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冒険者の実力

第35話 冒険者の実力


 王都に戻ってから、二日が経った。


 昼前の冒険者ギルドは、いつも通りの賑わいを見せていた。


 掲示板の前には依頼を探す冒険者たちが集まり、受付では報酬の受け取りや依頼の報告が行われている。


 そんな中、エリシアは一枚の依頼書を見つめていた。


「……これ、どうかな?」


 彼女が指さしたのは、王都南西の森で発生している魔物の討伐依頼だった。


 対象は《灰牙狼》。


 森に生息する狼型の魔物で、通常の狼より一回り大きく、灰色の毛並みと発達した牙を持つ。


 単体ならFランク冒険者でも対処できるが、群れを形成すると危険度が増す。


 依頼書には、三体以上の討伐が条件と記されていた。


「……灰牙狼、か」


 ダグラスが腕を組んだ。


「以前、別のパーティーで一体だけ相手にしたことがある。動きが速くて、厄介だったな」


「三体以上となると、少し危険だね」


 レオンが答える。


「でも、今の僕たちにはちょうどいい相手かもしれない」


 ミアは報酬欄を確認していた。


「基本報酬が千二百ユグド。討伐証明を追加で持ち帰れば、一体につき百ユグド上乗せ……」


 耳がぴくりと動く。


「悪くないわね」


「ミア、すっかり元気になったね!」


 エリシアが笑った。


「当然よ。ルイも無事に迎えに行けたし、家のことも片づいたもの」


 ミアは胸を張った。


 昨日、王都児童保護院から帰ってきた弟は、姉の姿を見るなり飛びついてきたという。


 留守中の出来事を一通り話し終えるまで、なかなか離してくれなかったらしい。


「……ルイ君、元気でしたか?」


 ジョシュアが尋ねる。


「ええ。元気すぎるくらい」


 ミアは苦笑した。


「お土産のお菓子も喜んでたわ。今度、みんなにも会いたいって」


「ぜひ会いたいな!」


 ダグラスが笑う。


「そのうちね」


 ミアは頷き、依頼書を掲示板から外した。


「それで、これを受けるの?」


「その前に、受付で相談しよう」


 レオンが提案した。


「僕たちはまだ全員Fランクだからね。群れの討伐を許可してもらえるか確認した方がいい」


 五人は受付へ向かった。


◇


「《灰牙狼》の討伐依頼ですね」


 受付の女性は依頼書を確認した。


「こちらはFランクでも受注可能ですが、五名以上のパーティーが推奨されています」


「人数は足りています」


 レオンが答える。


「全員Fランクですが、戦闘経験はあります」


「承知しました」


 受付嬢は登録証を確認した。


「ただし、注意してください。灰牙狼は連携して獲物を追い詰める習性があります。特に、森の中では死角から襲われることが多いと報告されています」


「分かりました!」


 エリシアが元気よく答える。


 受付嬢は微笑んだ。


「それから、皆様はEランクへの昇格を希望されていますか?」


「……昇格?」


 ジョシュアが首を傾げた。


「はい。冒険者ランクは、依頼の達成実績だけでなく、戦闘能力や危険への対処能力などを総合して判断します」


 受付嬢は説明を続けた。


「FランクからEランクへの昇格には、一定の実績を積んだうえで、ギルドの実技審査を受けていただきます」


「実技審査かあ」


 エリシアが呟く。


「何するんだろう?」


「基本的には、戦闘能力と連携の確認ですね。詳細は受験時に説明いたします」


 レオンが頷いた。


「では、今回の依頼も実績として記録されるんですね」


「もちろんです」


「……それなら」


 ミアが仲間たちを見回した。


「Eランクを目指してみない?」


「いいね!」


 エリシアが即答する。


「俺も賛成だ」


 ダグラスが頷く。


「いつまでもFランクのままじゃ、受けられる依頼も限られるからな」


「僕も異論はないよ」


 レオンが答えた。


 四人の視線がジョシュアへ向く。


「……僕も」


 ジョシュアは少し考えてから頷いた。


「……もっと、役に立てるようになりたいです」


「決まりね!」


 ミアは笑った。


 受付嬢は依頼書に受注印を押した。


「それでは、皆様のご無事をお祈りしております」


◇


 ギルドを出た五人は、装備を確認していた。


 エリシアは剣の柄を握り直す。


 ダグラスは盾の留め具を確かめる。


 レオンは杖の先端に嵌め込まれた青い宝石を布で拭き、ミアは短剣と道具袋の中身を確認していた。


 ジョシュアも腰の剣を抜き、刃に欠けがないか調べている。


「……よし!」


 エリシアが頷いた。


「準備完了!」


「待った待った!」


 突然、背後から声がした。


 振り向くと、時風が立っていた。


「時風さん!」


 エリシアが手を振る。


「どうしたの?」


「いやあ、ギルドに寄ったら面白い話を聞いてな!」


 時風は楽しそうに笑った。


「お前ら、Eランクを目指すんだって?」


「……もう知ってるの?」


 ミアが呆れたように尋ねる。


「はははっ! 耳が早いだろ!」


「早すぎるわよ……」


 時風は五人を見回した。


「それで、灰牙狼を倒しに行くんだろ?」


「そうだよ!」


 エリシアが答える。


「三体以上倒す依頼!」


「なるほどなるほど!」


 時風は頷いた。


 そして、にっこり笑った。


「じゃあ、その前にちょっと遊ぼうか!」


「……遊ぶ?」


 レオンが首を傾げた。


「おう!」


 時風は親指で街の外を指した。


「訓練だよ、訓練!」


◇


 王都の外れ。


 冒険者たちが自由に使用できる訓練場には、木製の人形や標的が並んでいた。


 昼前ということもあり、利用者は少ない。


 時風は広場の中央に立ち、五人を見回した。


「さて!」


 彼は地面に落ちていた木の枝を拾った。


「まずは、今のお前らがどれくらい戦えるか見せてもらおう!」


 エリシアが首を傾げる。


「……どうやって?」


「簡単だ!」


 時風は枝を肩に担いだ。


「俺に一発当ててみろ!」


 五人は顔を見合わせた。


「……え?」


 ミアが聞き返す。


「一発?」


「そうそう!」


「……本気で?」


「もちろん!」


 時風は笑った。


「武器は訓練用のものを使えよ。魔法も威力を抑えてな!」


 レオンが眉をひそめた。


「時風さん、戦えるのかい?」


「さあなあ!」


 時風は楽しそうに笑った。


「試してみれば分かるさ!」


 エリシアは少し迷った。


 だが、時風があまりにも楽しそうだったので、訓練用の木剣を手に取った。


「……じゃあ、行くよ?」


「おう!」


 エリシアは構えた。


 そして、地面を蹴った。


「はあっ!」


 正面から踏み込む。


 木剣を振り下ろす。


 しかし。


「おっと!」


 時風は半歩横へ動いた。


 それだけで、木剣は空を切った。


「……あれ?」


 エリシアが目を瞬かせる。


「もう一回!」


「うん!」


 エリシアは振り向き、再び踏み込んだ。


 横薙ぎ。


 突き。


 切り返し。


 だが、どれも当たらない。


 時風は木の枝を肩に担いだまま、笑いながら歩いているだけだった。


「はははっ! 元気がいいな!」


「……何で当たらないの!?」


「よく見てみろ!」


 時風は言った。


「お前、剣を振る前に肩が動いてるぞ!」


「……肩?」


「そうそう! 次にどこを斬るのか、教えてるようなもんだ!」


 エリシアは自分の肩を見た。


「……そんなに分かりやすい?」


「はははっ! ものすごくな!」


「ええー!」


 時風は笑った。


「それと、相手を追いかけすぎだ!」


「……追いかけすぎ?」


「剣が届くところまで自分から走ってるだろ? 相手が避けたら、その分だけ身体が流れる!」


 エリシアは少し考えた。


 確かに、今までの攻撃は全て大きく踏み込んでいた。


 相手に避けられるたび、体勢を立て直す必要があった。


「……なるほど」


 時風は頷いた。


「よし! 次!」


◇


「……僕の番か」


 レオンは杖を構えた。


 時風は少し離れた位置に立っている。


「魔法は得意なんだろ?」


「得意と言えるほどではないけどね」


 レオンは苦笑した。


「でも、やってみるよ」


 彼は杖を掲げた。


「水よ、我が呼び声に応え、流れとなって敵を打て――《水弾》!」


 青い宝石が光る。


 空中に水が集まり、球状となって放たれた。


 時風は軽く横へ跳んだ。


 水弾が地面に当たり、水しぶきを上げる。


「おお!」


 時風は笑った。


「なかなかいいじゃないか!」


「……ありがとう」


 レオンは杖を構え直した。


 だが、その瞬間。


 時風が目の前にいた。


「……え?」


 木の枝が、レオンの肩に軽く触れる。


「はい、一撃!」


 レオンは固まった。


「……いつの間に?」


「はははっ!」


 時風は笑った。


「魔法を撃った後、ぼーっとしてたぞ!」


「……そんなつもりは」


「でも、そう見えたな!」


 時風は枝を振った。


「魔法使いは、詠唱してる間も、撃った後も狙われる!」


 レオンは黙って聞いていた。


「だから、仲間に守ってもらうか、自分で距離を取るか。どっちかを考えないとな!」


「……確かに」


 レオンは頷いた。


「一人で戦うことばかり考えていたかもしれない」


「そうそう!」


 時風は笑った。


「魔法使いは、仲間がいてこそ強いんだ!」


◇


 次はミアだった。


 彼女は短い木製の訓練剣を二本持ち、時風の周囲をゆっくりと回った。


「……正面から行っても無理そうね」


「お?」


 時風が笑う。


「いい判断だ!」


 ミアは答えなかった。


 足音を抑え、時風の背後へ回る。


 そして、一気に踏み込んだ。


「……っ!」


 短剣が伸びる。


 だが。


「おっと!」


 時風は身体を半分だけ捻った。


 ミアの剣が空を切る。


 次の瞬間、木の枝が彼女の額に軽く触れた。


「はい、一撃!」


「……っ!」


 ミアは後ろへ跳んだ。


「何で分かったの!?」


「気配だな!」


「……気配?」


「お前、攻撃する直前に息を止めるだろ?」


 ミアは目を見開いた。


「……え?」


「それで分かる!」


 時風は笑った。


「それに、足音を消すのは上手いけど、視線が正直だな!」


「……視線?」


「狙ってる場所を、ずっと見てる!」


 ミアは顔をしかめた。


「……そんなに分かりやすい?」


「はははっ! 慣れてる相手ならな!」


 時風は頷いた。


「でも、動きは悪くないぞ! あとは攻撃する瞬間まで、相手に狙いを読ませないことだ!」


 ミアは短剣を握り直した。


「……分かったわ」


◇


 ダグラスは大盾を構えていた。


 時風はその正面に立つ。


「よし! 来い!」


「……俺から攻撃するのか?」


「そうだぞ!」


 ダグラスは少し迷った。


 重騎士として、彼は防御を重視してきた。


 仲間を守り、敵の攻撃を受け止める。


 それが自分の役割だと思っている。


 だが、今回は攻撃を当てる訓練だった。


「……分かった」


 ダグラスは盾を前に出し、ゆっくりと距離を詰めた。


 時風は動かない。


「……はっ!」


 ダグラスは盾を押し出した。


 そのまま相手を押し込もうとする。


 だが。


「おっと!」


 時風は横へ回った。


 ダグラスの身体が前へ流れる。


 木の枝が、盾の外側から肩に触れた。


「はい、一撃!」


「……くっ!」


 ダグラスはすぐに振り向いた。


 だが、時風はすでに離れていた。


「はははっ! 惜しい惜しい!」


「……何が悪かった?」


 ダグラスが尋ねる。


「盾を前に出しすぎだな!」


 時風は答えた。


「お前の盾は大きい。正面からの攻撃には強いけど、横へ回られると追いつきにくい!」


「……確かに」


「それと、守る相手がいない時まで、守る構えになってるぞ!」


 ダグラスは目を瞬かせた。


「……どういうことだ?」


「盾は守るための道具だけど、相手を動かすためにも使えるってことさ!」


 時風は笑った。


「相手が避ける方向を考えて、そこに剣を置いておけばいい!」


 ダグラスはしばらく考えた。


 そして、頷いた。


「……なるほど」


◇


 最後は、ジョシュアだった。


「……僕ですか」


「おう!」


 時風は笑った。


「お前もやってみろ!」


 ジョシュアは訓練用の木剣を手に取った。


 普段使っている剣より軽い。


 少しだけ、違和感があった。


「……行きます」


「いつでもどうぞ!」


 ジョシュアは構えた。


 そして、一歩踏み込む。


 木剣を振る。


 時風は軽く避けた。


「おっと!」


 ジョシュアは続けて横薙ぎを放つ。


 だが、それも当たらない。


 時風は笑った。


「はははっ! いいねえ!」


 ジョシュアは首を傾げた。


「……いいんですか?」


「もちろん!」


 時風は頷いた。


「でも、ちょっと遠慮しすぎだな!」


「……遠慮?」


「そうそう!」


 時風は木の枝を振った。


「剣を振る時、途中で止めようとしてるだろ?」


 ジョシュアは目を瞬かせた。


「……そう、でしょうか」


「そうだぞ!」


 時風は笑った。


「相手に当てたいのか、当てたくないのか、どっちなんだ?」


 ジョシュアは少し考えた。


「……当てたいです」


「なら、当てるつもりで振ってみろ!」


 ジョシュアは頷いた。


 そして、もう一度構えた。


 時風は楽しそうに笑っていた。


「さあ、来い!」


 ジョシュアは踏み込んだ。


 木剣を振る。


 時風は半歩だけ動いた。


 刃が空を切る。


 だが、その瞬間。


 ジョシュアの身体が、無意識に次の動きを選ぼうとした。


 相手の重心。


 足の位置。


 腕の角度。


 避けた後の隙。


 それらが、ほんの一瞬だけ、自然に目へ入ってきた。


 しかし。


「……っ」


 ジョシュアの動きが止まった。


 何かが、胸の奥で引っかかった。


 次の動きを知っているような感覚。


 それなのに、身体がついてこない。


 時風の木の枝が、軽く肩に触れた。


「はい、一撃!」


 ジョシュアは目を瞬かせた。


「……あ」


 時風は笑った。


「惜しかったな!」


「……はい」


 ジョシュアは木剣を下ろした。


 胸の奥に残った違和感。


 それが何なのか、分からなかった。


 時風は彼を見つめた。


 そして、いつもの調子で笑った。


「まあ、焦るな焦るな!」


「……はい」


「剣なんて、少しずつ慣れていけばいいさ!」


 ジョシュアは頷いた。


 その言葉が、なぜか少しだけ胸に残った。


◇


「さて!」


 時風は五人を集めた。


「これで全員の動きは見せてもらった!」


 エリシアが息を切らしながら尋ねる。


「……どうだった?」


「はははっ!」


 時風は大笑いした。


「まだまだだな!」


「ええー!」


 エリシアが肩を落とす。


 時風は続けた。


「でも、悪くない!」


 五人が顔を上げる。


「一人一人の動きには、ちゃんと良いところがある!」


 時風は指を折った。


「エリシアは思い切りがいい!」


「……うん!」


「レオンは魔法の精度が高い!」


「ありがとう」


「ミアは足が速くて、気配を消すのが上手い!」


「……当然よ」


「ダグラスは守りが堅い!」


「……ああ」


「ジョシュアは……」


 時風は少しだけ考えた。


 そして、笑った。


「よく見てるな!」


「……そうですか?」


「おう!」


 ジョシュアは少し驚いたように目を瞬かせた。


 時風は五人を見回した。


「でもな!」


 彼は木の枝を地面に突き立てた。


「お前ら、全員が自分のことしか考えてない!」


 五人は黙った。


「戦闘ってのは、一人でやるもんじゃないだろ?」


 時風は笑った。


「エリシアが前に出るなら、ダグラスが守る。レオンが詠唱するなら、ミアが敵を引きつける。ジョシュアは周りを見て、仲間の動きを合わせる!」


 レオンが頷いた。


「……連携か」


「そうそう!」


 時風は笑った。


「五人で戦うなら、五人で一つの動きを作ればいい!」


 エリシアが拳を握った。


「……なるほど!」


「じゃあ、次はそれをやってみよう!」


 時風は木の枝を拾い直した。


「今度は、五人まとめてかかってこい!」


「……え?」


 ミアが目を瞬かせた。


「全員で?」


「おう!」


 時風は楽しそうに笑った。


「一発でも当てられたら、お前らの勝ちだ!」


 五人は顔を見合わせた。


 そして。


「……やってみようか」


 レオンが言った。


「うん!」


 エリシアが頷く。


「今度こそ当てる!」


 ダグラスが盾を構えた。


 ミアは短剣を握り直した。


 ジョシュアも木剣を構える。


 時風は五人を見回し、満足そうに笑った。


「よし!」


 彼は木の枝を肩に担いだ。


「じゃあ、始めようか!」


 王都の訓練場に、再び足音が響き始めた。


 五人の冒険者は、まだ知らない。


 この日から始まる訓練が、自分たちの戦い方を大きく変えることになるとは。


 そして、再び《煌めき通り》へ足を踏み入れる時。


 彼らが今とは違う力を手にしていることも。

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