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五人で一つの剣

第36話 五人で一つの剣


 王都の訓練場に、乾いた音が響いた。


「うわっ!」


 エリシアが尻餅をつく。


 そのすぐ横を、木の枝が通り過ぎた。


「はい、これで三回目!」


 時風は楽しそうに笑っていた。


「はははっ! なかなか当たらんなあ!」


「……強すぎない!?」


 エリシアは地面に座ったまま抗議した。


「ただの木の枝じゃない!」


「そうだぞ!」


「何でそれで勝てるの!?」


「使い方次第だな!」


 時風は枝をくるりと回した。


 五人が一斉に挑み始めてから、すでに三十分が経っていた。


 結果は、惨敗。


 誰一人として、時風の身体に触れることすらできていなかった。


「……少し休もう」


 レオンが息を切らしながら言った。


「このまま続けても、同じことの繰り返しになりそうだ」


「賛成……」


 ミアは膝に手をついた。


「何であの人、全然疲れてないのよ……」


 ダグラスも盾を下ろした。


「……動きが読めないな」


 ジョシュアは黙って時風を見つめていた。


 時風は広場の中央に立ち、楽しそうに鼻歌を歌っている。


 こちらが攻撃すれば避ける。


 背後へ回れば、いつの間にか正面を向いている。


 囲もうとしても、気づけば誰かの横を抜けている。


 速い。


 それは間違いない。


 だが、単純に速いだけではなかった。


「……あの」


 ジョシュアが口を開いた。


「時風さんは、僕たちが動く前から、どこに行くか分かっているんでしょうか」


「お?」


 時風が振り向いた。


「いいところに気づいたな!」


 エリシアが目を丸くした。


「えっ、そうなの!?」


「半分正解だ!」


 時風は笑った。


「お前ら、自分がどこへ行くか決めてから動いてるだろ?」


「……普通、そうじゃない?」


 ミアが尋ねる。


「そうだな!」


 時風は頷いた。


「でも、決めたことが身体に出るんだよ!」


 彼はエリシアを指さした。


「エリシアは、右から斬る時に右足へ体重を乗せる!」


「……えっ」


「レオンは、魔法を撃つ前に杖の先を相手へ向ける!」


「それは……そうだね」


「ミアは背後へ回る時、先に相手の肩を見る!」


「……そんなところまで?」


「ダグラスは守る相手が動くと、盾をそっちへ向ける!」


 ダグラスは自分の盾を見た。


「……無意識だったな」


 時風は最後にジョシュアを見た。


「ジョシュアは、動く前に一瞬止まる!」


「……僕も?」


「おう!」


 時風は笑った。


「お前はよく見てる。けど、見たものをどう使うか迷ってるな!」


 ジョシュアは黙った。


 言われてみれば、そうかもしれない。


 相手の動きが見えることはある。


 次にどこへ行くのか、何となく分かることもある。


 だが、その先が続かない。


 身体を動かそうとすると、何かが噛み合わなくなる。


「……どうすればいいんでしょう」


 ジョシュアが尋ねた。


「簡単だ!」


 時風は即答した。


「一人で全部やろうとするな!」


 五人が顔を上げた。


「お前らは五人いるんだぞ?」


 時風は木の枝を肩に担いだ。


「一人で当てられないなら、誰かに当ててもらえばいいじゃないか!」


◇


 休憩を終えた五人は、訓練場の端に集まっていた。


 時風は少し離れた木陰で、買ってきた串焼きを食べている。


「……さて」


 レオンが地面に小石を並べた。


「作戦を考えよう」


 中央に一つ。


 その周囲に五つ。


「中央が時風さん。周りが僕たちだ」


「囲んでも逃げられたよね?」


 エリシアが尋ねた。


「うん。だから、ただ囲むだけじゃ駄目なんだ」


 レオンは小石を一つ動かした。


「さっきまで、僕たちは全員が時風さんに攻撃を当てようとしていた」


「……当たり前じゃない?」


 ミアが首を傾げる。


「でも、それが問題だったんだと思う」


 レオンは続けた。


「例えば、エリシアが攻撃する。時風さんが避ける。そこで僕たちも攻撃するけど、その時にはもう次の場所へ移動している」


「そうだな」


 ダグラスが頷いた。


「相手の動きを見てから追いかけていた」


「そう。だから、追いかけるのをやめよう」


 レオンは中央の小石の横に、別の小石を置いた。


「エリシアの攻撃で、時風さんを動かす」


「……動かす?」


「うん。エリシアが当てる必要はない。避けてもらえればいいんだ」


 エリシアは少し考えた。


「……なるほど!」


「その避けた先に、ダグラスが待つ」


 レオンは次の小石を動かした。


「盾で進路を塞ぐんだ」


「分かった」


 ダグラスが頷いた。


「それなら俺にもできる」


「さらに、ミアは逃げ道を見て動く。僕は魔法で別の方向を塞ぐ」


「……じゃあ、ジョシュアは?」


 ミアが尋ねた。


 レオンはジョシュアを見た。


「ジョシュアには、全体を見ていてほしい」


「……全体を?」


「うん」


 レオンは頷いた。


「僕たちは攻撃に集中すると、どうしても視野が狭くなる。でも、ジョシュアはさっきから時風さんの動きをよく見ていた」


 ジョシュアは少し驚いた。


「……そうでしょうか」


「少なくとも、僕よりはね」


 レオンは苦笑した。


「だから、どこへ逃げそうか教えてほしい」


「……分かりました」


 ジョシュアは頷いた。


 エリシアが拳を握る。


「よーし!」


 そして、立ち上がった。


「今度こそ一発当てよう!」


「待って」


 ミアが袖を引いた。


「まだ確認することがあるわ」


「え?」


「合図よ」


 ミアは真剣な顔で言った。


「誰かが勝手に動いたら、またバラバラになる」


 レオンが頷いた。


「確かに。じゃあ、ジョシュアが合図を出してくれる?」


「……僕が?」


「そう」


 レオンは微笑んだ。


「全体を見る役だからね」


 ジョシュアは少し考えた。


 自分にできるだろうか。


 仲間たちの動きを見て、判断して、指示を出す。


 そんな経験は、ほとんどなかった。


 少なくとも、覚えている限りでは。


「……やってみます」


 ジョシュアは答えた。


◇


「おーい!」


 時風が手を振った。


「作戦会議は終わったかー?」


「終わったよ!」


 エリシアが答えた。


「今度は負けないからね!」


「はははっ! 楽しみだな!」


 時風は串焼きの最後の一口を食べ、木の枝を拾った。


「じゃあ、始めようか!」


 五人は配置についた。


 エリシアが前。


 ダグラスがその少し後ろ。


 レオンは距離を取り、ミアは右側へ回る。


 ジョシュアは中央より少し後方に立った。


 時風は五人を見回した。


「ほう!」


 楽しそうに笑う。


「さっきとは違うな!」


「……行きます」


 ジョシュアが声をかけた。


 エリシアが頷く。


「うん!」


 そして、踏み込んだ。


「はあっ!」


 木剣が振り下ろされる。


 時風は軽く横へ動いた。


 だが、その先にはダグラスがいた。


「……っ!」


 大盾が進路を塞ぐ。


「おっと!」


 時風は反対側へ跳ぼうとした。


「レオン!」


 ジョシュアが叫ぶ。


「分かってる!」


 レオンはすでに杖を掲げていた。


「水よ、我が呼び声に応え、流れとなって敵を打て――《水弾》!」


 水弾が放たれる。


 時風は足を止めた。


 水弾は彼の横を通り過ぎ、地面に弾ける。


「おお!」


 時風が笑った。


「いいじゃないか!」


 だが、まだ終わらない。


 ミアが背後へ回り込んでいた。


「……もらった!」


 短剣を突き出す。


 時風は身体を捻った。


 刃が空を切る。


「惜しい!」


 木の枝がミアの肩へ伸びる。


 その瞬間。


「ミア、下がって!」


 ジョシュアが叫んだ。


 ミアは反射的に後ろへ跳んだ。


 木の枝が空を切る。


 時風は笑った。


「はははっ! 今のはよかったな!」


 ジョシュアは息を吐いた。


 初めて、仲間への攻撃を事前に知らせることができた。


 だが、まだ一発も当てられていない。


「……もう一度!」


 ジョシュアが声を上げる。


 エリシアが頷いた。


「うん!」


 再び、五人が動き始めた。


◇


 それから、何度も挑戦した。


 最初は、すぐに崩された。


 エリシアが踏み込みすぎる。


 ダグラスが追いつけない。


 レオンの詠唱が間に合わない。


 ミアが一人で背後へ回り、孤立する。


 ジョシュアの指示が遅れる。


 だが、繰り返すうちに、少しずつ変わっていった。


「エリシア、右へ!」


「うん!」


「ダグラス、前!」


「任せろ!」


「レオン、今です!」


「水よ、我が呼び声に応え、流れとなって敵を打て――《水弾》!」


 水弾が放たれる。


 時風は避ける。


 だが、その先にはミアがいた。


「……っ!」


 短剣が伸びる。


 時風は木の枝で受け流した。


「はははっ! 惜しい惜しい!」


 ミアは舌打ちした。


「……また!」


 時風は笑った。


「でも、だいぶ良くなってきたぞ!」


 五人は息を切らしていた。


 すでに、日が傾き始めている。


 腕も足も重い。


 それでも、誰もやめようとは言わなかった。


「……もう一回」


 エリシアが呟いた。


 レオンが苦笑する。


「本当に元気だね……」


「だって!」


 エリシアは木剣を握り直した。


「あと少しで当たりそうなんだもん!」


 ダグラスが頷いた。


「俺も、そう思う」


 ミアは汗を拭った。


「……ここまで来たら、一発くらい当てたいわね」


 ジョシュアも頷いた。


「……はい」


 時風は五人を見つめた。


 そして、楽しそうに笑った。


「よし!」


 木の枝を肩に担ぐ。


「じゃあ、最後の一回だ!」


◇


 五人は再び配置についた。


 エリシアが前。


 ダグラスが左。


 ミアが右。


 レオンが後方。


 ジョシュアは中央。


 時風は動かない。


「……行きます」


 ジョシュアが呟いた。


 エリシアが踏み込む。


 だが、今度は剣を振らなかった。


 時風の正面で、急停止する。


「お?」


 時風が目を瞬かせた。


 エリシアは剣を構えたまま、相手の動きを待った。


 時風が一歩右へ動く。


 その瞬間。


「ダグラス!」


 ジョシュアが叫ぶ。


「おう!」


 ダグラスが盾を押し出した。


 時風は左へ避ける。


 だが、その先にはミアがいた。


「……っ!」


 短剣が伸びる。


 時風は身体を捻った。


 そのまま後ろへ下がろうとする。


「レオン!」


 ジョシュアが叫んだ。


 しかし、レオンはまだ詠唱の途中だった。


「水よ、我が呼び声に応え――」


 間に合わない。


 時風は笑った。


「はははっ! 残念!」


 そして、後ろへ跳ぼうとした。


 その瞬間。


「……エリシア!」


 ジョシュアが叫んだ。


「分かってる!」


 エリシアが踏み込んだ。


 最初の位置から、ほとんど動いていなかった。


 時風が戻ってくる場所。


 そこを、ずっと見ていた。


「……はあっ!」


 木剣が伸びる。


 時風は目を細めた。


 そして。


 軽く身体を捻った。


 木剣が、彼の衣服をかすめる。


「……あっ!」


 エリシアが声を上げた。


 時風は笑った。


「おお!」


 木剣の先端が、彼の袖に触れていた。


 ほんの一瞬。


 だが、確かに触れた。


「……当たった?」


 エリシアが呟く。


 時風は自分の袖を見た。


 そして、大きく笑った。


「はははっ!」


 五人が息を呑む。


「当たりだ!」


「……やった!」


 エリシアが飛び跳ねた。


「やったよ!」


 ダグラスが拳を握った。


「……よし!」


 レオンはその場に座り込んだ。


「……ようやく、だね」


 ミアも大きく息を吐いた。


「……長かったわ」


 ジョシュアは、時風の袖を見つめていた。


 たった一度。


 ほんの少し、触れただけ。


 それでも。


 五人で考え、動き、ようやく掴んだ一撃だった。


「……できた」


 ジョシュアが小さく呟いた。


 時風は彼を見た。


「おう!」


 そして、笑った。


「よくやったな!」


◇


 訓練を終えた五人は、広場の端に座っていた。


 エリシアは地面に寝転がり、空を見上げている。


「……疲れたあ」


「同感だよ」


 レオンが苦笑した。


「魔力もかなり使ったしね」


 ミアは靴を脱ぎ、足首を揉んでいた。


「……明日、筋肉痛になりそう」


 ダグラスは盾を拭いていた。


「だが、いい訓練だったな」


「……はい」


 ジョシュアが頷いた。


 時風は五人の前に立った。


「さて!」


 彼は楽しそうに笑った。


「今日の訓練は、これで終わりだ!」


 エリシアが顔を上げる。


「……明日もやるの?」


「はははっ! どうする?」


 時風は五人を見回した。


「俺は別に構わんぞ!」


 レオンが少し考えた。


「……お願いしたいね」


 ミアが目を丸くする。


「えっ、またやるの?」


「うん」


 レオンは頷いた。


「今日の訓練で、僕たちがどれだけ連携できていないか分かったからね」


 ダグラスも頷いた。


「俺も賛成だ」


「……私も」


 ミアはため息をついた。


「どうせ、これから魔物を相手にするんだもの。少しでも強くなっておきたいわ」


 エリシアが笑った。


「じゃあ、決まりだね!」


 ジョシュアも頷いた。


「……お願いします」


 時風は満足そうに笑った。


「よし!」


 そして、指を一本立てた。


「ただし!」


 五人が顔を上げる。


「明日は、俺じゃなくて魔物を相手にしてもらう!」


「……え?」


 エリシアが目を瞬かせた。


 時風は笑った。


「灰牙狼の討伐依頼、受けたんだろ?」


「あっ!」


 エリシアが声を上げた。


「そうだった!」


「忘れてたの!?」


 ミアが呆れた。


「……いや、忘れてたわけじゃ」


「完全に忘れてた顔だったわよ」


 時風は大笑いした。


「はははっ! まあ、いいじゃないか!」


 そして、五人を見回した。


「明日は実戦だ!」


 時風は笑った。


「今日覚えたことを、ちゃんと使ってみろ!」


 エリシアが頷いた。


「うん!」


 レオンも杖を握り直した。


「……分かった」


 ダグラスは盾を持ち上げた。


「任せてくれ」


 ミアは短剣を鞘に戻した。


「……今度は、ちゃんと報酬も稼がないとね」


 ジョシュアは仲間たちを見回した。


 エリシア。


 レオン。


 ミア。


 ダグラス。


 そして、自分。


 五人で戦う。


 その意味が、少しだけ分かった気がした。


「……頑張りましょう」


 ジョシュアが言った。


 四人は頷いた。


 時風は、その様子を楽しそうに眺めていた。


 そして、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


「……さて」


 彼は空を見上げた。


「どこまで強くなるかなあ」


 夕日が、訓練場を赤く染めていた。


 五人の冒険者たちは、明日の実戦へ向けて、それぞれの帰路についた。

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