私たちだけの。
ピアノ教室のバイトも順調にいった。
そのお陰か、また手伝いを頼みたいと言われた。
というわけで、私の手には初給料が握られている。
「お母さん、お父さん。これ」
「なんだい巫代?」
「もしかして、ケーキかしら」
使い道を考えた時、真っ先にみんなの顔が思い浮かんだ。
私がこうしていられるのは、この人たちがいたからだ。
「ケーキ⁉」
「はい。歩のもありますよ」
有頂天の歩。
対照的に、しみじみとしたお父さん。
「……なんだか、考え深いね」
「そうね。彼芽君にはお礼を言わないと」
「けど巫代、いいのかい? 彼は誕生日なんだよね?」
「大丈夫です。そこは考えてあります」
彼芽さんの誕生日は八月。一週間後。
プレゼントも既に用意してある。
しかも、当日は夏祭りです。今度こそ浴衣の感想を言わせます。
「歩、今年も一緒に夏祭りに行きませんか?」
幸せいっぱいにケーキを頬張っている。
のに、その一言に急に曇ってしまった。
「……や」
「え?」
「歩、行かない」
「え? 何ですか?」
「こらこら巫代。パニックになって圧をかけない」
あ、歩が拒否しまし、た?
有り得ないです。そんなはずがないです。
まさか、去年のことを根に持っていて……⁉
「これが、噂の反抗期ですか⁉」
「……お母さん。ネタ晴らしはいいのかい?」
「面白いから、もう少し放っておきましょう?」
そんな馬鹿な。歩はまだ小学二年生です。
だからといっていやいや期は卒業して……ああ今、目を逸らしました……!
そんなやりとりに、お母さんが我慢できないように吹き出した。
「あのね巫代? 歩は貴方たちの邪魔したくないのよ」
いい意味で耳を疑ってしまう。
錆びついた首をギギッと動かして、歩を見る。
「……だって、お姉ちゃんはおじさんとらぶらぶだから」
気が付いたら抱き着いていた。
「お姉ちゃん! あつい……!」
必死に引き離そうとしてくるが、強引に頬を合わせる。
もう気を遣えるようになって。お姉ちゃんは嬉しいです。
「……これは、反抗期も入っているかしらね」
「歩はお父さんたちと行こうか」
可愛い妹の気なげな気遣いに感動する。
これは、何が何でも誕生日を成功させるしかないですね。
「――――チッ」
窓に打ち付ける水滴を見つめる。
天気予報では、朝から夕方にかけて降るらしい。
言わずもがな、夏祭りなんて中止です。
「お、お姉ちゃんこわい……」
「しっ。触らぬお姉ちゃんに祟りなしだよ」
お天道様は私と歩の気持ちを裏切るんですか、そうですか。
「巫代―? 彼芽君から電話」
大袈裟に道を開けるお父さんたちを無視する。
「何ですか? 行きますよ?」
『いや。無理だから』
窘めるような彼芽さんの一言。
「やです。行くったら行くんです」
『どうしてそこまで』
「だって……誕生日じゃないですか」
今日のために色々と準備してきた。
それを、たかだか天候の一つで駄目になるなんて。
『……誕生日?』
呆けた声でオウム返しをしていた。
あ、これ。あれですね、予想通り忘れていますね。
「貴方の誕生日ですよ」
『……ああ。道理で巫代さんが張り切っていたわけだ』
普段の彼芽さんならすぐにでも感づいていた。
ですが、今回は誕生日そのものを覚えていない。
そのせいであからさまに察しが悪かった。
この状況を利用してサプライズを企てていたつもりでしたが……
頻りに『誕生日、そうか、誕生日』と、繰り返していた。
そのうち、何かを思い付いたように口を開いた。
『少し待っていてほしい。迎えに行く』
「ですが、今日はもう」
『やろう。俺と巫代さんだけの夏祭り』
何を言っているのか正直よくわからなかった。
……よくわからないですが、とても魅力的な提案なのはわかります。
私たちだけ。それだけで胸が高鳴ってしまう。
そういう、私の弱みなんですね。




