銀の桜。
――ポッカリ穴の大木さん。
ある場所に、一人ぼっちの大木がありました。
その木は何も身に着けません。
花を咲かせることも、実を実らせることも、葉を着けることもありません。
そして、お腹にはポッカリと穴が空いています。
だから誰も興味を持ちません。だから誰も近寄りません。
仲間外れにされて、大木さんはいつも一人ぼっちです。
広い広い平原に一人。ポツリと立つだけです。
ある日、とてもとても寒い冬がやってきました。
吹雪は暴れ、生き物たちに襲い掛かります。
冷たい風は鳥たちの翼を切り、降り積もる雪は草花たちの命を奪います。
ポッカリ穴の大木さんは、それでも一人、ただ立っています。
ふと、大木さんの体がほんの少し温まります。
ポッカリ穴の中に、人間の子供が入っていたのです。
大木さんは初めてのお客さんに驚きます。
子供は丸まり、今にも凍ってしまいそうでした。
それでも、大木さんにできることはありません。
ただ、吹雪から子供を守ることしかできません。
すると、どうでしょう。動物たちが沢山集まってきました。
みんな吹雪から逃げてきたのです。
気が付けばポッカリ穴はどこにもなく、穴の中はギュウギュウ詰めです。
大木さんは、必死にみんなを守ります。
雪の重みに枝が折れそうでも、風に揺られても、いつものように立ち続けます。
いつしか吹雪は去り、春の日差しが降り注ぎます。
穴から出てきたみんなは大木さんに感謝します。
『銀色の桜だね』
人間の子供は大木さんを見上げてそう言います。
それは枝に積もった雪でしたが、大木さんは輝く花を咲かせたのです。
大木さんは今でもお腹に穴が空いています。
花も木の実も葉っぱも、やっぱり着けていません。
ですが、一人ではありません。
「――穴の中には、今は小さなお花たちが咲いていました」
「……すぅすぅ」
「寝ちゃいましたね」
最初は目を輝かせていたが、次第に瞼が落ちていた。
今はぐっすり寝息を立てている。
「で、今回のは誰を参考に?」
「……さぁ」
「教えてくださいよ」
嬉しそうな顔して詰めてくる。
それでも、知らないフリを通す。
「ただ、人と違っても凛々しくある人が、カッコイイと思っただけだ」
それだけ言って背中を向ける。
恥ずかしいのはお互い様。歩ちゃんの寝息だけが大きくなる。
こそばゆくて、安心するこの時間。
だが、最近ふと怖くなることがある。
「巫代さん、俺――」
振り返った時には、口を塞がれていた。
「お休みなさい」
一言。俺から言葉ごと奪っていく。
巫代さんはずっと優しくしてくれている。
その気持ちは嬉しいことだし、心を癒してくれる。
だが同時に、目を背けてはいけないことすらも、見えなくなっている。
温かくて甘い呪いに溺れてしまっているのだ。
翌日の朝。
昨日程、二人の敵対心は収まっており、歩ちゃんも馴染んでいた。
これといった波乱もなく、片桐さんたちは帰って来た。
「――それじゃ、あたしたちは帰るね?」
「ありがとうね、御園ちゃん。急なことになっちゃって」
「いえいえ! 片桐一家にはいつもお世話になってるから!」
身支度を整えた二人を、俺たちは玄関で見送っていた。
「今回はありがとう、橘さん」
「いえ。私も皆さんとご一緒できて楽しかったですから。ねぇ?」
嘲笑うような視線で巫代さんを見ていた。
反論したいがお世話になったのは事実。そんな顔をしている。
不意に、咲里花の目線が低くなる。
先には、いじけている歩ちゃんの姿があった。
「……すぐめそめそしない。もっとシャンとしなさい」
「だって……」
「だってもへちまもないの。私は物分かり良い子が好きなの」
「だそうだ歩ちゃん。良い子にしてたらまた会えるって」
「ホント⁉」
鋭く「また余計なことを」と、刺してくる。
「片桐妹が良い子だったらよ」
「お姉さま! やくそくだよ?」
「お……まぁいいわ」
微笑ましい光景に思わず口角が上がる。
一名、不服そうにしているが、置いておこう。
「あんたも。もっとしゃんとしなさいよ?」
「善処する」
「それじゃ! みんなまたねー!」
背中が見えなくなるまで、みんなで手を振った。
姿が見えなくなると、言いようのない寂しさが徐々に募っていった。
「それでは俺も、帰りますね」
「「「え?」」」
このパターン前回もやったな。
「おじさんは今日もいっしょでしょ?」
「折角だから泊まっていけばいいよ」
「そうそう。お母さんも助かるわ」
「泊ってください」
天然でやってるから殊更、質が悪い。
あと巫代さん。笑顔で殺気を向けるのはただの脅しだ。
困ったことに、やはり俺は断れない。
――それ以来、時々片桐家にお邪魔することが増えたのだった。




