甘えん坊。
「――巫代さん? 大丈夫か?」
慎重に戸を開けて声をかける。
ベッドで、静かに寝息を立てる巫代さん。
額には濡れタオルが置かれ、頬が赤い。
とりあえずタオルを変えておいた。
「う……うーん?」
身じろぎをした後に目が合う。
「悪い、起こしたか」
「わー……彼芽さんだー……」
「おっと……?」
上半身だけ乗り出し、抱きついてくる。
「えへへー……」
ぽわぽわとした様子で頬擦りまでしてくる。
――巫代さんは元来、甘えん坊らしい。
以前、甘酒を飲んだ帰り道にもこうなっていた。
どうやら、著しく思考能力が落ちるとこうなってしまうらしい。
今は寝起きと熱が相まって、より酷くなっている。
「巫代さん、安静にしてないと」
駄目だ。聞こえてないみたいに、ギューッとしてくる。
病院の先生が言うには、これは疲労からくる熱らしい。
寒暖差もあるし、春休みに入って気が抜けてしまったかもね、ということらしい。
なので移る可能性はないと、片桐さんは言っていた。
「……あついです」
そりゃあ、この熱でこんなにくっつけばな。
しかし、くっつくのは止めようとしない。
それどころか、胸元を緩め始めた。
「お、おい?」
「……あせ」
「ああ……それなら、俺は外に――」
立ち上がろうとして、手を掴まれる。
「……ふいて?」
「いや、それは、流石に」
上目遣いで頼まれて、心が揺れる。
「……わかった」
断る心苦しさと、邪な感情に天秤が傾いてしまった。
「ほら、ばんざーい」
背中を向けさせて、服を脱がしていく。
巫代さんの柔肌が、しっとりと濡れている。
何度見ても、この玉肌に目を奪われてしまう。
髪も相まって、幻想的な綺麗さがあるのだ。
……待て待て。落ち着け。
今の巫代さんは、言わば歩ちゃんと同じ精神年齢だ。
そんな彼女に劣情を抱くのは言語道断だ。
「んっ、つめたいです」
いや、無理。無理だろ。
タオルを当てた瞬間に出た、艶めかしい喘ぎに理性が崩れる。
せめて直視しない。それが精一杯だった。
着替え終えた頃には、俺の方が変な汗をかいていた。
「ありがとうございます」
意識がハッキリとしてきたのか、呂律がしっかりしてきた。
それでも、何となくボーっとはしているが。
「……熱を出すのも、いいかもしれませんね」
「……こらっ」
思わず、強い言葉が出てしまった。
恐らく、無意識に漏れ出た言葉だったのだろう。
少しだけ乱暴に、タオルを絞る。
「そんなこと言うなら、もう来ないぞ」
床に伏してる人を見ると不安になるんだ。
もう二度と、目を覚まさないんじゃないかって。
「だからそんなこともう――」
振り返ろうとしたところで、服をグイグイと引っ張られる。
「やです」
震えた声で、ごねる子供みたいな言い方だった。
「行っちゃ……やです……」
「お、おい?」
顔を上げた巫代さんの瞳は潤んでいた。
今にも泣きだしてしまいそうな程に。
「嫌いになったら、や……です……」
ベッドから出てきて、胸に顔を埋めてくる。
「……大丈夫だから」
抱きしめて、頭を撫でる。
「俺が、巫代さんを嫌いになるわけがない」
「……本当ですか?」
「ああ。だから、もう言うな」
「ごめんなさい……」
どんな理由であっても、巫代さんが苦しむのを見るのは嫌だ。
「ほら、ベッドに戻ってしっかり休もう?」
「や」
「や、って……困ったな」
怒った分、甘え方が酷くなってしまった。
「あ、おい」
首筋をあむあむ噛み始める。
「待て待て。この後、御園さん来るんだ」
こうなった時、大変なことが一つある。
それは、要求を跳ね除けると後で不機嫌になることだ。
お姫様抱っこを拒否した時には、物凄い不機嫌になった。
なので、基本的にされるがままになるしかない。
止める方法は二つ。満足させるか――
「……巫代ちゃーん、元気?」
小声で入室してくる御園さん。
「星摩さん。すみません、心配をお掛けして」
「いいよいいよ! 良かった、元気そうだね!」
いつの間にか、俺の膝からいなくなっている。
さっきまで人の首を甘噛みしてたとは思えない、しっかりした態度。
もう一つは、人が来ること。二人きりでしかしない。
それは、巫代さんの中で俺だけが、甘えていい相手になっているということ。
嬉しくもあり、どうしようもなく照れ臭い。
だが、申し訳なくなる。胸の奥で、凹凸のある異物が引っ掛かるようだ。
「あれ? かなめん首元濡れてるよ?」
「あー……これは……猫に噛まれました」
「猫?」
――俺は、巫代さんの気持ちに応えるのが怖い。




