年を越して、置いていく。
――俺の前で、鍋がぐつぐつと煮立っている。
片眼鏡が曇るので、今だけは外している。
「おじさん、おかわり」
「あ、ああ。今、よそうからな」
年末特番を横目に、お椀を貰う。
何故か俺は、片桐家で鍋パーティをしている。
お昼に一緒に材料を買い、気が付けば鍋の準備をしていた。
「いやー、彼芽君は本当に料理が上手いね?」
「あ、はい穏歩さん。バイト先で教えて貰ってるので」
片桐さん、では区別がつかないということで、名前で呼ばせてもらっている。
正直言って申し訳ないが、本人は快く受け入れてくれている。
「自炊もしてるんでしょ? 本当に偉いわ」
さっきから歯が浮くほど褒められている。
「そうです。彼芽さんは偉いんです」
「どうして巫代が誇らしげなんだい?」
「おじさん、おネギさんも」
歩ちゃんは、恐らく居て当然と考えている。
「お、歩はお姉ちゃんと違って野菜を食べられるんだね」
「お父さん。私が食べず嫌いしてるみたいな言い方やめてください」
「実際そうじゃない『や、や』言って」
「子供の頃の話です。そういうの、彼芽さんの前ではやめてください」
「見栄張っちゃって」
本当に自然体で、俺と接してくれる。
それが温かく、心地いい。
だが同時に、罪悪感が胸を裂きながら渦巻く。
「……なんか、すみません。流れで一緒してしまって」
「私が良いって言ったんですから、気にしないでください」
「そうは言ってもな……」
「本当、こちらこそごめんなさいね? 巫代が我儘言って」
片桐さんからの援護射撃があっては、こちらが諦める他ないか。
ただ、巫代さんがふくれっ面になって、少し言い合いをしているが。
「彼芽君はよかったのかな? せっかくの年末だし、帰省とかは?」
「いや……大丈夫です。俺が帰っても、気まずくなるだけですから」
「そうかな? 僕は嬉しいと思うけどな」
……この人たちは、どこまで知ってるんだろうか?
俺から口にしたことはない。たぶん、巫代さんからも。
一度も言及されたことがない。それが、不安になる。
その後も、みんなで鍋をつつき、夜も更けてきた。
「歩もいくー……」
玄関前でうつらうつらと、目を擦っている。
「夜も遅いからね。歩はお父さんたちとお留守番」
「うー……」
ぶー垂れた様子で、こっちを見てくる。
「……明日の朝は、おじさんも一緒だ」
「ほんとぉ……?」
「ああ、約束だ。だから、今日はお休みしような」
そう伝えると、ふわふわと嬉しそうに寝室に戻っていた。
明日、明日か。もう年を越すんだな。
胸にぽっかりと空白ができてしまったような感覚。
「――お、よく似合ってるね」
階段から、巫代さんと片桐さんが降りてくる。
夏祭りと同じ和装だが、今回のは豪華な装飾が施されている。
それでも、落ち着いた雰囲気に整っているのは、巫代さんだからだろう。
「どうですか?」
「あ、いや……」
見惚れて、言葉を失っていた。
それに、面と向かって褒めるのは気恥ずかしい。
すると、手の甲にちくりと痛みが走る。
巫代さんは抓りながら、俺をこれでもかと凝視する。
「……似合ってる。本当に綺麗だ」
「それでいいんです。それで」
満足したように、手を離された。
反応でわかっていただろうに、言葉にしないと許してくれないようだ。
近くの二人が可笑しそうに、笑みを零す。
「馬子にも衣裳ね。見納めになるかもしれないと思うと、名残惜しいわ」
「何ですか、急に?」
「お父さんとしては、複雑な心境だね」
視線を往復するが、二人は「よよよ……」と誤魔化す。
すると、白羽の矢がこっちに向いた。それも訝しげに。
二人から圧をかけられているのか、揶揄われてるのか。
どちらにせよ、真実を口にする勇気は……今はない。
「――それじゃあ、二人とも遅くならないよう……は変だね」
「そうね。二人とも気を付けて――よいお年を」
「「はい、よいお年を」」
玄関のドアが閉まると同時に、指先から指の間まで埋まる。
「歩けるか?」
「大丈夫……駄目かもしれないです」
「そうか。大丈夫か」
「あの、人の話を聞いてますか?」
「疲れる」
適当な理由を付けて、腕を組もうとしてたのがわかる。
少し不服そうな巫代さんと一緒に、神社に向かう。
境内まで歩くと、夜更けにも関わらず、喧騒が聞こえてくる。
信心深いのか、あるいは年越しと言うイベントに乗ってるだけなのか。
なんにせよ、参道にちょっとした列ができていた。
「思ったより、人いますね」
「いつも通り、一日を終えるだけなのにな」
「夢のないセリフですね」
「目を覚ましたら、特別な力に目覚めるわけでもないだろ」
年を越した瞬間、世界が一変するわけでもない。
待っているのは、いつもと何ら変わらない日常だけだ。
「とは言え、神様への挨拶はするべきだ」
「ですね」
列の最後尾に一緒に並ぶ。
流れに任せて、ゆっくりと足を進める。
鐘の音が一定のリズムで響き渡る。
「除夜の鐘か」
「煩悩、消えましたか?」
「どうだろうな。少なくとも、巫代さんと一緒だと増える一方だ」
このまま巫代さんたちの優しさに甘えていいのか。
そう悩んでも、煩悩の犬は追えども去らず。
急に黙りこくるので、気になって横を見る。
俯いていたので不安になったが、耳が真っ赤になっていた。
しばらく鐘の音を聞いていた。力強い手の感触にかき消されながら。
「そういえば、彼芽さんは何を願いますか?」
ふとしたように巫代さんが口を開く。
「え?」
空気が漏れたような、間抜けな声が出てしまった。
「……何ですか、その反応は?」
「いや、願い事、願い事か。お礼だけのつもりだった」
ちょっと前まで、終わりにするつもりだった。
もしも、を考えなかったわけじゃない。ただ、考えても先が見えなかった。
無意味なことだと。いつしか、考えることもしなくなっていた。
今の俺の願いがあるとしたら――
「私の幸せなんて願わないでください」
俺が言うよりも先に、巫代さんが遮る。
何故を問うよりも先に続ける。
「私の幸せは、貴方が作ってください」
握った手を、自分の胸に持っていく。
暗に、手放すなと主張するように。
「その代わり、私が貴方の幸せを作ります」
まるで、プロポーズのようなセリフだった。
きっと、彼女にそんな意図は……いや、どうだろうか。
巫代さんなら、もしかしたら。この、決意に満ちた瞳なら。
照れくさいのを誤魔化すために、別の願い事を考える。
そうこうしてるうちに、賽銭箱が目の前にあった。
「――結局、何を願ったんですか?」
「……秘密だ」
「何ですか。まさか、私に言えないようなことを?」
「俺がそんなこと願うと思うか?」
「……そういう言い方はズルいです」
プリプリ怒って、甘酒を啄むように口にしていた。
さっきそこで配っていたのを貰い、神社の隅で腰を落ち着かせていた。
俺も一口飲むと、体の芯から温まっていく。
境内の中央辺りで、輪をかけて喧騒が増していた。
主に若者だ。どうやら、今年もあと一分を切ったようだ。
「今年も終わりですね」
「……そうだな」
あと少しで、来年を迎える。
あと少しで、置いていってしまう。
――不意に、焦燥に駆られる。
もし、このまま年を超えたら。何もかもなくなってしまうんじゃないのか。
この手から、巫代さんが消えてしまうんじゃないか。
俺も、置いていかれてしまうんじゃないか。
聞こえてくるカウントダウンが、嫌に鮮明に聞こえる。
死刑宣告のように。秒数が小さくなって。
「み――」
口が、優しく塞がれていた。
年越しを祝う声は、どこか遠くに行っていた。
離れていく唇は、嫣然とした様子で微笑んでいて。
離れていった顔は、悪戯が成功した子供のように破顔していた。
どちらなのか。どちらともなのかもしれない。
「巫代さん……もしかして酔ってるのか?」
「酔ってまへん」
MF一次通過止まりでした! 悔しいですが、残当ですね。
それでも、個人的に気に入ってるので続きを書きます。どうするかも決めていませんが、基本的にやれなかったことの回収や、やりたい放題します。できる限り週一で投稿したいですが、これから私事で忙しくなるのでそれも可能かどうか……そもそも完走するかどうかも怪しいです。
モチベーションが続く限りは頑張りたいです。それでも良ければ、お付き合いください。
あ、あと、続きを書く上で色々と整えました。内容とかはあんまり変わってないはずです。
一話にも書きましたが追記をば(以下、一話後書きと同文)。PVを見ていると、どうやら圧倒的にPC勢が多い様子です(スマホ勢はほぼゼロ)。なので、少しでも間口を広げたいと思いタイトルを変えてみました。内容等に変更はございませんのでご安心ください。今後もこういった試行錯誤をして、ご迷惑をおかけすると思いますがどうかよろしくお願いします。




