選択。
「まだ、決まりませんか?」
先生の苦言混じり、心配混じりの一言に俺は頷くしかない。
巫代さんたちとの夏休みは平和だった。
去年が嘘のように。いや、去年が嘘であってほしかった。
夏休み前にはほとんどの生徒が進路を決め、進学組と就職組で別れていた。
俺は未だに決まらず、とりあえず進学組と一緒だった。
「おじいさんのことは残念ですが、崖君に未来があります」
「そう、ですね」
「ご両親ともよく相談していただいて、何かあれば先生も協力しますから」
言葉をありがたく思いつつも、やはり未来は見えてこない。
一度手放そうとしたと言えば、先生はどんな顔をするだろうか。
俺の左目はもう前を見ることができない。
「彼芽さん? どうかしましたか?」
「何でもない。少し考え事をした」
今は足元に、ポツリポツリと浮かぶ光に釣られている。
御園さんの気まぐれなお誘いで、昼休みに中庭を訪れた。
「わかった! かなめんてば夏休み明けで憂鬱なんでしょ!」
「……御園さんの言う通り、それもあるかもしれません」
「うそぉ⁉ かなめんって勉強馬鹿でしょ?」
「は? 今、馬鹿って言いました?」
何故か巫代さんがキレた。
「ち、違うよぉ! 褒め言葉だって!」
「彼芽さんは別に勉強が好きなわけじゃないですから」
二人のやり取りをよそに、小さく俯く。
視線の先には弁当箱。献立は巫代さんと一緒。
「あ、卵焼き美味しそっ、痛い⁉」
「今、取ろうとしましたね?」
「まだ考えただけなのに! いいもん! かなめん頂戴!」
「あ、はい。どうぞ」
渡すと、巫代さんがまたお怒りになった。
二人の小競り合いを見ていると微笑ましい。
それでも表情筋は動かない。
俺は本当に笑っているのか、俺は本当に嬉しいのか。
それすらも疑い始めてしまっている。
巫代さんといる俺に厭世に浸る権利はない。
それをわかっていても、先を考えることが恐ろしい。
ここから先、何度も辛いことが起こるだろう。
仮定ではなく、間違いなく人の死と直面する。
――大切な人の。
そんなものを見るぐらいなら、いっそのこと。そう考える。
そういう意味では将来の展望、夢はいいものかもしれない。
「池田さん、咲里花。夢ってありますか?」
「あんた何? 毒キノコでも食べた?」
「夢かぁ、子供の頃はあったなぁ」
各々の反応を示す。
喫茶店の丸いテーブルを三人で囲んでいる。
前回の謝罪がしたいと、池田さんに誘われた。
「実はまだ、進路が決まってないんです」
「嘘でしょ? もう九月よ?」
「オレはてっきり大学だと思ってたけど、違うのか?」
他校から見ても判断が遅いらしい。
危機感が無いわけではない。焦りはある。
そこに諦観のようなものが混ざって、流されようとしている自分がいる。
「だいたい夢って、あんたねぇ? そんなの最低でも中学で卒業よ?」
「そうでもないぞ橘? 大人だって夢見んだろ」
「そういうのは現実的に達成可能な目標になっているのよ。コイツのはそうじゃない」
リスクを考慮せずに求めるもの。
届くかもわからない可能性に手を伸ばすこと。
人生の幸不幸を加味する、あるいは加味しない。
その上で、生きていたいと思う目標。
「オレはあるぞ! 彼女がほしい!」
「知らないわよ」
冷たくあしらう。
すると、どこか照れくさそうにボソッと呟いた。
「ま、私にも無くはないけど」
「咲里花にもあるのか? 意外だ」
「夢ってほどじゃないわ。内容は教えないけれど」
不貞腐れたようにアイスコーヒーを吸っている。
どうやら、俺に関わることのようだ。
これ以上聞くとウザがられるだろう。
現に池田さんがそうなっている。
「片桐もいるんだから。あんまり不安にさせるんじゃないわよ」
「どうだろうな。巫代さんは優しいから」
「片桐? もしや橘の恋敵か⁉」
「うっさい。この店で一番高いの頼むわよ」
巫代さんがこのことについて言及することはない。
急かすわけでも、選択を強要してくることも。
自覚がないだけ、もしかしたら甘やかされているのかもしれない。
結局、この話はなんとなく有耶無耶になっていった。
会計を済まし、池田さんは先に帰っていった。
「そうそう。これ渡しておくわ」
二人になったのを見計らったように切り出された。
「片桐には余計なこと言うな、って釘刺されているけれど」
手渡された紙にはどこかの住所が書かれていた。
俺の学校からそう遠くはない場所だ。
「それ、あのクソ女の住所」
心臓が飛び出そうなほどに跳ねた。
途端に気道が細くなる。だが一々、不安定になるわけにもいかない。
気をしっかり持ち直す。
咲里花は何も言わない。
これは、近くだから警戒しろとも取れる。
「咲里花はどうしてほしいんだ?」
「私は何も。ただ、渡しただけよ」
想像も選択も俺に委ねている。
彼女の真意はわかっている。ただ、それを押し付けてくることはない。
相変わらず、優しさは抜けない。
余計なこと。巫代さんにとってこの話題は禁忌だ。
できるだけ避けて、遠ざけようとする話題に他ならない。
「……俺はどうしたらいい?」
その言葉に返答はない。
どうあってもこれは、俺が選ぶことなんだと。




