バレンタイン……?
「――彼芽さん、準備できました」
制服に着替え終えて、襖を開ける。
すると丁度、仏壇に拝んでいるところだった。
静かに、隣にちょんと座る。
「……毎回、思うんだ」
手を合わせたまま、ゆっくりと目を開く。
「俺は何も知らないんだな、って」
寂しそうに、二人の遺影を見ている。
「二人の好きな物を知らないから、お供え物に悩むんだ」
もう、知ることはできない。誰も答えてはくれない。
考えても正解はない。誰かが正解を与えてあげられるわけでもない。
いつも、一方通行だ。
「――百倍になるそうです」
それでも、届く。届いてる。
「お母さんが言っていました。私たちの思いや贈り物は、百倍になって届くと」
悩んで、悩んだ上で供えられたお菓子たち。
それだけの思いが、百倍になって届いてる。
「彼芽さんがこれだけ思ってるんです。きっと嬉しいですよ」
「そうか……それは良い考えだな」
気休めかもしれない。ですが、正解が無いならそれでいい。
答えが無いなら、自分の都合のいい考え方をすればいい。
「……待てよ? それだと、嫌いな物も百倍にならないか?」
「それはあれですよ。こう、上手いこと検閲が入ります」
「なんか、空港みたいだな」
おかしくなって、笑いを零す。
私も一度、手を合わせて家に出る。
「うぅ……寒いですね……」
「まだ二月だからな」
手を擦り合わせて、彼芽さんの手を奪うように握る。
向こうから握ってくれることはないから、私から握るしかない。
ただ、それも学校のちょっと前まで。そこで離されてしまう。
学校ではまだ恥ずかしいらしい。
「まだ、あんまり暖房効いてないな」
教室に入っても空気はまだひんやり。
「手」
「手。じゃない、嫌だ。人がいるんだ、自重してくれ」
「……いいです。私には秘密兵器がありますから」
巻いていたマフラーを、これ見よがしにきつめに巻いてみせる。
無表情のまま、困ったように頬を掻いていた。
あの手この手で寒さを誤魔化している時、ふと気が付く。
なんだか、教室の空気が変だ。
妙に色めき立っているというか、落ち着きがない。
「今日、調理実習でもありましたか?」
「ない。いつも通りだ」
ともすれば、この違和感はなんでしょうか?
違和感はその日だけに留まらず、むしろ日増しに大きくなっていった。
「――ねぇねぇ、片桐さんって崖君と付き合ってるんだよね?」
授業で、同じグループ分けの女子が聞いてくる。
「まぁ、有り体に言えばですが?」
彼芽さんへの悪口かもしれない。そう思って、ぶっきらぼうになってしまった。
今でもたまに、彼芽さんの陰口は聞くことがある。
大抵は根も葉もない噂ですが。それでも、腹は立つものだ。
あと、彼芽さんと別(男女別)にされたのもあって、普通に機嫌が悪い。
ただ、そんなことも気にせずキャーキャー言い出した。
よく見ると他の二人も興味津々のようで、こちらを見ている。
「馴れ初めは? いつから?」
真面目そうな人がグイッと来て。
「いや、その」
「去年から良い感じだったもんね~」
どこかふんわりとした雰囲気の人が夢想して。
「よねー。息ぴったりっていうか、おしどり夫婦みたいな感じ?」
ちょっとギャルっぽい子が茶化してくる。
「いや、まだ夫婦じゃないですが」
「まだって言ったよ⁉」
何ですか、この展開。慣れなさ過ぎてむず痒い。
どうも、馬鹿にするという雰囲気ではないらしい。
ただひたすらに、恋バナに興味津々と言った様子だった。
「バレンタインはどうするの?」
「バレンタイン……?」
ああ、そういえばこの時期でしたね。
「いえ、別に何も考えていませんが」
「「「え?」」」
三人同時に素っ頓狂な顔をする。
え、私何か不味いことしちゃいましたか?
三人が顔を見合わせた時、教師から注意が入ってしまった。
「ね、今度また話聞かせて?」
「まぁ……機会があればですが」
結局、三人が何に引っ掛かったのかわからないまま、授業を終えた。
「――巫代ちゃん最近お弁当だよね?」
昼休み。彼芽さんは用事があるため、星摩さんと二人で食事する。
「はい。彼芽さんが作ってくれました」
「そうだよね。二人とも献立が同じ――そっち⁉」
「何ですか? 何か文句がありますか?」
「いや、かなめんは料理上手だけど……」
少し前にお昼を一緒した時、菓子パンを食べる私を見て、あっちが提案してきた。
天使の私は止めたが、悪魔の私と結託して天使を丸め込んだ。
以来、私と彼芽さんは同じお弁当を食べている。
因みに私は料理があまり得意ではない。最低限しかできない。
「そんなんで、バレンタインどうするの?」
「そうです、バレンタインです」
星摩さんにさっきあったことをそのまま話す。
「あー……そりゃそうなるよ」
哀れな者でも見るみたいに、目を細める。
「巫代ちゃん。バレンタインは何の日?」
「お菓子会社の計略ですよね?」
「そうだけど! 世間一般で言えば?」
「意中の人にチョコを上げる日…………⁉」
そこまで言って、私は気が付いた。気が付いてしまった。
「な⁉ え⁉ いや⁉」
「うんわかる。巫代ちゃんにとっては縁の無いイベントだったんだよね」
距離を取ってくる男子、変な目で見てくる男子。
酷い人は、髪を馬鹿にまでしてきた。
今思えば、それが好意の裏返しだったのかもしれないですが。
だとしても、馬鹿にしてくる時点で論外だ。
そのせいだろう。私はこういうイベントに全く興味がなかった。
だから、いつも通り無関係だと思ってしまっていた。
「で、ですが彼芽さんは何も!」
「かなめんがチョコをねだるタイプだと思う?」
しない。むしろ遠慮するタイプだ。
「だ、大丈夫です! 彼芽さんはチョコの一つや二つでケチは付けません!」
「……言っていて悲しくならない?」
「……はい、すごく惨めになりました……」
実際、ケチは付けないと思いますが……それはそれでモヤっとします。
「初めてのバレンタインでチョコを上げない女の子かぁ~」
「ここぞとばかりに責めないでください」
「でも、否定できないでしょ?」
実際、自分でもどうかと思ってしまっている。
バレンタインまで、えっと……あと二日しかないですね……
悩んでいると、おもむろに胸を反らす。腹が立つ。
悔しいですが、ここは頼りにするしかない。
「……その、教えてもらっていいですか?」
「どうしよっかな~、巫代ちゃん最近、相手してくれないからなぁ~」
「……今度、どこか付き合います」
「よし来た! じゃあ、放課後にレッツゴー!」
何故か、私よりもノリノリだった。
投稿時間を探ってます。GW中はバラつきがあると思いますが、ご了承ください。




