王都の洗礼
第16話 王都の洗礼
「……あと5分」
「もう3回目だよ、それ」
ジョシュアは寝台の上で丸くなっているレオンを見下ろした。
王都に到着して、初めて迎える朝。
窓の外ではすでに商人たちが店を開き、通りを行き交う荷車の音が響いている。
だというのに、レオンは布団から出ようとしなかった。
「昨日は疲れたんだよ……」
「僕も疲れたけど」
「ジョシュアは元気すぎるんだ」
「そうかな?」
「そうだよ……」
レオンは枕に顔を埋めた。
ジョシュアは苦笑しながら、窓を開けた。
朝の冷たい空気が部屋へ流れ込む。
「……寒っ!」
レオンが飛び起きた。
「おはよう」
「……君、意外と容赦ないね」
「起きてくれないから」
ジョシュアは笑った。
昨夜、レオンと同じ部屋で眠った。
知らない街での初めての夜だったが、思ったよりもよく眠れた。
少なくとも、以前のように目を覚ました瞬間、自分がどこにいるのか分からなくなることはなかった。
ここは王都。
麦月亭という宿。
そして、今日は王都で初めて依頼を探す日だ。
「……よし」
ジョシュアは腰に剣を提げた。
「行こうか」
「……まず顔を洗わせてくれないかな」
◇
食堂へ降りると、すでにエリシアとミアが席についていた。
「遅い!」
エリシアが言った。
「おはよう」
ジョシュアが答える。
「おはようじゃないわよ! もう朝ご飯できてるんだから!」
「……誰かさんが起きなくて」
「ジョシュア」
レオンが静かに言った。
「余計なことは言わなくていい」
ミアが呆れたように笑った。
「レオンって朝弱いのね」
「朝が弱いんじゃない。睡眠を大切にしているんだ」
「同じことでしょ」
テーブルには、パンと卵料理、それから温かいスープが並んでいた。
ルイはすでに食事を終えかけている。
「ジョシュアお兄ちゃん、おはよう!」
「おはよう、ルイ」
「今日ね、保護院に行くんだ!」
「楽しみ?」
「うん!」
ルイは嬉しそうに頷いた。
「昨日、庭で遊んでる子がいっぱいいたから!」
「そっか」
ジョシュアは微笑んだ。
ミアも弟の様子を見て、少し安心したようだった。
「今日は初日だから、私も一緒に行ってくるわ」
「うん」
ジョシュアが頷く。
「僕たちはどうしようか?」
「ギルドで依頼を探すのがいいんじゃない?」
エリシアが答えた。
「せっかく王都に来たんだし!」
「明日は合同訓練だからね」
レオンが言う。
「今日は無理をせず、短時間で終わる依頼を選ぼう」
「そうね」
ミアも頷いた。
「私も保護院の手続きが終わったら合流するわ」
「じゃあ、ギルドで待ち合わせだね」
ジョシュアが言うと、ミアは頷いた。
「お願い」
朝食を終えると、5人は宿を出た。
朝の王都は、昨日とはまた違う顔を見せていた。
通りには仕事へ向かう人々が行き交い、商人たちが荷物を運んでいる。
遠くでは鐘の音が響いていた。
「それじゃあ、行ってくるわ」
ミアがルイの手を握った。
「あとでね!」
ルイが元気よく手を振る。
「行ってらっしゃい!」
エリシアも手を振り返した。
ミアとルイが人混みの向こうへ消えていく。
ジョシュアたちは、冒険者ギルドへ向かった。
◇
王都ギルドの依頼掲示板は、朝から人で溢れていた。
「……昨日より多くない?」
エリシアが呟いた。
「朝は依頼を探す冒険者が集まるからね」
レオンが答える。
「いい依頼は早い者勝ちになることも多いんだろう」
ジョシュアは掲示板を見上げた。
依頼書が何十枚も貼られている。
街道の護衛。
魔物の討伐。
薬草の採取。
荷物の運搬。
失くし物の捜索。
地方のギルドでは見かけなかった種類の依頼も多い。
「これなんてどう?」
エリシアが一枚の依頼書を指差した。
「王都北部の森で、魔物の討伐!」
「ランク制限は?」
レオンが尋ねる。
「……Dランク以上」
「却下だね」
「早い!」
「受けられない依頼を見ても仕方ないだろう?」
エリシアは不満そうに頬を膨らませた。
ジョシュアは別の依頼書を見つけた。
「これは?」
『倉庫の荷物整理。報酬600ユグド。所要時間3時間程度。人数2名以上』
「……荷物整理?」
エリシアが首を傾げた。
「冒険者の仕事なの?」
「依頼として出ているなら、そうなんじゃないかな」
ジョシュアが答える。
レオンは依頼書を確認した。
「危険度は低いね。ただ、人数に応じて報酬が増えるわけじゃないみたいだ」
「じゃあ、3人でやったら1人200ユグド?」
「そうなるね」
「……少ない」
エリシアが呟いた。
「でも、確実に終わる仕事ではあるよ」
ジョシュアが言う。
レオンは頷いた。
「そうだね。初日から無理な討伐依頼を受けるよりはいい」
「うーん……」
エリシアはしばらく考えた。
「……分かった!」
そして、依頼書を剥がした。
「まずはこれにしよう!」
3人は受付へ向かった。
依頼を受注すると、職員から倉庫の場所を教えられた。
王都の南側にある商業区。
ギルドから歩いて15分ほどの場所だった。
「よし!」
エリシアが拳を握る。
「王都で初めての依頼!」
「荷物整理だけどね」
レオンが言う。
「いいじゃない! 最初の一歩なんだから!」
ジョシュアは笑った。
こうして、3人は王都で最初の仕事へ向かった。
◇
「……重い」
エリシアが呟いた。
目の前には、大きな木箱が積み上げられている。
倉庫の中は広く、天井近くまで棚が並んでいた。
依頼主は、商会で働く中年の男性だった。
「この箱を、あっちの棚まで運んでくれ」
男性が指示する。
「中身は食器だから、落とさないようにな」
「はい!」
エリシアが元気よく答えた。
しかし、実際に持ち上げてみると、想像以上に重かったらしい。
「……ジョシュア」
「うん?」
「これ、ちょっと手伝って」
「分かった」
ジョシュアは箱の反対側を持った。
2人で持ち上げる。
「……あれ?」
エリシアが首を傾げた。
「軽くなった?」
「2人で持ってるからね」
「それはそうだけど……」
ジョシュアは箱を運びながら、周囲を見回した。
倉庫の中には、他にも何人かの作業員がいる。
荷物を運ぶ者。
帳簿を確認する者。
棚を整理する者。
皆、忙しそうに働いていた。
「……冒険者って、こういう仕事もするんだね」
ジョシュアが呟いた。
「そうだね」
レオンが答える。
「魔物を倒すだけが仕事じゃない。依頼主が困っていることを解決するのも、冒険者の役割だよ」
「なるほど」
「……もっとも、僕は魔法使いなんだけどね」
レオンは手元の箱を見た。
「なぜこんな重労働を……」
「レオンも頑張って!」
エリシアが笑った。
「……君は元気だね」
作業は思った以上に大変だった。
箱を運び、棚を整理し、番号を確認する。
途中でエリシアが箱を落としかけ、ジョシュアが慌てて支える場面もあった。
「危なかった……!」
エリシアが息を吐く。
「気をつけて」
「分かってる!」
「さっきも言ってたよ」
「……うるさい!」
それでも、3人は協力して作業を進めた。
やがて、予定より少し早く仕事が終わった。
「助かったよ!」
依頼主の男性が満足そうに頷いた。
「若いのに、よく働くじゃないか」
「ありがとうございます!」
エリシアが嬉しそうに答えた。
「また人手が必要になったら、ギルドへ依頼を出すからな」
「はい!」
3人は依頼完了の証明を受け取り、倉庫を後にした。
外へ出ると、昼過ぎの陽光が眩しかった。
「……疲れた」
レオンが肩を回した。
「魔物と戦うより疲れた気がする」
「そんなに?」
ジョシュアが尋ねる。
「肉体労働は専門外なんだよ」
「でも、いい運動になったでしょ!」
エリシアが言う。
「……君は本当に元気だね」
ジョシュアは笑った。
王都で初めての依頼。
特別な出来事はなかった。
けれど、無事に仕事を終えられたことが嬉しかった。
◇
ギルドへ戻ると、ミアが受付近くの椅子に座っていた。
「おかえり」
「ミア!」
エリシアが駆け寄る。
「ルイは?」
「保護院よ。今日は夕方まで預かってもらうことになったわ」
「そっか!」
「そっちはどうだった?」
「荷物整理の依頼を終わらせてきたよ」
ジョシュアが答えた。
「報酬は600ユグド」
「……3人で?」
「うん」
ミアは一瞬、黙った。
「……少なくない?」
「安全な仕事だったからね」
レオンが答える。
「初日としては悪くないと思うよ」
「……まあ、そうだけど」
ミアは少し考えた。
「でも、王都で暮らすなら、もう少し効率よく稼がないと厳しいわよ」
「そうだね」
ジョシュアが頷く。
「明日は合同訓練だし、そこで色々教えてもらえるかもしれない」
「……そうね」
ミアは頷いた。
「私も参加するわ」
エリシアが嬉しそうに笑った。
「よし! 明日は頑張ろう!」
そのとき。
「合同訓練に参加するのか?」
突然、背後から声がかかった。
4人が振り向く。
そこには、大きな盾を背負った青年が立っていた。
背丈はジョシュアよりも高く、肩幅も広い。
使い込まれた鎧を身につけ、腰には短い剣を提げている。
青年は4人を見渡した。
「悪い。話が聞こえた」
「……あなたは?」
ミアが尋ねる。
「俺も明日の合同訓練に参加するんだ」
青年はそう答えた。
「ちょっと聞きたいことがあってな」
エリシアが首を傾げる。
「聞きたいこと?」
「ああ」
青年は背中の盾を軽く叩いた。
「お前たち、前衛は足りてるか?」
ジョシュアは仲間たちを見た。
エリシア。
レオン。
ミア。
そして、自分。
確かに、盾を専門に扱う者はいない。
「……足りてない、かもしれないね」
ジョシュアが答える。
青年は小さく笑った。
「なら、ちょうどいい」
そう言って、手を差し出した。
「俺は重騎士だ。明日の訓練で、一度組んでみないか?」
王都での最初の依頼を終えたその日。
ジョシュアたちは、思いがけない出会いを迎えることになった。




