空っぽ。
「まさか一出すとはな」
買い物袋を両手に肩を落とす。
重く感じるのは、心労のせいなのかもしれない。
「一以外だったら勝ちの場面でしたが、残念です」
運と言うのは平均化するらしい。
それまでの豪運の皺寄せが来てしまったようだ。
「歩、かなり悔しがってましたね」
「そうだな。ちょっと申し訳ないと思ってる」
そして、内心はホッとしていたことも。
今頃家では、三人でもう一回戦が始まってることだろう。
咲里花も面倒見がいいので、付き合ってくれている。
そのおかげで、難なく買い出しに出向けたわけだ。
「それを言うなら、巫代さんも相当悔しがってたよな」
「せめて道連れにしたかったんですが」
笑みを浮かべながらこちらを見てくる。
笑っているのに目が怖い。
「それもありますが……」
腕を組んで、頭を預けてくる。
「巫代さん、動きづらい」
「何ですか? 歩はいいのに私は駄目なんですか?」
それを言われると弱い。
歩ちゃんだから、と誤魔化すのも違う気がする。
自然と歩みは遅くなり、二人だけの時間が長くなる。
巫代さんと二人っきりは落ち着く。
ただ、今は……
「あ」
突如腕を離し、小走りで走っていく。
寄り道先は公園だった。
昼間の子供たちの相手を終えて、今は寝静まっている。
錆びたブランコが巫代さんの手によって音を鳴らす。
「あまり公園で遊んだことないんです」
ポツリと呟いた言葉に寂しさはない。
ただ、事実を淡々と語っている。
何があったかも理解していた。どういう意図かも理解していた。
それでも口に出した。
「どうしてだ?」
ブランコの後ろ側に回ると、巫代さんははにかみ、ブランコに身を預ける。
夜の空気に、宙を舞う少女の音が響く。
「わ、結構高いですね」
楽しそうに笑い声を零す。
「私は、人とは違う見た目をしています」
ブランコを押しながら、黙って耳を傾ける。
「公園に行くと、周りの目を惹きました」
好奇、困惑、嫌悪、恐怖。
色んな感情があっただろう。残酷な言葉があっただろう。
「それが嫌で、人目を忍んで公園に訪れてました」
少女は気を遣うことを覚えた。
それは早すぎることで、当然のことだった。
今でも彼女の中では、その意識が根付いている。
悪癖なのか。少なくとも、良しと言える代物ではない。
「夕方、誰もいない静かな公園で一人ぼっちでした」
その銀髪が夕闇に溶けることはない。
むしろ、光を反射して主張をするだろう。
「ですが、今は親友がいます。憎らしい恋敵がいます」
ブランコが勢いを増す。
巫代さんが勢いよく地面を蹴ったからだ。
「――それで、貴方がいます」
気が付けば、ブランコは止まっていた。
「貴方との、くだらない時間が続けばいい」
巫代さんの婉然とした笑みに心が縛られる。
俺もだ、そう言いたい。
不安ばかりが募る。焦燥ばかりが胸を駆る。
何が怖いのか、何を焦っているのか。
わからない。わからないことが堪らなく恐ろしい。
きっと巫代さんは、そんな俺の気持ちを見透かしているんだ。
細い手が頬に触れる。
ただただ、俺を想う愛おしい手だ。
手を取ろうとして、脳裏にあの名前が過る。
俺が認識できないあの名前が。
「巫代さん。帰ろう、みんなが待ってる」
一言も発さずに立ち上がった。
「帰りましょう」
いつもと変わらない巫代さん。ただその帰り道だけは。
左の手は空っぽのままだった。




