王子様。
彼芽さんの幸せ。
そのためにはまずは、目先の誕生日を何とかしないと。
スマホの履歴から色々と調べ直す。
ですが、結局は同じ壁にぶつかる。
「……面接」
嫌な記憶が脳裏を過る。
一度受けた痛みはそう簡単にはなくならない。
実際、彼芽さんは面接で苦戦したらしいですし。
これから先、大学入試も控えている。いずれは、避けては通れない道だとわかっている。
それでも、意味なくベッドの上で左右に揺れる。
「巫代~? ちょっといい?」
「はい。何ですかお母さん?」
机を挟んで座るので、居住まいを正す。
「実はね? 前に通ってたピアノ教室から連絡があって」
「ピアノ教室?」
私が小学生の頃に通っていた、個人経営の教室。
後にも先にも、ピアノの勉強をしたのはその時だけだ。
「大学生のバイトさんが怪我しちゃったらしくて。お手伝いを頼めないかって」
「お手伝いって……私、教えられるほど上手くありませんよ?」
「大丈夫。教えると言っても、小さい子向けのアシスタントだって」
子供向け。それならできるかもしれない。
歩にも何度か教えた経験もある。
「けど、巫代は受験生だし……どうかなと思って」
「……受けても良いですか?」
「え? ええ、巫代がいいなら構わないけど」
渡りに船、とはこういうことを言うのだろう。
先生であれば既に面識がある。
何より、わざわざ私に頼んでくれた。
先生に連絡を入れてもらい、当日を迎えた。
「お久しぶりですね。片桐さん」
「お久しぶりです」
年配の女性が出迎えてくれた。
小学生ぶりに会ったが、当時の面影が残っていた。
「随分と大きくなって。すっかり美人さんですね」
「いえ。先生も昔とお変わりないですね」
「あら嬉しい。今日はお願いしますね」
挨拶を済ませて、部屋をぐるりと回る。
壁や床はリフォームをしたのか目新しくなっている。
ですが、家具の配置や間取りは昔のままだ。
鎮座するグランドピアノを撫でて、鍵盤を一つ押す。
……たぶん、これも変わってない。昔のままだ。
時間になり生徒たちがやって来る。歩より年下の子ばかりだ。
「今日からしばらく、先生のお手伝いをしてくれる、巫代お姉さんです」
子供たちが声を合わせて挨拶をしてくれる。
みんな、不思議そうに私を見上げている。
見たことがないのもありますが、きっと私の髪が不思議なんですね。
……あれ。
何かがおかしい。そう感じてしまった。
原因は思い当たらないが、私は今、違和感を覚えている。
「片桐さん? どうかしましたか?」
「あ、いえ。大丈夫です、続けてください」
駄目ですね。仕事中ですから、気を引き締めないと。
一先ず引っ掛かりは置いておいた。
とは言っても、私がピアノを弾く訳じゃない。
リズムを一緒に取ってあげたりと、子供たちのお世話がメインだ。
特に問題もなく休憩時間に入った。
今は子供たちに飴を配ってあげている。
懐かしい。私も良く貰っていた。
「ねぇねぇ?」
「何ですか?」
一人の女の子が、飴ではなく私を見ていた。
「おねえちゃんのかみはなんでしろいの?」
子供故の遠慮の無い一言。
ただ、不思議だから聞いた、それだけに過ぎない疑問。
「みんなはくろいよ?」
「それは――」
答えに詰まる。詰まるはずだった。
「王子様に見つけてもらうためです」
「おうじさま?」
「私の王子様は、この髪が大好きなんです」
王子様なんて、彼芽さんに言ったらどんな顔をするだろう。
彼芽さんのお話に影響されたのか、そんな言い回しが出てしまった。
「いいなぁ。おねえちゃんおうじさまがいるんだ」
「はい。あと、白ではなく銀色です」
今更、違和感の正体に気が付いた。
私はもう、この銀髪に触れられても平気なんです。
当然、過去の痛みが消えた訳じゃない。ちゃんと疼く。
ですが、今は何よりも誇らしい。
この髪を褒めてもらった。意味を覆してくれた。
どこに負い目を感じる理由があるのか。
「片桐さん……少し、ピアノをお願いできますか?」
「え……?」
戸惑いながら席に座る。先生はニッコリと微笑むだけ。
とりあえず、さっきまで弾いていた『猫踏んじゃった』を弾いてみせる。
子供たちの視線。背後に先生がいる感覚。
その全てが合わさって、変な緊張の中で弾き切った。
パチパチとまばらな拍手が鳴る。
「とても綺麗な音ですね」
「そう、ですか?」
「ええ。昔の片桐さんは、もっと重い音をしていました」
気持ちは音に乗る。昔から先生に言われていた言葉。
だから、何よりも楽しむことを教えてもらった。
「それも味がありましたが、今はとても引き込まれるような音になりました」
「引き込む……」
「引力……人を掴んで離さない。そんな音です」
それでもあの頃の私は、心のどこかで楽しめていなかった。
申し訳ない気持ちがいっぱいあった。きっと、先生は察していたのだろう。
いくつになっても、褒められるのは嬉しいものだ。
特に今は、やっと恩返しができたような気分でした。
生徒たちが帰って、がらんとする教室。
ここで銀髪の女の子は一人で弾いていた。誰かに認めてもらうために。
大丈夫です。今は一人ぼっちじゃないですから。
私がこうなれたのは間違いなく、あの人たちのおかげ。
だから――絶対に離しません。
……中でも、私の王子様だけは、ね?




