全員集合。
「――家を空ける、ですか?」
歩ちゃんと遊んでいると、片桐さんからそう伝えられる。
「そうなの。お父さんと一緒に、二日ぐらいね?」
「何でも、母校の先生が今年で辞めるそうですよ」
キッチンにいた巫代さんが補足してくれる。
そうだった。二人とも高校が一緒なんだ。
足の間にいる歩ちゃんを見る。当然だが寂しそうな顔だ。
「そこでなんだけど、彼芽君が家に泊ってくれないかな」
「え?」
「何かと物騒な世の中でしょう? やっぱり男の子がいた方が安心なのよ」
「おじさんも一緒?」
「えっと……」
瞳が期待に輝いている。
明日から週末を含めて三連休。
特に用事という用事はない。ないが。
「あ、用事があるなら無理にとは言わないよ?」
「そうではなくて、ですね……良いんですかね?」
歩ちゃんを除く全員がキョトンとする。
気が付けば付き合いも長く、何かとご一緒する機会が増えた。
俺としては嬉しいことで、嫌ではない。
が、それはそれとしてどうなのだろう。
「あんまり俺がお邪魔するのは……」
と言ったら今度は「何を言ってるんですか?」と、三人が怪訝な顔をする。
これ。これが良くない。気が付けば当たり前になっている。
せめて、俺だけでも常識的でいよう。
「……はい。わかりました」
……去年、実際に御園さんが危ない目に合っている。
それを踏まえると、二人の不安を見て見ぬフリはできなかった。
「――それじゃあ、行ってくるわね?」
「「いってらっしゃい」」「いってらっしゃーい!」
朝早く出た、片桐さんたちを三人で見送る。
歩ちゃんは元気にお見送りできた。
「おじさんあそぼ!」
これなら、よっぽど大丈夫そうだ。
……と、思っていたのだが。
数分後、歩ちゃんの元気がなくなってしまった。
遊びに誘っても、気の無い返事が返ってくるばかり。
「巫代さん。今までこういうことなかったのか?」
今までも片桐さんたちがいないことはしばしばあった。
その時は、平気そうだったが。
「えっと、今回みたいに二人いないことは……あっても半日だけですね」
「そうか……」
「やっぱり、一日会えないだけでも寂しいんだと思います」
帰ってくるのは明日の夜。
それだけでも、二年生には堪えるのだろう。
「っと、俺は買い出し行ってくるよ」
「……え?」
歩ちゃんがととと歩いてきた。
そのまま、ズボンにしがみつかれた。
「いっちゃやだ」
「歩ちゃん……その、お姉ちゃんもいるから」
「うぅ……」
潤んだ瞳で見上げられる。
この姉妹のこういう目に、俺は死ぬほど弱い。
諦めろと言わんばかりに、巫代さんが手を握ってくる。
二人に引っ張られて仕方なくリビングに戻る。
「昼、どうするか……」
「お昼ならレトルトとかありますから。最悪、出前でも」
「でまえ!」
「いや、俺がいる限りそうはいかない」
残念ながら、任された以上はそうはいかない。
歩ちゃんが抗議の目をしても、駄目なものは駄目。
しかし、流石に無から料理を作れはしない。
そう、手をこまねいているとスマホが着信を鳴らす。
『――もしもーし!』
「御園さん? どうしました?」
『巫代ちゃんに貸してたゲーム、今日取りに行こうと思って!』
「……なら、何故俺に?」
『昨日の夜ウザがらみしたら着拒されたの!』
楽しそうに『もう、失礼しちゃうよね!』と、愚痴る。
何やってるんだこの人。
『かなめん、どうせ一緒でしょ?』
「そうですが……」
『ほらやっぱり』
否定するのも阿保らしいので素直に肯定。
「彼芽さん、星摩さんがどうしました?」
「いや、御園さんがこの家にゲームを取りに――」
「ほしちゃん! ほしちゃんも来るの⁉」
俺と巫代さんの間で跳ねまわる。
互いに、やらかした顔をしてしまう。
『もしもーし? あれ? 切れちゃった?』
「……御園さん、実は相談が」
巫代さんに確認を取り、状況を説明する。
――一時間後。
「御園さん、すみません急なことで」
「オッケーオッケー! 歩ちゃんに呼ばれちゃったらね!」
「ほしちゃん!」
「おー歩ちゃん! お招きありがとー!」
歩ちゃんを抱えてくるくる回る。
急遽だが、お泊りのメンバーが増えた。
片桐さんたちは快く了承してくれた。
「橘さん。何で貴方までいるんですか?」
……二人増えたことを。
巫代さんが敵対心を剥き出しにしている。
「あら? お家デートを邪魔されてお冠?」
「きしゃぁ……!」
「巫代さんどうどう」
対して、慣れた様子で煽る咲里花。
そういうこと言うのはやめてほしい。巫代さんは普通にキレる。
そしてその皺寄せは全て俺に来るのだ。
「冗談よ。こいつのラブコールがうるさかったの」
若干、目を回している御園さんを指差す。
「あ……」
歩ちゃんが俺たちの後ろに隠れてしまう。
どうやら咲里花と目が合ったらしい。
そうか、歩ちゃんは初対面なのか。
「歩ちゃん。この人は橘咲里花。おじさんの……腐れ縁だ」
「くされえん?」
「えーっと……昔からの友達」
「誰が友達よ、誰が」
「仕方ないだろ。そうとしか説明しようがない」
本気でガンを飛ばすのは勘弁してほしい。
俺たちのやり取りに怯えながらも、ひょっこりと顔を出す。
「おじさんのおともだち?」
「ああ。そうなる」
「じゃあ、さりかおばさんだ!」
――ガラスにヒビが入った。
そう錯覚するほど確かな、亀裂の入る音がした。
俺の知り合いと知って、一気に警戒心が薄れたのだろう。
咲里花の顔が見えない。見えないまま歩ちゃんと視線を合わせる。
「いいかしら、片桐妹? 私のことはお姉さまと呼びなさい?」
「で、でもお姉ちゃんは……」
「いい?」
「ぴゃい、お姉さま……」
半泣きである。容赦がない。
笑顔に太い青筋が浮かび上がっていて、俺と御園さんは声をかけられない。
「何ですか? 何人の妹泣かせてるんですか?」
こっちはこっちでブチギレてる。
「あら? どっかの脳足りんの代わりに躾してあげたのよ」
「は? おばさんの躾なんて必要ありませんが?」
「あ?」
「は?」
「二人ともどうどう……」
エスカレートして、今にも燃え上がりそうだ。
というかもう燃えている。早急に消火しなければ。
止めに入ろうとして、突如として二人の眼光が俺に向く。
「彼芽さんはどっちの味方ですか?」
「いや、巫代さんだが……だが、悪意がないとはいえ歩ちゃんも……」
「駄目です。貴方は私百パーセントでいてください」
「俺もそうしたいが……」
「……そうやって、片桐を甘やかす」
「いや、だから俺は公平に」
「大体、あんたは昔からそうなのよ。どっちつかずで人の顔を窺ってばっかり」
「何ですか? 今度は彼芽さんの悪口ですか?」
こうして振出しに戻る。
駄目だ、俺一人では手に負えそうにない。
「見ててね歩ちゃん。これがジャパニーズ、シュラバだよ」
「しゅ、しゅらば……こわい」
抱き合って小刻みに震える。
助けを乞える状態でもない。
咲里花と巫代さんの小競り合いはしばらく続いた。
「……疲れる」




