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運動会 その二。

「――巫代さん」

「はい、わかってます」

 二人で立ち上がる。

「行こうか、二階堂さん」

「え、え?」

 戸惑っている所に、巫代さんが視線を合わせる

「祭りは参加してなんぼ、ですよ」

「だ、だけど!」

 有無を言わせず、巫代さんが手を伸ばす。

 長い逡巡の後に、手を握った。

「あ、待ってくれ。眼鏡を外す」

「もう、締め切られちゃいますよ」

 三人で受付まで走る。

 先生たちに事情を説明すると、参加させてくれた。

「あら、巫代たちも参加するの?」

「はい。歩には悪いですが、お父さんたちは潰します」

「ふふ、生意気な娘に灸をすえれるなんて、血が沸くわ~」

……何でこの人たち、こんなに殺気立ってるんだろう。

「あはは……彼芽君、お手柔らかに」

「お互い、怪我のないようにですね」

「そみかお姉ちゃん!」

 歩ちゃんが拳を突き出す。

「しょうぶ!」

「……うん! 勝負!」

 何組かが整列して、スタートの合図を待つ。

「……彼芽さん」

「……どうした」

「私、今日はスカートでした」

「だよな。そうだよな」

「……え?」

――スタートと共に、大きく出遅れる。

 というより、巫代さんが上手く走れていない。

 ルールは簡単だ。三人で設置された障害物を攻略してゴールする。

 最初は三人四脚。他のチームは既にスタートし始めている。

 だが、どこも苦戦してるようだ。

「俺が二人に合わせる、自由にやってくれ」

「ならリズムは私が作ります!」

「う、うん! わかった!」

 息を合わせて一歩を踏み出す。

「わ……!」

 二階堂さんが驚くほど、スムーズに歩を進める。

 俺は他人に合わせるのには慣れている。それは今日会った相手でも変わらない。

 そして巫代さんのリズムは正確だ。テンポがズレない。

「片桐さんたち速くないか?」

 一位で前を独走している。

「お母さん、元バレー部のエースです!」

「なるほど……道理で足のバネが……」

「か、感心してる場合じゃないって! 急がないと!」

 必死な様子に、巫代さんが一瞬綻ぶ。

 すぐに後を追いかけ、一個二個と障害を潜り抜ける。

 最後の障害に入った頃には、何とか片桐チームに追いつく。

 机に置かれたカードを引く。どうやら、ここに書かれたお題通りに走ればいいらしい。

「か、彼芽さん⁉」「崖おじさん⁉」

 あまりに理不尽なお題に、机に項垂れる。

「お、お題はなんですか⁉」

「……お姫様抱っこ」

「なら、二階堂さんを……」

「……違う」

 俺の言葉に「まさか……⁉」と、顔を赤くする。

 どうやら、流石の巫代さんも公衆の面前では恥ずかしいらしい。

 何でだ。普通はここ子供だろ。絶対、運営陣に悪ふざけをしている人がいる。

「お先にね~」

 ほら、あっちは穏歩さんが歩ちゃん抱っこしてるだけだ。

 不意に、手が握られる。

 二階堂さんが上目遣いで、俺と巫代さんの手を握っている。

 最早、覚悟を決める他ない。

 走る俺たちに向かって上がる歓声。

 巫代さんは顔を胸に埋めている。恥ずかしがってるような、若干嬉しそうな。

――そうして俺たちは、見事に一着でゴールした。

「うごご……」

すぐに分離して、顔を覆ってうずくまる。

巫代さんも立ってはいるが、ほぼ似たような感じだ。

周りが囃し立てている。早く逃げたい。

「――あはは!」

 背中の方で、大きな笑い声が上がった。

「あはは! 二人ともおかしい!」

 ビックリするほど満面の笑みでいる。

「ご、ごめん、だ、だけど……!」

 腹を抱えて、それでも抑えが効かない様子。

 その姿に、羞恥心は薄れていた。

「――あたし、親が偉い人らしいから、距離置かれてるんだ」

 他の組を待ってる間、ゆっくり口開く。

 確かに、この子には人を寄せ付けない、拒絶する空気がある。

 だが、それはきっと望んだものではなかっただろう。

 そうすることでしか、自分を守れなかったのだ。

「だけど、片桐ちゃんはそんなあたしにも笑顔で来てくれて……」

 歩ちゃんは偏見をしない。

 初めて会った俺にさえ、警戒はしても物怖じはしなかった。

 それはあの子元来の優しさなのは確かだが。

「今まで不思議だったけど、今日やっとわかった」

「……ああ。あの子には、自慢のお姉ちゃんがいるからな」

「うん。耳にタコができるぐらい自慢されたから」

 歩ちゃんのあの性格は、巫代さんの存在も大きいだろう。

 その、自慢のお姉ちゃんは今のお話を聞いて舞い上がっている。

 どうやら、姉としての自尊心は回復したらしい。

「いいなぁ……崖おじさんたちみたいな人がいて」

「……運動会が終わった後、時間あるか?」

「あると思うけど……」

「なら、渡したいものがある」

 巫代さんは合点がいった様子で微笑んでいた。

その後、無事に運動会は終了した。

「おじさん! もー、どこいってたの?」

「ちょっと近くのコンビニに」

片付けを終えて、みんなで帰宅の準備をしていた。

「――二人とも、並んでくれますか?」

 二階堂さんと歩ちゃんに並んでもらう。

 片桐さんたちには、予め話をしておいてある。

「えー、賞状……いや、こういうのはいいや」

 二人に賞状を渡す。賞状と言っても、簡単な物だ。

「二人とも、今日はよく頑張ったな」

「ありがとうおじさん!」

 歩ちゃんが目をキラキラとさせていた。

「リスさんとクマさんだ!」

 なんでわかるんだ。

「これりすとくまなんだ……」

「私が書きました」

「二人ともよかったわね」

「うん!」

「……ごめんな二階堂さん。子供っぽいもので」

 手に持ったまま、呆然としていた。

 歩ちゃん向けに作ったのを、スマホで名前を編集しただけだ。

 当然とはいえ、上級生にあげる代物ではない。

「……ううん! ありがと」

 ちょっとだけ照れ臭そうに髪を弄る。

「――きっと現れるよ」

 屈んで、目と目を合わせる。

「二階堂さんと気の合う友達がきっと」

 世界は酷く狭くて、選択肢は一つしかないように見える。

 だが、きっと手を引いてくれる人がいる。受け入れてくれる。

「何せ、俺みたいなのにできたからな」

「何ですか? 俺みたいなの?」

「巫代さん、良い所だから抑えてくれ」

 二階堂さんは何も言わなかった。

 ただ、渡した賞状をすごく大事そうに抱きしめていた。

「――珍しいですね」

 夕方を知らせるチャイム響く帰り道。

 前を歩く歩ちゃんたちの後ろを歩いていると、横から覗いてきた。

「二階堂さんのためとはいえ、積極的に人前に出るなんて」

「……そうだな。あれは恥ずかしかった」

「そこじゃないです。やめてください掘り返すの」

 眉間を寄せ、プくりと怒る。

「巫代お姉ちゃんは良かったのか? まさかのライバル登場だぞ?」

「歩の姉なら私の妹ですから」

 そういう着地の仕方を決めたか。

 むしろ、誇らしげに胸を反らす。

……そうだな。

巫代さんの言う通り、俺はあまり表は出ない。

 そもそも、表に出せる面じゃないが。

「昔、授業参観で親が来なかったんだ」

 前日に約束して、子供ながらに気合を入れていた。

 だが、授業が終わる寸前まで姿を現さなかった。

「結局、来てはくれたが。もう授業が終わる頃だった」

 頑張ろうとしていた身としては、かなりショックだった。

「気を遣って必死に笑ってたが、内心ちょっと泣きそうだった」

「昔からそういうタイプだったんですね」

「そうだな、他人の顔色を窺ってた――あの子と同じだ」

 二階堂さんは賢い子だ。人に迷惑掛けない為に諦めたふりをしてる。

 だがどんなに取り繕うと、ふりはふり。

「本当は、来て欲しかったんだよ」

 あの諦観は、何よりも自分を守るための嘘だ。

 同じ嘘つきとして、見て見ぬふりをできなかった。

「あの子はきっと、これから大変だ」

「……ですが、今日はきっといい思い出になりました」

「そうだな。そうだといいな」

 あの笑顔はきっと、噓じゃない。

 これから先、辛いことがあった時。

 今日が、乗り越える一助になればいいと思う。

「やっぱり、家族はいいな」

「え……⁉ ……あの、嫌ではないですが……」

 意外そうに声を上げたかと思えば、急にしおらしくなる。

 もじもじとしていて、何を考えたのかわかってしまった。

「それは流石に気が早い、です」

「……そういう意味で言ったんじゃない」

 こっちまで恥ずかしくなる勘違いをされた。

「父さんたちどうしてるかと思ったんだ」

 相続の話で一度会ったっきりだ。

「この年になっても時々、寂しいと思う」

 これがホームシックという奴か。

「まだまだ子供ですよ、私たちは」

「そうか?」

「だから、もっと甘えていいと思います」

……どんなに寂しくても、文字通り合わせる顔はない。

「歩―!」

 名前を呼んだかと思うと、謎のジェスチャー。

 すると、目を輝かせて猛突進してきた。

 慌てて受け止める。

「寂しかったら、いつでも来てください」

「……ああ」

 俺がいると、喜んでくれる人がいる。

 それだけで、少しだけ許された気持ちになれた。

「私は、いつでも会いたいので」


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