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盾を持つ男

第17話 盾を持つ男


「……前衛は足りてるか?」


 そう尋ねてきた青年を、エリシアは頭から爪先まで眺めた。


 大柄な体格。使い込まれた鎧。そして、背中に負った大きな盾。


 いかにも前衛という出で立ちだった。


「足りてるかって言われると……」


 エリシアは隣のジョシュアを見る。


「ジョシュアがいるし、私も剣士だから、前衛は2人いるよ?」


「だが、盾役はいないだろ?」


「……それはそうだけど」


 青年は頷いた。


「だったら、話を聞いてくれないか」


 レオンが一歩前に出る。


「まず、名前を聞いてもいいかな?」


「ああ、悪い。まだ名乗ってなかったな」


 青年は背筋を伸ばした。


「俺はダグラス・ベルク。19歳。人間で、職業は重騎士だ。冒険者ランクはF」


「同じFランクなんだね」


 ジョシュアが言う。


「ああ。王都に来てから、まだ2か月くらいだ」


 ダグラスは少し苦笑した。


「それまでは、南の街で冒険者をしてたんだが……まあ、色々あってな」


「色々?」


 ミアが尋ねる。


「前の仲間と別れたんだ」


 ダグラスはあっさり答えた。


「喧嘩したわけじゃないぞ。単に、目指すものが違っただけだ」


「なるほど」


 レオンは頷いた。


「それで、新しいパーティーを探していると」


「そういうことだ」


 ダグラスはジョシュアたちを見渡した。


「さっき、明日の合同訓練の話をしてただろ? 俺も参加する予定なんだ。そこで一度、一緒に戦ってみないかと思ってな」


「……どうして私たちなの?」


 ミアが尋ねた。


 ダグラスは少し考えた。


「正直に言うと、たまたまだ」


「たまたま?」


「ああ。受付で訓練の申込書を出した帰りに、話が聞こえたんだ。剣士が2人、魔法使いが1人、シーフが1人。そこに重騎士が入れば、ちょうどいいと思った」


「……確かに、構成としては悪くないね」


 レオンが呟く。


 ジョシュアも考えた。


 今のパーティーには、敵の攻撃を正面から受け止める役割がない。


 エリシアは剣で攻める。


 レオンは後方から魔法を使う。


 ミアは素早い動きで敵の隙を突く。


 そして、自分は……。


「……僕は、まだ何が得意なのか分からないけど」


 ジョシュアが呟くと、エリシアが振り向いた。


「ジョシュアは剣でしょ?」


「そうかな?」


「そうだよ! だって、あんな動きができるんだから!」


「……あんな動き?」


 ダグラスが首を傾げた。


「何かすごいのか?」


「すごいっていうか、変なの!」


「エリシア」


 ジョシュアが苦笑する。


「変って言わなくても……」


「だって本当に変なんだもん!」


 ダグラスは笑った。


「面白そうだな」


 そう言って、ジョシュアへ手を差し出した。


「どうだ? 明日、一緒にやってみないか?」


 ジョシュアは仲間たちを見た。


 エリシアは興味津々といった様子。


 レオンは何かを考えている。


 ミアは腕を組み、ダグラスをじっと見ていた。


「……私は、明日の訓練を見てから決めたいわ」


 ミアが言った。


「初対面の相手を、すぐ仲間にするわけにはいかないもの」


「もっともだ」


 ダグラスは頷いた。


「俺だって、お前たちのことをまだ何も知らないからな」


「じゃあ、明日はお互いを知るための訓練ってことだね」


 ジョシュアが言う。


「ああ。それでいい」


 ダグラスは笑った。


「よろしく頼む」


 ジョシュアはその手を握った。


「こちらこそ」


 こうして、5人は翌日の合同訓練で行動を共にする約束を交わした。


◇


「……ところで」


 ダグラスがふと思い出したように言った。


「お前たち、王都に来たばかりなのか?」


「昨日着いたところだよ!」


 エリシアが答える。


「そうか。じゃあ、まだ街のことはよく知らないんだな」


「うん!」


「なら、少し案内してやろうか?」


 エリシアの目が輝いた。


「本当!?」


「ああ。俺もまだ詳しいわけじゃないが、ギルドの周辺くらいなら分かる」


「助かる!」


 レオンは時計を確認した。


「まだ夕方まで時間はあるね」


「私はルイを迎えに行く時間があるから、あまり遅くはなれないけど」


 ミアが言う。


「ルイ?」


 ダグラスが尋ねた。


「私の弟。10歳なの」


「弟がいるのか」


「ええ。今日は保護院に預けてるわ」


「そうか」


 ダグラスは頷いた。


「じゃあ、長くは引き止められないな。近場だけ案内するよ」


 5人はギルドを出た。


 王都の通りは、午後になっても人通りが絶えない。


 ダグラスは歩きながら、周囲の建物を指差した。


「あそこが武具屋。冒険者向けの装備が揃ってる。値段はそこそこだが、修理も受け付けてるぞ」


「修理!」


 エリシアが反応した。


「剣も直してもらえる?」


「ああ。刃こぼれ程度なら、すぐにやってくれるはずだ」


「いいね!」


「それから、向こうの角を曲がると薬屋がある。ポーションや薬草を買うなら、そこが便利だ」


 レオンが頷く。


「魔法用の素材も扱っているのかな?」


「少しはあるはずだ。専門的なものなら、魔術師向けの店に行った方がいいけどな」


「なるほど」


 ミアは店の位置を覚えるように、周囲を見回していた。


「……やっぱり、王都は店が多いわね」


「その分、値段も色々だ」


 ダグラスが言う。


「同じ品でも、店によって結構違うぞ」


「……それ、重要ね」


 ミアの耳がぴんと立った。


「安い店、知ってる?」


「多少はな」


「教えて」


「……急に食いついたな」


「生活がかかってるのよ」


 ミアは真剣だった。


 ダグラスは少し驚いたように目を瞬かせ、それから笑った。


「分かった分かった。後で教えるよ」


◇


 通りを歩いていると、前方から怒鳴り声が聞こえてきた。


「だから、俺の財布がないんだって!」


「落ち着いてください。まず、最後に確認した場所を――」


「落ち着けるか!」


 人だかりができている。


 中心にいたのは、顔を赤くした中年の男だった。


 その前には、黒を基調とした制服を着た男女が立っている。


 胸元には、見覚えのある紋章があった。


「あれは……」


 ジョシュアが呟く。


「アルビトロだよ」


 ダグラスが答えた。


「王都の治安を守ってる連中だ」


「昨日、門にもいたね」


「ああ。王都の警備も、街中の取り締まりも、基本的にはあいつらの仕事だ」


 ジョシュアは昨日の出来事を思い出した。


 城壁の上から飛び降りてきた女性。


 アルビトロ署長のカレン。


 そして、彼女が残した言葉。


『ここで問題を起こせば私がお前の首を狩りに行く』


「……怖い人だったな」


 思わず呟くと、ダグラスが振り向いた。


「誰が?」


「カレンって人」


 その瞬間、ダグラスの表情が変わった。


「……お前、署長に会ったのか?」


「うん。昨日、王都の門で」


「何したんだ?」


「何もしてないよ」


「本当か?」


「本当」


 ダグラスはしばらくジョシュアを見つめた。


「……ならいいけどな」


「そんなに怖い人なの?」


 エリシアが尋ねる。


「怖いっていうか……」


 ダグラスは言葉を探した。


「とにかく、あの人に目をつけられたら、絶対に変なことはするな」


「昨日も似たようなこと言われたよ」


 ジョシュアが答える。


「……何て?」


「問題を起こしたら、首を狩りに行くって」


 ダグラスは立ち止まった。


「…………」


「ダグラス?」


「……お前、本当に何もしてないんだよな?」


「うん」


 ダグラスは額に手を当てた。


「……明日の訓練、無事に終わるといいな」


「どういう意味!?」


 エリシアが声を上げた。


 その間にも、アルビトロの隊員たちは男の話を聞き、周囲の人々に確認を取っていた。


 やがて、近くの露店の下から財布が見つかったらしい。


 男は気まずそうに頭を下げ、隊員たちは何事もなかったように持ち場へ戻っていった。


「……ちゃんと仕事してるんだね」


 ジョシュアが言った。


「そりゃそうだ」


 ダグラスが答える。


「王都は人が多い。あいつらがいなきゃ、もっと面倒なことになる」


 5人は再び歩き始めた。


◇


 その後、ダグラスは安い食料品店や道具屋を案内してくれた。


 ミアは値段を確認するたびに、真剣な表情で頷いていた。


「……ここなら、少し安いわね」


「だろ?」


「覚えておく」


「役に立ったならよかった」


 やがて、保護院へ向かう道の分かれ目に差しかかった。


「私はそろそろ行くわ」


 ミアが言った。


「ルイを迎えに行かないと」


「じゃあ、僕たちも戻ろうか」


 ジョシュアが答える。


「うん!」


 エリシアが頷いた。


 ダグラスは軽く手を上げた。


「それじゃあ、明日な」


「うん。よろしく」


 ジョシュアが答える。


「第3訓練場だろ? 遅れるなよ」


「そっちこそ!」


 エリシアが笑った。


 ダグラスも笑い返し、人混みの中へ歩いていった。


 その背中を見送りながら、レオンが呟いた。


「……悪い人ではなさそうだね」


「そうね」


 ミアが頷く。


「でも、戦い方はまだ分からないから」


「明日、確かめればいいよ」


 ジョシュアが言う。


「うん!」


 エリシアは拳を握った。


「楽しみだね!」


◇


 翌朝。


 王都冒険者ギルドの裏手にある第3訓練場には、すでに大勢の冒険者が集まっていた。


 広い土の地面。


 木製の訓練用武器。


 的や障害物。


 そして、訓練場の中央には、鎧を着込んだ教官らしい男が立っている。


「……多いね」


 ジョシュアが呟いた。


「これでも新人向けだからね」


 レオンが答える。


「王都の冒険者の数を考えれば、これくらいは普通なのかもしれない」


「ジョシュア!」


 遠くから声が聞こえた。


 振り向くと、ダグラスが手を振っている。


「こっちだ!」


 4人は彼の元へ向かった。


「おはよう!」


 エリシアが元気よく挨拶する。


「おう、おはよう」


 ダグラスは笑った。


「全員揃ってるな」


「うん」


 ジョシュアが頷く。


「今日はよろしく」


「ああ。こちらこそ」


 ダグラスは背中の盾を軽く叩いた。


「俺の仕事は、お前たちを守ることだからな」


「頼もしいね」


 ジョシュアが言うと、ダグラスは少し照れくさそうに笑った。


 そのとき。


「静かに!」


 訓練場の中央から、大きな声が響いた。


 冒険者たちが一斉に振り向く。


 教官の男が、参加者たちを見渡した。


「これより、王都冒険者ギルド主催の合同訓練を開始する!」


 ざわついていた訓練場が静まり返る。


「本日の訓練では、個人の技量だけでなく、パーティーとしての連携を確認する!」


 教官は続けた。


「単独で強くても、仲間を守れなければ意味がない! 逆に、個々の力が足りなくとも、連携次第で格上の相手に対抗できる!」


 ジョシュアはその言葉を聞きながら、隣の仲間たちを見た。


 エリシア。


 レオン。


 ミア。


 そして、ダグラス。


 昨日までいなかった5人目の姿が、そこにあった。


「まずは、5人1組のパーティーを作れ!」


 教官が叫ぶ。


「編成が決まった者から、前へ出ろ!」


 エリシアがジョシュアを見た。


「……どうする?」


 ジョシュアは笑った。


「もう決まってるんじゃないかな」


 レオンも頷く。


「そうだね」


 ミアは腕を組んだまま、ダグラスを見た。


「……ちゃんと守ってよね」


「任せろ」


 ダグラスは力強く答えた。


 エリシアが笑う。


「よし!」


 そして、5人は並んで前へ出た。


 王都での合同訓練。


 それは、ジョシュアたちが初めて5人で戦う日となるのだった。

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