絶対に離さない。
「――みんなの記憶から消えたかったんだ」
いつ間にか来ていた、誰もいない夜の校舎。怪談の舞台としては申し分ないだろう。
どうやって入ったのか覚えていない。ただ、気が付けば既に校舎に入っていた。
段取りが嫌にスムーズなのは、ずっと計画していたからなのか。
覚えているのは、来るまでに何度も手が離されそうになったことだけ。
握り直す度に、悲しそうにされた。
「俺の過去を知らないこの場所なら、大丈夫だと思ったんだ」
気持ちが痛いほどにわかる。私も同じだ。
大好きな人たちが「ごめん」と謝る。何も悪くないのに。何回も謝り続けられる。
だから、みんなの記憶から消えたくなる。そうすれば人が悲しまなくて済む。
けど、顔の傷がそれを許さない。一目見れば否応なく、凄惨な過去を想起させてしまう。
呪いの傷――正しくその通りだろう。
私と彼芽さんの違うところは、肯定する人がいなかったこと。
私も、星摩さんがいなければずっと引きずっていただろう。
……いえ、楽観的な星摩さんでも、この傷をプラスに捉えるのは難しい。
「私、本当は別の学校目指してたんです」
「そうなのか」
「お父さんとお母さんが出会った学校です」
それは叶わなかった。深い傷を抱えて、この学校に来た。
頼りもなく、ただ幸せになろうと必死だった。
「そう言えば訊きたかったんです。どうして勉強を教えてくれたんですか?」
言い辛そうに口をもごもごさせていた。
「……咲里花の時、酷い最後にしたから」
「何ですか? 私といるのに他の女の話ですか」
「聞いてきたのそっちだからな」
「なにせ、激重感情ヤンデレシスコン女ですから」
「シスコン以外は盛っただけなのにな……」
正直一番、私がビックリしている。
「結果的に良かったです。そのおかげで今こうしていられる」
あの時、頼んだ相手が貴方で良かった。
「……俺も。巫代さんと出会えてよかった」
大切にしたい。だから手放したくない。
「だから何があっても――離しません」
もう一度だけ、しっかり握り直す。
一段一段。上へ上へと階段を上って、一番上に辿り着く。
重い扉を彼芽さんが開く。流れ込んでくる冷たい空気に目を細める。
街には、もうほとんど街灯の灯りしかない。眠ったように静まり返っている。
吸い寄せられるように端に立つ。あと一歩でも踏み出せば、そこに地面はない。
木などのクッションになりそうものはない。
落ちれば即死か、あるいは重傷は免れない。
彼芽さんはもう何も言わない。私が離さないから何も言えなくなっていた。
怖いとは思っていなかった。側に彼がいるから。
下から大きな風が吹く。
同時に、ふわっと浮遊感が体を包む。
重力がなくなって――視界が真っ暗になった。
次回更新で取り敢えず完結です。もう少しだけお付き合い頂けたら幸いです。




