灰色。
――日常が、灰色でした。
桜はあんなにも色鮮やかなのに、私の世界は灰色でした。
髪を否定され、お母さんたちの学校に行けなくて。
……入学式で、好奇の眼差しに晒される。
面接官の言葉がハッキリと染みついている。
私は、他とは違うと。
「――ぇ、ねぇねぇ!」
殆ど耳に入らなかった、式辞の後。
自分の机で、意味もなくぼーっとしていた。
「ねぇねぇ!」
「……はい?」
「あ、やっと返事してくれた!」
一人の女生徒が、机の陰からぴょこっと顔を出す。
黒くて、柔らかいショートカット。
ごくごく、一般的な髪色。
「えっと……ちょっと待ってね!」
忙しなく、今度は教卓に向かっていく。
かと思えば、すぐにこちらに戻ってくる。
「片桐巫代ちゃんだね?」
どうやら、座席表で私の名前を調べていたらしい。
「片桐ちゃん! 綺麗な髪だね!」
チクり。心に刺さる。
「そんな髪は」「変な髪」「病人みたい」「雪女」
不愉快な言葉たちが、否応なくフラッシュバックする。
「お世辞はやめてください」
刺々しい物言いになってしまった。
謝ろうかと思った。ですが、そんな気も起きなかった。
「お世辞じゃないよ?」
何よりも、相手は全く効いていない様子だった。
「自毛? それとも染めてるの?」
「……自毛です」
染めてたら即刻、生徒指導室行きですよ。
頬杖をついて「普通に考えたらわかるはずですが」と、付け加える。
「へー! そのしろい――」
「銀髪です」
そこだけは訂正する。
「銀……? 片桐ちゃんってハーフなんだ⁉」
「いえ、祖父の代から純血の日本人です」
それより後ろになると、私も把握していませんが。
女生徒が、アホみたいな顔で首を傾げている。
「よくわかんないけど……そっかぁ、銀髪なんだ!」
目をキラキラとさせて、私の周りをぐるりと一周する。
「……あの、やめてくれませんか?」
「え?」
「そうやって、良い子ぶるの」
私と接して、周りの好感度上げようとしている。
前にも、そういう人たちがいました。
「良い子? アハハ。私、良い子なんかじゃないよ?」
駄目ですね。意図が全くもって通じてません。
「心にも思ってないこと、言わないでください」
「そんなこと……」
「ほうっておいてください」
そう言って、視線を外した。
その人は、それ以上は何も言わずに、他の子の所に行ってしまった。
「何、あの子?」
周りがひそひそと言い始める。
今思えば、当時の私は擦れていた。
何もかもが上手くいかず、周りが全部敵に見えていた。
普通に考えれば、彼女に裏表がないことぐらいわかったはずなのに。
ですが、これでもう近づいてくる人もいないでしょう。
悪口を言われるのにも慣れている。
「――片桐ちゃん! 一緒にご飯食べよう!」
私の机にドカッと弁当を置く。
許可していないのに、椅子まで持って来ていた。
あまりの厚顔無恥さに、呆けるしかない。
「あの御園さん、迷惑です」
「まぁまぁそう言わずに!」
御園星摩。名前がわかったのは、あの後すぐのことだった。
別に、知ろうと思って知ったわけではない。
ただ、馬鹿みたいに大きな声で自己紹介していたのが耳に入った。
いわゆるムードメーカ―と言う奴で、周りに馴染むのが上手い人だった。
彼女がいると、自然と人が集まって、空気が綻ぶ。
だから、私に構わずとも相手がいるはずなのですが……
「……何で私なんですか?」
「うん? 綺麗だから?」
またこれです。どうも、話が嚙み合わない。
考え方の根幹というか、IQというか、ズレている。
「あ、無理に話さなくていいよ? 私のことは空気だと思ってね!」
こんな鬱陶しい空気がありますか。
追い払うのも面倒なので、さっさと食べ終えて席を立った。
本当に、何なんですかあの人。
「――巫代」
玄関で靴を履き替えていると、お母さんが声をかけてくる。
「学校はどう?」
「……ぼちぼちです」
「……そう」
「はい。行ってきます」
また、心配そうな顔をさせてしまった。
さっきの一言には色んな意味が詰まっている。
たぶん「楽しい?」「馴染めてる?」「嫌がらせされてない?」とか。
どれに対しても、正直言ってノーだ。
楽しめてもいない。馴染めてもいない。嫌がらせも受けていない。
ただ、灰色の日々を消費している。
……私はどうしたら、幸せになれるんでしょうか。
「片桐ちーゃん! 一緒に準備運動しよう!」
その前にまず、この人をどうにかしよう。
御園さんは事あるごとに私を誘ってくる。
拒否しようが何しようが、気が付けば引き込まれている。
特に、お昼時は様子がおかしい。
会話をするわけでもなく、じーっと私を見ながら食事をする。
何日も続けていると、私の方が気まずくなっていた。
「……あの、楽しいですか?」
「うん? うーん? あんまり楽しくはないかな?」
「では、何故?」
「えっとねー? お花見みたいな?」
「桜は当の昔に散りましたが?」
「この場合は片桐ちゃんが花だね! もう! 言わせないでよ恥ずかしい!」
駄目です。相変わらず何を言ってるかわからない。
「私、片桐ちゃん見ながらならご飯三杯はいけるよ」
「やめてください。普通に気色悪いです」
「あ! 前から訊きたかったんだけどね?」
思い出したかのよう手を叩く。
「何で片桐ちゃんはその髪を銀髪って呼ぶの?」
「銀髪だからですが?」
「それはわかってるんだけど」
頭を揺らしながら、悩ましげにしている。
「どうしてその髪を誇りたいの?」
「何ですか? 喧嘩売ってますか?」
「違うよ⁉」
一瞬だけ青筋が立つが、そういう人ではないのは嫌でもわかった。
改めて問われると、気恥ずかしさがある。
「私の好きな、家族からの贈り物だからです」
それは、それだけは間違いない。
どんなに蔑まれようと、どんなに馬鹿にされても。
レッテルではない。私だけは、そうだとは思わない。
「これはお母さんたちがくれた、雪のように綺麗な髪なんです」
「……そっか」
つい、語り口に熱がこもってしまった。
らしくない。引かれてしまったかもしれない。
「うん――やっぱり私は、片桐ちゃんの髪は素敵だと思う!」
満面の笑みで断言してくる。
その打算のない笑顔が、どうにもムズムズする。
「それはきっと、誇りそのものなんだね」
「誇り……誇りですか」
「片桐ちゃんは家族が大好きなんだね!」
面と向かって言われると、恥ずかしくて何か反論したくなる。
ただ事実だから。誤魔化すのも否定するのも違う。
ですが、誰かに言われて、妙に腑に落ちた。
私は誤魔化す為に、噓を吐いてる訳じゃない。
本当に好きだから、誇りたいんだと。
「――お母さん。行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい……ふふっ」
「何ですか?」
「いえ、何でもないの」
可笑しな反応に小首を傾げながら、登校する。




