助っ人(不本意)。
放課後にショッピングモールに向かった、が。
「――で? 何で私を呼ぶのよ」
心底、不服そうに私たちを睨んでくる。
「いやー、かなめんに詳しそうなのが橘ちゃんぐらいしかいなくて!」
「かなめん……? 誰があんな奴の博士号よ」
「え、そこまで言ってないよ?」
「そうです。私の方が詳しいですから」
「あ?」
「は?」
「わー、この流れで喧嘩になることあるんだ」
睨み殺すつもりで見ると、バチバチに瞳がかち合った。
「それで? 何だったかしら? チョコ作り?」
「そうそう! かなめんの好みとか教えて!」
「そんなの、適当に湯煎したのを固めて渡せばいいのよ」
「わ、できる人のセリフだ」
「大体、私よりあいつに詳しいんでしょ? なら私いらないじゃない」
「そうですが、今は兎にも角にも戦力が欲しいんです。お願いします」
「打って変わって頭なんか下げるんじゃないわよ、たくっ……」
苛々と頭を掻きながら、諦めたようにため息を吐く。
「いいわ。手伝ってあげる」
「やった! 橘ちゃん大好き!」
「くっつくな、叩くわよ……なら、まずは――百貨店ね」
「「百貨店?」」
言われるがまま、百貨店コーナーにやってきた。
「何で百貨店?」
「馬鹿ね。どんなチョコを作りたいかわからないのに、どうやってチョコ作るのよ」
二人で顔を見合わせる。鳩が豆鉄砲を食ったような顔。多分、私もだ。
虚を突かれた。確かに、どんなものを作りたいか、なんて決まってない。
「このタイミングで泣きついて来たってことは、そういうことよね?」
「うんそう! 巫代ちゃんバレンタイン忘れてた!」
「……嘘でしょ?」
橘さんですら、憐みの目を向けてくる。
「でも、何で百貨店?」
「見てわからない?」
辺りを見渡すと、バレンタインフェアということで、これでもかとチョコが売っている。
そこまできて合点がいった。ここなら見本が沢山あるのだ。
「試食もあるし、イメージぐらいは掴めると思うわ」
「そっか! お腹も膨れて丁度いいね!」
「太るわよ」
「ひぎゅ⁉」
……素直に感嘆する。私では絶対に思いつかない発想だ。
「何よ? アホ面下げちゃって」
「いえ……すごいですね」
「だから急に……まぁ、いいわ」
途中で言葉を止めて、先頭切って歩いていく。
ただ、ボソッと零す。
「これでも、それなりに努力してたのよ」
そう聞こえてきた。
「巫代ちゃん! これとかどう! 見てこの見事なハート形!」
「いいじゃない。面白いぐらい捻りがなくて」
「いえ、流石にそれは……照れます」
「……私、片桐の照れるラインが良くわからないわ」
それとこれとは話が違う。
何といいますか、流石にド直球過ぎて渡せる気がしない。
「――あ、これ美味しい! 苺ジャムの酸味が丁度いいよ!」
「そうね。見た目のワンポイントとしても機能してる」
「……問題は、私には再現不可能ということです」
残念なことに、私の料理スキルはない。
ましてやお菓子作りなんて、授業ぐらいなものだ。
「あの、一応聞くんですがきせいひ――なんでもないです」
二人に「正気?」という顔をされた。
「別に真似しろとは言ってないわ。方向性を固めろ、って話」
「方向性、ですか……」
「簡単だよ! かなめんが甘党なら、甘い系のお菓子を参考にするとか」
「要は、あいつの好きそうなのを探せばいいのよ」
「それなら、はい。自信があります」
よく歩と一緒になってお菓子を食べているので、好みはなんとなく把握している。
「そ。後は、贈り物の意味には気を付けなさい」
「意味?」
「花言葉みたいなものよ。贈り物によって意味が違うの」
「例えばクッキーは『友達でいよう』みたいな」
「そんなのもあるんですね」
「けど、男子ってそんなこと知ってるかなぁ?」
「普通の男ならね。よりによって、渡すのがあいつなのよ」
「たぶん知ってますね」
彼芽さんは知識の幅が割と広い。
何せ、私の知らなかった振袖のことも知っていたぐらいだ。
知っている可能性がある以上、ネガティブな贈り物は避けたい。
「巫代ちゃんでもできそうなの……生チョコとかどう?」
「それは駄目ね。あいつは食感がしっかりしてる方が好きよ」
「そうなんだ?」
「はい。とは言っても、基本的に甘党なので」
渡しても喜んでくれるだろう。
それにしても。と、目を向ける。
「何よ?」
「流石に、詳しいですね」
「嫉妬なんて醜いわよ? 唇なんて引き結んで」
確かに、ちょっと悔しい。
ただ……やはり、というか。当然というか。
その後も、チョコを見比べては試食を繰り返した。
回り切った頃には、三人で胸焼けを起こしていた。
「こんなにいっぱい、食べるものじゃないね……」
「そうね……口の中が変だわ」
口直しに、フードコートで頼んだドリンクを口にする。
今日一日だけで、バレンタインの奥深さを思い知らされた。
「――それで? 何か掴めた?」
ストローから口を離して、聞いてくる。
「その……大変申し上げにくいのですが、中々……」
「はぁ? あいつの好きそうなのあったでしょうが?」
「そうなんですが。その、わからなくなってしまって」
私の言葉に、八の字に曲がった眉が少し緩んだ。
こういうのを作れば喜んでくれるだろう。そんな想像はできた。
ですが、一番喜んでくれるのは、と問われると途端に自信がなくなる。
きっと、どんなものであっても、私からなら彼は喜んでくれるだろう。
ですが、それは駄目です。私は、彼の一番でありたいんです。
「わからないんです。何が一番好きなのか」
「あらあら。あんだけ自信たっぷりだった癖に? 傑作ね」
「もう! 橘ちゃん!」
「いえ、その通りです。笑える話です」
私は、思ったより崖彼芽を知らない。
知った風な顔をして、知ることを怠っていたのだ。
「……知らないから。こんなに悩むんです」
「それは違うわよ」
サクッと、それでいてさらりと、空気を裂く鋭い言葉。
「馬鹿ね。あんたは今……えっとあれよ、あれ」
「好きだから?」
「そうそれ……よく臆面もなく言えるわね?」
「火の玉ストレートがモットーだから!」
「……御園の言う通りよ。無知と懊悩はイコールじゃないわ」
「懊悩って?」
「……相手を想って、悩むことよ」
星摩さんがポカーンと口を開けて、意識だけどこかに行ってしまう。
そして、戻ってきてとんでもない結論を出した。
「つまり、巫代ちゃんがかなめんを大好きすぎるってことだね!」
――ぶわっと体温が上がる。
声にならない悲鳴が、口端から漏れてしまう。
「いえ! その! 確かに、その通りですが!」
「反論はしない癖に、照れはするのね」
冷ややかに笑顔を引き攣らせる。
星摩さんも、お腹いっぱいとお腹をさする。
「まぁ、気持ちはわかるわ。あいつ、自分のことぺちゃくちゃと喋るタイプじゃないし」
「そのわかっている感、気に喰わないです!」
「そりゃそうよ。こちとら五年の腐れ縁よ?」
まるで自分に呆れるように、肩を竦める。
「けれど、あんたたちは今からでしょ」
言われてハッとする。悔しくても、当然のことだ。
私の見る『彼芽さん』橘さんが見る『あいつ』。
それは同じ人で、きっと少し違う。
「そうだよ! むしろこれからだよ!」
「五年あっても理解できないのに、今のあんたがわかるわけないでしょ」
バレンタインは年一回。ですが、最後じゃない。
そう考えた時、天啓みたいに渡したい物が降ってきた。
それが伝わったのか、二人が満足そうな顔をする。
「ま、今、気が付けてよかったわね」
そう言って、席を立ち始めた。
「待ってください」
「何よ? まさか、作るのも手伝えって言うんじゃ――」
「彼芽さんと会ってあげてください」
面倒くさそうにしかめていた顔が、歪む。
さっきまでと違って、嫌悪感に近い感情を露にしている。
「会う理由がないわ」
「貴方になくても、彼芽さんにはあります」
本当に、本当に言葉にしたくないが、そうなんです。
視線を星摩さんに向ける。状況についてこれず、キョトンとしていた。
今日のことで、それがよくわかった。
「彼芽さんにとって貴方は――」
「余計なお世話よ」
けんもほろろにあしらわれる。
それでも私は、言葉にする。
「今日は、ありがとうございました」
その言葉に立ち止まって、ため息と共に肩が上下する。
「……知ってる? あいつ、苦いの苦手なのよ」
「はい、知ってます」
「あらそう? 親切心で教えてあげたけれど、それくらいは知ってるのね?」
「ええ。余計なお世話です」
上から目線で、笑いを零して消えていく。
「すみません、星摩さん」
「ううん、いいよ。二人は仲良しだね」
「どこがですか」
私は、焦っていたんだ。
彼芽さんは、手を離したら消えしまいそうな人だから。
だから、彼芽さんの幸せという、結果がほしかったんだ。
「ようし! まずは材料を買いに行こっか!」
「はい。よろしくお願いします」
ですが、私は思ったよりも――
――崖彼芽という人間を、信用していない。




