情けない。
そんな無限に湧く疑問の渦の中で、明日を迎えるのだ。
酷く体が重い。ベッドに磔にされている気分だ。
朝起きるとすることは、巫代さんにメールを送ること。
これをしないと鬼電が入る。
お参りをして、家を出て、電車に乗って。
日によっては、今日みたいに巫代さんと合流する。
相変わらず手を繋ぎたがるが、学校では控えている。
先生にも注意を受けたらしいから、あまり目立ちたくない。
「いやー、ありがとうかなめん!」
授業の合間に二人でノートを運ぶ。
「頼れる男手がかなめんしかいなくって!」
快活な笑顔を向けてくる。
彼女の、男性に対する苦手意識は今なお払拭できていない。
マシになったとはいえ、日常生活で片鱗が見え隠れしていた。
その中で俺はまだ話せるだけなのだ。
「そういえば、かなめんは百メートルなんだね」
丁度さっきの授業で、体育祭の種目決めが行われていた。
「そうですね。あまり自信はありませんが」
「そんなこと言って! 案外サラリと一位取るんじゃないの~?」
「御園さん、落とします、落としますから」
ニヤニヤと脇腹を肘打ちされる。
決まったと言っても、誰も手を挙げないから挙げただけだ。
運動部組と分けられると言っても、そこまでの自信はない。
「巫代ちゃんにカッコいいところ見せてよね?」
「善処します」
「うーん……いまいち盛り上がらないね?」
荷物を置きながら不満を垂れていた。
「そうだ! こんなこと聞いたんだ!」
すると、再び悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「確か『俺一位になったら片桐に告白するんだ』って!」
――重量のある落下音が響いた。
それが嘘であることをわかっていても、手が滑っていた。
「それは……それは困りましたね、それは」
平静を装おうとしても、同じ言葉を繰り返してしまう。
「それでも俺は、やれることをするだけです」
「えー⁉ 巫代ちゃん取られちゃうかもしれないんだよ⁉」
巫代さんが取られる。そんな想像は正直できなかった。
それは、巫代さんの優しさに甘え切ってしまっているからだろう。
甘えて、応えようとしない。
それでいつか、愛想を尽かされてしまう。
「その時は……仕方ないですよ」
自分を納得させようとした言葉だった。
心の内に留められないから、ボソッと呟いたつもりだった。
それを聞かれてしまった。
「なにそれ」
感情豊かな御園さんから、信じられないほど温度を感じられなかった。
人を蔑むような、心の底からの嫌悪を感じた。
「君の気持ちはその程度なの?」
怒っているのに、その怒りすら冷めるぐらいの怒り。
俺は否定の言葉を持たない。
巫代さんがそばから離れるのは恐ろしい。耐えられない苦痛だ。
それ以上に、もし彼女の悲しみに触れてしまったら。
俺は今度こそ耐えることができないだろう。
その前に、俺のそばから離れてしまってほしいと思う。
「巫代ちゃんがあんなに思ってるのに! 君は見て見ぬフリをするの⁉」
耳の痛い言葉だ。返す言葉もない。
俺の吐露は噓ではない。噓ではないから聞かせたくなかった。
「信じられない……」
反論もしない俺に、どんどん負の感情が募るのだろう。
なのに突如、攻撃が止まった。
俺の向こう側を捉えている。教室の扉の前だ。
そこに誰がいるのか嫌でもわかってしまう。
誰かは数秒何も言わずに立ち止まっていた。
そして、踵を返す音がした。
その足音には焦りも、躊躇も何もない。
「待って!」
無造作に俺を退かして走っていく。
……情けない。
安心してしまっている自分が情けない。
巫代さんには、御園さんがいる。
俺に向けた御園さんの侮蔑は本物だ。本物であるから苦しい。
本物であるからこそ、安心してしまっているのだ。




