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幸運の裏側

第30話 幸運の裏側


「もう一度、説明してくれる?」


 フィールは笑顔のまま尋ねた。


 ただし、その目は笑っていなかった。


 《黄金の館》の上階。


 普段は客を通さない執務室で、ヴァルターは一冊の帳簿を開いていた。


「先月より、《運命変換器(フォルトゥーン)》の運用効率を改善いたしました」


「それは聞いたよ」


 フィールは椅子に座り直した。


「私が聞いてるのは、どうやって改善したのかってこと」


「収集範囲を拡張いたしました」


「どこまで?」


「現在は、中央区画のほぼ全域を対象としております」


 フィールの指が止まった。


「……中央区画?」


「はい」


「賭場の中だけじゃなくて?」


「その通りです」


 窓の外から、遠くの歓声が聞こえてきた。


「……誰が決めたの?」


 フィールが尋ねる。


「運営会議において承認されました」


「私、そんな話聞いてないよ?」


「通常の設備調整として処理されておりますので」


「通常の?」


 フィールは帳簿へ視線を落とした。


 並んでいる数字は、確かに以前より大きい。


 特別顧客への配分量。


 運用時間。


 収集した幸運の総量。


 どれも増えている。


「……ヴァルター」


「はい」


「これ、いつから?」


「三週間ほど前からでございます」


 三週間。


 ジョシュアたちが調べていた、不運な出来事が増え始めた時期と近い。


「……ちょっと待って」


 フィールは立ち上がった。


「これって、街の人たちからも集めてるってこと?」


「結果としては、そうなります」


「結果として?」


「幸運の収集は、対象者の意思によらず行われます。範囲内に存在する以上、個別の同意を得る必要は――」


「そういうことじゃない!」


 フィールの声が、部屋に響いた。


 ヴァルターが口を閉じる。


 フィールは机に両手をついた。


「賭場で遊んでる人だけじゃなくて、普通に暮らしてる人からも取ってるんでしょ?」


「……はい」


「そんなの、駄目だよ!」


 いつもの明るい声ではなかった。


 怒りを隠そうともしない、鋭い声だった。


「勝負に参加してない人まで巻き込むなんて、聞いてない!」


 ヴァルターは黙っていた。


 やがて、静かに口を開く。


「……フィール様」


「何?」


「一つ、申し上げてもよろしいでしょうか」


「……何?」


 男は帳簿を閉じた。


「貴方も、これまで似たようなことをなさってきたでしょう?」


「…………え?」


 フィールが固まった。


「《運命変換器(フォルトゥーン)》を用い、特定の人物へ幸運を与える。その結果、別の場所で不運が生じる」


 ヴァルターは淡々と続ける。


「その仕組みを、貴方はご存じだったはずです」


「……それは」


「違いますか?」


 フィールは言葉を失った。


 確かに、知っていた。


 フォルトゥーンは、何もないところから無限に幸運を生み出す道具ではない。


 誰かに幸運を与えるためには、その分をどこかから集めなければならない。


 だからこそ、使用する範囲と量を制限していた。


 少なくとも、そうするつもりだった。


「……でも」


 フィールは小さく呟いた。


「私は、こんなにたくさんの人から取るつもりじゃ……」


「では、何人までならよろしかったのでしょう?」


「……っ」


「十人でしょうか。百人でしょうか。それとも、千人?」


 ヴァルターは首を傾げた。


「どこからが許されず、どこまでが許されるのか。明確な基準はございましたか?」


「…………」


 フィールは答えられなかった。


 自分が持ち込んだ遺物。


 自分が許可した運用。


 自分が喜んでいた、人々の幸運。


 その裏側を、どこまで見ていただろう。


 勝った人の笑顔は見ていた。


 喜んで帰る人の背中も見ていた。


 けれど、その幸運を支えるために何が失われていたのか。


 全てを確かめたことは、なかった。


「……だからって」


 フィールは顔を上げた。


「だからって、今やってることが正しいわけじゃないよ!」


「もちろんでございます」


 ヴァルターはあっさり頷いた。


「正しさについて議論するつもりはございません」


「じゃあ、すぐに元に戻して!」


「それは困難です」


「どうして!?」


「既に、現在の配分量を前提とした契約が成立しております」


 ヴァルターは別の書類を取り出した。


「特別顧客への幸運配分。定期大会の運営保証。取引先への収益分配。これらは全て、現行の運用能力を基準に組まれております」


「そんなの、契約を変えれば――」


「契約違反による賠償は、街の年間収益を大きく上回ります」


「…………」


「さらに、運用を急停止すれば、既に配分済みの幸運に関する調整が不安定になる可能性もございます」


 フィールは眉をひそめた。


「……それ、本当?」


「技術部門の見解です」


「だったら、その人たちを呼んで!」


「承知いたしました」


 ヴァルターは一礼した。


「ただし、今夜は大規模な催しがございます。運用停止については、明日以降に正式な会議を――」


「今日中に話を聞く!」


 フィールは言い切った。


「契約も、賠償も、ちゃんと考える。でも、その間に困る人が増えるのは嫌!」


 ヴァルターはしばらく彼女を見つめた。


 そして、静かに頭を下げた。


「……かしこまりました」


 フィールは踵を返した。


 扉へ向かう。


 その背中へ、ヴァルターが声をかけた。


「フィール様」


「……何?」


「どうか、お忘れなきよう」


 フィールは振り向かなかった。


「この街の繁栄は、貴方がお持ちになった力によって築かれた部分も大きいのです」


「…………」


「それを否定することは、貴方ご自身の歩みを否定することにもなりかねません」


 フィールは扉の取っ手を握った。


「……分かってるよ」


 小さな声だった。


「そんなこと、分かってる」


 そして、部屋を出た。


◇


 同じ頃。


 ジョシュアたちは《黄金の館》を出て、近くの広場を歩いていた。


「……それにしても、すごい場所だったね!」


 エリシアが楽しそうに言った。


「練習だけでも結構面白かった!」


「お金を賭けなくて正解だったわ」


 ミアが答える。


「あなた、絶対に熱くなるもの」


「そんなことないよ!」


「最初の札遊びで、二十一を超えた瞬間にもう一回って言ってたじゃない」


「……それは」


「ほら」


 レオンが笑った。


「でも、勉強にはなったね」


「何が?」


 ダグラスが尋ねる。


「勝負の仕組みだよ」


 レオンは指を一本立てた。


「運が絡む遊びでも、判断が重要になる。逆に、判断が正しくても負けることはある」


「……確かに」


 ダグラスが頷く。


「俺も十九で止めたから勝てたが、親がもっと強ければ負けていた」


「そういうこと」


 ジョシュアは二人の話を聞きながら、歩いていた。


 勝つ人。


 負ける人。


 幸運な人。


 不運な人。


 昨日まで調べていた出来事と、今日見た賭場の光景が、頭の中で重なっていた。


「……ジョシュア?」


 エリシアが声をかけた。


「……あ」


「どうしたの? さっきから静かだけど」


「……少し、考えてた」


「何を?」


「……運のこと」


「また?」


 エリシアが首を傾げる。


「……うん」


 ジョシュアは頷いた。


「……もし、誰かの幸運を増やせるとしたら」


「うん」


「……その分、誰かが不運になるのかなって」


 レオンが顔を上げた。


「……それは、昨日も話していた仮説だね」


「……うん」


 ミアが考え込む。


「でも、どうやって確かめるの?」


「……分からない」


 ジョシュアは首を振った。


「……ただ、もしそうなら」


 少しだけ間を置く。


「……幸運をもらった人は、知らないうちに誰かを困らせてることになるのかなって」


 誰もすぐには答えなかった。


 やがて、時風が口を開いた。


「面白いことを考えるなぁ」


 ジョシュアが振り向く。


「……時風さん」


「でも、ひとつ忘れてるぞ」


「……何を?」


 時風は笑った。


「幸運をもらった本人が、その仕組みを知らないことだってあるだろ?」


「……あ」


「知らずに喜んでる奴と、知ってて利用してる奴。それを同じように扱うのは、ちょっと違うんじゃないか?」


 ジョシュアは考え込んだ。


「……そうですね」


「まあ、知った後にどうするかは、また別の話だけどな!」


 時風は楽しそうに笑った。


 ミアが腕を組む。


「……時風さん」


「ん?」


「何か知ってるんじゃないの?」


「さあ?」


「その返事、もう聞き飽きたわよ!」


「はははっ!」


 時風は笑った。


 その時だった。


 広場の向こうから、怒鳴り声が響いた。


「ふざけるな!」


 六人が振り向く。


 大通りの端で、一人の男が店員に詰め寄っていた。


「昨日も負けた! 今日も負けた! お前ら、何か細工してるだろ!」


「お客様、落ち着いてください!」


「落ち着けるか!」


 男は顔を真っ赤にしていた。


 周囲には人だかりができている。


「俺の金を返せ!」


 男が店員の胸ぐらを掴もうとした。


「おい!」


 ダグラスが声を上げる。


 男の手が止まった。


「何だ、お前!」


「暴れるのはやめろ」


 ダグラスは落ち着いた声で言った。


「話があるなら、まず手を離せ」


「うるさい!」


 男はダグラスへ向き直った。


 その瞬間。


 足元に落ちていた小さな石を踏み、身体を大きく傾けた。


「うわっ!」


 男はそのまま地面に倒れ込んだ。


 周囲から小さな悲鳴が上がる。


「大丈夫!?」


 エリシアが駆け寄った。


 男は顔を上げた。


 その目は充血していた。


「……何なんだよ」


 男は震える声で呟いた。


「何で、俺ばっかり……」


 エリシアが手を差し伸べる。


「とりあえず、立てる?」


「……触るな!」


 男はその手を払いのけた。


 そして、ふらふらと立ち上がる。


「……もう、何もかも嫌だ」


 そう呟き、人混みの中へ消えていった。


 六人はしばらく、その背中を見送っていた。


「……大丈夫かな」


 エリシアが呟く。


「分からない」


 レオンが答えた。


「でも、かなり追い詰められているようだったね」


 ミアは小さく息を吐いた。


「……ああいう人が増えてるのかしら」


 ジョシュアは男が消えた方向を見つめていた。


 昨日、時計屋で聞いた話。


 花屋で聞いた話。


 そして、今日見た光景。


 それぞれは小さな出来事だった。


 けれど、何かが繋がっているように思えた。


◇


「さて、俺はちょっと寄り道してくるかな」


 広場を抜けたところで、時風がそう言った。


「寄り道?」


 エリシアが振り向く。


「ああ。人と会う約束があってな」


「……また食べ歩きじゃないでしょうね?」


 ミアが疑わしそうに尋ねた。


「おいおい、俺を何だと思ってるんだ」


「食べ歩きが趣味の人」


「正解!」


「否定しなさいよ!」


 時風は楽しそうに笑った。


 しかし、ジョシュアが尋ねる。


「……何か、用事があるんですか?」


「ああ、そうそう」


 時風は思い出したように手を叩いた。


「言ってなかったな。俺も依頼を受けてるんだよ」


「……依頼?」


 ミアが目を丸くした。


「いつの間に?」


「お前らが時計屋の依頼を調べてた頃かな」


 時風は笑った。


「《縁結びの掲示板》に、ちょっと気になる張り紙があってな」


「……私たちとは別の?」


「そうそう」


 時風は頷いた。


「馬車の御者からの依頼だ。最近、妙な事故が続いて困ってるんだとさ」


 レオンが眉を上げる。


「馬車の事故?」


「ああ。荷車の車輪が外れたり、馬が急に暴れたり、何でもない道で荷物が崩れたりな」


 ジョシュアは顔を上げた。


「……時計屋さんのところにも、馬車が突っ込んだって」


「そうだったな」


 時風は頷いた。


「だから、少し話を聞いてみようと思ってさ」


 ミアが腕を組んだ。


「……それなら、最初から教えてくれればよかったのに」


「別々に調べた方が、違う話を聞けるだろ?」


「それはそうだけど……」


「まあまあ!」


 時風は笑った。


「何か分かったら、ちゃんと教えるよ」


「……本当ですか?」


 ジョシュアが尋ねる。


「もちろん!」


 時風は即答した。


「依頼に関係することならな!」


 その言い方に、ミアが眉をひそめた。


「……何か引っかかるわね」


「気のせい気のせい!」


 時風は手を振った。


「じゃあ、また宿でな!」


 そう言って、人混みの中へ歩いていった。


◇


 時風が向かったのは、賭場から少し離れた馬車の待機場だった。


 夕方になると、ここには荷物を運び終えた御者たちが集まる。


 馬の鳴き声。


 車輪の軋む音。


 荷物を積み替える男たちの掛け声。


 時風はその中から、一人の男を見つけた。


「よう、待たせたな!」


 男が振り向く。


「ああ、あんたか」


 日に焼けた顔をした、中年の御者だった。


「本当に来てくれたんだな」


「依頼を受けたからには、ちゃんと仕事するさ」


 時風は笑った。


「で、昨日の続きなんだが」


「ああ」


 御者は周囲を見回した。


「……こっちへ来てくれ」


 二人は荷車の陰へ移動した。


 御者は声を落とす。


「俺だけじゃないんだ」


「何が?」


「事故だよ」


 男は苦い顔をした。


「このところ、何人もやられてる」


「ほう」


「車輪が壊れた奴もいれば、積み荷を全部駄目にした奴もいる。中には、馬に蹴られて大怪我した奴までいる」


「……なるほどな」


 時風は頷いた。


「いつ頃から?」


「三週間くらい前だ」


「ふむ」


「最初は偶然だと思ってたんだ。でも、あまりにも続くからな」


 御者はため息をついた。


「この前なんか、十年以上使ってる道で馬車が横転した。石も穴もなかったのに、急に車輪が外れたんだ」


「それは災難だったな」


「ああ……」


 男は少し黙った。


 それから、ぽつりと呟いた。


「……変な話なんだが」


「ん?」


「事故が増えた頃から、景気がいい奴も増えた気がするんだ」


 時風は何も言わなかった。


「大口の仕事が舞い込んだとか、賭場で大勝ちしたとか。そんな話ばっかり聞く」


「……ほう」


「もちろん、関係ないのかもしれないけどな」


 御者は頭を掻いた。


「ただ、何だか気味が悪くてさ」


 時風はしばらく考え込んだ。


 そして、笑った。


「なるほどなるほど」


「……何か分かったのか?」


「いや、まだ何とも言えないな」


 時風は首を振った。


「ただ、もう少し話を聞いてみる価値はありそうだ」


「そうか……」


 御者は小さく頷いた。


「頼むよ。俺たち、これ以上事故が続いたら仕事にならないんだ」


「ああ、任せとけ」


 時風は軽く手を振った。


「できることはやってみるさ」


 御者と別れた後、時風は待機場の端に立った。


 夕暮れの空。


 遠くには、《黄金の館》の屋根が見える。


 金色の星が、沈みかけた太陽の光を受けて輝いていた。


「……さてさて」


 時風は小さく呟いた。


「どうなることやら」


 その表情は、いつもと変わらない。


 楽しそうで、どこか気楽な笑顔だった。


 ただ、その目だけは。


 遠くの建物を、じっと見つめていた。


◇


 夜。


 《黄金の館》の上階では、フィールが再びヴァルターと向き合っていた。


 今度は、技術部門の責任者も同席している。


 机の上には、何枚もの図面が広げられていた。


「……つまり」


 フィールが尋ねる。


「今すぐ止めると、危険なの?」


 技術責任者は頷いた。


「はい。現在の運用状態では、急停止によって幸運配分が不安定になる可能性があります」


「どれくらい?」


「……正確には分かりません」


「分からない?」


「はい」


 フィールは眉をひそめた。


「じゃあ、何を根拠に危険だって言ってるの?」


 技術責任者は一瞬、言葉に詰まった。


 その隣で、ヴァルターが口を開く。


「フィール様。未知の設備を扱う以上、慎重な判断が必要ということです」


「……未知の?」


「はい」


 ヴァルターは穏やかに答えた。


「我々が理解しているのは、あくまで運用に必要な範囲です。全ての仕組みを解明できているわけではございません」


「……それは知ってるよ」


 フィールは小さく呟いた。


 フォルトゥーンの動かし方。


 幸運を集め、配分するという表向きの能力。


 作用範囲の設定方法。


 それらは分かっている。


 けれど、内部で何が起きているのか。


 どうしてそのような力が生まれるのか。


 その全てを理解している者は、この場にはいなかった。


「……じゃあ、どうすればいいの?」


 フィールが尋ねる。


 技術責任者はヴァルターへ視線を向けた。


 ほんの一瞬だった。


 だが、フィールはそれを見逃さなかった。


「……何?」


「い、いえ」


 技術責任者は慌てて首を振った。


「現状では、慎重に運用を見直す必要があるかと……」


「慎重にって、どれくらい?」


「……数日ほど、でしょうか」


「でしょうか?」


 フィールの声が少し低くなった。


「ちゃんと分かってるの?」


「…………」


 技術責任者は答えられなかった。


 ヴァルターが静かに口を開く。


「フィール様」


「……何?」


「今夜の運用を停止することは、我々としては推奨できません」


「……どうして?」


「万一、予期せぬ影響が発生した場合、責任を負いかねるためです」


 フィールは唇を噛んだ。


 今すぐ止めたい。


 これ以上、街の人々から幸運を集めたくない。


 けれど。


 もし本当に、止めたことで何かが起きたら。


 その被害を受けるのも、街の人々かもしれない。


「……分かった」


 フィールは小さく答えた。


「今夜は、急に止めない」


 ヴァルターが頭を下げる。


「賢明なご判断です」


「でも!」


 フィールは顔を上げた。


「明日までに、分かってることを全部まとめて!」


「承知いたしました」


「それから、勝手に範囲を広げるのは禁止!」


「……かしこまりました」


「絶対だからね!」


 フィールは言い切った。


 そして、部屋を出ていった。


◇


 扉が閉まった。


 執務室には、ヴァルターと技術責任者だけが残された。


 しばらく沈黙が続く。


 やがて、技術責任者が口を開いた。


「……あの」


「何でしょう?」


「本当に、急停止は危険なのでしょうか」


 ヴァルターはゆっくりと顔を向けた。


「……何をおっしゃりたいのです?」


「いえ、その……」


 技術責任者は額の汗を拭った。


「我々には、起動方法と作用範囲の設定しか分かりません。停止した場合に何が起きるのかなど、判断できるはずが……」


「だからこそ、慎重であるべきでしょう」


 ヴァルターは静かに答えた。


「しかし……」


「今夜の運用を止めれば、どれほどの損失が生じるか理解していますか?」


「……はい」


「ならば、余計なことは考えないことです」


 技術責任者は口を閉じた。


 ヴァルターは机の上の帳簿を手に取った。


「我々の仕事は、街を維持することです」


「……承知いたしました」


 技術責任者は深々と頭を下げた。


 そして、部屋を出ていった。


 ヴァルターは一人、窓の外を見た。


 街の灯りが、夜空の下で輝いている。


 その光景を眺めながら、彼は小さく呟いた。


「……理想だけでは、街は動かないのですよ」


 そして、静かにカーテンを閉めた。


 地下では、今夜も《運命変換器(フォルトゥーン)》が回り続けていた。

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