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運動会 その一。

――自室に、タイピング音だけが響く。

 自室と言っても、爺ちゃんたちの家の空き室を、それっぽく繕っただけだが。

「彼芽さん、飲み物淹れましたよ?」

「……ありがとう」

「じっと見て、どうしました?」

「何でもない」

 お盆を胸に抱える姿が、妙に板についている。

……馴染み過ぎでは?

 今日も今日とて巫代さんが家にいる。

 男の家に入り浸る女の子は、世間的にどうなんだ。

 わかっている。簡単に家に通している俺が悪い。

 だが、断ることができないのも理解して欲しい。

 この場にいない御園さんに弁解しつつ、キーを打ち込む。

「巫代さん、近い」

 横からパソコンを覗き込んでくる。

 あと少しで頬が擦れるぐらいの距離だ。

「何ですか? 嫌ですか?」

「……疲れる」

 最近の巫代さんは、心なしか距離が近い。

 原因は、あの時のせいだろう。

 あれ以来、発作のような症状は起きていない。

 火傷の痕も、広がってはおらず今まで通りだ。

 左目も念の為検査したが、異常はなかった。

 どれも、俺の一時的な錯覚でしかなかった。

……のだが、巫代さんには相当心配をかけてしまったようで。

 強く拒絶できないので、大人しく受け入れるしかない。

「何やってるんですか?」

「歩ちゃんの運動会のために、ちょっとな」

 俺が来ると聞いて、倍張り切っている歩ちゃん。

 そんなあの子のために、ちょっとした物を製作している。

「パソコンって、こういうこともできるんですね」

「巫代さん、パソコン疎いからな」

「彼芽さんたちが珍しいんだと思いますよ?」

 実際、スマホは扱えてもパソコンを使えない人は多いらしい。

 人によっては、電源の入れ方もわからないらしい。

 入力を終え、とりあえずの完成形を作り出す。

 しかし、子供に送るには味気ないものだ。

 ふと、隣の巫代さんがソワソワしていることに気が付く。

「何かやってみるか?」

「え、ですが……」

「絵を描くぐらいなら、巫代さんでもできる」

 昔買った機材を引っ張り出す。

「あ、ペンタブですね」

「知ってるのか」

「配信者さんが使ってるのを見たことがあります」

「なら、使い方は大丈夫か」

「いえ、全然」

「……そうか」

 アプリによって色々と便利機能はあるが、教えるとむしろ混乱するだろう。

 最低限の操作を教えて――数分後。

「できました」

 自信満々に画面を見せてくる。

 そこには、謎の象形文字のような絵があった。

「キメラ?」

「違います。リスとクマです」

「あー……こっちの三足のが?」

「リスです。足じゃなくて尻尾です」

「ひょっとして、こっちのヨガポーズが?」

「クマです。威嚇のポーズです」

……まぁ、多少は華やかになったか。

 歩ちゃんがどんな反応するかは置いておいて。

「それじゃあ後は、これを印刷して……」

 操作しようとして、巫代さんが期待に目を輝かせていた。

「……他の機能も使ってみるか?」

 興奮気味に首を縦に振っていた。

 巫代さんはたまに、こういう子供っぽいところがある。

 その日は、面白機能博覧会になった。

――運動会当日。

 片桐家のプラスアルファとしてやってきた。

「……本当に良いんですかね?」

 誘われるがままに来てしまったが、俺は普通に部外者だ。

「いいのよ。学校のご近所さんとかも見に来るから」

「そうだね。地域のイベントみたいなものだから」

「そうは言いましても……」

 学校なんて、ほとんど造りは一緒だ。

 なのに、場違い感に心が落ち着かない。

「巫代さんはそういう感じないのか?」

「私は母校なので。懐かしさでいっぱいですね」

 そうか。歩ちゃんの、ということは巫代さんも通っていたのか。

 そう考えると、急に見え方が変わってくる。

「……何を想像しました?」

「小さい巫代さんが通ってたんだな」

「……エッチ」

「何故だ。別に邪なことを考えた訳じゃない」

「それでも……なんか恥ずかしいです」

「二人とも、イチャイチャしてないで手伝って」

 照れ隠しの睨みから逃げるように、シートを広げていく。

 広げ終えた頃には、開始前のアナウンスが入っていた。

「そろそろか。最初は……」

「全校生徒による行進です。任せてくださいバッチリ撮ります」

 気合の入った様子で、スマホのカメラを構えていた。

「よーし! お父さんも負けないよ!」

 その横で、大層なカメラを装備している穏歩さん。

 二人とも、仕切りのロープギリギリではしゃいでいる。

 その姿には、血縁を感じずにはいられない。

……この様子なら、歩ちゃんを見逃すことはなさそうだ。

 それはそれとして、関係者としては恥ずかしい。

「……こらこら。巫代もお父さんもはしゃぎすぎよ?」

「「……すみません」」

 優しい声色の般若によってたしなめられる。

 そうこうしてるうちに、生徒たちの行進が始まる。

 綺麗に揃った動きの中から歩ちゃんを探す。

「あ、いた」

 精一杯、腕を振っている歩ちゃんを発見した。

「皆さん、いましたよ……皆さん?」

 何故か、酷く大人しい片桐一家。

 さっきの興奮度合いからして、悲鳴を上げてもおかしくなかったが。

 今は、プルプルと震えてじっとしている。

あ、わかった。

 この人たち、歩ちゃんの邪魔をしないように我慢してるんだ。

 声を出して応援したい気持ちを、じっとこらえている。

 だから三人とも似たような顔をしてるんだ。面白いなこの人たち。

「うぅ……歩も大きくなったね……」

「そうね。あんなに立派になって……」

「お二人とも、まだ始まったばかりですよ……」

 二人とも本気でしんみりしている。

 片桐さんまでそっち側に行くと、ツッコミが俺しかいないが。

 因みに巫代さんは、感極まって涙してる。

 三人とも、運動会が終わったころにはミイラになっているかもな。

 本当に面白いな、この人たち。

「――ねぇ! みんな見てた?」

 出番の合間に、歩ちゃんがやってきた。

「はい。見てましたよ」

「かっこよかったよ、歩ちゃん」

「あのね! おじさんに言われたとおりにやったらできたの!」

「お家でいっぱい練習したものね?」

「うん!」

 さっきやったように、腕を真っ直ぐに伸ばす。

少し前に、俺が教えたコツをちゃんと押さえている。

「――うーん……」

「どうかしたのか、歩ちゃん?」

 家の中でヘンテコな動きをして、唸っていた。

 さっきからずっとこの調子だ。

「あのね? 手をふるとね、足がへんになっちゃうの」

 調子が悪いのかと心配したが、その前に実演してくれる。

 確かに、腕の振りは綺麗だが、足とのリズムがガタガタだ。

「ああ、運動会の」

「それでね、足をあげるとこんどは手がへんになるの」

 言った通り、さっきとは逆になる。

 足は高く上がるが、今度は腕がぎこちなくなる。

「歩ちゃん、まずは手だけ振ってみて?」

「こう?」

「そう。足は気にしなくていい」

「でも……」

「試しにだ」

 不安そうにやってみている。

「……あれ?」

「気が付いたか?」

「足がうごいてる?」

 腕の動きに合わせて、足が動いている。

 恐らく、無意識に動いているのだろう。

「かけっこの時、沢山腕を振ろうって先生に言われたことないか?」

「うん! あるよ?」

「それはな、腕を振ると今みたいに足が一緒に動くからだ」

「……ホントだ! でも、どうして?」

「それはな。腕を沢山振ると、足が『あ、今は走る時なんだ』って、思ってくれるんだ」

 これを運動連鎖と言うが、歩ちゃんには難しいだろう。

「とにかく腕の振りを意識してみて。足はリズムに任せればいい」

 今の歩ちゃんの躓きは、二つに意識が分散しているから起きている。

 互いを合わせようとして、逆に動きがバラバラになってしまっている。

 さっきまでと比べて、姿勢はいい。

 だが、基準となるリズムがないらしい。

 すると、部屋に綺麗なピアノのリズムが刻まれる。

「歩。これに合わせてやってみてください」

 巫代さんがテンポよく鍵盤を叩く。

 それに合わせて、歩ちゃんが動く。

「うん。これなら本番は問題なさそうだ」

――そうして今、歩ちゃんは練習の成果を見せてくれた訳だ。

「お姉ちゃんたちのおかげ!」

「違いますよ~、歩が頑張ったからです」

「えへへ~、そうかなぁ~」

 抱きつかれ、そのまま優しく撫でている。

 お互いにフニャフニャの顔だ。

「あ!」

 突如として歩ちゃんが立ち上がり、走っていく。

 巫代さんが物悲しそうに手を伸ばしているが、誰かを連れてすぐに戻ってくる。

 背丈を見るに、恐らく高学年。五年生くらいの、可愛らしい女の子だ。

「片桐ちゃん、ご家族に悪いから……」

 困ったように歩ちゃんを窘め――俺たちと目が合う。

 反射的に、目が大きく見開いていた。

「……あ! ご、ごめん!」

「問題ない。気にするな」

「はい、むしろ健全な反応です」

 気にしないように言うが、ばつが悪そうな顔をさせてしまった。

「あら、二階堂ちゃん。久しぶりね?」

「また、背が伸びたんじゃないかい?」

「おじさんおばさん。ご無沙汰してます」

 どうやら二人とは面識があるようだ。

「片桐さんこの子は?」

「歩がお世話になってる、高学年の子なの」

「うん! そみかお姉ちゃん!」

「お姉ちゃん⁉」

 巫代さんから今まで聞いたことのない悲鳴が出た。

 それに留まらず、あたふたとしながら俺を見てくる。

 どうやら巫代さんの中で、お姉ちゃんとしての立場が危うくなっているようだ。

 しかも、歩ちゃんが懐いてるので殊更に慌てている。

 二階堂と呼ばれた少女は、気まずそうにキョロキョロとすると、再び俺と目が合う。

「俺は……なんだ? その歩ちゃんの……」

 説明しろと言われると、難しいな。

 俺の立ち位置って今どうなっているんだ。

「いや、えっと、片桐ちゃんからよくお話に聞いてる」

「そうなのか」

「その……さっきはごめん、失礼な反応して」

「問題ない。慣れてるしな」

 巫代さんたちのおかげで忘れていたが、これが普通だ。

 今だって時々、他の家族の視線が刺さることがある。

「それもあるんだけど、そのおじさんと聞いてたから、もっと……」

「それで合ってる。崖彼芽。これでも巫代さ――歩ちゃんのお姉ちゃんと同級生だ」

 巫代さんに視線を送ったら、未だにブツブツ言っていた。

 ので、背中を軽く叩く。

「あ、はいそうです。同い年です」

「そみかお姉ちゃんも座って?」

「いやいや。二階堂ちゃん困ってるよ?」

 空いてる場所をバンバン叩いて、歩ちゃんがぶー垂れる。

「……いいよ。おばさんたちがお邪魔じゃなきゃだけど」

「いいの? お母さんたちと一緒の方がいいんじゃ……」

「大丈夫……どうせ来ないから」

 一瞬見せた、諦観のような表情。

 それを見て、凡そのことは理解してしまった。

 ぎこちなくも丁寧な話し方を努力する様子。行儀の良い姿勢。

 他人の家庭にとやかく口を出すつもりはない。

 ただ、子供のこんな顔を見るのは普段よりしんどいな。

「歩、次かけっこだ!」

 張り切って立ち上がる歩ちゃんに、激励の言葉を送る。

 片桐さんたちは、撮影のベストスポットを探しに行ってしまった。

 当然、巫代さんもスマホを持って行ってしまった。

「あの、崖おじさん? でいい?」

「二階堂さんだよな? それで大丈夫」

「その、こういう時、何て言えばわかんないんだけど……おめでとうございます」

 堪らず首を傾げる。

 俺は祝福の言葉に身に覚えがない。

 その反応に、お互いに鏡合わせになる。

「片桐ちゃんが、お二人はご結婚するって……?」

「……巫代さん」

 額に手を当て、ため息を吐きそうになる。

 巫代さんがそう言ったのか、はたまた歩ちゃんの発想の飛躍か。

 否定するのも悪い気がして、話を逸らす。

「えっと、二階堂さんは歩ちゃんと仲が良いんだな?」

「良いというか、偶然、授業で一緒になって」

「授業が一緒?」

「うん。上級生と下級生で交流する時間があるから」

 なるほど。俺の学校でもそれっぽい時間があった。

「それ以来よく……あ、始まります」

 気が付けば歩ちゃんの番だった。

 いつにも増して真剣な表情の歩ちゃん。

 スタート前の静寂に、固唾を飲んで見守る。

 開始と同時に応援が運動場を埋め尽くす。

 誰かが怪我することもなく、無事に走り終えた。

 歩ちゃんの順位は――二着と惜敗だった。

「――むー! くーやーしーいー!」

 歩ちゃんがムカッとした顔でお弁当を頬張る。

 なお、すぐに舌鼓を打って破顔する。

「まぁまぁ、二位だって立派よ?」

「一位の子、大分早かったからね」

「そうです。私の中では常に一位です」

「けど……みんなに一位になるとこ見せたかった……」

 あ、片桐家がズキュンと心を撃ち抜かれた。

 かく言う俺も、少し危うい。

「あはは……」

 そんな姿に、二階堂さんが苦笑いを浮かべる。

 必死になって空気を読もうとしている。

「……あの片桐お姉さん」

「はい。私が歩のお姉ちゃんです」

「……? はい、初めまして?」

 胸を張って答える姿に、思いっきり戸惑っている。

 大人げない。このお姉ちゃん大人げない。

「あの、お姉さんたちは……」

 決意を秘めた表情で顔を上げる。

 だが俺と巫代さんを見て、急に言葉が途切れてしまう。

 巫代さんと一緒に、急かさず二の句を待つ。

『――今から、家族対抗障害物競争を始めます。参加する方は――』

 タイミング悪く、アナウンスが入ってしまった。

「歩出たい! お父さんお母さん!」

「うーん、お父さんも流石に年だからね」

「あらあら、運動不足に丁度いいじゃない?」

「……そうだね。巫代、お父さんたち行ってくるよ」

「はい。歩、頑張ってくださいね」

 最初から断る気の無い二人が、歩ちゃんと一緒に連れていかれる。

 さっきのこともあり、残された三人で微妙な沈黙を作る。

 というより、二階堂さんが気まずそうだ。

 それでいて、どこか歩ちゃんを羨ましそうに見ている。

「――巫代さん」

「はい、わかってます」

 二人で立ち上がる。

「行こうか、二階堂さん」

「え、え?」

 戸惑っている所に、巫代さんが視線を合わせる

「祭りは参加してなんぼ、ですよ」

「だ、だけど!」

 有無を言わせず、巫代さんが手を伸ばす。

 長い逡巡の後に、手を握った。

「あ、待ってくれ。眼鏡を外す」

「もう、締め切られちゃいますよ」

 三人で受付まで走る。

 先生たちに事情を説明すると、参加させてくれた。

「あら、巫代たちも参加するの?」

「はい。歩には悪いですが、お父さんたちは潰します」

「ふふ、生意気な娘に灸をすえれるなんて、血が沸くわ~」

……何でこの人たち、こんなに殺気立ってるんだろう。

「あはは……彼芽君、お手柔らかに」

「お互い、怪我のないようにですね」

「そみかお姉ちゃん!」

 歩ちゃんが拳を突き出す。

「しょうぶ!」

「……うん! 勝負!」

 何組かが整列して、スタートの合図を待つ。

「……彼芽さん」

「……どうした」

「私、今日はスカートでした」

「だよな。そうだよな」

「……え?」


 おや、見覚えのある名前が出てきたような(投稿する順序を間違えたのは秘密です)……それはさておき、今回も長くなりそうなので一旦ここで切ります。明日の昼にも更新するのでよければ。

 それと、ブクマが一つ増えてました! ありがとうございます! ある場所でボロクソの評価を貰ってメンタルが落ち込んでいましたが、こうやって少しでも数値化されると嬉しいですね。

 拙作ではございますが、これからも少しでも楽しませれるよう、頑張りたいです。

 



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