあります」
受付嬢は頷いた。
「ただし、夜間の調査は推奨されていません。Eランクの冒険者には、日中の調査をお願いしています」
「分かりました」
レオンが答えた。
「最後に、依頼達成条件についてです」
受付嬢は書類を指さした。
「魔物の種類、生息場所、行動範囲などを調査し、ギルドへ報告してください。可能であれば、足跡や毛などの証拠を持ち帰っていただけると助かります」
「討伐はしなくてもいいんですよね?」
ミアが確認する。
「はい。討伐は必須ではありません」
受付嬢は少し表情を引き締めた。
「むしろ、危険だと判断した場合は、速やかに撤退してください」
五人は頷いた。
「それでは、こちらの依頼を受注されますか?」
「はい!」
エリシアが答えた。
受付嬢は依頼書に受注印を押した。
「承知しました。お気をつけて」
◇
ギルドを出た五人は、近くの広場に集まった。
「さて、どうする?」
ダグラスが尋ねた。
「今日はもう昼前だから、出発するなら明日の朝がいいと思う」
レオンが答えた。
「現地まで半日かかるなら、今から向かっても十分に調査できないからね」
「そうね」
ミアが頷いた。
「それに、準備も必要だし」
「何を持っていけばいいかな?」
エリシアが尋ねた。
レオンは指を折りながら答えた。
「食料、水、予備の包帯。それから、調査用の道具も必要だね」
「調査用?」
「足跡の大きさを測るための紐や、毛を保管する小袋とか」
「なるほど!」
エリシアが頷いた。
ミアは腕を組んだ。
「お金はあまり使いたくないけど、必要なものなら仕方ないわね」
「俺は盾と武器の点検をしておく」
ダグラスが言った。
「昨日修理したばかりだが、念のためな」
「僕は地図を確認しておきます」
ジョシュアが答えた。
レオンが微笑んだ。
「じゃあ、僕は魔物の資料を調べておこうかな」
「私は?」
エリシアが尋ねた。
ミアは少し考えた。
「エリシアは、食料の買い出しを手伝って」
「分かった!」
エリシアは元気よく頷いた。
「いっぱい買ってこよう!」
「必要な分だけよ!」
「分かってるってば!」
五人は笑った。
そして、それぞれ準備のために動き始めた。
◇
午後。
王都の商業区。
ミアとエリシアは、露店の並ぶ通りを歩いていた。
「干し肉、パン、水……」
ミアは買い物用のメモを確認していた。
「それから、包帯も買っておきたいわね」
「ヒールポーションは?」
エリシアが尋ねる。
「一つくらいは欲しいけど……」
ミアは少し考えた。
「100ユグドだから、できれば無駄遣いはしたくないのよね」
「でも、怪我した時に困るよ?」
「それはそう」
ミアはため息をついた。
「じゃあ、一つだけ買っておきましょう」
「うん!」
二人は薬屋へ向かった。
店内には、薬草や小瓶が並んでいる。
ミアは棚からヒールポーションを一つ取り、店主に差し出した。
「これをください」
「100ユグドだよ」
ミアは硬貨を支払った。
小瓶を受け取り、鞄へしまう。
「これで、少しは安心ね」
エリシアが笑った。
「うん!」
その後、二人は食料を買い、広場へ戻った。
◇
一方、レオンはギルドの資料室にいた。
古い魔物図鑑を開き、灰色の毛並みを持つ魔物について調べている。
「灰牙狼……いや、違うかな」
彼はページをめくった。
灰牙狼は群れで行動することが多い。
だが、今回の目撃情報では、単独で現れたという証言が多かった。
「単独行動する大型の獣……」
レオンは別の資料を開いた。
そこには、王都周辺で確認された魔物の記録がまとめられている。
数年前、旧街道付近で大型の獣が目撃されたという報告があった。
ただし、詳しい調査は行われていない。
「……同じ個体なのかな」
レオンは考え込んだ。
数年前から同じ魔物が住み着いているのだとすれば、周辺の環境に慣れている可能性がある。
人間を襲う理由も、単なる空腹とは限らない。
彼は必要な情報を書き写し、資料を閉じた。
「明日、現地で確かめよう」
◇
夕方。
ジョシュアは王都の西門近くに立っていた。
手には、ギルドで借りた地図がある。
旧街道へ向かう道を、事前に確認していたのだ。
西門の外には、広い草原が続いている。
遠くには森が見え、その向こうに低い丘が連なっていた。
「……あの辺りでしょうか」
ジョシュアは地図を見つめた。
明日向かう場所。
そこに、どんな魔物がいるのか。
まだ分からない。
だが、今回は討伐ではなく調査だ。
危険だと判断したら、無理に戦わず撤退する。
その方針は、五人で決めている。
「よし」
ジョシュアは地図を畳んだ。
その時だった。
「おや?」
背後から声がした。
振り向くと、時風が立っていた。
「こんなところで何してるんだ?」
「時風さん」
ジョシュアは微笑んだ。
「明日の依頼の準備です」
「ほう!」
時風は興味深そうに地図を覗き込んだ。
「どこへ行くんだ?」
「王都の西にある旧街道です」
「旧街道?」
時風は少し考えた。
「なるほどなあ」
「何か知っているんですか?」
ジョシュアが尋ねた。
時風は笑った。
「昔、何度か通ったことがあるだけさ!」
「そうなんですね」
「おう!」
時風は頷いた。
「今はあんまり使われてない道だが、昔は結構賑やかだったんだぞ!」
ジョシュアは西の方角を見た。
「そうなんですか」
「ああ!」
時風は笑った。
「まあ、道ってのは使われなくなると、すぐに草が生えてくるからな!」
ジョシュアは頷いた。
「明日は、気をつけて行ってきます」
「そうしろ!」
時風は軽く手を振った。
「無理はするなよ!」
「はい」
ジョシュアは微笑んだ。
時風はそのまま、王都の通りへ歩いていった。
ジョシュアはもう一度、西の空を見た。
夕日が、遠くの丘を赤く染めていた。
明日。
五人は、Eランクになって初めての依頼へ向かう。
ジョシュアは地図を鞄へしまい、仲間たちの待つ宿へ戻った。




