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初めての報酬

第38話 初めての報酬


 森の中で食べる昼食は、思っていた以上に美味しかった。


「んーっ!」


 エリシアはパンを頬張り、幸せそうに目を細めた。


「おいしい!」


「はははっ! だろ?」


 時風は木の根元に腰を下ろし、干し肉をかじっていた。


「腹が減ってる時は、何を食っても美味いもんさ!」


「それ、料理した人に失礼じゃない?」


 ミアが呆れたように言った。


「はははっ! 確かにな!」


 時風は笑い、もう一口食べた。


 その少し離れた場所では、レオンが小さな手帳に何かを書き込んでいた。


「何してるの?」


 エリシアが尋ねる。


「さっきの戦闘の記録だよ」


 レオンは顔を上げた。


「魔法を何回使ったか、どれくらい疲労したか。それから、灰牙狼の動きについても」


「へえー!」


「次に戦う時、同じ失敗をしないためにね」


 ミアが覗き込んだ。


「結構細かいわね」


「そうかな?」


「そうよ。私だったら、そこまで書かないもの」


 レオンは苦笑した。


「僕は身体を動かすより、こういう方が得意だからね」


 ダグラスは盾を地面に置き、腕を揉んでいた。


「しかし、思っていたより衝撃が強かったな」


「盾、大丈夫?」


 エリシアが尋ねる。


「ああ。少し傷がついた程度だ」


 ダグラスは盾の表面を確認した。


 灰牙狼の牙が当たった部分には、浅い傷が残っている。


「だが、次も同じように受け続けたら、腕が持たないかもしれない」


「盾って、そんなに大変なんですね」


 ジョシュアが尋ねた。


「そうだな」


 ダグラスは頷いた。


「攻撃を受け止めるだけなら簡単に見えるかもしれないが、実際には足の位置や盾の角度で負担が変わる」


 彼は盾を持ち上げた。


「真正面から全部受けると、腕に衝撃が残る。少し斜めにすれば、力を逃がせるんだが……」


「さっきは、できなかったんですか?」


「ああ。仲間を守ることばかり考えて、そこまで余裕がなかった」


 ダグラスは苦笑した。


 ジョシュアは頷いた。


「僕も、似たような感じでした」


「そうなのか?」


「はい」


 ジョシュアは自分の剣を見た。


 灰牙狼の肩を切りつけた時。


 一瞬だけ、相手の動きが分かった気がした。


 だが、その後が続かなかった。


 何かを思い出しかけたような感覚だけが、今も残っている。


「もっと、練習しないと」


 ジョシュアが呟いた。


 ダグラスは笑った。


「一緒に頑張ろう」


「はい」


 その会話を、時風は少し離れた場所で聞いていた。


「いいじゃないか!」


 五人が振り向く。


「自分の弱いところが分かるってのは、大事なことだぞ!」


 エリシアが首を傾げた。


「そうなの?」


「おう!」


 時風は頷いた。


「分からなきゃ、直しようがないからな!」


 レオンが手帳を閉じた。


「確かに、その通りだね」


 時風は立ち上がった。


「さて!」


 彼は森の奥を指さした。


「休憩も終わったことだし、そろそろ行くか!」


「もう?」


 ミアが顔をしかめる。


「もう少し休んでもいいんじゃない?」


「もちろん構わんぞ!」


 時風は笑った。


「でも、日が暮れる前には帰りたいだろ?」


 ミアは空を見上げた。


 枝葉の隙間から見える太陽は、すでに少し傾いていた。


「そうね」


 彼女は立ち上がった。


「じゃあ、もう一体だけ探しましょう」


◇


 それから一時間ほど。


 五人は森の浅い場所を中心に探索を続けていた。


 ミアが先頭に立ち、足跡や折れた枝を調べる。


 レオンは周囲の魔力の流れに注意を向け、ダグラスは盾を構えたまま歩いていた。


 エリシアは剣の柄に手を添え、ジョシュアは最後尾から周囲を確認している。


 時風は少し離れた場所を歩きながら、時折鼻歌を歌っていた。


「静かだね」


 エリシアが呟いた。


「さっきの群れが逃げたからかもしれない」


 レオンが答える。


「この辺りの魔物も、警戒しているんじゃないかな」


「それなら、少し奥へ行く?」


 ミアが尋ねた。


「いや」


 ダグラスが首を振った。


「今の状態で奥へ進むのは危険だ。魔力も体力も、完全には戻っていない」


 ミアは頷いた。


「そうね」


 その時だった。


「待って」


 彼女の耳が動いた。


 全員が足を止める。


 ミアはしゃがみ込み、地面を調べた。


 柔らかい土の上に、一つの足跡が残されている。


「灰牙狼」


 レオンが近づいた。


「一頭だけ?」


「足跡を見る限りはね」


 ミアは周囲を確認した。


「でも、油断はできないわ」


 ジョシュアは木々の間を見つめた。


 何かがいる。


 そう感じた。


「あそこ」


 彼は右前方を指さした。


 倒木の向こう。


 灰色の毛並みが、わずかに見えていた。


「本当だ」


 エリシアが小声で呟いた。


 灰牙狼は、こちらに気づいていないようだった。


 倒木の陰で、何かを食べている。


「どうする?」


 ダグラスが尋ねた。


 レオンは少し考えた。


「できれば、こちらから有利な位置で戦いたいね」


「じゃあ」


 ジョシュアが口を開いた。


「僕が、動きを見ます」


 四人が振り向いた。


「昨日の訓練みたいに」


 ジョシュアは続けた。


「エリシアさんが前に出て、ダグラスさんが逃げ道を塞ぐ。ミアさんは横から。レオンさんは、魔法を準備しておいてください」


 レオンが頷いた。


「いいね」


 エリシアは剣を握り直した。


「分かった!」


 ミアは短剣を抜いた。


「今度は、ちゃんと仕留めましょう」


 ダグラスが盾を構える。


「任せろ」


 五人は、ゆっくりと配置についた。


◇


 最初に動いたのは、エリシアだった。


「はあっ!」


 倒木の陰へ踏み込む。


 灰牙狼が顔を上げた。


「グルッ!?」


 突然現れた人間に驚き、後ろへ跳ぶ。


 だが、その先にはダグラスがいた。


 大盾が進路を塞ぐ。


 灰牙狼は急停止した。


 そして、横へ逃げようとする。


「ミア!」


 ジョシュアが叫んだ。


「分かってる!」


 ミアが飛び込んだ。


 短剣を振る。


 灰牙狼は身体を捻り、攻撃を避けた。


 だが、その動きで、足が止まった。


「レオン!」


 ジョシュアが叫ぶ。


「風よ、我が呼び声に応え、刃となって敵を裂け――《風刃》!」


 すでに詠唱を終えていたレオンが、杖を振った。


 風の刃が放たれる。


 灰牙狼の胴体を切り裂いた。


「ギャアッ!」


 狼が地面に倒れる。


 だが、まだ動いていた。


 傷を負った身体で、立ち上がろうとする。


「エリシア!」


 ジョシュアが叫んだ。


「うん!」


 エリシアは剣を構え直した。


 そして、踏み込む。


「《強撃》!」


 剣に力を込める。


 刃が、灰牙狼の首元へ振り下ろされた。


 重い衝撃。


 灰牙狼の身体が、地面に沈んだ。


 今度こそ、動かなくなった。


「やった」


 エリシアが呟いた。


 レオンが息を吐く。


「うん」


 ミアは周囲を確認した。


「ほかの気配はないわ」


 ダグラスが盾を下ろした。


「これで三体だな」


 ジョシュアは頷いた。


「依頼、達成ですね」


 エリシアが振り向いた。


 そして、満面の笑みを浮かべた。


「やったー!」


 森の中に、明るい声が響いた。


◇


 時風が拍手しながら近づいてきた。


「いいじゃないか!」


 エリシアが振り向く。


「時風さん!」


「おう!」


 時風は倒れた灰牙狼を見た。


「さっきより、ずっとよかったぞ!」


「本当!?」


「本当だとも!」


 時風は頷いた。


「無駄な動きが減った! それに、ちゃんと仲間の位置を見てたな!」


 レオンが苦笑した。


「まだ、かなり余裕はなかったけどね」


「それでいいんだよ!」


 時風は笑った。


「最初から完璧にできる奴なんて、そうそういない!」


 ミアは短剣を鞘に戻した。


「でも、これで依頼は達成ね」


「そうだな」


 ダグラスが頷いた。


「討伐証明を持ち帰ろう」


 五人は灰牙狼の牙を回収した。


 ギルドで指定された討伐証明部位だった。


 魔物の素材として価値のある毛皮や爪も、可能な範囲で持ち帰ることにした。


「結構重いね」


 エリシアが袋を持ち上げる。


「無理しないで」


 ミアが言った。


「帰り道もあるんだから」


「うん!」


 ジョシュアは回収した素材を確認した。


 牙は三頭分。


 毛皮も、状態の良いものがいくつかある。


 これなら、依頼の報酬に加えて素材の売却益も期待できるだろう。


「少しは、お金になりますね」


 ジョシュアが呟いた。


 ミアが笑った。


「少しどころじゃないわよ!」


「そうなんですか?」


「ええ!」


 ミアは嬉しそうに頷いた。


「これで、しばらくは食費にも困らないかもしれない!」


 レオンが苦笑した。


「まずは、報酬を受け取ってからだね」


 五人は荷物をまとめ、森を後にした。


◇


 夕方。


 王都の冒険者ギルド。


「灰牙狼三体の討伐、確認いたしました」


 受付嬢は牙を数え、依頼書に達成印を押した。


「お疲れ様でした」


 エリシアが笑った。


「ありがとうございます!」


「基本報酬が1200ユグド。討伐証明の追加分は、四体目以降が対象となりますので、今回は基本報酬のみですね」


 ミアが頷いた。


「分かりました」


「それから、素材の買取についてですが……」


 受付嬢は別の用紙を取り出した。


「毛皮と爪を合わせて、300ユグドで買い取らせていただきます」


「合計、1500ユグド!」


 ミアの耳がぴんと立った。


 受付嬢は微笑んだ。


「はい。こちらになります」


 硬貨の入った袋が、カウンターに置かれた。


 ミアは袋を受け取ると、嬉しそうに中身を確認した。


「ちゃんとある」


「そりゃ、あるだろう」


 ダグラスが苦笑した。


「分かってるわよ!」


 ミアは頬を膨らませた。


 レオンが手帳を開いた。


「五人で分けると、一人300ユグドだね」


「300……」


 ジョシュアが呟いた。


 自分で依頼を達成し、受け取った報酬。


 その重みを、手の中で確かめる。


「嬉しいですね」


 エリシアが笑った。


「うん!」


 そして、ジョシュアの肩を軽く叩いた。


「次も頑張ろうね!」


「はい」


 その時だった。


「それと、皆様」


 受付嬢が声をかけた。


「今回の依頼達成により、皆様の冒険者実績が更新されました」


 五人が顔を上げる。


「実績?」


 レオンが尋ねた。


「はい」


 受付嬢は頷いた。


「これまでの依頼履歴と今回の討伐実績を合わせて確認したところ、皆様はEランク昇格審査の申請条件を満たしました」


「えっ!?」


 エリシアが目を丸くした。


「本当ですか!?」


「はい」


 受付嬢は微笑んだ。


「もちろん、昇格には実技審査への合格が必要ですが、申請自体は可能です」


 ミアが身を乗り出した。


「いつ受けられるんですか?」


「最短で三日後ですね」


 レオンが頷いた。


「三日後か」


 ダグラスは腕を組んだ。


「準備する時間はあるな」


 エリシアは拳を握った。


「受けよう!」


 ミアも頷いた。


「もちろん!」


 レオンは微笑んだ。


「僕も賛成だよ」


 ダグラスが頷く。


「俺もだ」


 四人の視線が、ジョシュアへ向いた。


 ジョシュアは少し考えた。


 今日の戦闘。


 仲間と協力して、灰牙狼を倒した。


 だが、まだ足りない。


 もっと強くなりたい。


 仲間の役に立ちたい。


「僕も、受けたいです」


 ジョシュアは答えた。


 受付嬢は頷いた。


「承知しました。それでは、五名様の申請を受け付けます」


 彼女は書類に記入し、受付印を押した。


「三日後の午前九時、ギルド併設の訓練場へお越しください」


「はい!」


 エリシアが元気よく答えた。


◇


 ギルドを出ると、すでに夕日が街を赤く染めていた。


 五人は並んで歩いていた。


「三日後かあ」


 エリシアが呟く。


「緊張するね!」


「まだ早いよ」


 レオンが苦笑した。


「それまでに、やることはたくさんある」


「例えば?」


「今日の戦闘の反省と、装備の整備。それから、実技審査に向けた訓練かな」


 ミアが頷いた。


「そうね。せっかく受けるんだから、ちゃんと合格したいわ」


 ダグラスは盾を持ち直した。


「明日も訓練場に行くか?」


「行きましょう」


 ジョシュアが答えた。


 エリシアが笑った。


「じゃあ、決まり!」


 その時だった。


「はははっ!」


 背後から、聞き慣れた笑い声が響いた。


 振り向くと、時風が立っていた。


「いやあ、よかったな!」


「時風さん!」


 エリシアが手を振った。


「私たち、昇格審査を受けられることになったよ!」


「おう! 聞いてたぞ!」


 時風は笑った。


「三日後だろ?」


「うん!」


「じゃあ、明日は特別訓練だな!」


 五人が顔を見合わせた。


「特別?」


 ミアが尋ねた。


「そうそう!」


 時風は楽しそうに笑った。


「今度は、もう少し厳しくいくぞ!」


「え?」


 エリシアが目を瞬かせた。


 時風は大きく笑った。


「はははっ! 楽しみにしてろ!」


 その笑顔を見て、ミアは小さく呟いた。


「嫌な予感しかしないんだけど」


 レオンも苦笑した。


「同感だね」


 ダグラスは腕を組んだ。


「まあ、強くなるためだ」


 ジョシュアは時風を見つめた。


「お願いします」


 時風は頷いた。


「おう!」


 そして、楽しそうに笑った。


「任せとけ!」


 王都の夕暮れ。


 五人の冒険者たちは、次の目標へ向けて歩き始めた。


 Fランクから、Eランクへ。


 それは、まだ小さな一歩だった。


 だが、確かな成長の始まりでもあった。

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