クッキー。
放課後の校内がどこか、甘い香りに満ちている。
とはいえ、俺もその元凶を持っている訳だが。
「――え? 何でかなめんがチョコくれるの?」
「何でと問われましても、バレンタインですから」
御園さんがキョトンとするので、こちらも同じく。
何を隠そう、今日はバレンタインデーだ。
現に、チョコを渡す生徒の姿を何人か目撃している。
「御園さんにはいつもお世話になっているので」
「あ……ああ! そっか! かなめんはそういうタイプだよね」
どういうタイプかわからないが、納得はしてくれたらしい。
「わー! チョコクッキーだ! 食べていい?」
「いいですよ」
嬉しそうにぱくつくのを見て、安堵する。
「あ、ならこれあげる!」
御園さんからは、市販のお菓子の箱が渡される。
チョコを纏った、棒状のスナック菓子だ。
「もちろん義理だからね!」
「はい。ありがとうございます」
鞄に入れ、いざ本題を切り出す。
「――所で、巫代さんはどちらに行かれました?」
名前を口にした途端、御園さんの動きが鈍くなる。
「み、巫代ちゃんがどうかした?」
「それがですね……」
今朝、教室で挨拶と一緒に渡そうとした時だった。
「――あ、あの、すみません。シツレイシマス」
「え? おい……」
何故か、逃げられてしまった。
何度か話しかけようとするが、取り付く島もない。
――そうしてる間に、放課後になってしまったのだ。
「あはは……何でだろうね……」
御園さんが目を逸らす。
ただその実、理由は何となくわかっている。
わかっているからこそ、渡しづらくなっている。
「どうしたものか」
歩ちゃんたちにも渡したいが、巫代さんだけ渡さないわけにもいかない。
どうしたものかと考えていると、校門前に意外な人物の姿があった。
「咲里花……」
他校の制服であり、忖度抜きに綺麗な女の子だから視線の的だ。
そのせいか、苛立ちが足先に滲み出ている。
そして――俺と目が合う。
肩を深く落として、迷いなくこちらに歩いてくる。
いつもと変わらないリアクション。俺を見下すような態度だ。
言葉が出てこない。何を言えばいいかわからない。
「あげるわ」
そっぽを向きながら、何かを突き出してくる。
態度に反して、綺麗に包装されている箱。市販の物ではない。
周りの視線が痛い。ただ、それが気にならないぐらいに、戸惑いもしている。
「――受け取れない」
「は?」
咲里花の気持ちには、昔から気が付いていた。
それでも知らないフリをしていた。彼女は口にしないから。
だが、言葉にされてしまった以上。今の俺は受け取ることができない。
「馬鹿ね、いつも通り義理に――」
「お前、手切れ金にする気だろ」
目を大きく見開いた後、舌打ちが嫌に響いた。
咲里花のことだ。きっと、自分は邪魔になると思っている。
俺にもう、過去のことを引き摺らせない為に。
「わかってるなら、さっさと受け取んなさい」
「嫌だ。受け取りたくない」
「……その我儘、誰かの受け売り?」
胸に力強く押し付けられ、箱が拉げそうになる。
それでも受け取らない。受け取りたくない。
「早く」
「俺は、お前と友達でいたい」
……ああ、何でだ。何で言葉にできた。
巫代さんには言葉にできなかったのに。
この一言がどれだけ酷な意味を持つか、俺は理解してるはずなのに。
二重の罪悪感が体を押し潰してしまいそうだ。
「……それが言えるあんたでよかった」
顔を背けながら、愚痴るように呟いた。
「たくっ……! 誰に毒されたんだか……!」
かと思えば、苛立ちを募らせた様子になる。
ひったくるように手を掴まれ、強引に握らされる。
「いい? これは義理なの! 純度百パーセントの義理!」
釘を刺すように、人差し指で突き刺してくる。
「言っとくけど、手切れ金でもないわよ? それはあんたの勝手の妄想よ」
「いや、だがさっき」
「何? なんか文句ある?」
「……疲れる」
怒涛の勢いでまくし立てられ、違う意味で言葉を失う。
最早、何を言っても怒られそうなので黙る。
黙って、御園さんに渡したものと、同じものを差し出す。
「……あんた、相変わらずなのね。色んな意味で安心したわ」
摘まみあげて、眉間に皺を寄せていた。
その姿には、どこか諦めを感じさせた。
「それで? 片桐からは貰ったの?」
「……貰ってないぞ?」
「はぁあ⁉」
今日一番の声を更新した。
「嘘でしょ⁉ は⁉ 本気⁉ 何であんた平然としてんのよ⁉」
「巫代さんのことだから、バレンタインがそういう趣旨だって忘れてる」
「……あんた、流石だわ」
顔を覆いながら、天を仰いでいた。
巫代さんはこういうイベントに疎い。というか、殆ど経験ないだろう。
凡そ今日、気が付いてしまったのだろう。あの反応はそのせいだ。
だから、こちらも渡しづらいのだ。
「流石に用意できてない訳ない……わよね?」
ぶつくさと何か言っているが、上手く聞き取れなかった。
「ま……まぁ、いいわ。用は果たしたし、帰るわ」
小声で「周りも鬱陶しいし」と付け加えていた。
「――気を付けて帰れよ」
「はいはい。わかってるわよ」
俺の声を手で払いのけるようにする。
受け取った包みを丁寧に開ける。
チョコでコーティングされたマシュマロだった。
らしいというか、ブレないな。
「にがっ……」
思わず、表情筋が動きそうなほどの渋さだった。
「……こういう嫌がらせができるくらいには、上手くなったんだな」
感慨深くなると、ポロっと零れる。
「巫代さんと話したいな」




