王都での第一歩
第14話 王都での第一歩
「……で、どっち?」
王都の門をくぐってから、まだ10分も経っていない。
ミアは大通りの真ん中で立ち止まり、エリシアとレオンを交互に見た。
「どっちって?」
「ギルドよ。さっきから右だの左だの言ってるけど、結局どっちなの?」
「私は右だと思う!」
「僕は左だと思うね」
「……地図は?」
ミアが尋ねると、2人は揃って黙った。
ジョシュアはその様子を眺めながら、腰の剣が人にぶつからないよう少し位置を直した。
王都の大通りは、想像していた以上に混雑していた。
荷馬車が何台も行き交い、その間を商人や冒険者が歩いている。通りの両側には見上げるほど高い建物が並び、店先からは威勢のいい呼び込みの声が響いていた。
「焼きたての肉串だよ! 一本30ユグド!」
「王都名物、蜂蜜菓子! 今日の分は残りわずか!」
「南方産の布だ! 見るだけなら無料だぞ!」
ルイはミアの手を握ったまま、忙しなく首を動かしていた。
「お姉ちゃん、あれ何?」
「お菓子屋さん」
「じゃあ、あっちは?」
「服屋さん」
「あの大きいのは?」
「……分かんない」
ルイが目を輝かせるたび、ミアの尻尾が少しずつ下がっていく。
「王都って、全部高そうね……」
「実際、地方より物価は高いよ」
レオンが答えた。
「特に宿泊費はね。安い宿を見つけないと、すぐに財布が軽くなる」
「もう十分軽いんだけど」
ミアは自分の革袋を軽く叩いた。
弟と2人分の旅費。
道中の食費。
王都に到着するまでに使った金額を考えると、残っている貯金は心許ない。
今すぐ食事に困るほどではないが、仕事を見つけられなければ長くはもたない。
「……やっぱり、先にギルドへ行きましょう」
ミアは言った。
「バルドさんの紹介状もあるし、保護院の手続きがどうなるか確認したいから」
「そうだね」
ジョシュアは頷いた。
「じゃあ、道を聞いてみようか」
「最初からそうすればよかったのよ!」
ミアの言葉に、エリシアは気まずそうに笑った。
◇
道を教えてくれたのは、露店で果物を売っていた中年の女性だった。
「冒険者ギルド? だったら、この通りを真っすぐ行って、噴水のある広場を右だよ。大きな剣と盾の看板があるから、すぐ分かるさ」
「ありがとうございます!」
エリシアが頭を下げる。
「それにしても、あんたたち、王都は初めてかい?」
「はい!」
「なら、財布には気をつけな。人が多いからね」
女性はそう言って、ミアの方を見た。
「特に小さい子を連れてるなら、目を離しちゃ駄目だよ」
「はい。ありがとうございます」
ミアはルイの手を握り直した。
女性は満足そうに頷き、また客を呼び込み始めた。
教えられた通りに進むと、やがて大きな噴水が見えてきた。
その周囲には露店や大道芸人が集まり、広場のあちこちで人だかりができている。
「わあ!」
ルイが足を止めた。
広場の一角で、色とりどりの球を宙へ投げている男がいた。
球は次々と入れ替わり、時折、空中で小さな光を放つ。
「すごい! あれ魔法!?」
「多分、簡単な光魔法を使ってるんだろうね」
レオンが答える。
「見たい!」
「帰りに時間があったらね」
ミアが言う。
「今は先に用事を済ませましょう」
「……はーい」
ルイは名残惜しそうに振り返りながら歩き始めた。
ジョシュアも大道芸人を見た。
男が放り上げた球が、空中で一瞬だけ消えたように見えた。
次の瞬間、男の帽子の中から同じ球が飛び出す。
観客から歓声が上がった。
「……面白いね」
「ジョシュアまで見入らないで!」
エリシアに腕を引かれ、ジョシュアは慌てて歩き出した。
広場を抜けた先に、目的の建物はあった。
石造りの大きな建物。
入口の上には、剣と盾を組み合わせた紋章が掲げられている。
その下には、はっきりと文字が刻まれていた。
王都冒険者ギルド。
「……着いた!」
エリシアが嬉しそうに声を上げた。
ジョシュアは建物を見上げる。
以前の街のギルドも立派だったが、こちらはさらに大きい。
窓の数だけでも倍以上はありそうだった。
「入ろうか」
レオンの言葉に、4人は頷いた。
ルイもミアに手を引かれながら、その後に続いた。
◇
扉を開けた瞬間、賑やかな声が耳に飛び込んできた。
「だから、その依頼は昨日の時点で締め切りだって!」
「西街道の護衛、あと2人募集してるぞ!」
「討伐証明はこっちの窓口だ! 列を間違えるな!」
広い受付。
壁一面に並ぶ依頼書。
そして、数え切れないほどの冒険者たち。
鎧を着込んだ大男。
長い杖を背負った魔法使い。
耳の尖ったエルフ。
獣人やドワーフの姿も珍しくない。
「……すごい人だね」
ジョシュアが呟いた。
「地方とは規模が違うね」
レオンも感心した様子だった。
エリシアは依頼掲示板を見つけるなり、目を輝かせた。
「見て! 討伐依頼がいっぱい!」
「今は見なくていいから!」
ミアが引き止める。
「まずは手続き!」
「分かってるって!」
そう言いながらも、エリシアの視線は掲示板に向いたままだった。
5人は案内表示に従い、登録関係の窓口へ向かった。
受付には、眼鏡をかけた若い男性職員が座っていた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「地方ギルドから来ました。こちらで活動するための手続きと、合同訓練への参加を希望しています」
レオンが代表して答えた。
「承知しました。ギルドカードをお預かりしてもよろしいでしょうか?」
4人はカードを差し出した。
職員は一枚ずつ確認し、手元の書類へ目を通していく。
「皆さん、Fランクですね。登録情報に問題はありません。王都での活動は可能です」
「よかった!」
エリシアが笑う。
「ただし、王都ギルドでは依頼の種類が多いため、受注条件をよく確認してください。特に危険区域への立ち入りには制限があります」
「はい!」
「それから、合同訓練ですね」
職員は別の書類を取り出した。
「次回の新人向け合同訓練は、明後日です」
「明後日!」
エリシアが身を乗り出す。
「参加できますか?」
「もちろんです。ただし、人数に限りがありますので、今のうちに申し込んでいただくのがよいでしょう」
「お願いします!」
職員は微笑みながら、申込書を4枚差し出した。
「こちらに必要事項をご記入ください」
4人はそれぞれ記入を始めた。
ジョシュアは名前を書く欄で、一瞬だけ手を止めた。
ジョシュア。
それだけは覚えている。
だが、姓を書く欄は空白のままだ。
何度見ても、思い出せるものは何もなかった。
「……ジョシュア?」
隣からエリシアが声をかけた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
ジョシュアは首を振った。
「名前だけでも大丈夫かなと思って」
「ああ、それなら大丈夫だよ」
受付の職員が答えた。
「姓を持たない方もいますし、登録時に申告されていない場合は空欄で問題ありません」
「ありがとうございます」
ジョシュアは申込書を提出した。
職員は4人分を確認し、受付印を押した。
「これで登録完了です。当日は開始時間までに第3訓練場へお越しください」
「第3訓練場?」
エリシアが聞き返す。
「はい。ギルドの裏手にある訓練施設です。入口に案内がありますので、迷うことはないと思います」
「ありがとうございます!」
エリシアは嬉しそうに頭を下げた。
これで、王都での冒険者活動に必要な手続きは一通り終わった。
だが、ミアにはもう一つ、大切な用事が残っていた。
「あの……」
ミアが受付へ一歩近づいた。
「副ギルド長のバルドさんから、紹介状を預かっているんですけど」
そう言って、丁寧に折り畳んだ書類を差し出した。
職員は封書の宛名を確認した。
「……児童保護院への紹介状ですね」
「はい。弟を連れて王都へ来たので、利用について相談したくて」
「承知しました。少々お待ちください」
職員は奥へ向かい、別の担当者を呼んできた。
しばらくして現れたのは、落ち着いた雰囲気の女性だった。
「お待たせしました。保護院との連絡を担当しております、セシルと申します」
女性はミアへ軽く頭を下げた。
「ミア・クロフォードさんですね。地方ギルドからお話は伺っています」
「……はい!」
ミアの声が少し上ずった。
「弟のルイです」
「こんにちは、ルイ君」
「こ、こんにちは!」
ルイはミアの後ろから顔を出した。
セシルは目線を合わせるように少し屈んだ。
「長い旅だったでしょう。疲れていませんか?」
「ちょっとだけ!」
「そうですか。王都には面白い場所がたくさんありますよ」
「本当!?」
「ええ。でも、まずはお姉さんと一緒に、これからの生活について相談しましょうね」
「うん!」
セシルは微笑み、ミアへ向き直った。
「紹介状を確認しました。事前の照会も済んでいますので、今日は保護院で面談を受けていただけます」
「……今日ですか?」
「はい。受け入れ可能な枠も確保されています。ただし、正式な利用については面談で生活状況などを確認した上で決定します」
「分かりました」
「保護院までは、ここから歩いて20分ほどです。案内図をお渡ししますね」
セシルは地図を取り出した。
ミアはそれを受け取り、しっかりと見つめた。
「ありがとうございます」
「いえ。困ったことがあれば、ギルドにも相談してください」
セシルは優しく答えた。
ジョシュアはミアの横顔を見た。
いつもは金銭の話になると真っ先に口を挟む彼女が、今は何も言わず、地図を握りしめている。
その手には、少し力が入っていた。
◇
「……じゃあ、行ってくるわ」
ギルドを出たところで、ミアが言った。
「保護院の面談、ルイと2人で行ってくる」
「一緒に行かなくていい?」
ジョシュアが尋ねる。
「大丈夫。私が保護者だもの」
ミアはそう答えてから、少し笑った。
「それに、みんなにも宿を探してもらいたいし」
「それなら任せて!」
エリシアが胸を張る。
「安くていい宿を見つけておくから!」
「……安いだけじゃ駄目だからね」
「分かってるって!」
レオンが横から言った。
「清潔で、ギルドから近くて、できれば食事付き。予算も確認しておこう」
「そう、それ!」
ミアは大きく頷いた。
「できれば、私とルイが一緒に泊まれる部屋があると助かるわ」
「了解」
ジョシュアが答えた。
ルイはジョシュアたちを見上げた。
「ジョシュアお兄ちゃんたち、あとで会える?」
「もちろん」
「本当?」
「うん。宿が決まったら、ギルドで待ち合わせしよう」
「約束だよ!」
ルイは小指を差し出した。
ジョシュアは少し驚いてから、自分の小指を絡めた。
「約束」
ルイは満足そうに笑った。
ミアが弟の手を引く。
「それじゃあ、またあとで」
「うん。気をつけて」
2人は人混みの中へ歩いていった。
その背中が見えなくなるまで、ジョシュアは見送っていた。
「……さて!」
エリシアが勢いよく振り返った。
「宿探しね!」
「その前に予算を決めよう」
レオンが言う。
「安い宿といっても、王都では値段にかなり差があるはずだ」
「そうだね」
ジョシュアは頷いた。
「とりあえず、何軒か見て回ろうか」
「賛成!」
3人は大通りへ歩き出した。
王都には、まだ知らない場所が山ほどある。
どんな人々が暮らし、どんな依頼があり、どんな危険が待っているのか。
今は何も分からない。
それでも、ジョシュアの足取りは自然と軽くなっていた。
この街で、また新しい何かが始まる。
そんな予感がしていた。
そして、王都の喧騒の中。
誰も気づかないまま、彼らの新しい日々は静かに動き始めていた。




