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五人の祝勝会

第42話 五人の祝勝会


 王都の夕暮れは、昼間とは違った賑わいに包まれていた。


 商人たちが露店を片づけ始める一方で、酒場や食堂の前には仕事を終えた人々が集まっている。


 焼いた肉の香りが通りに漂い、どこかの店から陽気な歌声が聞こえてきた。


「ねえ、時風さん!」


 エリシアが前を歩く時風に声をかけた。


「本当に好きなものを頼んでいいの?」


「おう!」


 時風は振り返った。


「今日はお前らのお祝いだからな!」


「じゃあ、お肉!」


「いいぞ!」


「甘いものも!」


「もちろん!」


「お酒も!」


「それは駄目だな!」


「ええっ!?」


 エリシアが驚いた。


 時風は楽しそうに笑った。


「飲み慣れてない奴が試しに飲むには、今日は少し騒がしすぎる!」


「時風さんは飲むんでしょ?」


「俺は慣れてるからな!」


「ずるい!」


「はははっ!」


 そんなやり取りを聞きながら、ミアは隣を歩くルイの手を引いていた。


 ギルドを出た後、ミアは一度家へ戻り、弟を迎えてきたのだ。


 事情を聞いたルイは、靴を履くのももどかしそうに飛び出してきた。


「姉ちゃん、本当にEランクになったの?」


「なったわよ。ほら」


 ミアは冒険者証を見せた。


 ルイは立ち止まり、そこに刻まれた文字を覗き込んだ。


「E……」


「読める?」


「読めるよ!」


 ルイは胸を張った。


「姉ちゃん、すごい!」


「はいはい、ありがと」


 ミアは笑い、冒険者証をしまった。


「でも、まだまだこれからよ」


「次はDランク?」


「気が早いわね」


「その次はCランク!」


「まずはEランクの依頼に慣れないとね」


 ルイは指を折りながら、さらに上のランクを数え始めた。


 その横でダグラスが笑っている。


「元気な弟だな」


「元気すぎるのよ」


 ミアは肩をすくめた。


 レオンは通りの先を見た。


「ところで、どのお店に行くんですか?」


「もうすぐだ!」


 時風が答えた。


「いい店を知ってるんだよ!」


 ジョシュアはその背中を見つめた。


 時風が王都で知っている店は、いったいどれほどあるのだろう。


 そう考えているうちに、一行は大通りから一本外れた道へ入った。


 石造りの建物が並ぶ一角。


 その中に、木製の看板を掲げた酒場があった。


 看板には、麦の穂と大きなジョッキが描かれている。


「ここだ!」


 時風は迷わず扉を開けた。


◇


「いらっしゃい!」


 店内から威勢のいい声が響いた。


 酒場はすでに大勢の客で賑わっていた。


 木製の長机がいくつも並び、冒険者や職人たちが食事を楽しんでいる。


 奥の暖炉では薪が燃え、厨房から肉の焼ける音が聞こえてきた。


「おっ、時風じゃねえか!」


 カウンターの向こうから、大柄な店主が顔を出した。


「今日は早いな!」


「おう! 今日は連れがいるんだ!」


 時風は後ろの六人を指さした。


「こいつらがEランクに昇格したんでな! 祝いに来た!」


「そりゃめでてえ!」


 店主は大きく笑った。


「奥の席が空いてるぞ!」


「ありがとな!」


 一行は案内された長机へ向かった。


 ルイは店内を見回しながら、目を輝かせている。


「すごい! おっきい!」


「走らないでよ」


 ミアが注意した。


「分かってる!」


 ルイは返事をしながら、椅子によじ登った。


 全員が席に着くと、店員が注文を取りに来た。


「ご注文は?」


「まずは飲み物だな!」


 時風が言った。


「俺はいつもの酒!」


「はいはい」


 店員は慣れた様子で頷いた。


「皆さんは?」


「果実水をお願いします」


 レオンが答えた。


「私も!」


 エリシアが手を上げる。


「俺も同じで」


 ダグラスが続けた。


「僕もお願いします」


 ジョシュアが答える。


 ミアはルイを見た。


「何にする?」


「甘いやつ!」


「果実水ね。二つお願いします」


「承知しました」


 店員は注文を書き留めた。


「お料理は?」


 時風が笑った。


「肉料理を適当に! あとはパンとスープ、それから野菜も頼む!」


「量は?」


「六人と子供一人分だ! 足りなかったら追加する!」


「分かりました!」


 店員は厨房へ向かった。


 エリシアは机に身を乗り出した。


「楽しみ!」


「さっきから食べ物のことばかりね」


 ミアが笑った。


「だって、お腹空いたんだもん!」


「今日は試験で動いたからね」


 レオンが言った。


「僕もかなり空腹だよ」


 ダグラスが頷いた。


「俺もだ」


 ジョシュアは店内を見回した。


 笑い声。


 食器の音。


 酒を注ぐ音。


 どれも、どこか心地よかった。


 少し前まで、自分はこうした場所で誰かと食事をすることさえ、想像していなかった。


 今は、当たり前のように仲間たちと同じ席に座っている。


「ジョシュア?」


 エリシアが声をかけた。


「どうしたの?」


「いえ」


 ジョシュアは微笑んだ。


「楽しみだなと思って」


「だよね!」


 エリシアも笑った。


◇


 しばらくすると、料理が次々と運ばれてきた。


 大皿に盛られた焼き肉。


 香草の入った温かいスープ。


 焼きたてのパン。


 色とりどりの野菜を使った煮込み料理。


 机の上が、あっという間に埋まっていく。


「わあ……!」


 ルイが目を輝かせた。


「すごい!」


「ほら、熱いから気をつけなさい」


 ミアが皿を取り分ける。


「うん!」


 エリシアは肉料理を見つめていた。


「食べていい?」


「もちろん!」


 時風が笑った。


「今日は遠慮するな!」


「いただきます!」


 エリシアは早速肉を口に運んだ。


 そして、目を見開いた。


「おいしい!」


 ダグラスも一口食べた。


「これは美味いな」


「だろ?」


 時風は得意げに頷いた。


「ここの店主は腕がいいんだ!」


 レオンはスープを飲んだ。


「香草の使い方が上手だね」


「そんなことまで分かるの?」


 エリシアが尋ねる。


「少しだけね」


 レオンは微笑んだ。


「故郷でも、似た香草を使っていたから」


「へえ!」


 ミアはルイの皿へ肉を取り分けていた。


「ほら、野菜も食べなさい」


「お肉がいい」


「野菜も」


「あとで」


「今」


「……はーい」


 ルイは渋々野菜を口に運んだ。


 その様子を見て、ジョシュアが笑った。


「仲がいいですね」


「そう見える?」


 ミアが尋ねた。


「はい」


「まあ、喧嘩もするけどね」


 ミアはルイの頭を撫でた。


「この子、言うこと聞かない時もあるし」


「姉ちゃんだって!」


「私は何?」


「朝、全然起きない!」


「それは昨日疲れてたからでしょ!」


 周囲から笑い声が上がった。


 ルイも笑った。


 時風は酒を一口飲み、満足そうに息を吐いた。


「いやあ、賑やかでいいな!」


◇


 食事が進み、皿の上の料理が少なくなった頃。


 レオンがふと口を開いた。


「そういえば、これからどうする?」


 エリシアが顔を上げる。


「これから?」


「Eランクになった後のことだよ」


 レオンは続けた。


「受けられる依頼も増えたし、今後の方針を考えておいた方がいいと思う」


「なるほど」


 ダグラスが頷いた。


「確かに、いつまでも簡単な依頼ばかりでは成長できないからな」


 ミアは果実水を飲んだ。


「でも、いきなり難しい依頼を受けるのも危険よね」


「そうだね」


 レオンが頷いた。


「まずはEランクの中でも比較的安全な依頼から始めて、少しずつ慣れていくのがいいと思う」


 エリシアは少し考えた。


「じゃあ、次は何を受ける?」


「それは明日、ギルドで確認してからかな」


 レオンが答えた。


「依頼は日によって変わるからね」


 ダグラスが頷いた。


「俺も賛成だ」


 ミアは腕を組んだ。


「報酬も大事よ。装備の修理代だってかかるし」


「そうだね」


 ジョシュアが頷いた。


「僕も、もう少しお金を貯めたいです」


 エリシアが笑った。


「じゃあ、明日はみんなで依頼を探そう!」


「うん」


 レオンが答えた。


 その時、時風が口を開いた。


「そういえば、お前ら」


 五人が振り向く。


「《煌めき通り》には、もう行かないのか?」


 その名前が出た瞬間、少しだけ空気が変わった。


 エリシアは箸を止めた。


「……《煌めき通り》」


 ミアも顔を上げた。


 レオンは静かに頷いた。


「忘れてはいません」


 ジョシュアも頷いた。


 時計職人のマルセル・グレイン。


 彼から受けた依頼。


 そして、街で起きていた不可解な不運の数々。


 結局、原因を突き止めることはできなかった。


 依頼は未解決のままだ。


「また、行きたいと思っています」


 ジョシュアが言った。


 エリシアも頷いた。


「私も!」


 ミアは少し考えた。


「でも、今すぐは難しいわね」


「そうだね」


 レオンが答えた。


「前回は、調査の準備も情報も足りなかった。今度は、もっと計画的に動く必要がある」


 ダグラスが頷いた。


「それに、街で何が起きているのか、まだ分かっていないからな」


 時風は酒を飲んだ。


「なるほどなあ」


 彼は楽しそうに笑った。


「じゃあ、しばらくは王都で修行か!」


「そうなりますね」


 レオンが答えた。


 時風は頷いた。


「いいじゃないか!」


 彼はジョッキを持ち上げた。


「焦ることはないさ!」


 ジョシュアは時風を見た。


 彼の言葉には、どこか余裕があった。


 まるで、何かを知っているような。


 けれど、時風はいつも通り笑っているだけだった。


「時風さんは、また《煌めき通り》へ行くんですか?」


 ジョシュアが尋ねた。


「ん?」


 時風は少し考えた。


「そうだなあ」


 彼は酒を一口飲んだ。


「そのうちな!」


「そうですか」


「おう!」


 時風は笑った。


「まだ王都でやりたいこともあるしな!」


 それ以上は何も言わなかった。


◇


 食事が終わる頃には、店内の客も少しずつ入れ替わっていた。


 時風は店主を呼び、代金を支払った。


「毎度あり!」


 店主が笑った。


「また来いよ!」


「おう!」


 時風は手を振った。


 一行は店を出た。


 夜の王都は、昼間とは違う静けさに包まれていた。


 街灯が石畳を照らし、遠くから馬車の音が聞こえてくる。


 ルイはミアの手を握り、眠そうに目を擦っていた。


「眠い?」


 ミアが尋ねる。


「……ちょっと」


「帰ったらすぐ寝なさいよ」


「うん」


 ルイは頷いた。


 エリシアは満足そうに伸びをした。


「はあー! お腹いっぱい!」


「食べすぎじゃない?」


 ミアが笑った。


「だって、美味しかったんだもん!」


「それは分かるけど」


 レオンが微笑んだ。


「今日はいい一日だったね」


「そうだな」


 ダグラスが頷いた。


「試験にも合格できたし、こうして皆で食事もできた」


 ジョシュアは夜空を見上げた。


 王都の建物の間から、星が見えている。


 その光は、静かに瞬いていた。


「……また、こうして集まりたいですね」


 ジョシュアが呟いた。


 エリシアが笑った。


「もちろん!」


 ミアも頷いた。


「次は、自分たちで稼いだお金でお祝いできるといいわね」


「それなら、もっと頑張らないとね」


 レオンが答えた。


 ダグラスが笑った。


「次の目標ができたな」


 時風は少し離れた場所で、その会話を聞いていた。


 彼は空を見上げ、酒瓶を軽く振った。


 中身は、もうほとんど残っていない。


「さて」


 時風は小さく呟いた。


「俺も、そろそろ考えるかね」


 懐には、一通の手紙が入っていた。


 《煌めき通り》から届いた、娘からの手紙。


 時風はそれを取り出さず、上から軽く叩いた。


 返事は、まだ出していない。


 彼は少し考えた後、いつもの調子で笑った。


「ま、急ぐこともないか!」


 そして、仲間たちの後を追った。


 王都の夜は、穏やかに更けていった。

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