勝者の隣に立つ者
第28話 勝者の隣に立つ者
翌朝、ジョシュアたちは宿屋の食堂で昨日の調査結果を整理していた。
テーブルの上には、ミアが書き留めた十七人分の聞き取り記録が広げられている。
「不運な人が七人。幸運な人が四人。特に変化がない人が六人……」
レオンが紙を見比べながら呟いた。
「やっぱり、これだけじゃ何とも言えないね」
「でも、何か共通点があるんじゃない?」
エリシアが身を乗り出す。
「例えば、不運な人は全員同じお店で買い物をしてたとか!」
「それなら分かりやすいんだけどね」
レオンは苦笑した。
「今のところ、そういう共通点は見つかってないんだ」
「そっかぁ……」
エリシアは残念そうに椅子へ座り直した。
ダグラスが一枚の紙を手に取る。
「それより、気になることがある」
「何?」
ミアが尋ねた。
「不運な人たちは、何かを失っている。金だったり、仕事だったり、物だったりな」
「……そうね」
「じゃあ、幸運な人たちはどうなんだ?」
ダグラスは別の紙を指差した。
「商売がうまくいった人もいれば、宝くじに当たった人もいる。こっちは得をしているわけだろ?」
「……つまり?」
エリシアが首を傾げる。
「いや、ただの思いつきなんだが……」
ダグラスは少し考えた。
「誰かが損をした分、別の誰かが得をしているようにも見えないか?」
テーブルに沈黙が落ちた。
「……面白い考え方だね」
レオンが呟いた。
「でも、確かめるのは難しそうだ」
「そうなのか?」
「うん。例えば、時計屋さんが工具を壊したことと、雑貨屋さんの売上が増えたこと。この二つが関係していると証明する方法がない」
「……確かに」
ダグラスは腕を組んだ。
ジョシュアは二枚の紙を見比べていた。
片方には、不運な出来事。
もう片方には、幸運な出来事。
「……同じ日に起きたことは、あるのかな」
ジョシュアが呟く。
「え?」
ミアが顔を上げた。
「……誰かが不運な目に遭った日と、誰かに幸運があった日が同じだったら……」
「なるほど!」
レオンが手を叩いた。
「日付を比べるわけだね!」
「……うん」
「それなら、少しは調べられそうだ」
ミアが手帳を開く。
「ただ、昨日は詳しい日付まで聞いてない人もいるわ」
「じゃあ、もう一回聞きに行こう!」
エリシアが立ち上がった。
「今度はちゃんと日付も!」
「そうね」
ミアが頷く。
「それと、昨日話を聞いた人たちが、どこで何をしていたのかも確認しましょう」
レオンは地図を広げた。
「街の中で行動範囲が重なっているかもしれないしね」
五人は朝食を終え、再び調査へ出かけることにした。
なお、時風の姿は今日も見当たらなかった。
◇
南通りの時計修理店を訪れると、マルセルは昨日よりも少し元気そうだった。
「おお、皆さん!」
店主は五人を迎え入れた。
「何か分かりましたか?」
「まだ調査中です」
ミアが答える。
「今日は、もう少し詳しいお話を伺いたくて」
「もちろんです!」
マルセルは椅子を用意してくれた。
レオンが手帳を開く。
「まず、荷馬車の事故が起きた日を覚えていますか?」
「ええ。先週の火曜日です」
「時間帯は?」
「昼過ぎでしたね。確か、二時を少し回った頃です」
レオンが書き留める。
「その日、ほかに変わったことは?」
「そうですね……」
マルセルは考え込んだ。
「朝、仕入れた部品の箱を落としてしまいました。それから、昼前にお客様との約束を忘れてしまって……」
「一日に何度も?」
エリシアが驚く。
「ええ」
マルセルは困ったように笑った。
「最近は、そんな日ばかりです」
ミアが尋ねた。
「事故が起きる前に、何か特別な場所へ行きましたか?」
「特別な場所?」
「例えば、大通りの賭場や劇場などです」
「いいえ」
マルセルは首を振った。
「その日はずっと店にいました」
「……そうですか」
ジョシュアが口を開く。
「……この店に、何か変わったものが届いたりは?」
「変わったもの?」
「……贈り物とか、見慣れない道具とか」
マルセルは首を傾げた。
「いえ、特には……」
そこで、ふと思い出したように顔を上げた。
「ああ、そういえば」
「何か?」
「一か月ほど前に、珍しい懐中時計を修理したことがあります」
レオンが身を乗り出す。
「珍しい時計?」
「ええ。金色の装飾が施された、高価そうな品でした」
「持ち主は?」
「旅行者の方でした。修理が終わると、すぐに持って帰られましたよ」
ミアが尋ねる。
「それから不運が始まったんですか?」
「……言われてみれば、時期は近いですね」
マルセルは考え込んだ。
「でも、あの時計に何か問題があったとは思えません。普通の機械式時計でしたから」
「なるほど」
レオンが頷いた。
まだ、何かの原因と決めるには早い。
だが、記録しておく価値はありそうだった。
◇
次に訪れた花屋では、昨日話を聞いた女性が花束を作っていた。
「こんにちは!」
エリシアが声をかける。
「あら、昨日の皆さん!」
女性は笑顔で迎えてくれた。
「今日はどうしました?」
「少し追加で聞きたいことがあって」
ミアが説明する。
女性は快く応じてくれた。
「花が枯れるようになったのは、一か月くらい前からですね」
「特にひどかった日は?」
「そうですね……」
女性は帳簿を取り出した。
「先週の火曜日は大変でした。朝から花が傷んでいて、仕入れたばかりの花まで駄目になってしまったんです」
五人は顔を見合わせた。
「……火曜日?」
レオンが確認する。
「はい」
「時間帯は覚えていますか?」
「朝からです。昼頃には、もう半分以上が売り物にならなくて……」
ミアが手帳に書き込む。
「ほかに何か変わったことは?」
「特には……」
女性は首を傾げた。
「ただ、その日は妙に忙しかったですね」
「忙しかった?」
「ええ。花を買いに来るお客さんが多かったんです」
「……それなら、商売としてはよかったんじゃない?」
エリシアが尋ねる。
「そうなんですけど、売れる花がなくて……」
女性は苦笑した。
「せっかく来てくださったのに、お断りするしかありませんでした」
レオンは考え込んだ。
花が枯れた日。
客が増えた日。
それが、時計修理店の事故と同じ日だった。
偶然かもしれない。
だが、少しずつ気になることが増えていた。
◇
昼過ぎ。
五人は南通りの雑貨店を訪れた。
昨日、最近は商売が好調だと話していた店だ。
「おお、また来たのか!」
店主は笑顔で迎えてくれた。
「何か買っていくかい?」
「いえ、今日は少しお話を」
レオンが答える。
「最近、特に売上がよかった日を覚えていますか?」
「売上がよかった日?」
店主は笑った。
「そりゃあ、先週の火曜日だな!」
五人の表情が変わった。
「……火曜日?」
ミアが確認する。
「ああ!」
店主は嬉しそうに頷いた。
「あの日はすごかった! 朝から客が途切れなくてな!」
「……何時頃が一番忙しかったんですか?」
ジョシュアが尋ねた。
「昼過ぎだな。二時くらいだったか」
レオンが手帳を見た。
時計修理店の事故と、ほぼ同じ時間。
「……何か特別な商品が売れたんですか?」
「いや、そういうわけじゃない」
店主は首を振った。
「普段は売れないような品まで、次々と売れていったんだ」
「……なるほど」
ミアが呟いた。
「それで、その日はかなり儲かったんですか?」
「もちろん!」
店主は笑った。
「おかげで、ずっと欲しかった新しい棚を買えたよ!」
彼は店の奥を指差した。
そこには、真新しい木製の棚が置かれていた。
「……よかったですね」
ジョシュアが微笑んだ。
「ありがとう!」
店主は嬉しそうに答えた。
五人は礼を言い、店を後にした。
◇
「……同じ日ね」
広場に戻ると、ミアが手帳を広げた。
「時計屋さんの事故。花屋さんの大量廃棄。雑貨屋さんの売上増加」
「しかも、時間帯まで近い」
レオンが頷いた。
「……偶然にしては、ちょっと出来すぎてる気がする」
エリシアが呟いた。
「そうだね」
レオンは答えた。
「ただ、まだ三件だけだ。これだけで何かを断定するのは危険だよ」
「じゃあ、もっと調べよう!」
エリシアが拳を握る。
「……その前に」
ミアが手帳を閉じた。
「少し休憩しましょう」
「賛成!」
エリシアが即答した。
五人は近くの茶屋へ入った。
店内には甘い菓子の香りが漂い、窓際の席からは大通りが見渡せる。
「……こうして見ると、本当に賑やかな街だね」
ジョシュアが呟いた。
「そうだね」
レオンが頷く。
「でも、昨日までとは少し違って見えるな」
「……どうして?」
「表ではみんな楽しそうにしてるけど、その裏で困ってる人もいるんだって分かったからね」
ジョシュアは窓の外を見た。
笑いながら歩く人々。
買い物を楽しむ家族。
大きな荷物を抱えた商人。
誰もが、それぞれの生活を送っている。
その中で、何かが少しずつ変わっているのだろうか。
「……不思議だね」
ジョシュアが呟いた。
「何が?」
エリシアが尋ねる。
「……同じ街にいるのに、幸運な人と不運な人がいること」
「それは普通じゃない?」
エリシアは首を傾げた。
「いいことがある日もあれば、悪いことがある日もあるし」
「……うん」
ジョシュアは頷いた。
「でも、もし……」
そこで言葉を止めた。
「……もし?」
ミアが尋ねる。
「……誰かの幸運が、別の誰かの不運と繋がっていたら」
テーブルに沈黙が落ちた。
ダグラスがゆっくりと口を開く。
「……俺が朝に言ったことと同じだな」
「……うん」
ジョシュアは頷いた。
「……それって、少し怖いなって」
レオンはしばらく考え込んだ。
「……そうだね」
そして、静かに答えた。
「だからこそ、確かめないといけない」
◇
その頃。
《煌めき通り》の大通りでは、一人の男が歓声を上げていた。
「当たった! 当たったぞ!」
男の手には、金色の札が握られている。
周囲の人々が集まってきた。
「おおっ!」
「すごいじゃないか!」
「いくら当たったんだ!?」
「五万ユグドだ!」
男は興奮した様子で叫んだ。
「五万だぞ! 五万!」
観客から大きな歓声が上がった。
男は笑った。
何度も、何度も。
その隣で、一人の老人が立ち尽くしていた。
老人は小さな袋を握りしめている。
中には、わずかな硬貨しか残っていなかった。
「……また、駄目だった」
老人は呟いた。
その声は、歓声にかき消された。
男は大金を手に入れた。
老人は金を失った。
それだけなら、賭場では珍しくもない光景だった。
だが。
老人が通りを歩き始めた時、突然、靴底が剥がれた。
「……っ!」
足を取られ、老人は石畳に膝をついた。
通行人が慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「……ああ、大丈夫だ」
老人は立ち上がろうとした。
しかし、今度は手に持っていた袋の紐が切れた。
残っていた硬貨が石畳に散らばる。
「……あ……」
老人は呆然とした。
周囲の人々が硬貨を拾い集めてくれたが、老人はただ、震える手を見つめていた。
少し離れた場所では、先ほど大金を当てた男が笑っている。
その笑い声は、いつまでも途切れなかった。
◇
夕方。
ジョシュアたちは宿屋へ戻る途中、見覚えのある人物を見つけた。
「あっ!」
エリシアが声を上げる。
「フィール!」
赤と黒の衣装を身につけた少女が、大通りの向こうを歩いていた。
フィールは声に気づき、振り向いた。
「……あ!」
そして、ぱっと笑顔になった。
「みんな!」
小走りで近づいてくる。
「また会えたね!」
「うん!」
エリシアが笑った。
「今日は何してたの?」
「ちょっとお仕事!」
「お仕事?」
「うん!」
フィールは胸を張った。
「この街のお手伝い!」
「へえ!」
エリシアが感心する。
「偉いね!」
「ふふん!」
フィールは得意げに笑った。
「もっと褒めていいよ!」
レオンが苦笑する。
「随分と楽しそうな仕事だね」
「楽しいことばっかりじゃないけどね!」
フィールは笑った。
「でも、好きだから!」
ジョシュアが尋ねた。
「……フィールは、この街が好きなんだね」
「もちろん!」
フィールは即答した。
「大好き!」
そして、大通りを見渡した。
「ここには、いろんな人が来るんだ。お金持ちも、貧しい人も、旅人も、商人も」
彼女は両手を広げた。
「みんなが、楽しい思い出を作って帰ってくれたらいいなって思ってる!」
「……そうなんだ」
ジョシュアは微笑んだ。
「……素敵だね」
フィールは少し照れたように笑った。
「……ありがと」
ミアが口を開く。
「ねえ、フィール」
「ん?」
「この街で、最近変わったことってない?」
「変わったこと?」
「例えば、事故が増えたとか、妙に運が悪い人がいるとか」
フィールの表情がわずかに変わった。
「……どうして?」
「実は、ちょっと調べ物をしてるの」
ミアは答えた。
「掲示板で、困ってる人を見つけてね」
「……掲示板?」
「《縁結びの掲示板》よ」
「ああ、あそこ!」
フィールは頷いた。
「そっか。誰かのお願いを聞いてるんだね」
「うん」
エリシアが答える。
「最近、不運なことが続いてる人がいるんだって!」
「……そうなんだ」
フィールは少し考え込んだ。
「……実はね」
「何?」
「私も、最近ちょっと変だなって思ってたんだ」
五人の表情が変わった。
「本当?」
レオンが尋ねる。
「うん」
フィールは頷いた。
「賭場で揉め事が増えたり、街で小さな事故が起きたり……」
「……やっぱり」
ミアが呟いた。
「でも、原因は分からないんだ」
フィールは困ったように笑った。
「調べてもらってるんだけどね」
「……そうなんだ」
ジョシュアは頷いた。
フィールは少しだけ考えた後、笑顔を取り戻した。
「ねえ!」
「はい?」
「明日、時間ある?」
エリシアが目を輝かせる。
「あるよ!」
「ちょっと待って」
ミアが慌てて止めた。
「まだ予定が決まってないでしょ!」
「ええーっ!」
フィールは笑った。
「ふふっ! 無理にとは言わないよ!」
そして、少しだけ声を落とした。
「でも、もしよかったら……」
フィールは大通りの奥を指差した。
そこには、ひときわ大きな建物がそびえていた。
金色の装飾に覆われた、巨大な賭場。
「明日、あそこに来てみない?」
「……賭場?」
ミアが眉をひそめる。
「うん!」
フィールは頷いた。
「もちろん、お金を賭けなくてもいいよ!」
「……どうして?」
レオンが尋ねた。
フィールは少し考えた。
「……みんなが調べてること、何か分かるかもしれないから」
五人は顔を見合わせた。
フィールは笑った。
「それに!」
そして、いつもの明るい声に戻る。
「中には、賭け事以外にも面白いものがいっぱいあるんだよ!」
「本当!?」
エリシアが目を輝かせる。
「うん!」
フィールはにっこり笑った。
「だから、よかったら遊びに来てね!」
ジョシュアは、遠くに見える巨大な賭場を見上げた。
建物の入口には、星を模した大きな飾りが輝いている。
その光は、夕暮れの空の下でひときわ美しく見えた。
だが。
なぜだろう。
その建物を見つめていると、胸の奥に小さな違和感が生まれた。
懐かしさではない。
恐怖でもない。
ただ、何かが気にかかる。
「……ジョシュア?」
フィールが声をかけた。
「……あ」
ジョシュアは顔を上げた。
「……何でもない」
フィールは少しだけ彼を見つめた。
そして、笑った。
「じゃあ、また明日!」
彼女は手を振り、人混みの中へ消えていった。
五人はしばらく、その背中を見送っていた。
「……どうする?」
ダグラスが尋ねる。
「行ってみる価値はあると思う」
レオンが答えた。
「調査にも関係がありそうだしね」
「……そうね」
ミアが頷いた。
「ただし、賭け事はしないこと。それだけは絶対よ」
「分かってる!」
エリシアが元気よく答えた。
ジョシュアはもう一度、巨大な賭場を見上げた。
金色の星が、夜の始まりを告げるように輝いていた。
その光の下で、何が待っているのか。
今の彼には、まだ分からなかった。




