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旧水路の結末

第11話 旧水路の結末


「その円盤を、こちらへ」


 リーナの声は普段よりも硬かった。


 レオンが布に包んだ円盤を受付台に置くと、彼女はすぐに奥の職員を呼んだ。


「魔力を流したら勝手に起動したんです。それから、ジョシュアに向かって光が伸びました」


 エリシアが説明する。


「身体に異常は?」


「今のところ、何もありません」


 ジョシュアが答えた。


 リーナは頷いたものの、表情を緩めなかった。


「念のため、後ほど検査を受けてください。こちらの品はギルドで保管します」


「分かりました」


 レオンは円盤から手を離した。


 そのとき、受付の奥から副責任者のバルドが現れた。


「例の金属片か」


「はい。こちらです」


 バルドは布をめくり、円盤の模様を確認した。


「……なるほどな」


「何かご存じなんですか?」


 レオンが尋ねる。


「いや。ただ、捜索隊から似た模様の報告が上がっている」


 バルドは円盤を包み直した。


「旧水路の壁に、同じような線が刻まれていたそうだ」


 エリシアが息を呑んだ。


「じゃあ、やっぱり関係が……」


「その可能性は高い」


 バルドは頷いた。


「だが、お前たちはここまでだ。後はギルドが引き受ける」


 ジョシュアは口を開きかけた。


 行方不明の冒険者は、まだ見つかっていない。


 そのことを尋ねようとしたのだ。


 しかし、バルドの方が先に言った。


「捜索は続けている。今朝負傷した連中からも話を聞いているところだ」


「……分かりました」


「情報提供には感謝する。危険物を持ち込んだ件についても、今回は事前に正体を知らなかったと確認できている。今後は気をつけろ」


 レオンが頭を下げた。


「申し訳ありません。軽率でした」


「反省しているならいい」


 バルドは円盤を持って奥へ戻っていった。


 茶髪の冒険者も、ようやく少し落ち着いたようだった。


「……あんたたち、ありがとう」


 男はジョシュアたちに頭を下げた。


「俺はカイル。あいつらが戻ってきたら、ちゃんと礼を言わせてくれ」


「無事に帰ってくるといいですね」


 ジョシュアが答える。


「ああ」


 カイルは円盤が運ばれていった扉を見つめた。


「本当に、そう思う」


◇


 その日の午後、ジョシュアたちは街中の配達依頼を受けた。


 届け先は3か所。


 報酬は合計450ユグド。


 3人で分ければ150ユグドずつだった。


「……地味ね」


 最後の荷物を届け終えたエリシアが呟いた。


「でも、危険は少なかったよ」


 ジョシュアが言う。


「それはそうだけど」


「報酬も悪くない。半日で150ユグドなら、食費と宿代は賄える」


 レオンはそう言って、依頼完了の証明書を確認した。


「少なくとも、今日の僕たちには十分な仕事だったと思うよ」


 エリシアは少し考えてから頷いた。


「……そうね。焦っても仕方ないか」


 ジョシュアは通りの先を見た。


 昨日の農場での仕事も、今日の配達も、決して華やかな冒険ではなかった。


 それでも、自分たちで働き、報酬を得ている。


 今の彼には、それが大切だった。


 ギルドへ戻り、報酬を受け取る。


 ジョシュアは革袋の中身を数えた。


 今朝の時点で480ユグド。


 そこへ150ユグドが加わり、630ユグドになった。


 今夜の宿代を払っても、550ユグドは残る。


 新品の剣にはまだ届かないが、少しずつ近づいていた。


「あと何日か働けば買えそうだね」


「そうね。明日も頑張りましょ」


 エリシアが笑う。


 そのとき、ギルドの入口が騒がしくなった。


 数人の冒険者が担架を運び込んできたのだ。


 ジョシュアたちは思わず振り向いた。


 担架には、若い男性が横たわっていた。


 顔色は悪く、衣服は泥に汚れている。


 続いて、もう1人。


 こちらは意識があるらしく、担架の上で何かを話していた。


「……あれって」


 エリシアが呟いた。


 受付にいたカイルが、椅子を蹴るようにして立ち上がった。


「おい!」


 彼は担架へ駆け寄った。


「お前ら!」


 横たわっていた男が、ゆっくりと目を開けた。


「……カイル?」


「馬鹿野郎……!」


 カイルはその場に膝をついた。


「どれだけ心配したと思ってんだ!」


 男は弱々しく笑った。


「悪い……。ちょっと、迷った」


「ちょっとで済むか!」


 カイルの声が震えていた。


 ジョシュアはその光景を見つめた。


 エリシアが隣で息を吐く。


「……よかった」


 レオンも頷いた。


「2人とも生きていたようだね」


 捜索隊の冒険者がリーナへ報告していた。


「旧水路の奥で発見しました。2人とも衰弱していますが、命に別状はないそうです」


「ありがとうございます!」


 リーナは深く頭を下げた。


「内部の危険は?」


「原因と思われる装置を発見しました。魔力を蓄積して、侵入者を排除する仕組みだったようです」


 レオンの表情が変わった。


「……装置?」


 報告していた冒険者は頷いた。


「古い魔法設備の一部らしい。壁の紋様と連動して、通路内に防御用の魔力体を出現させていた」


「なるほど……」


 レオンは小さく呟いた。


「剣がすり抜けたのは、そのせいか」


 エリシアが尋ねる。


「魔力体って、何ですか?」


「魔力で形を保っているものだよ。普通の生き物とは違うから、攻撃が通じにくい場合がある」


「じゃあ、どうやって倒したんですか?」


「装置を停止させたんだろうね」


 レオンの推測は正しかった。


 捜索隊は魔法に詳しい冒険者を同行させ、設備の魔力供給を遮断したという。


 装置が停止すると、通路を塞いでいた魔力体も消滅した。


 行方不明の2人は、その奥の小部屋に閉じ込められていたらしい。


「……つまり、解決したんですね」


 ジョシュアが尋ねる。


 レオンは頷いた。


「少なくとも、行方不明者の件はね」


 エリシアは胸を撫で下ろした。


「本当によかった……」


 カイルはまだ仲間のそばにいた。


 何度も怒鳴り、何度も安堵の息を吐いている。


 その姿を見て、ジョシュアは自然と笑みを浮かべた。


◇


 翌朝。


 旧水路の立入禁止は継続されたものの、ギルドから正式な報告が出された。


 行方不明者2名を救出。


 負傷者は全員生存。


 原因となった魔法設備は停止済み。


 周辺の安全確認が終わるまでは封鎖を続けるが、緊急の捜索活動は終了するという。


 ジョシュアは掲示板の前で、その報告を読んでいた。


「これで一安心ね」


 エリシアが隣に立つ。


「うん」


 レオンもやってきた。


「円盤の件については、ギルドが調査を続けるそうだよ」


「何か分かったの?」


「旧水路の設備を起動するための補助具だった可能性が高いらしい。僕たちが見た光も、装置との接続を試みた反応だったのかもしれない」


「じゃあ、どうしてジョシュアに向かったの?」


 エリシアが尋ねた。


「そこまでは分かっていない。ただ、円盤は今は反応しなくなっているそうだ」


 レオンはジョシュアを見た。


「身体に異常はないんだね?」


「うん。昨日の検査でも問題ないって言われたよ」


「それなら、今は気にしすぎない方がいい」


 レオンは頷いた。


 ジョシュアも、それ以上考えるのをやめた。


 原因の分からない出来事ではあったが、今の自分には調べる手段がない。


 何より、行方不明だった冒険者たちが無事に帰ってきた。


 それだけでも十分だった。


「さて!」


 エリシアが手を叩いた。


「今日は何の依頼を受ける?」


「僕は何でもいいよ」


「何でもいいが一番困るのよ」


 ジョシュアが答えると、エリシアは呆れた顔をした。


 レオンが笑う。


「それなら、少し報酬のいい依頼を探そうか」


「賛成!」


 3人は掲示板へ向かった。


 そこには、昨日までなかった依頼書が貼られていた。


『南街道・商隊護衛補助』


 募集人数は3名以上。


 参加可能ランクはFランクから。


 目的地は、街道沿いの交易宿場。


 報酬は1人あたり800ユグド。


「……800ユグド?」


 エリシアが目を丸くした。


「結構いい報酬ね」


 レオンが依頼書を確認する。


「片道の護衛補助だね。帰路は各自で手配する必要がある」


「それでも、800ユグドなら悪くないんじゃない?」


 ジョシュアが言った。


「そうだね。ただし、街道には魔物が出ることもある。僕たちはあくまで補助だから、危険な状況では護衛隊長の指示に従う必要がある」


 エリシアは依頼書を見つめた。


「……これ、受けてみない?」


「僕は賛成」


「僕も構わないよ」


 3人は受付へ向かった。


 リーナは依頼書を確認すると、頷いた。


「こちらは本日午後に出発する商隊の護衛補助ですね。経験のある護衛隊長が同行しますので、Fランクの方でも参加できます」


「お願いします!」


 エリシアが答えた。


 リーナは手続きを進めながら説明した。


「目的地の交易宿場までは、通常なら半日ほどです。到着後に報酬が支払われます」


「帰りはどうすればいいんですか?」


 ジョシュアが尋ねる。


「翌朝、こちらへ戻る商隊があるそうです。空きがあれば同乗できますが、帰りの護衛契約は別になります」


「分かりました」


 リーナは依頼書に印を押した。


「それでは、正式に受注を受け付けます」


 エリシアは嬉しそうに笑った。


「よし! 初めての護衛依頼ね!」


 レオンは少し苦笑した。


「補助だけどね」


「細かいことはいいじゃないですか!」


 ジョシュアも笑った。


 こうして、3人は初めて街の外へ向かう商隊に同行することになった。


 出発まで、あと数時間。


 ジョシュアは依頼書を見つめた。


 交易宿場。


 護衛任務。


 そして、これまでよりも長い街道の旅。


 知らない土地へ向かうことに、不安がないわけではなかった。


 けれど、それ以上に楽しみだった。


「……今度こそ、ちゃんと武器を買わないとね」


 エリシアが言う。


「うん」


 ジョシュアは頷いた。


 次の仕事が終われば、剣を買うだけのお金が貯まるはずだ。


 彼は革袋を確かめ、2人と一緒にギルドを出た。


 街道へ向かう準備をするために。

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