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黄金の街への招待状

第23話 黄金の街への招待状


 翌朝。


 冒険者ギルドの掲示板には、今日も数え切れないほどの依頼書が貼り出されていた。


 薬草採取、荷物運搬、街道の警備、魔物の討伐。


 報酬も危険度も様々で、冒険者たちはそれぞれの実力と懐事情に合わせて依頼を選んでいる。


 そんな中、ジョシュアたち五人は、いつもの依頼掲示板ではなく、受付の前に集まっていた。


「《煌めき通り》ですか?」


 受付嬢のセシルが、少し意外そうに目を瞬かせた。


「はい。行ってみようと思っているんですけど、何か情報はありませんか?」


 エリシアが尋ねる。


「観光でしょうか? それとも依頼をお探しですか?」


「えっと……両方?」


「まだ決まっていないんです」


 レオンが苦笑しながら補足した。


「ただ、初めて訪れる場所なので、事前に調べておきたくて」


「なるほど。少々お待ちください」


 セシルは受付の下から一冊の資料を取り出した。


 革表紙の分厚い冊子だった。


 ページを開くと、細かな文字とともに、色鮮やかな街の絵が描かれている。


「こちらが《煌めき通り》の観光案内になります」


「わあっ!」


 エリシアが身を乗り出した。


 そこに描かれていたのは、夜空の下で黄金色に輝く街だった。


 幾重にも連なる建物の屋根。


 通りを照らす無数の魔導灯。


 巨大な劇場や、華やかな装飾が施された賭場。


 そして、街の中央にそびえ立つ、ひときわ大きな建造物。


「すごい……!」


 ジョシュアも思わず声を漏らした。


 絵で見るだけでも、王都とはまるで違う場所だと分かる。


「《煌めき通り》は、王都から街道を進んだ先にある大規模な歓楽街です。昼夜を問わず営業している施設が多く、各地から観光客や商人が訪れます」


 セシルはページをめくった。


「特に有名なのは、中央大通りに並ぶ賭場と劇場ですね。大きな催し物がある時期には、街全体がお祭りのようになるそうです」


「お祭り!」


 エリシアの目が輝いた。


「行きたい!」


「昨日からそればっかりだね」


 レオンが笑う。


「だって楽しそうなんだもん!」


「楽しむのはいいけど、賭け事は禁止よ」


 ミアが釘を刺した。


「えー!」


「えー、じゃない!」


 セシルはそんな二人を微笑ましそうに見つめていたが、やがて少し声を落とした。


「ただし、一つ注意していただきたいことがあります」


 その言葉に、五人の表情が引き締まる。


「《煌めき通り》は、星座の一角である《煌星》の管理下にあります」


「……やっぱり、そうなんですね」


 ダグラスが頷いた。


「はい。街の治安維持や施設の運営にも《煌星》が深く関わっています」


 セシルは資料を閉じた。


「もちろん、普通に観光するだけなら問題はありません。実際、毎日大勢の方が訪れていますから」


「……でも、何かあるんですか?」


 ジョシュアが尋ねる。


 セシルは少し考えた。


「最近、あちらで財産を失った方からの相談が増えているんです」


「財産を?」


「はい。賭場で大金を失い、帰るための旅費すら残っていないという方もいます」


 ミアの耳がぴくりと動いた。


「……それって、ただの負けすぎじゃないの?」


「そういう場合も多いと思います」


 セシルは頷いた。


「ただ、中には少し気になる相談もありまして」


「……気になる?」


「賭け事をしていないのに、立て続けに不運な出来事に遭ったという方がいるんです」


 レオンが眉を寄せた。


「例えば?」


「持っていた財布を落としたり、宿泊先で荷物がなくなったり、帰り道で馬車が故障したり……」


「……それだけなら、偶然の可能性もありますね」


「ええ。ですから、ギルドとしても特別な問題が起きているとは判断していません」


 セシルは困ったように笑った。


「ただ、最近はそういった話を耳にする機会が増えましたので」


「……なるほど」


 ダグラスが腕を組んだ。


「要するに、金と荷物の管理には気をつけろってことだな」


「はい。それと、見知らぬ方からの儲け話には乗らないようにしてください」


「そこは大丈夫です」


 ミアが即答した。


「私が全員の財布を見張りますから」


「えっ!?」


 エリシアが振り向く。


「私のお金も!?」


「特にあなたのよ!」


「そんなぁ!」


 セシルが小さく笑った。


◇


「それで、どうする?」


 ギルドを出たところで、ダグラスが尋ねた。


 朝の王都は人通りが多かった。


 商人たちが荷車を押し、冒険者が武器を背負って行き交う。通りの向こうからは、焼きたてのパンの香りが漂ってきた。


「僕は行ってみたい」


 ジョシュアが答える。


 四人の視線が集まった。


「……時風さんが、僕とあの街には縁があるって言ってたから」


「そうだね」


 レオンが頷いた。


「せっかく過去を知る手がかりが見つかったんだ。確かめに行く価値はあると思う」


「私も賛成!」


 エリシアが元気よく手を上げた。


「新しい街を見てみたいし!」


「……理由が半分くらい観光なのよね」


 ミアがため息をついた。


「でも、私も反対はしないわ」


「本当!?」


「ただし、条件がある」


 ミアは指を一本立てた。


「まず、無駄遣いしないこと」


「うん!」


「次に、勝手に危ない場所へ行かないこと」


「うん!」


「それから、知らない人についていかないこと」


「うん!」


「……あなた、本当に分かってる?」


「分かってるって!」


 エリシアは胸を張った。


 レオンが苦笑する。


「それ、子供に言い聞かせる内容じゃない?」


「必要だから言ってるのよ」


 ミアは真顔だった。


 ダグラスが笑いながら頷く。


「まあ、気をつけるに越したことはないな」


 ジョシュアも小さく笑った。


 そこで、ふと気になったことを尋ねる。


「……ミアは、ルイ君のことは大丈夫?」


 ミアの表情が少し柔らかくなった。


「ええ。昨日、保護院で相談しておいたの」


「……そうなんだ」


「泊まりが必要になった場合も、事前に申請すれば預かってもらえるって。もちろん、その分の費用はかかるけどね」


 ミアは肩をすくめた。


「ルイにも話してあるわ。ちょっと寂しそうだったけど、ちゃんと分かってくれた」


「……そっか」


「だから、あまり長居はしたくないの。行くなら用事を済ませて、なるべく早く帰りたいわね」


「分かった」


 ジョシュアは頷いた。


「……ありがとう、ミア」


「別にいいわよ」


 ミアは少し照れたように視線を逸らした。


「仲間なんだから、これくらいはね」


◇


 その日の昼過ぎ。


 五人は再び冒険者ギルドを訪れていた。


 目的は依頼ではない。


 昨夜、時風と別れた酒場だ。


「……本当にいるのかな?」


 エリシアが尋ねる。


「本人は大体ここにいるって言ってたけど」


 レオンが答えた。


「まあ、探してみよう」


 酒場の扉を開ける。


 昼間ということもあり、昨夜ほど混雑してはいなかった。


 数人の冒険者が遅い昼食を取り、店員が空いたテーブルを片づけている。


 そして。


「おーい!」


 聞き覚えのある声が響いた。


 窓際のテーブル。


 そこには、昨日と同じ格好をした時風が座っていた。


 もちろん、片手には酒瓶がある。


「おっ、来たな!」


 時風は笑顔で手を振った。


「どうだ? 行く気になったか?」


「はい!」


 エリシアが元気よく答えた。


「《煌めき通り》に行くことにしました!」


「おお、そうかそうか!」


 時風は満足そうに頷いた。


「そりゃ楽しみだ!」


「……時風さん」


 ミアが腕を組んだ。


「一つ確認していい?」


「ん?」


「本当に一緒に来るのよね?」


「ああ」


「途中でいなくなったりしない?」


「しないしない」


「……お金は持ってる?」


 時風は少し考えた。


「財布ならあるぞ」


「中身を聞いてるの!」


「はははっ!」


 時風は笑いながら懐を探った。


 そして、小さな革袋を取り出す。


 テーブルに置かれた袋は、ずしりと重そうな音を立てた。


「これで足りるか?」


「……え?」


 ミアが袋を開けた。


 中には、金貨がぎっしりと詰まっていた。


「…………」


 ミアの動きが止まった。


「……どうしたの?」


 エリシアが覗き込もうとする。


 ミアは慌てて袋を閉じた。


「ちょ、ちょっと! こんなものを人前で出さないでよ!」


「ん?」


「盗まれたらどうするの!?」


「その時は取り返せばいいだろ」


「そういう問題じゃない!」


 時風は愉快そうに笑った。


「いやぁ、お前は本当にしっかりしてるな!」


「あなたが適当すぎるのよ!」


 レオンが苦笑した。


「とりあえず、旅費の心配はなさそうだね」


「そういう話じゃないでしょ!」


 ミアの叫び声が酒場に響いた。


 近くの冒険者たちが笑い始める。


 時風はそんな様子を楽しそうに眺めていた。


「それで、いつ出発する?」


 ダグラスが尋ねた。


「明日の朝を考えてるんですが」


「いいぞ」


 時風は即答した。


「じゃあ、明日の朝に王都の門で集合だな」


「……そんな簡単に決めていいんですか?」


 ジョシュアが尋ねる。


「何か問題でもあるか?」


「いえ……」


「だったら決まりだ!」


 時風は酒瓶を掲げた。


「明日から、楽しい旅行の始まりだな!」


「旅行じゃないです!」


 ミアが即座に訂正した。


「ジョシュアの手がかりを探すために行くんですから!」


「そうだったな!」


「……本当に分かってるのかしら」


 ミアは深いため息をついた。


 ジョシュアはそんな二人を見ながら、小さく笑った。


 不思議な人だ。


 何百年も生きているというのに、まるで子供のように楽しそうにしている。


 けれど。


「……時風さん」


「ん?」


「どうして、僕たちについて来てくれるんですか?」


 時風は酒瓶を置いた。


 そして、少しだけ目を細めた。


「……そうだなぁ」


 しばらく考えるように天井を見上げる。


 やがて、彼は笑った。


「面白そうだから、かな」


「……面白そう?」


「ああ」


 時風は頷いた。


「お前たちと一緒にいたら、退屈しなさそうだろ?」


「……それだけですか?」


「それだけじゃ駄目か?」


 ジョシュアは少し考えた。


「……いえ」


 そして、微笑んだ。


「ありがとうございます」


「おう!」


 時風は嬉しそうに笑った。


◇


 翌朝。


 王都の東門には、まだ冷たい朝の空気が残っていた。


 荷馬車が行き交い、門番たちが通行証を確認している。


 遠くの空は淡い金色に染まり、街道の先には緩やかな丘陵が続いていた。


「おはよう!」


 エリシアが元気よく手を振った。


 その背中には、いつもより少し大きな荷物がある。


「……何をそんなに持ってきたの?」


 ミアが呆れたように尋ねた。


「着替えと、食料と、予備の靴と……」


「何日滞在するつもりなのよ」


「えっと……分かんない!」


「分かんないじゃない!」


 レオンが笑いながら荷物を確認していた。


「僕は最低限にしてきたよ。魔力回復用の薬も少し用意した」


「俺も準備はできてる」


 ダグラスは大盾の留め具を確かめながら答えた。


「街道に魔物が出る可能性もある。油断はしない方がいいな」


「……うん」


 ジョシュアは腰の剣に手を添えた。


 千ユグドで購入した、ごく普通の直剣。


 特別な装飾もなければ、優れた魔力が宿っているわけでもない。


 けれど、今のジョシュアにとっては大切な武器だった。


「……あれ?」


 エリシアが周囲を見回した。


「時風さんは?」


「まだ来てないね」


 レオンが答える。


「……まさか、寝坊?」


 ミアが眉をひそめた。


「昨日あれだけ飲んでたものね……」


 ダグラスが苦笑する。


「もう少し待ってみるか」


 その時だった。


「おーい!」


 門の向こうから、聞き覚えのある声が響いた。


 五人が振り向く。


 そこには、昨日と変わらない格好の時風がいた。


 片手には小さな包み。


 もう片方の手には、なぜか串焼きが握られている。


「悪い悪い! 朝飯買ってた!」


「……遅い!」


 ミアが叫んだ。


「まだ集合時間前だろ?」


「そうだけど!」


「だったら問題ないじゃないか!」


 時風は笑いながら串焼きを一口かじった。


 エリシアが目を輝かせる。


「美味しそう!」


「おっ、食うか?」


「いいんですか!?」


「もちろん!」


 時風は包みを開いた。


 中には、まだ温かい串焼きが何本も入っていた。


「ほら、みんなも食え!」


「……朝から肉ですか」


 レオンが苦笑する。


「朝こそ肉だろ!」


「どういう理屈ですか……」


 それでも、差し出された串焼きを受け取った。


 ジョシュアも一本受け取る。


「……ありがとうございます」


「気にするな!」


 時風は笑った。


「さて、全員揃ったな?」


 五人が頷いた。


「よし!」


 時風は街道の先を指差した。


「それじゃあ、行こうか!」


 王都の門を抜ける。


 石畳の道が、緩やかな丘の向こうへと続いていた。


 振り返れば、ユグド王国の王都が朝日に照らされている。


 高い城壁。


 遠くに見える王城の尖塔。


 そして、今まで過ごしてきた街並み。


 ジョシュアは少しだけ足を止めた。


「……どうしたの?」


 エリシアが尋ねる。


「……ううん」


 ジョシュアは首を振った。


「何でもない」


 そして、前を向いた。


 自分の過去を知るための旅。


 その最初の目的地は、黄金の灯りに包まれた歓楽街。


 《煌めき通り》。


 そこに何が待っているのか。


 まだ誰にも分からない。


 けれど、今は一人ではない。


 エリシアがいる。


 レオンがいる。


 ミアがいる。


 ダグラスがいる。


 そして、少し変わった不老不死の男がいる。


「おーい、ジョシュア!」


 時風が振り返った。


「置いてくぞー!」


「……はい!」


 ジョシュアは小走りで仲間たちを追いかけた。


 朝の風が、街道を吹き抜ける。


 六人の影が、ゆっくりと王都から離れていった。


 その先に待つ街が、どれほど華やかで、どれほど危うい場所なのか。


 彼らはまだ知らない。


 ただ一人。


 先頭を歩く轟時風だけが、どこか懐かしそうに、遠い街道の先を眺めていた。

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