隣で。
「巫代さん、早いですね」
駅前の集合場所でそう言うと、眉をひそめられた。
集合は十時、今はまだ九時三十分である。
「……彼芽さんが早く来ると思っていたんです」
案の定と、ため息を吐かれた。
「私が先に来ようと思っていたんですが」
「それは困る。巫代さんを待ちぼうけさせる訳にはいかない」
ただ、こちらもそれを予測して更に十分早く来た。
しかし、このままではイタチごっこになってしまう。
「今『これからは三十分遅い集合時間にしよう』と思っていませんか?」
「いや、そんなことは。そんなことはない」
「目が泳いでいますよ。まぁ、いいです」
ジト目からふわっと、表情が緩む。
「早ければ早いだけ、一緒にいられる時間が増えます」
心臓が跳ねる。それこそ、言葉の代わりに出てきそうなほど。
眩い極光を思わず目が焼けてしまいそうだ。
だが、目を奪われてしまう。
「じゃあ、行きましょう」
そのまま、歩き出していく。
「どうしました?」
「……何でもない。行こう」
二人並んで、目的地に向かう。
手すきになった右手を遊ばせながら。
「そういえば、二人で来るのは初めてだ」
やって来たのはゲームセンター。
あらゆる光が混ざり合い、極彩色になっている空間。
朝でも昼でも、騒音に塗れている。
「二人では、文化祭以来ですね」
「そうだったな」
御園さんに誘われて、三人で来るのはままあった。
巫代さんの言う通り、あの日の文化祭以来。
おかしな話だ。俺はあの時、終わろうとしていたのに。
最後にしようと思っていたのに、気が付けば巫代さんと二度目を迎えようとしている。
俺の事情に巫代さんを巻き込んで、文字通り命を賭けさせた。
「あれやりませんか?」
巫代さんが指差したのは、体感型のレースゲーム。
チョメチョメDのようなガチではなく、人気の配管工の緩い奴だ。
「いいが、負けても文句はないな?」
「相変わらず、勝つ前提ですか? これでも成長しているんです」
昔と比べて、今の巫代さんに勝つのは容易じゃない。
家でも歩ちゃんや、ネットで頻繁に御園さんと一緒に遊んでいる。
俺がお節介で教えているのもあって、見違えるほどになった。
「だっ⁉ またそれですか!」
コースの終盤、強力なアイテムを使い一位の巫代さんを抜き去る。
そのまま、ゴールラインを駆け抜けた。
このゲームは順位に応じた得点を貰える。
当然一位が多く、四レースの総合得点を競う。
結果として、俺は表彰台の真ん中に立っている。
一位四回。圧勝。
「彼芽さんばっかり強いアイテムじゃないですか?」
座席から降りて早速文句を言ってくる。
「このゲーム、家庭用盤と同じで打開が強いからな」
下位の順位ほど強力なアイテムが出る仕様上、中盤までは下位を維持する。
後は技術とアイテムを駆使して、終盤にごぼう抜きする戦法だ。
「リベンジはなしだからな」
「ぐぬぬ……」
一プレイ百円である以上、負けず嫌いには付き合えない。
仕方がなく、苦虫を噛み潰して、後ろ髪を引かれながら後にしていた。
その後も性懲りもなく、別のゲームで対戦を挑んできた。
「全戦全敗……」
不貞腐れた様子で、ポテトを摘まんでいる。
昼前の早めに席を取ったとは言え、人は混みあっている。
「流石に、リズムゲームは危なかったが」
「ですが、負けは負けです」
様子を見るに、一番自信があったのだろう。
スコア勝負では僅差の戦いだった。
「頭がいい人はゲームが上手いとは聞いたことはありますが」
「頭がいいかは置いておいて、そうかもしれない」
どこソースの情報なのかは知らないが、間違ってはいないだろう。
システムで組まれている以上、結局は理詰めだ。
どこから攻めればいいか、或いは何をしたら弱いのか。
最適な攻略法を見つけるという点では、勉強と近いものがある。
「まさか、ゲームセンターまで網羅しているなんて」
「あぁ……それは、だな」
歯に挟まった物言いにキョトンとしている。
「聞いても怒らないか?」
「場合によります」
「なら言わない」
「冗談です。よっぽど怒りませんよ」
「……実は咲里花に」
「は?」
だから言ったじゃないか。
巫代さんの中で咲里花の話題はよっぽどのことだ。
名前を出して不満にならなかった試しがない。
「中学の頃、勉強終わりに咲里花がよく誘ってくれたんだ」
考えてみれば、中学生の彼女なりの精一杯のお誘いだったのだろう。
高校生になって大人びた今なら別の提案をしただろう。
「付き合っている内に、気が付けば咲里花より上手くなっていた」
「へー」
興味なさそうな割に、不機嫌な返事だ。
これは何かご機嫌取りをしなければいかないかもしれない。
と、思っていたら。
「……免許取りたいですね」
突然、ポロっと口に出していた。
恐らくレースゲームの影響なのだろうが。
「現実ではバナナの皮を置いちゃいけないぞ?」
「何ですか? わかっていますが?」
「それと、煽り運転されても亀の甲羅を投げたら」
「何ですか、馬鹿にしていますか」
流石に冗談と訂正する。
「いえ、ハンドルを握った時、隣に彼芽さんがいて『いいなぁ』と思ったんです」
「巫代さんが運転するのか? 俺ではなく?」
「私が、です。別にいいじゃないですか」
免許さえあれば、女性だって運転する。
ただ、巫代さんの助手席は何というか、不安だ。
「車があったら、もっと遠くにも行けますし」
「……そうだな」
あと少しで高校を卒業し、年齢的にも立場的にも大人になる。
そうなれば車の有無にかかわらず、行動範囲も広がるだろう。
巫代さんにはいつも感心する。
ずっと未来の話。これから先の楽しいことを提示してくれる。
だから俺は、それに縋って歩いていられるのだ。
「あ、そろそろ映画の時間です」
ずっと手を引いて「こっちだよ」と導かれてしまっている。
巫代さんは俺のことを必死に考えてくれている。
それなのに、俺は。
「これ見ませんか? これ」
「見ない。ガッツリホラーだ」
指差したのは恐怖を煽るポスターだ。
巫代さんはホラーにはかなり強い。
隣で驚く人間を見て楽しむぐらい余裕があり、性格が悪い。
俺は役者の顔を見て、演技だと察してしまうから問題ない。
その代わり、所謂ジャンプスケアに酷く弱い。
それに、これから見る奴はホラーと言っても過言ではない。
「今日は見るもの決まってるだろ」
「そうですね。グッズも欲しいですし」
今日見る映画は、小さな生き物たちの生活を描く作品。
歩ちゃん含む、子供に人気……だが、見た目の割に内容がエグイことで有名。
「歩はウサギが好きですよね? 彼芽さんは?」
「俺は、お酒飲んでいる子だ」
「渋いですね」
グッズ売り場でお土産を探して、いざスクリーンで。
家族連れのお客さんが多いが、意外にも大人だけの客も多かった。
どこからもワクワクな、楽し気な雰囲気で溢れかえっている。
しかしそれも、上映が始まるまでの話。
話が進むにつれて、客席に抑えきれないどよめきが現れ始める。
最後には、全員が言葉を失っていた。
「……あの、彼芽さん、最後のあれって」
「巫代さんの考える通りだ」
「あの、来週歩が見るって言っていたんですが」
巫代さんに落ち着きがない。
原作を知っている人間としても、映像で見るとかなりくるものがあった。
「もしかして、怖かったのか?」
「だって、すごい後味が悪いじゃないですか⁉」
怖いのを隠すのを止めて、若干目が潤んでいる。
どうやらこういう方向性は苦手らしい。
予想外の打撃を受けて震えていた。
「な、何ですか? その目は」
「いや、可愛いなと思って」
「なっ、ッ~!」
恥ずかしさと嬉しさが混ざってしまったらしい。
顔を赤くしながら無言の抗議を向けてきた。
ああ、本当に可愛いな。
巫代さんのことを目が離せないのに、俺のことを考えてくれているのに。
俺は、頭の隅で何かが過っているのだ。
楽しい時間はあっという間だ。
夕陽が街の影に沈もうとしているのが見える。
「この後、どうしますか? 一緒に帰りますか?」
提案に迷って、首を振る。
「行きたいところがあるんだ、付き合ってもらえるか?」
それだけ言って、前に歩き出す。
これが嬉しいサプライズの提案だったら、どれだけよかっただろうか。
「――嫌です」
背中を突き刺す冷たい言葉に止まる。
「あの人の所に行くんですよね」
気付いていた。気が付かないはずがない。
「なら、嫌です」
「巫代さん、俺は」
「何で行かなきゃ行けないんですか?」
口調は穏やかだ。俺を慮る気持ちが伝わってくる。
「俺は、巫代さんがいないと立ち向かえない」
「立ち向かわなければいいんですよ」
その中には、確固たる拒絶を持っている。
「無理して、わざわざ行く必要なんてないですよね?」
苛立ちを感じる。俺に対してではない。
あの子に対する強い憎しみを持っている。
「……今日、巫代さんといて楽しかった」
巫代さんの反応一つ一つ。一緒にすること全て。
見つける度に、全部が幸せなのだと気が付く。
「幸せだった。幸福だった」
「なら‼ それでいいじゃないですか‼」
感情が爆発したように、怒声が破裂する。
「何で! 何で! みんなそうやって!」
納得のいかないことを前にして、ただ怒ることしかできない。
激情を言葉にできず、八つ当たりのように涙を流す。
それら全てが俺のためのものだった。
「ほら? 帰るんです。帰って「また明日」って、次の約束をするんです」
「巫代さん」
「それで次の約束をして、沢山沢山……」
「――俺は!」
言葉の濁流を無理矢理堰き止めるように声を張り上げる。
今日は幸せだった。噓じゃない。
今日だけじゃない。巫代さんと出会ってから、きっと俺は幸せだった。
だが、いつもあの子の影を見ている。
俺の左目は、あの時の景色を焼きつけてしまっている。
これは俺の我儘だ。過去の清算に、巫代さんをまた巻き込もうとしている。
俺自身、これ以上このことに振り回されたくないと思っている。
ただ、それよりも。何よりも。
「――貴方の隣で、他の女のことを考えたくない」
巫代さんに誠実に向き合いたいから。
その一途な思いに精一杯応える為に。
俺は、ケリを付けたかった。
「……やっぱりずるいですよ、そういう言い方」
「……悪い」
振り返って、彼女の前まで近づく。
「ずるいずるいずるいずるい‼」
顔は涙に塗れて、子供のようにずるいと怒る。
「やーだー! 彼芽さんが傷つくのやーだー!」
そのまま、わんわん号泣する。
慰める言葉を持ち合わせていない。
だから、そっと抱きしめた。
巫代さんは泣きながら胸をポカポカと叩いてくる。
決して引き剝がすことはせずに。
……良かった。人がいなくて。
この涙も、声も、行動も。全部独り占めできて。




