背中を預けるということ
第18話 背中を預けるということ
「では、最初の訓練を説明する!」
第3訓練場の中央で、教官が声を張り上げた。
集まった冒険者は、およそ40人。ほとんどがFランクかEランクで、年齢も装備もばらばらだった。
「本日は5人1組で訓練を行う。最初の課題は、模擬魔物との集団戦だ!」
教官が手を上げると、奥の倉庫から奇妙な人形が運び出されてきた。
四本の脚に、大きな頭。鋭い牙を模した突起。狼を思わせる姿だが、身体のあちこちに金属製の関節が取り付けられている。
「……あれ、何?」
エリシアが首を傾げた。
「訓練用の魔導人形だね」
レオンが答える。
「魔力で動く仕組みだと思う」
「へえ……」
ジョシュアは人形を見つめた。
まだ動いていないというのに、妙に生き物らしく見える。
「こいつは《模擬魔狼》! 実際の魔物の動きを参考に作られた訓練用の人形だ!」
教官が説明を続ける。
「牙と爪には安全処理が施されているが、攻撃を受ければ痛いぞ! 油断するな!」
参加者たちの間に笑いが起きた。
「勝利条件は、制限時間内に模擬魔狼3体を停止させること! ただし、パーティー全員が戦闘不能と判定された場合は失敗だ!」
「3体か……」
ダグラスが呟いた。
「それなりに忙しくなりそうだな」
「大丈夫?」
ジョシュアが尋ねる。
「やってみないと分からん」
ダグラスは笑った。
「だが、こういう訓練は嫌いじゃない」
ミアが腕を組んだ。
「……まずは役割を決めましょう」
「そうだね」
レオンが頷いた。
「ダグラスが前で攻撃を受け止める。エリシアとジョシュアが攻撃、僕が後方から魔法で支援。ミアは側面から敵の隙を突く」
「異論はない」
ダグラスが答える。
「ただし、一つ頼みがある」
「何?」
エリシアが尋ねた。
「俺が敵を引きつけている間、勝手に前へ飛び出さないでくれ」
「……え?」
「盾役がいる意味がなくなるからな」
エリシアは少し考えた。
「……分かった!」
ミアが小声で呟く。
「本当に分かってるのかしら」
「聞こえてるわよ!」
ジョシュアは笑った。
ダグラスも苦笑しながら、背中の盾を下ろした。
大きな金属製の盾。
表面には細かな傷が刻まれている。決して新しいものではないが、丁寧に手入れされていることが分かった。
「……使い込んでるんだね」
ジョシュアが言う。
「ああ。冒険者になったときから使ってる」
ダグラスは盾の縁を指で叩いた。
「こいつには何度も助けられた」
「大切な盾なんだ」
「そういうことだ」
ダグラスは笑った。
「今日は、お前たちも守ってやるよ」
◇
「次! 第4班、前へ!」
教官の声が響いた。
ジョシュアたちは、訓練場の中央へ進んだ。
周囲には、すでに訓練を終えた冒険者たちが集まっている。
成功した班もあれば、途中で全滅判定を受けた班もあった。
「……結構難しそうね」
ミアが呟く。
「そうだね」
レオンが答える。
「模擬魔狼は単純に突進するだけじゃない。こちらの隙を見て、後衛を狙うこともあるみたいだ」
「後衛って、レオン?」
「そういうこと」
エリシアが拳を握った。
「じゃあ、絶対守らないと!」
「……その気持ちは嬉しいけど、まずは作戦どおりにね」
教官が5人を見渡した。
「準備はいいか!」
「はい!」
エリシアが元気よく答える。
ジョシュアも剣を抜いた。
刃を潰した訓練用の剣。
普段使っている剣とは重さが少し違う。
軽く振ってみるが、どうにも手元が落ち着かない。
剣を持つこと自体には、不思議と抵抗がなかった。
それなのに、いざ構えようとすると、どこに足を置けばいいのか迷ってしまう。
「ジョシュア」
隣からダグラスが声をかけた。
「少し肩に力が入ってるぞ」
「……そうかな?」
「ああ。もっと楽に構えていい」
「分かった」
ジョシュアは言われたとおりに肩の力を抜いた。
ダグラスは盾を構える。
レオンは杖を握り、ミアは短剣を逆手に持った。
「始め!」
教官が叫んだ。
同時に、3体の模擬魔狼が動き出した。
金属の関節が音を立てる。
1体が正面から突進し、残りの2体は左右へ散った。
「来るぞ!」
ダグラスが声を上げた。
正面の魔狼が跳躍する。
鋭い牙を模した突起が、ダグラスの肩を狙った。
「《防御態勢》!」
ダグラスが盾を構え直した。
ガンッ!!
激しい音が響く。
魔狼の突進を、ダグラスは正面から受け止めた。
「……おお!」
エリシアが声を上げる。
「すごい!」
「感心してる場合か!」
ダグラスが叫んだ。
「今だ! 攻撃しろ!」
「分かった!」
エリシアが踏み込む。
「《強撃》!」
剣が振り下ろされ、魔狼の背中へ命中した。
木製の装甲に亀裂が走る。
だが、魔狼は停止しない。
「硬い!」
「一撃で倒せると思うな!」
ダグラスが叫ぶ。
そのとき、右側の魔狼が動いた。
狙いは、後方にいるレオン。
「レオン!」
ジョシュアが声を上げる。
魔狼が地面を蹴った。
しかし、その進路へ小さな影が飛び込んだ。
「遅い!」
ミアだった。
彼女は魔狼の側面へ回り込み、短剣を振るう。
「《急所狙い》!」
刃が脚部の関節へ突き刺さった。
魔狼の動きが一瞬止まる。
「今よ!」
レオンは杖を掲げ、短い詠唱を始めた。
「水よ、弾となりて撃ち抜け――《水弾》!」
杖の先端から水の弾丸が放たれ、魔狼の頭部へ命中した。
バシャッ!
衝撃で魔狼がよろめく。
だが、まだ動いている。
「……しぶといね」
レオンが呟いた。
その間に、左側の魔狼がジョシュアへ迫っていた。
低い姿勢。
鋭い突進。
ジョシュアは剣を構えた。
魔狼が跳ぶ。
その瞬間。
身体が、勝手に動いた。
半歩、横へ。
牙が空を切る。
ジョシュアはすれ違いざまに剣を振った。
ガンッ!
刃が魔狼の首元へ命中する。
金属の関節が軋んだ。
「……え?」
ジョシュアは思わず自分の手を見た。
今、どうやって避けたのだろう。
魔狼が跳んでくるのは見えた。
だが、どちらへ避けるべきか考える暇などなかったはずだ。
気づいたときには、もう攻撃をかわしていた。
それどころか、反撃までしていた。
自分でやったことなのに、上手く説明できない。
「ジョシュア!」
エリシアの声が響く。
振り向くと、正面の魔狼がダグラスの盾を押し込み、彼の体勢を崩そうとしていた。
「手伝ってくれ!」
「分かった!」
ジョシュアは駆け出した。
しかし、足元で金属音が響いた。
先ほど攻撃した魔狼が、再び動き出したのだ。
後ろから迫る気配。
ジョシュアは反射的に振り向いた。
その瞬間。
「前を見ろ!」
ダグラスの声が響いた。
ジョシュアの視界に、大きな盾が飛び込んでくる。
ガンッ!!
魔狼の突進が、盾へ激突した。
ダグラスがジョシュアの横へ回り込み、攻撃を受け止めていた。
「……!」
ジョシュアは目を見開いた。
「助かった……!」
「礼は後だ!」
ダグラスは盾を押し返した。
「今は敵を見ろ!」
「……うん!」
ジョシュアは剣を握り直した。
ダグラスが魔狼を押し戻す。
その隙に、ジョシュアは踏み込んだ。
魔狼が体勢を立て直そうとする。
ジョシュアは、その胴体へ剣を振るった。
ガンッ!
刃が木製の装甲を叩く。
しかし、思ったほど深く入らない。
「……っ!」
ジョシュアは顔をしかめた。
先ほどは、考える間もなく上手く動けた。
なのに、今度は自分で狙って振った剣が、妙にぎこちない。
力の入れ方が分からない。
踏み込む足も、振り下ろす腕も、どこか噛み合っていなかった。
「ジョシュア! 下がれ!」
ダグラスが叫ぶ。
魔狼が頭を振り上げた。
ジョシュアは慌てて後ろへ跳んだ。
牙が目の前を通り過ぎる。
「……危なかった」
「無理に攻めるな!」
ダグラスは盾を構え直した。
「俺が押さえる! お前は隙を見て攻撃しろ!」
「分かった!」
ジョシュアは頷いた。
ダグラスが魔狼を押し戻す。
今度は焦らず、その動きを見た。
魔狼の前脚が地面を滑る。
胴体が傾く。
その瞬間、ジョシュアの腕が動いた。
剣先が、装甲の割れ目へ吸い込まれるように走る。
ガキンッ!
金属の関節が大きく軋んだ。
続けて、内部から小さな破裂音が聞こえた。
魔狼の動きが止まる。
「1体停止!」
教官の声が響く。
「残り2体!」
「よし!」
エリシアが声を上げた。
しかし、状況はまだ厳しかった。
残る2体の魔狼は、互いに距離を取りながら動いている。
1体がダグラスへ向かい、もう1体が後方を狙う。
「……厄介ね」
ミアが呟いた。
「連携してるみたい」
「そうだね」
レオンが頷いた。
「なら、こちらも連携しよう」
ダグラスが盾を構え直した。
「俺が正面を引きつける。ミア、もう1体の足を止められるか?」
「できるわ」
「レオン、動きが止まったら魔法を頼む」
「了解。詠唱する間だけ、近づけないでくれ」
「任せろ」
「エリシアとジョシュアは、俺が引きつけた方を集中攻撃してくれ」
「分かった!」
エリシアが頷く。
ジョシュアも剣を構えた。
ダグラスは大きく息を吸った。
「《挑発》!」
盾を強く叩き、魔狼の注意を引く。
正面の魔狼が反応し、ダグラスへ向かって突進した。
「来い!」
ダグラスは盾を構えた。
ガンッ!
再び激しい衝突音。
しかし、今度は体勢が崩れなかった。
「今だ!」
エリシアとジョシュアが同時に踏み込む。
「《強撃》!」
エリシアの剣が魔狼の背中へ命中した。
木製の装甲が割れ、魔狼の身体が大きく傾く。
ジョシュアも剣を振るった。
狙いは、エリシアが作った装甲の亀裂。
だが、踏み込みがわずかに遅れた。
刃は亀裂の縁を叩き、横へ滑ってしまう。
「……あっ!」
魔狼が頭を振り上げる。
ジョシュアは咄嗟に身を引いた。
牙が空を切る。
「ジョシュア、右!」
エリシアが叫んだ。
ジョシュアは右へ回り込む。
ダグラスが盾を押し出し、魔狼の頭を押さえ込んだ。
「今度こそ!」
ジョシュアは剣を握り直した。
目の前に、割れた装甲が見える。
そこへ剣先を向けた。
今度は大きく振りかぶらない。
短く、まっすぐに突き出す。
ガンッ!
刃が亀裂へ食い込んだ。
魔狼の内部から、何かが砕ける音がした。
そして、動きが止まる。
「2体目停止!」
教官が叫ぶ。
「残り1体!」
「あと1体!」
エリシアが声を上げた。
最後の魔狼は、ミアとレオンが相手をしていた。
「レオン! 今!」
ミアが魔狼の注意を引きつける。
レオンはその隙に杖を掲げ、詠唱した。
「水よ、弾となりて撃ち抜け――《水弾》!」
水の弾丸が放たれる。
魔狼の頭部へ命中し、動きが鈍った。
その隙に、ミアが側面へ回り込む。
「《急所狙い》!」
短剣が関節へ突き刺さる。
魔狼がよろめいた。
「ジョシュア!」
ミアが叫ぶ。
「お願い!」
「うん!」
ジョシュアは駆け出した。
剣を構える。
魔狼がこちらを向く。
その瞬間、魔狼の前脚が地面を蹴った。
思ったよりも速い。
「……っ!」
ジョシュアは剣を振るうより先に、身体を横へ滑らせていた。
牙が頬のすぐ横を通り過ぎる。
そのまま、すれ違う。
気づいたときには、剣が魔狼の首元を捉えていた。
ガンッ!!
鈍い衝撃。
金属の関節が砕ける音。
そして、魔狼は地面へ崩れ落ちた。
「3体停止!」
教官が声を張り上げる。
「第4班、課題達成!」
周囲から拍手が起きた。
「……やった!」
エリシアが拳を突き上げる。
「成功した!」
レオンは大きく息を吐いた。
「……何とかね」
ミアも短剣を収めた。
「思ったより大変だったわ」
ジョシュアは剣を下ろした。
そして、ダグラスを見た。
「……ありがとう」
「ん?」
「さっき、助けてくれたから」
ダグラスは笑った。
「当たり前だろ」
そう言って、盾を軽く叩いた。
「俺は重騎士だからな」
◇
「……さて」
訓練を終えた5人の前に、教官が歩いてきた。
「まずは合格だ」
「ありがとうございます!」
エリシアが頭を下げる。
「だが、問題も多い」
「……はい」
ジョシュアたちは姿勢を正した。
教官はエリシアを見た。
「剣士。お前は攻撃に集中しすぎだ。盾役が敵を引きつけている間はいいが、勝手に前へ出れば連携が崩れる」
「……はい」
次にレオン。
「魔法使い。詠唱を始めるタイミングは悪くない。ただし、敵との距離をもっと意識しろ。仲間が敵を止めている時間にも限りがある」
「承知しました」
ミアへ視線が移る。
「シーフ。動きはいい。だが、味方への合図が遅い。敵を止めても、誰も気づかなければ意味がないぞ」
「……分かりました」
そして、ジョシュア。
「お前は……」
教官が少し考え込んだ。
「妙な戦い方をするな」
「……妙、ですか?」
「ああ」
教官は腕を組んだ。
「敵の攻撃を避ける動きは、驚くほど自然だ。反撃も悪くない。だが、自分から攻撃しようとすると、途端に動きが鈍る」
ジョシュアは黙って聞いていた。
「剣の扱いに慣れているようにも見えるし、まるで初心者のようにも見える」
「……」
「何年、剣を使っている?」
ジョシュアは答えに詰まった。
「……分かりません」
「分からない?」
「はい」
教官は眉をひそめた。
ジョシュアは少し迷ってから、言葉を続けた。
「僕には、昔の記憶がないんです」
「……そうか」
教官はそれ以上、詳しく尋ねなかった。
「事情は分かった。だが、今のままでは危険だ」
「はい」
「敵の攻撃を避けられるからといって、仲間の動きまで見えているわけじゃない。さっきも、盾役が助けなければ背後から攻撃を受けていただろう」
ジョシュアは頷いた。
「それから、剣の基本を学べ。反射的に上手く動けることと、狙ったとおりに動けることは別だ」
「……はい」
教官は最後にダグラスを見た。
「重騎士」
「はい」
「お前が一番まともだ」
「……ありがとうございます」
「ただし、仲間を守るために動きすぎるな。盾役が位置を変えれば、他の者も合わせなければならん」
「……はい」
教官は5人を見渡した。
「総合的には、悪くないパーティーだ」
エリシアが顔を上げた。
「本当ですか!?」
「ああ。役割がはっきりしている。あとは連携を磨けばいい」
教官は頷いた。
「特に、盾役がいるのは大きいな」
ダグラスは少し照れくさそうに笑った。
教官が去ると、5人は顔を見合わせた。
「……どうだった?」
ダグラスが尋ねる。
「何が?」
エリシアが首を傾げる。
「俺と組んでみて、だよ」
ミアは少し考えた。
「……正直、助かったわ」
「そうか」
「ジョシュアを守ってくれたし、敵の攻撃も引きつけてくれた。盾役がいると、こんなに違うんだって思った」
レオンも頷いた。
「僕も同意見だね。後衛としては、詠唱に集中できる時間が増えた」
「私は……」
エリシアは少し考えた。
「もっと攻撃したかった!」
「おい!」
ダグラスが思わず声を上げた。
エリシアは笑った。
「冗談だよ! でも、すごく戦いやすかった!」
「……ならよかった」
最後に、ジョシュアが口を開いた。
「僕も、助かった」
ダグラスを見る。
「一人だったら、あの攻撃を受けていたかもしれない」
「……そうか」
「だから、また一緒に戦いたい」
ジョシュアは手を差し出した。
「よかったら、僕たちの仲間になってくれないかな」
ダグラスは、その手を見つめた。
少しだけ驚いたような顔をしている。
それから、ゆっくりと笑った。
「……ああ」
大きな手が、ジョシュアの手を握った。
「こちらこそ、よろしく頼む」
エリシアが嬉しそうに声を上げた。
「やった! 5人目!」
レオンも微笑んだ。
「これで、ようやく前衛の守りが安定しそうだね」
ミアは腕を組みながら、少し笑った。
「……ただし、報酬の分配はちゃんと相談するからね」
「分かってるよ」
ダグラスは笑った。
「そこは公平にやろう」
ジョシュアは仲間たちを見た。
エリシア。
レオン。
ミア。
そして、ダグラス。
5人。
王都へ来て、まだ数日。
それでも、こうして新しい仲間が増えた。
ジョシュアは少しだけ嬉しくなった。
そのとき。
「よし! 次の訓練に移るぞ!」
教官の声が響いた。
エリシアが振り向く。
「……え?」
教官は笑っていた。
「今ので終わりだと思ったか?」
「…………」
エリシアの顔から笑みが消えた。
「次は、対人模擬戦だ!」
訓練場に、どよめきが広がる。
「今度は、冒険者同士で戦ってもらう!」
ジョシュアは剣を握り直した。
ダグラスも盾を構える。
「……まだまだこれからだな」
ダグラスが言った。
「そうみたいだね」
ジョシュアは笑った。
5人で迎える、初めての対人戦。
その幕が、今まさに上がろうとしていた。




