第2章「煌星」
第2章「煌星」
第13話 王都への道
「王都へ行く、か」
副ギルド長バルドは、机の上に置かれた書類から顔を上げた。
ギルドの執務室。
ジョシュア、エリシア、レオン、ミアの4人は、少し緊張した面持ちで机の前に並んでいた。
「合同訓練への参加希望なら、ここで紹介状を出せる。王都ギルドへの移籍手続きも難しくはない」
「本当ですか!」
エリシアが身を乗り出した。
「ああ。ただし、向こうでの宿と生活費は自分たちで用意するんだぞ」
「それはもちろん!」
「……エリシア。昨日、王都の宿代を調べて驚いていただろう」
レオンの指摘に、エリシアは目を逸らした。
「そ、それはそれ!」
バルドは苦笑し、視線をミアへ移した。
「それで、もう一つ相談があると聞いたが?」
「……はい」
ミアは少し迷ってから口を開いた。
「私、10歳の弟がいるんです。王都にも一緒に連れていくつもりなんですけど、依頼に出ている間、どうすればいいか分からなくて」
「親戚は?」
「頼れる人はいません」
「そうか」
バルドは頷いた。
ミアは続ける。
「今までは日帰りの依頼を選んで、弟には家で待っててもらってました。でも、王都で同じようにできるとは限らないし……」
「それは心配だな」
「だから、何か方法がないかと思って」
バルドはしばらく考えた後、引き出しから一冊の資料を取り出した。
「王都には、子供を預かる公的な施設がある」
「……施設?」
「ああ。《王都児童保護院》だ。孤児だけじゃなく、保護者が仕事で家を空ける家庭も利用できる」
ミアの猫耳がぴくりと動いた。
「そんなところがあるんですか?」
「王都は冒険者も商人も多いからな。子供を連れて働く者への支援制度があるんだ」
バルドは資料を開いた。
「通所と一時預かり、それから長期保護。家庭の事情に合わせて利用できる。食事や教育も受けられるし、費用は収入に応じて減免される」
「……本当に?」
「ああ。ただし、誰でも無条件に利用できるわけじゃない。事前の審査が必要だ」
ミアは少し考え込んだ。
「弟を預けたら、会えなくなるんですか?」
「そんなことはない。保護者が会いに行くことも、一緒に過ごすこともできる。お前の場合は、仕事中の預かりが中心になるだろう」
「……そうですか」
ミアの表情が、わずかに和らいだ。
ジョシュアが尋ねる。
「今から申し込めるんですか?」
「まずは受け入れ状況を確認しよう。王都側に空きがなければ意味がないからな」
バルドは席を立った。
「少し待っていろ」
そう言って執務室を出ていった。
残された4人は顔を見合わせた。
「よかったね、ミア」
エリシアが言う。
「まだ決まったわけじゃないわよ」
「でも、方法があるって分かっただけでも大きいでしょ?」
「……まあね」
ミアは椅子に座り直した。
「正直、王都に行くのは諦めようかと思ってたの」
「どうして?」
ジョシュアが尋ねる。
「弟を置いていくわけにはいかないし、連れていっても仕事ができなかったら意味がないもの」
レオンが頷いた。
「王都は仕事が多い分、生活費も高い。収入の見込みがなければ移住は危険だね」
「そうなのよ」
ミアは革袋を取り出した。
「一応、貯金はあるわ。でも、私と弟の旅費に、向こうでの宿代。色々払ったら、ほとんど残らないと思う」
「そんなに?」
「2人分だからね」
エリシアは少し考えた。
「……じゃあ、私たちも早く依頼を受けないとね!」
「それは最初からでしょ」
「そうだった!」
ミアは呆れたように笑った。
しばらくして、バルドが戻ってきた。
手には新しい書類を持っている。
「王都ギルドに確認が取れた」
4人が一斉に顔を上げる。
「保護院には現在、受け入れ可能な枠があるそうだ。お前たちの移住予定日を伝えて、面談の予約も取っておいた」
「……!」
ミアが立ち上がった。
「ありがとうございます!」
「礼はまだ早い。正式な利用には現地での面談が必要だ。ただ、紹介状があれば話は進めやすい」
バルドは書類を差し出した。
「これを王都ギルドへ持っていけ。担当者が保護院への案内をしてくれる」
ミアは両手で受け取った。
「……本当に、ありがとうございます」
「弟を大事にしているんだな」
「……はい」
バルドは頷いた。
「なら、無理な依頼を受けるなよ。金を稼ぐために死んだら、弟が困る」
「分かっています」
「よし」
バルドは今度はジョシュアたちを見た。
「お前らもだ。王都には高額な依頼が多いが、報酬だけを見て飛びつくな」
「はい!」
エリシアが答える。
「……特にお前だ、エリシア」
「なんで私だけ!?」
「心当たりはないのか?」
「……ちょっとあります」
執務室に笑い声が響いた。
◇
出発の日。
街の南門には、王都行きの乗合馬車が停まっていた。
ジョシュアたちが到着すると、すでに見覚えのある人物が待っていた。
「遅いぞ」
「ガルドさん!」
エリシアが声を上げた。
ガルド・ブランディス。
この街で新人冒険者の訓練を手伝っている、元冒険者のドワーフだ。
「見送りに来てくれたんですか?」
「たまたま通りかかっただけだ」
「訓練場と反対方向ですけど」
レオンが指摘した。
「……細かいことを気にするな」
ガルドは咳払いをした。
その後ろから、小柄な少年が顔を出す。
「お姉ちゃん!」
「ルイ!」
ミアが駆け寄った。
少年はミアと同じ茶色の猫耳と琥珀色の瞳を持っていた。
小さな鞄を背負い、嬉しそうに尻尾を揺らしている。
「ちゃんと待ってたよ!」
「偉い偉い」
ミアは弟の頭を撫でた。
「荷物は全部持った?」
「うん!」
「忘れ物は?」
「ない!」
「本当に?」
「……たぶん」
「確認してきなさい!」
少年は慌てて鞄を開いた。
ジョシュアが笑う。
「元気な子だね」
「……元気すぎるのよ」
ミアはため息をついた。
それから少年の肩に手を置く。
「紹介するわ。弟のルイ・クロフォード。10歳よ」
「ルイです! よろしくお願いします!」
少年は勢いよく頭を下げた。
「僕はジョシュア。よろしくね」
「私はエリシア!」
「レオン・アルフェリスだ。よろしく」
ルイは3人を順番に見た。
「みんな、お姉ちゃんの仲間?」
「そうよ」
ミアが答える。
「王都でも一緒に冒険する予定なの」
「へえ……!」
ルイの目が輝いた。
「じゃあ、みんな強いの!?」
「もちろん!」
エリシアが胸を張った。
ガルドが横から口を挟む。
「まだまだだな」
「ガルドさん!?」
「特にお前は、剣を振る前に足元を見ろ」
「最後までそれ言うんですか!」
ルイが声を上げて笑った。
ガルドはジョシュアへ視線を移した。
「お前もだ」
「はい」
「王都には、俺より強い奴がいくらでもいる。だが、強い奴が全員親切とは限らん」
「分かっています」
「分かっている奴は、昨日みたいに盾へ真正面から突っ込まん」
「……すみません」
エリシアが吹き出した。
「昨日のジョシュア、すごい勢いで転んでたものね!」
「エリシアも転んでたよ」
「それは言わない約束でしょ!」
「そんな約束した?」
ミアが呆れたように尻尾を揺らした。
「……本当に大丈夫なのかしら、このパーティー」
「今さらだね」
レオンが微笑んだ。
ガルドは4人のやり取りを眺め、わずかに口元を緩めた。
「まあ、最初に会った頃よりはましになった」
「それ、褒めてます?」
「褒めているつもりだ」
エリシアは不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。
ガルドはジョシュアの肩を軽く叩いた。
「困ったら仲間を頼れ。一人で何でも解決しようとするな」
「……はい」
ジョシュアは仲間たちを見た。
エリシア。
レオン。
ミア。
この街に来たばかりの頃には、誰一人知らなかった。
今では、共に王都へ向かう仲間になっている。
「ありがとうございました、ガルドさん」
ジョシュアが頭を下げる。
「おう。行ってこい」
ガルドは短く答えた。
「乗客の皆さん! 出発しますよ!」
御者の声が響く。
5人は荷物を積み込み、馬車へ乗った。
やがて車輪がゆっくり回り始める。
「ガルドさーん!」
エリシアが窓から手を振った。
ガルドは片手を上げて応えた。
その姿が小さくなっていく。
ジョシュアは窓から外を眺めた。
初めて目を覚ました街。
冒険者になった街。
仲間と出会った街。
短い間だったが、随分と多くのことがあった気がする。
「寂しい?」
隣に座ったエリシアが尋ねた。
「少しね」
「また帰ってくればいいじゃない」
「……そうだね」
ジョシュアは笑った。
向かいの席では、ルイが窓に張りついていた。
「お姉ちゃん! 見て! 鳥がいっぱい!」
「見えてるから、そんなに身を乗り出さないの!」
ミアが慌ててルイの服を引っ張る。
レオンはその様子を眺めながら、本を開いていた。
馬車は街道を進んでいく。
目指すは、ユグド王国の中心。
王都ユグド。
まだ見ぬ世界が、彼らを待っていた。
◇
王都が見えたのは、出発から数日後のことだった。
「……大きい」
ジョシュアは思わず呟いた。
遠くに見える巨大な城壁。
その向こうには、何本もの塔がそびえている。
さらに奥には、ひときわ大きな城が見えた。
城壁の外にも建物が広がり、街道には数え切れないほどの馬車や旅人が行き交っている。
「すごいでしょ!」
エリシアが得意げに言った。
「私も初めて見たときは驚いたの!」
「来たことがあるんだ?」
「小さい頃に一度だけね。ほとんど覚えてないけど」
レオンは窓の外を眺めながら言った。
「王国最大の都市だからね。人口も商業規模も、地方都市とは比較にならない」
ルイは窓から城壁を見上げた。
「お姉ちゃん! あれ、どこまで続いてるの!?」
「私にも分からないわよ」
「えー!」
「そんなに気になるなら、あとで地図を見ようか」
レオンが言う。
「地図! 見たい!」
「……元気だね」
ジョシュアが笑った。
近づくにつれて、城壁の大きさがはっきりと分かってきた。
城壁は何十人もの人間を縦に積み重ねても届かないほど高く、ところどころに監視塔が設けられている。
門の前には長い列ができていた。
商人。
冒険者。
旅人。
荷馬車。
それぞれが順番を待っている。
「結構並んでるね」
ジョシュアが言う。
「王都だから仕方ないわよ」
エリシアはそう答えたが、少し退屈そうだった。
やがて馬車の順番が回ってきた。
「身分証を提示してください」
門番が丁寧に告げた。
鎧を着た自警団員だった。
胸元には、天秤を模した紋章が刻まれている。
「ギルドカードでも大丈夫ですか?」
「はい。冒険者の方はギルドカードで問題ありません」
4人はそれぞれカードを差し出した。
門番は内容を確認し、手元の記録と照合する。
「エリシアさん。レオン・アルフェリスさん。ミア・クロフォードさん。そして、ジョシュアさんですね」
「はい」
「ありがとうございます。そちらのお子さんは?」
「弟です」
ミアが答える。
「ルイ・クロフォード。10歳です」
門番はルイの身分証を確認した。
「はい。問題ありません」
続いて、門番は脇にある台座を示した。
「それでは、皆さん、こちらの水晶へ手を置いてください」
台座には、透明な水晶が据えられていた。
大人の頭ほどの大きさがあり、内部には淡い光が揺らめいている。
「これは?」
ジョシュアが尋ねる。
「入都審査に使用する水晶です」
門番は丁寧に説明した。
「犯罪歴や危険度、疫病の有無などを調べ、王都へお通しして問題ないかを判別します。手を置いていただくだけで結構です」
「へえ……」
「危険な呪いや状態異常なども検知できます。ただし、犯罪歴があるだけで必ず入都を拒否するわけではありません。内容や危険性を確認した上で判断します」
「なるほど」
ジョシュアは頷いた。
まずエリシアが手を置いた。
水晶が淡く光る。
「問題ありません」
次にレオン。
続いてミア。
どちらも異常はなかった。
「次は、そちらのお子さんですね」
「はい!」
ルイは元気よく返事をした。
小さな手を水晶へ置く。
内部の光がゆっくり巡った。
「……問題ありません」
「やった!」
ルイが嬉しそうに笑う。
「別に試験じゃないのよ」
ミアが呆れたように言った。
「でも、合格した!」
「はいはい」
門番も小さく笑っていた。
「最後に、ジョシュアさん」
「はい」
ジョシュアは水晶へ手を伸ばした。
冷たい。
触れた瞬間、そんな感覚が伝わってきた。
水晶の奥で、白い光がゆっくりと巡る。
しばらくして、光は静かに収まった。
「……問題ありません」
門番が頷いた。
「皆さん、入都を許可します」
「ありがとうございます!」
エリシアが頭を下げる。
ジョシュアも手を離した。
何事もなく終わった。
少なくとも、そう思っていた。
そのときだった。
ドンッ!!
突然、地面が揺れた。
「きゃっ!?」
エリシアが飛び退く。
ミアは反射的にルイを背後へ庇い、レオンも杖を構えかけた。
ジョシュアは音のした方を振り向く。
門の脇。
そこには、1人の女性が立っていた。
城壁の高い位置にある窓が、開いたままになっている。
どうやら、そこから飛び降りてきたらしい。
「……え?」
ジョシュアは思わず窓を見上げた。
あんな高さから?
女性は何事もなかったかのように立ち上がり、服についた埃を軽く払った。
「署長!?」
門番が驚いた声を上げる。
周囲の自警団員たちも、一斉に姿勢を正した。
女性は彼らに軽く手を振った。
「仕事を続けてくれ。少し話があるだけだ」
「は、はい!」
そして、まっすぐジョシュアへ歩いてきた。
「……お前だな」
「僕ですか?」
「ああ」
女性はジョシュアの顔をじっと見た。
その視線は、どこか鋭い。
まるで、目に見えない何かを確かめているようだった。
「初めましてだよな?」
「……はい。そうだと思います」
「そうか」
女性は小さく笑った。
「私はカレン。アルビトロの署長だ」
「アルビトロ?」
ジョシュアが聞き返す。
レオンが小声で説明した。
「王都の自警団だよ。王都の治安維持を担っている組織だ」
「そのとおり」
カレンは頷いた。
「それで、ジョシュア。お前は何をしに王都へ来た?」
「冒険者として活動するためです」
「ほう」
「合同訓練もあると聞いたので、仲間と一緒に来ました」
カレンはエリシアたちを見た。
それから、再びジョシュアへ視線を戻す。
「……なるほどな」
何かを考えるように、しばらく黙った。
やがて、カレンはジョシュアの肩へ手を置いた。
「なら、好きにするといい」
「……ありがとうございます」
「ただし」
その瞬間。
周囲の空気が変わった。
ジョシュアの身体が、反射的に強張る。
カレンは笑っていた。
しかし、その瞳には笑みがなかった。
「ここで問題を起こせば、私がお前の首を狩りに行く」
「…………」
「覚えておけ」
ジョシュアは、すぐには答えられなかった。
怖い。
単純に、そう感じた。
目の前の女性が本気になれば、自分はどうなるのだろう。
そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎる。
「……分かりました」
ようやく答えると、カレンは満足そうに頷いた。
「よろしい」
そして、何事もなかったように手を離す。
「王都を楽しめ。良い街だぞ」
そう言い残し、彼女は歩き去っていった。
門番たちは、まだ緊張した様子だった。
エリシアがジョシュアの袖を引く。
「……ねえ」
「うん?」
「何したの?」
「何もしてないよ!?」
「じゃあ、なんで署長さんに脅されてるのよ!」
「僕が聞きたい!」
ミアは猫耳を伏せていた。
「……あの人、怖すぎるんだけど」
「同感だね」
レオンも珍しく真剣な顔をしている。
「少なくとも、敵に回すべき人物ではなさそうだ」
ルイがミアの服を引っ張った。
「お姉ちゃん……あの人、すごく強いの?」
「……多分ね」
「ジョシュアお兄ちゃんより?」
「比べるまでもないわよ」
「……そこまで言わなくても」
ジョシュアが苦笑する。
ルイは少し考えた後、ジョシュアを見上げた。
「でも、ジョシュアお兄ちゃんも強くなるんでしょ?」
「……そうだね」
ジョシュアは頷いた。
「頑張るよ」
「じゃあ、応援する!」
「ありがとう」
ジョシュアは笑った。
そして、カレンが去っていった方向を見た。
すでに彼女の姿はない。
それでも、肩に置かれた手の感触だけが、妙にはっきりと残っていた。
こうして、5人は王都の門をくぐった。
広い大通り。
立ち並ぶ商店。
行き交う大勢の人々。
地方都市とは比べものにならないほど賑やかな街が、目の前に広がっている。
「わあ……!」
ルイが目を輝かせた。
「すごい! 人がいっぱい!」
「迷子にならないでよ」
ミアが言う。
「大丈夫! 手、繋いでるから!」
エリシアは周囲を見回した。
「さあ! まずはギルドに行きましょう!」
「その前に宿を確保した方がいいんじゃない?」
ミアが言う。
「保護院の手続きもしないといけないし」
「そうだった!」
レオンは小さくため息をついた。
「……先に予定を整理しようか」
ジョシュアは4人のやり取りを眺め、笑った。
王都に到着して、まだほんの少ししか経っていない。
それなのに、すでに予想外の出来事が起きていた。
これから先、何が待っているのだろう。
ジョシュアは、腰に提げた剣へそっと触れた。
そして、仲間たちの後を追って歩き始めた。
王都での新しい生活が、今、始まろうとしていた。




