↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だから私は、明日の約束をする。  作者: 刻詩銀。
そして、少年は――
53/62

選択。

「まだ、決まりませんか?」

 先生の苦言混じり、心配混じりの一言に俺は頷くしかない。

 巫代さんたちとの夏休みは平和だった。

 去年が嘘のように。いや、去年が嘘であってほしかった。

 夏休み前にはほとんどの生徒が進路を決め、進学組と就職組で別れていた。

 俺は未だに決まらず、とりあえず進学組と一緒だった。

「おじいさんのことは残念ですが、崖君に未来があります」

「そう、ですね」

「ご両親ともよく相談していただいて、何かあれば先生も協力しますから」

 言葉をありがたく思いつつも、やはり未来は見えてこない。

 一度手放そうとしたと言えば、先生はどんな顔をするだろうか。

 俺の左目はもう前を見ることができない。

「彼芽さん? どうかしましたか?」

「何でもない。少し考え事をした」

 今は足元に、ポツリポツリと浮かぶ光に釣られている。

 御園さんの気まぐれなお誘いで、昼休みに中庭を訪れた。

「わかった! かなめんてば夏休み明けで憂鬱なんでしょ!」

「……御園さんの言う通り、それもあるかもしれません」

「うそぉ⁉ かなめんって勉強馬鹿でしょ?」

「は? 今、馬鹿って言いました?」

 何故か巫代さんがキレた。

「ち、違うよぉ! 褒め言葉だって!」

「彼芽さんは別に勉強が好きなわけじゃないですから」

 二人のやり取りをよそに、小さく俯く。

 視線の先には弁当箱。献立は巫代さんと一緒。

「あ、卵焼き美味しそっ、痛い⁉」

「今、取ろうとしましたね?」

「まだ考えただけなのに! いいもん! かなめん頂戴!」

「あ、はい。どうぞ」

 渡すと、巫代さんがまたお怒りになった。

 二人の小競り合いを見ていると微笑ましい。

 それでも表情筋は動かない。

 俺は本当に笑っているのか、俺は本当に嬉しいのか。

 それすらも疑い始めてしまっている。

 巫代さんといる俺に厭世に浸る権利はない。

 それをわかっていても、先を考えることが恐ろしい。

 ここから先、何度も辛いことが起こるだろう。

 仮定ではなく、間違いなく人の死と直面する。

――大切な人の。

 そんなものを見るぐらいなら、いっそのこと。そう考える。

 そういう意味では将来の展望、夢はいいものかもしれない。

「池田さん、咲里花。夢ってありますか?」

「あんた何? 毒キノコでも食べた?」

「夢かぁ、子供の頃はあったなぁ」

 各々の反応を示す。

 喫茶店の丸いテーブルを三人で囲んでいる。

 前回の謝罪がしたいと、池田さんに誘われた。

「実はまだ、進路が決まってないんです」

「嘘でしょ? もう九月よ?」

「オレはてっきり大学だと思ってたけど、違うのか?」

 他校から見ても判断が遅いらしい。

 危機感が無いわけではない。焦りはある。

 そこに諦観のようなものが混ざって、流されようとしている自分がいる。

「だいたい夢って、あんたねぇ? そんなの最低でも中学で卒業よ?」

「そうでもないぞ橘? 大人だって夢見んだろ」

「そういうのは現実的に達成可能な目標になっているのよ。コイツのはそうじゃない」

 リスクを考慮せずに求めるもの。

 届くかもわからない可能性に手を伸ばすこと。

 人生の幸不幸を加味する、あるいは加味しない。

 その上で、生きていたいと思う目標。

「オレはあるぞ! 彼女がほしい!」

「知らないわよ」

 冷たくあしらう。

 すると、どこか照れくさそうにボソッと呟いた。

「ま、私にも無くはないけど」

「咲里花にもあるのか? 意外だ」

「夢ってほどじゃないわ。内容は教えないけれど」

 不貞腐れたようにアイスコーヒーを吸っている。

 どうやら、俺に関わることのようだ。

 これ以上聞くとウザがられるだろう。

 現に池田さんがそうなっている。

「片桐もいるんだから。あんまり不安にさせるんじゃないわよ」

「どうだろうな。巫代さんは優しいから」

「片桐? もしや橘の恋敵か⁉」

「うっさい。この店で一番高いの頼むわよ」

 巫代さんがこのことについて言及することはない。

 急かすわけでも、選択を強要してくることも。

 自覚がないだけ、もしかしたら甘やかされているのかもしれない。

 結局、この話はなんとなく有耶無耶になっていった。

 会計を済まし、池田さんは先に帰っていった。

「そうそう。これ渡しておくわ」

 二人になったのを見計らったように切り出された。

「片桐には余計なこと言うな、って釘刺されているけれど」

 手渡された紙にはどこかの住所が書かれていた。

 俺の学校からそう遠くはない場所だ。

「それ、あのクソ女の住所」

 心臓が飛び出そうなほどに跳ねた。

 途端に気道が細くなる。だが一々、不安定になるわけにもいかない。

 気をしっかり持ち直す。

 咲里花は何も言わない。

 これは、近くだから警戒しろとも取れる。

「咲里花はどうしてほしいんだ?」

「私は何も。ただ、渡しただけよ」

 想像も選択も俺に委ねている。

 彼女の真意はわかっている。ただ、それを押し付けてくることはない。

 相変わらず、優しさは抜けない。

 余計なこと。巫代さんにとってこの話題は禁忌だ。

 できるだけ避けて、遠ざけようとする話題に他ならない。

「……俺はどうしたらいい?」

 その言葉に返答はない。

 どうあってもこれは、俺が選ぶことなんだと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。