告白。
「ばあちゃん、卵焼き作ってみたんだ」
俺は仏壇に供えた。
「結構、上手くできたんだ」
感想はない。当然のことだ。
一人で作って、一人で食べるだけ。
その時間があまりに虚しく思えた。
「じいちゃんは、病院でちゃんと……」
噓でも、元気とは言えなかった。
病院食も、日に日に残すことが増えてきた。
『先生。大丈夫ですから、もう覚悟はしています』
診察を受けたじいちゃんの言葉。
もう受け入れる他ない。
他でもない本人がそう言ったのだから。
「……俺、何をしていたんだろう」
じいちゃんの病を悪化させた。
大切に育ててもらったこの体を傷物にした。
咲里花ちゃんを泣かせた。
あの子を行方知れずにした。
何も守れていない。何もできていない。
残ったのは、罪悪感と傷だけだ。
「ごめんなさい」
写真に向かって、左目に焼き付く人影に向かって。
反応はない。
果たして、死後の世界などあるのだろうか。神様などいるのだろうか。
疑問に思っても、あると仮定するしかない。
そうやって縋らなければ、地べたにへばりつくだけになる。
祈って。祈って。どうか。どうか。どうか……
「――じさん? おじさん!」
まだ幼さの残る声にハッとする。
エコバッグに詰める手が止まっていた。
不安そうにつぶらな瞳が見上げてくる。
拭うように頭を撫でてあげると、嬉しそうにしてくれる。
大きくなったな。もう二年生だもんな。
こうやって成長を感じると、不思議と目頭が熱くなる。
「歩ちゃん。アイス買っていこっか」
「え? いいの!」
「ああ。もちろん内緒だから」
きっと、片桐さんたちにとってはこれ以上なのだろう。
小銭を握りしめて駆ける背中。
一つ一つ大きくなっていく。少しずつ自分でできるようになっていく。
買ってきてくれたカップアイスを、近くの公園で食べる。
歩ちゃんのだけのつもりが、俺のも買ってきてくれた。
「あーむ。んんんっ!」
冷たさと美味しさに地団駄を踏んでいる。
「おじさん、食べないの?」
視線に気が付いたのか、小首をコテっと倒す。
「歩ちゃん」
口が重い。
小さい子相手だから、伝える言葉に迷う。
「おじさんが、お姉ちゃんを奪っちゃったら悲しい?」
「お姉ちゃんを、おじさんが取る?」
だからじゃない。
相手が子供であることを免罪符に、言語化していないだけだ。
直接的なことを言っていない。
言っている意味が理解できなさそうに、断続的に「うん? うん?」と唸る。
「ごめん。変な話をして」
「よくわかんないけど、だいじにしてあげて?」
呆気に取られてしまった。
「……悲しくないのか?」
「さびしいけど、お姉ちゃんにはお姉ちゃんがいないから」
今度はこっちが唸る。
「歩にはお姉ちゃんがいるけど、お姉ちゃんにはおじさんしかいないから」
「お母さんやお父さんがいるだろ?」
「お姉ちゃん、お母さんたちには気をつかっちゃうから」
子供だからと甘く見ていたかもしれない。
大人以上に人の表情を読み取れていた。
もしかしたら、俺の真意も察しているかもしれない。
「そうだな。だが、巫代さんには歩ちゃんがいる」
「でも歩、お姉ちゃんに我儘言ってばかりだから……」
「そんなことない。巫代さんにとって、心の支えだ」
「ホント?」
「ああ。どうあっても、巫代さんは君のお姉ちゃんだ」
話していて辛い。
この子にとって巫代さんがどれだけ大事だったか。
「……ごめん。ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「え⁉ どうしてあやまるの?」
あわあわと慌てさせてしまう。
歩ちゃんからしてみれば、突然ヒステリックになっただけだ。
それでも、謝ることしかできない。
「俺は、歩ちゃんから巫代さんを」
奪おうとした、取り上げようとした。
「ちがうよ? 歩たちがおねがいするんだよ?」
ベンチの上で綺麗に正座を始める。
「えーっと、ふつつかなお姉ちゃんですが、どうかよろしくおねがいします」
かしこまった様子で頭を下げてくる。
その姿がおかしくて、可愛らしい。
「その言葉どこで覚えたんだ?」
「アニメ」
お陰で、覚悟が決まった。
この子にこんなお願いをされたからには、俺も向き合わなければならない。
自分の罪と、これからについて。
二人で片桐家に戻ってきても巫代さんはいない。
御園さんにお願いして、無理矢理お泊まり会をしてもらったからだ。
それでも片桐さんたちと食卓を共にした。
薄暗い階段をそーっと降りる。
今頃、歩ちゃんは寝室で寝息を立てている頃だろう。
リビングに着くと、既に片桐さんたちが座っていた。
テーブルだけを小さく照らす灯りが、今からのできごとを強調する。
「すみません。お時間を取らせてしまって」
「いいのよ。彼芽君の頼みなら」
「それに……巫代に聞かせらない、大事な話なんだよね?」
そうだ。この話に巫代さんはいてはいけない。
俺一人で、俺一人でこの人たちに話さないと。
ゆっくりと何度も考えた言葉を口にする。
「――俺は、片桐巫代さんを殺そうとしました」
一切の誤魔化しの効かない一言を。




