認めてくれる人たち。
――異変を感じ始めたのは、昇降口に入ってから。
何度か経験したせいか、そういう雰囲気というのがわかる。
警戒しながら下駄箱を開けると、上履きが汚れている。
昨日の時点ではなかった、明らかに誰かが触れた証拠。
その日からおかしなことが起き始めた。
私の持ち物が無くなっていたり、移動教室の場所が誤って伝えられたり。
誰がやっているのかは薄々わかっていた。
ですが、こういうのは反応しないのが吉だ。
そうすれば、向こうが勝手に飽きるからだ。
そう思いながら過ごしていた、ある日。
「――ホント、気持ち悪いよねぇ?」
忘れ物を取りに、教室に入ろうとした時だった。
女子グループが楽しそうに話していた。
「あの子、自分のこと銀髪って言ってんだよ?」
「そうそう『銀髪です』だって、バカみたい」
「何が銀髪よ、あんたのはただの病気です~!」
下品な笑い方だった。人を見下すとき、ここまで落ちぶれるものなのか。
慣れたものだ。今すぐ入って、サラッと取ることもできる。
「銀髪っていうか、灰色じゃない?」
「あ、わかるー! 燃え尽きた後みたいな?」
「そうそう。煤みたいに汚くて」
「ねぇ――御園もそう思うよね?」
その中に、彼女もいた。
さっきまでの話を、相槌も打たずに聞いていた。
怖かった。入るのがあまりに恐ろしかった。
もし、彼女の言葉が本当に偽物だったらと考えて。
「えー? 私は素敵だと思うよ?」
けろっと、言い切った。
基本的に、彼女はグループの輪を乱さない。
悪い方にいかないように、潤滑剤としての役割を担うことが多い。
その彼女が、異を唱えた。
「だって、あんな風に自分を誇れるのすっごくカッコイイもん!」
「はぁ? 何言ってんの?」
案の定、空気が悪くなった。
「勿論、みんなの言うことは否定しないよ? 思うのは自由だし」
「なら――」
「それなら、片桐ちゃんが銀髪だって言うのも自由だよね?」
十分だった。
「それで誰かが不利益を被ったとかなら、話は別だけどね? そうじゃないでしょ?」
彼女がそう言ってくれるだけで、十分だった。
予想外の正論だったせいか、場が静まり返る。
「……なんか、説教みたいで白けるわー」
「ごめんごめん! 説教なんかじゃないよ~――けどね」
声のトーンは変わっていない。
「みんなが片桐ちゃんにしたことの方が、白けるな~」
変わっていないのに、地雷を踏み抜いたことはわかった。
「な、何? 何の話」
「下駄箱に泥を詰めたこと。筆箱をゴミ箱に捨てたこと」
続ける言葉は全て、私が受けたことだった。
実際、犯人は彼女たちで間違っていない。
「あたしね? 陰口を叩くのはいいと思ってるの。だって、聞かれてないし」
あっけらかんと語り「そうじゃないと、疲れちゃうしね」と、付け加える。
「でも、もしそれを相手に言ったら、それは攻撃だよ?」
「い、いや、それは……!」
「謝ってね? 私の友達に」
「け、けど――」
「謝って」
終始一貫して、日常会話と同じような雰囲気で続けている。
それが却って、場を凍りつかせている。
「……わ、わかった」
「よかったー! あたしも友達を先生にチクりたくないもん!」
……ああ、よくわかりました。
彼女が、何故ムードメーカ―でいられるのか。何故、中心にいるのか。
こういう底の、芯の強さが無意識に感じ取れるからだ。
危ういほど、自分の心に真っ直ぐなんだ。
その真っ直ぐさが、私の荒んだ灰色の心に、曙光を感じさせるんだ。
……私はきっと、誰かに認めてほしかったんです。
家族以外の、誰かに。
――翌日、件のグループの子たちから謝罪があった。
何故か、御園さんが一緒になって。
彼女たちが素直に謝罪した理由は一つだ。
単純に、御園さんが怖いから。
ただ怖いのではなく、彼女は言わばスクールカースト上位。
それを敵に回すということは、教室から居場所を無くすということ。
罪悪感があったのかどうか。なんにせよ、二度と御園さんには逆らえないだろう。
「片桐ちゃん! 一緒にご飯食べよ!」
「頷く前に椅子を持ってこないでください」
「えへへー……あれ、弁当がない⁉」
慌てて鞄に顔を突っ込むが、無い物はないらしい。
お腹の音を盛大に鳴らし、一瞬で意気消沈する。
「もう……一歩も動けない……」
哀れに思って、菓子パンを半分に千切って渡す。
「え……いいの?」
「これ食べて、一緒に購買行きますよ――星摩さん」
先に立ち上がってもう一度、購買を目指す。
「巫代ちゃんのツンデレきたぁ⁉」
「……私の分も奢ってもらいます」
「そんな⁉ けど、嬉しい!」
「何ですか……馬鹿言ってると売り切れますよ」
……我ながら、落とされましたね。
星摩さん流に言うなら、攻略された。
悔しいですが、天然の人たらしに負けてしまったんです。
――――一つ、不可思議なことがある。
星摩さんは「下駄箱に泥を詰めたこと」と、彼女たちを問い詰めた。
彼女たちの反応から言って、それは間違いないのだろう。
確かにその痕跡はあった。ですが――私の下駄箱に、泥なんて詰められていなかった。
他にも、彼女たちの証言に比べて、被害が小さくなっているものがあった。
星摩さんに訊いても「何でだろうね?」と、不思議な顔をする。
彼女たちが噓を言っている素振りもない。
星摩さんも知ったのは犯行の後。友達づてで知っただけらしい。
では、何故? 星摩さん以外にも誰かが動いていた。
しかしそれらしい人も出てこず、いつしか記憶の底に沈殿していた。
「――さくらさくみらいこいゆめ~」
春の日差しが眩い中、隣で歩く星摩さん。
「随分と古い歌ですね」
「え⁉ 巫代ちゃん知ってるの⁉」
「はい。彼芽さんが時々聞いてます」
「……巫代ちゃんが男に染まってる」
彼芽さんは周囲の雑音が苦手だ。
その音や声色から、頭に色んな情報が流れ込んでしまう。
その為、よくイヤホンをして誤魔化している。
ですが最近、片側を(微妙な雰囲気で)私に貸してくれる。
「かなめんは、学校の手伝いだっけ?」
「はい。何でも、入学式の準備だとかで」
「ありゃりゃ、ちょっと不機嫌」
「腹は立ってます。ですが、それが彼芽さんなので」
あれでも、教師からの評判は良い人だ。
というより、律儀さが災いして、頼みごとを断れないたちなのだ。
そのせいで、せっかくの始業式なのに一緒に登校できない。
文句を言ったら「埋め合わせはする」と、約束してくれた。
「お、今年も綺麗に咲いてるね」
今年も、立派に花開く桜たち。
日本人の血故なのか、つい目を奪われてしまう。
例年よりも早い開花だったらしいが、何とか今日まで持ったようだ。
「うん? どうしたの?」
門の前で何となく立ち止まる。
今年、私たちはこの学校を卒業する。
一昨年の今頃なら、何の感慨も抱かなかった。
ですが……今は名残惜しいとすら思う。
そう思う。そう思えるようになったのは――
『片桐ちゃんの髪は素敵だと思う!』
いつもみたいに、アホっぽくて純粋で、ちょっと大人な顔。
「……何でもないです」
「え~? 変な巫代ちゃん」
貴方が灯してくれたんです。
何も感じない日常を、くだらないものに変えてくれたのは。
「今年も同じクラスだといい――」
「彼芽さんと同じクラス同じクラス同じクラス同じクラス同じクラス同じクラス」
「怖っ⁉ 呪詛⁉ ……これ、違うクラスだった時が怖いなぁ……」
「その時は目が悪いと言って変えてもらいます」
「それで変わるのは席だけだよ?」
昇降口前のクラス表に、人だかりができている。
その後ろから、必死に自分たちの名前を探す。
一組から見ていき、どちらの名前がないことに安堵する。
「あ! あったよ! 巫代ちゃんの名前!」
指差した先には、私と彼芽さんの名前があった。
私と彼芽さんも、苗字がか行なので近くにあった。
「……しっ」
小さくガッツポーズする。
「あ! 私のもある!」
「あ、本当ですね」
「めっちゃ塩⁉ もっと喜んでよぉ~……」
項垂れながら抱き着いてくる。
本当は嬉しい。ですが、表面に出すとそれはそれで面倒臭い。
「あ、いたいた。二人とも」
「彼芽さん? 手伝いは?」
「後は受付だけだからな。俺がやる訳にもいかない」
それはそうだ。受付なんてやった日には、新入生たちがギョッとする。
「かなめん! 私たち同クラだよ!」
「本当ですか? それは良かったです」
「……もっとこう、手を上げて喜んでください」
「人には要求するんだ……」
「そうは言ってもな……今生の別れでもないだろ」
「そんなこと言う人は、もうグループに入れません」
「それは困る。ばんざーい」
これはこれでわざとらしいですね。
とは言え、無事に三人とも同じクラス。
一緒に下駄箱に行き、上履きに履き替える。
「――あの時はありがとうございました」
あまりに突拍子もなかったせいで、流石の彼芽さんも困惑している。
あるいは、とぼけているのか。
「……どの時だ?」
「さて、どの時だと思いますか?」
悪戯っぽく言う。
彼芽さんは、片眼鏡を直している。
それが、照れてるからなのか、困惑からなのか。
どちらでもいいんです。どちらでも。私だけが知ってます。
今日でGWも終わりですね(人によって既に終わっていたり、まだの方もいると思いますが)。
なので、来週からは最低でも週一更新になります。頑張っていきましょう。




