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道化師からの挑戦状

第26話 道化師からの挑戦状


 昼食を終えた七人が店を出ると、《煌めき通り》は朝とは比べものにならないほど賑わっていた。


 大通りには色鮮やかな旗が掲げられ、楽器を演奏する一団が人々の間を練り歩いている。


 頭上を見上げれば、建物と建物の間に張られた綱の上を、派手な衣装の曲芸師が歩いていた。


「わあっ!」


 エリシアが歓声を上げる。


「あんな高いところを歩いてる!」


「落ちたら大変そうだな……」


 ダグラスが眉をひそめた。


「ちゃんと下に安全用の網が張ってあるよ」


 フィールが指差す。


「ほら、あそこ!」


「あ、本当だ」


「それに、あの人はこの街でも有名な綱渡り師なんだ。滅多なことじゃ落ちないよ!」


「詳しいんだね」


 レオンが感心する。


「ふふん!」


 フィールは得意げに胸を張った。


「この街のことなら、何でも聞いて!」


「じゃあ、あそこは?」


 エリシアが大通りの向こうを指差した。


 そこには、巨大な建物があった。


 金色の装飾に覆われた外壁。


 大きな窓には赤い幕が掛けられ、入口の上には星を模した巨大な飾りが輝いている。


「ああ、あそこ?」


 フィールは振り向いた。


「《黄金劇場》だよ!」


「劇場!」


「うん。昼は喜劇や曲芸、夜は大きな舞台公演をやってるんだ!」


「へえ……!」


 エリシアが目を輝かせる。


「見てみたい!」


「だったら、夕方の公演がおすすめかな!」


 フィールは笑った。


「今の時間なら、まだ席が残ってると思うよ!」


「本当!?」


「うん!」


 ミアが腕を組んだ。


「……でも、入場料が高いんじゃない?」


「大丈夫!」


 フィールは胸を張った。


「今日は私が案内してるんだから!」


「いや、そういうわけには……」


「いいのいいの!」


 フィールは笑いながらミアの背中を押した。


「せっかく仲良くなったんだし!」


 時風が横から口を挟む。


「いいじゃないか。好意はありがたく受け取っておけ!」


「あなたは少し遠慮を覚えて!」


「はははっ!」


 ジョシュアはそんなやり取りを聞きながら、劇場を見上げていた。


 建物の壁には、仮面をつけた人物の絵が描かれている。


 片方は笑い、もう片方は泣いている。


「……あの仮面は?」


 ジョシュアが尋ねた。


「ん?」


 フィールが顔を上げる。


「ああ、あれは喜劇と悲劇を表してるんだよ」


「……喜劇と悲劇?」


「そう!」


 フィールは両手を広げた。


「人を笑わせるお芝居と、泣かせるお芝居。どっちも舞台には欠かせないものなんだ!」


「……なるほど」


「でも、私はやっぱり喜劇が好きかな!」


 フィールはにっこり笑った。


「みんなが笑ってる方が楽しいもん!」


◇


「ところで!」


 劇場へ向かう途中、フィールが突然振り向いた。


「みんな、勝負事は好き?」


「好き!」


 エリシアが即答した。


「……あなたは本当に……」


 ミアが額を押さえる。


「いやいや、お金を賭けるわけじゃないよ!」


 フィールは慌てて手を振った。


「ちょっとした遊び!」


「遊び?」


 レオンが尋ねる。


「そう!」


 フィールは道の向こうを指差した。


 そこには、赤と黒の旗が掲げられた小さな建物があった。


 入口の看板には、こう書かれている。


 《道化師の挑戦状》


「ここ!」


 フィールが笑った。


「私のお気に入りの遊び場なんだ!」


 建物の中からは、笑い声と拍手が聞こえてきた。


 入口には一枚の案内板が立っている。


『知恵と観察力を試す三つの遊戯』


『挑戦料 一組三百ユグド』


『成功者には記念品を贈呈』


「……三百ユグド」


 ミアが呟く。


「六人で割れば五十ユグドか」


 ダグラスが計算した。


「まあ、それくらいならいいんじゃないかな」


 レオンが言った。


「昨日の宿代も予算内だったしね」


「……そうね」


 ミアは少し考えた。


「ただし、追加料金が発生しないことを確認してからよ」


「しっかりしてるねぇ!」


 フィールが感心したように笑った。


「お姉さんみたい!」


「弟がいると、自然とこうなるのよ」


「なるほど!」


 時風が財布を取り出す。


「じゃあ、俺が払うか!」


「待って!」


 ミアが即座に止めた。


「どうして?」


「あなたに任せると、また余計なお金まで払うから!」


「信用ないなぁ!」


「昨日からの行動を振り返って!」


 結局、挑戦料は六人で分担することになった。


 フィールは参加せず、案内役として同行するらしい。


「それじゃあ、行こう!」


 フィールが扉を開けた。


◇


 建物の中は、外から見た印象よりも広かった。


 赤い絨毯が敷かれた廊下。


 壁には奇妙な絵画が並び、天井からは小さな魔導灯が吊るされている。


 奥には三つの扉があった。


 それぞれに、異なる仮面が飾られている。


 笑顔。


 怒り顔。


 泣き顔。


「ようこそ!」


 黒い燕尾服を着た男が一礼した。


「《道化師の挑戦状》へ!」


 男は六人を見回した。


「本日の挑戦者は、六名様でよろしいでしょうか?」


「はい!」


 エリシアが答えた。


「承知いたしました!」


 男は大げさな身振りで腕を広げた。


「当館では、三つの遊戯に挑戦していただきます!」


「三つ?」


「はい! それぞれ異なる能力が試されます!」


 男は一枚の紙を差し出した。


「規則はこちらです!」


 ミアが受け取り、内容を確認する。


「……追加料金なし。失敗しても罰則なし。成功すれば記念品……」


 しばらく読み込んだ後、頷いた。


「問題なさそうね」


「それでは!」


 男は最初の扉を指差した。


「第一の遊戯へどうぞ!」


◇


 最初の部屋には、丸いテーブルが置かれていた。


 その上には、三つの箱が並んでいる。


 赤い箱。


 青い箱。


 黄色い箱。


 それぞれの箱には、一枚ずつ札が貼られていた。


 男が説明を始める。


「この三つの箱のうち、一つだけに金貨が入っております!」


「金貨!?」


 エリシアが身を乗り出した。


「本物ですか!?」


「遊戯用の金貨でございます!」


「……ですよね」


 エリシアが肩を落とした。


 男は咳払いをした。


「箱には、それぞれ文章が書かれています。ただし、正しい文章は一つだけ!」


 男は三つの箱を示した。


 赤い箱には、こう書かれていた。


『金貨はこの箱に入っている』


 青い箱には、こう書かれていた。


『金貨は赤い箱には入っていない』


 黄色い箱には、こう書かれていた。


『金貨はこの箱には入っていない』


「さあ!」


 男は笑った。


「金貨はどの箱に入っているでしょうか!」


 エリシアが腕を組んだ。


「うーん……」


 ダグラスも考え込む。


「正しい文章は一つだけ、か」


 レオンが札を見比べた。


「まず、赤い箱に入っていると仮定してみよう」


「そうすると……」


 ミアが指を折る。


「赤い箱の文章は正しい。青い箱の文章は間違い。黄色い箱の文章は……」


「正しいね」


 レオンが答えた。


「二つ正しくなるから、赤は違う」


「じゃあ、青!」


 エリシアが言った。


「青い箱に入っているなら、赤い箱の文章は間違い。青い箱の文章は正しい。黄色い箱の文章も正しい……」


 レオンは首を振った。


「これも二つ正しくなる」


「ええっ!?」


「ということは……」


 ジョシュアが黄色い箱を見た。


「……黄色?」


 ミアが頷く。


「黄色なら、赤い箱の文章は間違い。青い箱の文章は正しい。黄色い箱の文章は間違いになるわ」


「正しいのは一つだけ!」


 エリシアが叫んだ。


「黄色だ!」


 男が大きく拍手した。


「正解でございます!」


 黄色い箱が開かれ、中から金色の硬貨が現れた。


「やったー!」


 エリシアが両手を上げる。


「……みんなで考えたからね」


 ジョシュアが笑った。


「そうだね」


 レオンも微笑んだ。


 部屋の隅で見ていたフィールが楽しそうに拍手する。


「すごいすごい!」


「フィールは答え、知ってたの?」


 エリシアが尋ねた。


「うん!」


「ずるい!」


「私は参加してないもーん!」


 フィールは笑った。


◇


 第二の部屋には、九枚の札が並べられていた。


 札には一から九までの数字が書かれている。


 男が説明する。


「この九枚の札を、三行三列に並べてください!」


「……それだけ?」


 ダグラスが尋ねた。


「ただし!」


 男は指を立てた。


「縦、横、斜め。どの三枚を足しても、合計が十五になるようにしてください!」


「……なるほど」


 レオンが頷いた。


「数字の配置を考える問題だね」


「面白そう!」


 エリシアが早速、札を並べ始める。


 一、二、三。


 四、五、六。


 七、八、九。


「できた!」


「……いや」


 ダグラスが首を振る。


「一番上の横列が六だぞ」


「あっ!」


 エリシアは慌てて札を動かした。


 しかし、今度は別の列が合わなくなる。


「うぅ……!」


 レオンが腕を組む。


「全ての数字を足すと四十五。三行で十五ずつだから、条件自体は成立するね」


「真ん中は五じゃないかしら」


 ミアが言った。


「どうして?」


「一から九までの数字で、中央に置くなら五が一番自然だと思っただけよ」


「確かに」


 ジョシュアが札を見つめた。


「……向かい合う数字の合計を十にすれば、真ん中の五と合わせて十五になります」


 レオンが目を輝かせた。


「そうか!」


 ジョシュアは札を並べ替えた。


 八、一、六。


 三、五、七。


 四、九、二。


「……これなら」


 レオンが一列ずつ確認する。


「上が十五。真ん中も十五。下も十五……」


 ミアも確認した。


「縦も全部十五。斜めも合ってる!」


「正解でございます!」


 男が拍手した。


「おおーっ!」


 エリシアがジョシュアの肩を叩いた。


「すごいじゃん!」


「……みんなが考えてくれたから」


 ジョシュアは少し照れたように笑った。


 フィールは彼を見つめていた。


 それから、何事もなかったように拍手する。


「いいね! あと一つだよ!」


◇


 第三の部屋には、長いテーブルが置かれていた。


 その上には、十枚の札が伏せられている。


 男が説明を始めた。


「最後は記憶力の勝負でございます!」


「記憶力?」


 レオンが尋ねる。


「はい!」


 男は札を全て表にした。


 そこには、五種類の絵柄が二枚ずつ描かれていた。


 剣。


 盾。


 杖。


 王冠。


 星。


「これから十秒間、札の位置を覚えていただきます!」


「十秒!?」


 エリシアが驚いた。


「短くない!?」


「それが規則でございます!」


 男は笑った。


「その後、札を裏返します。同じ絵柄の組を五組全て当てていただければ成功です!」


 レオンが頷いた。


「なるほど。神経衰弱だね」


「ただし!」


 男は指を立てた。


「間違えられるのは二回まで! 三回目の間違いで失敗となります!」


「……結構厳しいわね」


 ミアが呟いた。


「それでは、始めます!」


 男が砂時計をひっくり返した。


 十秒。


 ジョシュアたちは札を見つめた。


 エリシアは必死に位置を覚えようとし、ダグラスは小さく番号を呟いている。


 レオンは札を左から順番に確認した。


 ミアは絵柄ごとに位置を覚えていく。


 ジョシュアも同じように札を見つめた。


 やがて砂が落ちきる。


「終了!」


 男は素早く札を裏返した。


「さあ、どうぞ!」


「……ええと」


 エリシアが最初の札を指差す。


「ここ、剣だったよね?」


「そうだね」


 レオンが頷く。


「もう一枚は……」


「右端だったと思う」


 ダグラスが答えた。


 二枚をめくる。


 剣。


 剣。


「正解!」


「やった!」


 続いて、ミアが二枚を指差した。


「次はここ。盾だったわ」


 二枚をめくる。


 盾。


 盾。


「正解!」


 レオンが笑った。


「順調だね」


 三組目。


 杖。


 杖。


 四組目。


 王冠。


 王冠。


「あと一組!」


 エリシアが叫んだ。


 残った二枚をめくる。


 星。


 星。


「全問正解!」


 男が大きく拍手した。


「お見事でございます!」


「やったー!」


 エリシアが両手を上げた。


 ダグラスもほっと息をつく。


「無事に終わったな」


「みんなでやれば、案外簡単だったね」


 レオンが笑った。


 フィールも楽しそうに拍手した。


「すごいすごい!」


「ふふん!」


 エリシアが胸を張る。


「私たち、結構やるでしょ!」


「うん!」


 フィールは笑った。


「思ってた以上だよ!」


◇


 三つの遊戯を終えた一行は、受付で記念品を受け取った。


 小さな銀色の徽章だった。


 表面には、笑顔の道化師が刻まれている。


「可愛い!」


 エリシアが喜ぶ。


「記念になるね」


 レオンが笑った。


 ジョシュアも徽章を手に取った。


 小さく、軽い。


 けれど、今日の思い出が形になったようで、少し嬉しかった。


「……大事にします」


「ふふっ!」


 フィールが笑った。


「そうしてくれると嬉しいな!」


 建物を出ると、空は少しずつ夕暮れの色へ変わり始めていた。


 通りの魔導灯が一つ、また一つと灯り始める。


「さて!」


 フィールが両手を叩いた。


「そろそろ劇場へ行こうか!」


「やったー!」


 エリシアが歓声を上げる。


 ミアがため息をついた。


「……今日は本当に遊んでばかりね」


「たまにはいいんじゃないかな」


 レオンが笑った。


「王都に戻ったら、また依頼の日々だろうし」


「それはそうだけど……」


 ダグラスが頷いた。


「明日は調査に集中しよう」


「そうね」


 ミアも頷いた。


 時風は少し離れたところで、街の様子を眺めていた。


「……時風さん?」


 ジョシュアが声をかける。


「ん?」


「……どうかしました?」


「いや?」


 時風は笑った。


「楽しそうで何よりだと思ってな」


「……そうですか」


「ああ」


 時風はジョシュアの肩を軽く叩いた。


「楽しめる時は、思いっきり楽しんでおけ」


 ジョシュアは少し不思議そうに首を傾げた。


「……はい」


 時風は笑った。


「よし! 劇場へ行くぞ!」


◇


 《黄金劇場》の内部は、外観以上に豪華だった。


 赤い絨毯が敷かれた広い入口。


 天井から吊るされた巨大な照明。


 壁には金色の装飾が施され、観客たちは華やかな衣装を身につけていた。


「……すごい」


 ジョシュアが呟く。


「でしょ?」


 フィールが笑った。


「ここは《煌めき通り》でも有名な劇場なんだよ!」


 案内された席は、舞台がよく見える中央付近だった。


「……こんないい席、いいの?」


 ミアが尋ねる。


「もちろん!」


 フィールは笑った。


「今日は特別!」


「……本当にありがとう」


「気にしないで!」


 やがて、照明がゆっくりと落ちていく。


 観客たちの話し声が静まった。


 そして。


 舞台の幕が上がった。


 そこに現れたのは、派手な衣装を身につけた道化師だった。


 顔には白い仮面。


 口元には大きな笑みが描かれている。


「紳士淑女の皆様!」


 道化師が大きく腕を広げた。


「ようこそ、夢と笑いの舞台へ!」


 観客から拍手が上がる。


「今宵、皆様にお届けするのは――」


 道化師はくるりと回った。


「世界で一番、運の悪い男のお話!」


 舞台に、一人の男が現れた。


 男は歩き始めた瞬間、足元の小石につまずいて転んだ。


 観客が笑う。


 立ち上がった男の頭上から、今度は水の入った桶が落ちてきた。


 再び笑い声が上がった。


「……大変そう」


 ジョシュアが呟く。


「ふふっ!」


 フィールが笑った。


「喜劇だからね!」


 舞台では、男が次々と不運に見舞われていた。


 財布を落とし、買い物に失敗し、ようやく手に入れた食事を犬に奪われる。


 そのたびに道化師が現れ、大げさな身振りで観客を笑わせた。


 エリシアも声を上げて笑っている。


 レオンは肩を震わせ、ダグラスも思わず笑みを浮かべていた。


 ミアも口元を押さえて笑っている。


 ジョシュアも、何度か小さく笑った。


 けれど。


 舞台の上で転び続ける男を見ているうちに、ふと疑問が浮かんだ。


「……ねえ、フィール」


「ん?」


「……あの人、最後は幸せになれるのかな?」


 フィールは少し驚いたようにジョシュアを見た。


「……どうして?」


「……ずっと不幸なことばかり起きてるから」


 ジョシュアは舞台へ視線を戻した。


「……最後くらい、いいことがあればいいなって」


「…………」


 フィールは何も言わなかった。


 やがて、小さく笑う。


「……そうだね」


 その声は、先ほどまでよりも少し静かだった。


「最後くらい、幸せになってほしいよね」


 舞台では、男が最後の挑戦に臨もうとしていた。


 大きな箱。


 その中には、金貨が入っているという。


 男は恐る恐る箱を開けた。


 すると。


 中から大量の紙吹雪が飛び出した。


 観客が笑う。


 男は呆然と立ち尽くした。


 しかし、紙吹雪の中から、一枚の小さな紙が落ちてきた。


 男はそれを拾い上げる。


 そこには、こう書かれていた。


『あなたを待っている人がいます』


 男が顔を上げる。


 舞台の奥から、一人の女性が現れた。


 男は驚き、そして笑った。


 女性も笑った。


 二人は手を取り合い、舞台の中央へ歩いていく。


 道化師が大きく腕を広げた。


「不運な男が最後に手に入れたもの!」


 道化師は観客へ向き直った。


「それは、金貨でも宝石でもなく――」


 舞台の照明が、二人を照らした。


「自分を待っていてくれる、たった一人の存在でした!」


 大きな拍手が巻き起こった。


 エリシアが目を輝かせる。


「よかったぁ!」


 ミアも微笑んだ。


「……いい話ね」


 ジョシュアも拍手した。


 その隣で、フィールは舞台を見つめていた。


 そして、ふとジョシュアへ視線を向ける。


「……ジョシュア」


「……はい?」


「最後、どうだった?」


 ジョシュアは少し考えた。


「……よかったです」


「……そっか」


 フィールは微笑んだ。


「私も、そう思う」


◇


 劇場を出る頃には、すっかり夜になっていた。


 《煌めき通り》は無数の魔導灯に照らされ、昼間以上の輝きを放っている。


 大通りには人が溢れ、あちこちから歓声が聞こえてきた。


「楽しかったー!」


 エリシアが大きく伸びをした。


「また来たい!」


「まだ帰るわけじゃないでしょ」


 ミアが笑った。


「そうだけど!」


 フィールも楽しそうに笑っていた。


「気に入ってくれてよかった!」


「フィールのおかげだよ!」


 エリシアが答える。


「ありがとう!」


「どういたしまして!」


 フィールは嬉しそうに頷いた。


 その時だった。


「……フィール様」


 背後から、低い声が響いた。


 黒い服を着た男が一人、近づいてきた。


 胸元には、星を模した徽章。


 男はフィールへ小さく頭を下げた。


「少々、お時間をいただけますでしょうか」


「……ん?」


 フィールが振り向く。


「どうしたの?」


「確認していただきたい件がございます」


「今?」


「はい」


 フィールは少しだけ困ったように笑った。


「……そっか」


 そして、ジョシュアたちへ向き直る。


「ごめんね! ちょっと用事ができちゃった!」


「……大丈夫?」


 エリシアが尋ねる。


「うん! 大したことじゃないよ!」


 フィールは笑った。


「今日は楽しかった!」


「私たちも!」


 エリシアが元気よく答える。


「また遊ぼうね!」


「もちろん!」


 フィールは両手を振った。


「またね、みんな!」


 そして、最後にジョシュアへ視線を向けた。


「……ジョシュア」


「……はい?」


 フィールは少しだけ考えるような表情をした。


 しかし、すぐに笑顔へ戻った。


「また会おうね!」


「……はい」


 ジョシュアも微笑んだ。


「また会いましょう」


 フィールは満足そうに頷き、黒服の男と共に人混みの中へ消えていった。


 その背中を見送りながら、ミアが呟く。


「……フィールって、何者なのかしら」


「この街に詳しいし、店の人たちも顔を知っていたね」


 レオンが答えた。


「劇場の席まで用意してくれたし……」


 ダグラスも頷いた。


「普通の観光客ではなさそうだな」


「でも、いい子だったよ!」


 エリシアが言った。


「うん」


 ジョシュアも頷いた。


「……そう思う」


 時風は何も言わず、楽しそうに笑っていた。


「さて!」


 そして、両手を叩く。


「今日は十分遊んだし、そろそろ宿に戻るか!」


「そうね」


 ミアが頷いた。


「明日はちゃんと調査するわよ」


「分かってるって!」


 時風は笑った。


 六人は宿へ向かって歩き始めた。


◇


 同じ頃。


 大通りから離れた建物の一室で、フィールは窓の外を眺めていた。


 街の灯りが、夜空の下で輝いている。


「……フィール様」


 先ほどの黒服の男が声をかけた。


「例の件ですが――」


「うん。聞いてるよ」


 フィールは振り向かなかった。


「また、賭場で揉め事があったんでしょ?」


「はい。客同士の争いが発生し、警備員が対応いたしました」


「怪我人は?」


「軽傷者が二名。命に別状はありません」


「そっか」


 フィールは小さく息を吐いた。


「ちゃんと治療費は出してあげてね」


「承知いたしました」


 男は一礼した。


「それと、もう一件……」


「何?」


「近頃、街で奇妙な噂が広がっております」


「……噂?」


「はい。幸運な者と不運な者の差が、以前よりも大きくなっているという話です」


 フィールは窓の外へ視線を戻した。


「……また、その話?」


「はい」


「賭場がある街なんだから、勝つ人も負ける人もいるでしょ?」


「それは、そうなのですが……」


 男は言い淀んだ。


「……何?」


「いえ。現時点では、確かなことは何も」


「だったら、ちゃんと調べてから報告して」


「承知いたしました」


 男は再び頭を下げた。


 そして、部屋を出ていく。


 一人になったフィールは、しばらく窓の外を眺めていた。


 大通りには、今日も多くの人々が集まっている。


 笑い声。


 音楽。


 歓声。


 彼女が好きな、この街の風景だった。


「……ジョシュア、か」


 フィールは小さく呟いた。


 今日初めて会った青年。


 少し不思議で、どこか掴みどころのない人物だった。


 そして、彼が何者なのか。


 フィールには、おおよその見当がついていた。


 だが、それ以上のことは分からない。


 少なくとも、本人は何も知らないようだった。


「……変なの」


 フィールは小さく笑った。


「噂で聞いてたのと、全然違うじゃん」


 彼女は窓辺から離れた。


 机の上には、一枚の小さな仮面が置かれている。


 黒い道化師の仮面。


 フィールはそれを手に取り、しばらく眺めた。


「……まあ、いいか」


 そして、仮面を机へ戻した。


「また会えるだろうし」


 窓の外では、《煌めき通り》の灯りが輝き続けていた。


 その光の下で、誰かが笑い、誰かが泣き、誰かが夢を見ている。


 フィールは、その全てを守れると信じていた。


 少なくとも、今はまだ。

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