初めてで、最後の文化祭デート。
――文化祭二日目。
私は、校門前で待っている。
昨日より客足の勢いが減るかと思っていたが、大した差はない。
一日目と比べて増えたり減ったり、変わったりする出し物があるからだろう。
「悪い。手伝い抜けるの遅れた」
「私たち非番ですよね?」
「サボってるみたいで、申し訳なかった」
「何ですか、私が薄情な女って言いたいんですか」
「一言も言ってない……待ち合わせする必要あったか?」
「いいんです。こう言うのは雰囲気が大事ですから」
納得してなさそうに眼鏡を弄っている。
構わず、文化祭のパンフレットを広げた。
「パンフレットなんてあったのか」
「ありますよ。広報部がそこで配ってました」
「俺たちのクラスも大きめに載ってる」
人気の理由はこのせいか、と愚痴る。
「クイズツアーもありますね。景品もあるそうですよ」
学校内のクイズに答えて、豪華景品をゲット!
そんな煽り文句が添えられている。
「豪華って、どうせ大したものじゃないだろ」
「でも、気になりますよね」
「……どうせ行き先も決まってないからな」
とりあえずということで、クイズを探しに校内を回ることになった。
「――綿あめ美味しいです。奢ってもらいましたが、良いんですか?」
「奢りたいと思った。あんまり気にしなくていい」
「ありがとうございます」
横目で眺めていたら、彼芽さんが買ってきてくれた。
歩が嬉しそうに感想を言っていたから、実は気になっていた。
「……なんだここ? やたら配線が多いな。昨日はなかったが」
「ここは――Eスポーツ部ですね」
「……そんな部活あったのか」
「校内では割と有名ですよ?」
「どこにも入部する予定なかったからな。出し物は?」
「えーっと、蘇るゲームセンター? だそうですけど」
「――いらっしゃいませ!」
二人で一緒に紹介ページを覗き込むと、挨拶が飛んでくる。
「ども。あの、ここは何をやってるんですか?」
ビックリしていると、期せずして彼芽さんが尋ねていた。
「ここは昔のゲーセン筐体を展示してるんです。実際にプレイもできますよ!」
何となく聞いていた彼芽さんの耳が、ピクリと反応する。
こんなに目がキラキラしてるのは、初めて見たかもしれない。
彼芽さんが興奮気味(当社比)で口を開く。
「昔のってことは、あのパワー餌を食べる奴とかもあるんですか?」
「すみません……さすがにそこまで古いのはないですね」
「……そうですか。すみません、こちらこそ」
「折角ですから入りましょう。いいですか?」
「どうぞどうぞ。二名様、入りまーす」
扉と暗幕を潜ると、そこには大きめのゲーム機が四、五台程設置されていた。
部屋の中は全体的に暗い。どうやらディープなゲーセンを意識しているようだ。
「すごいな、よくこんなに集められた」
「私も、実物は初めて見ました」
「昔、小さなゲーセン営んでいた身内がいるんです」
店員がひょこりと顔を出し「そのツテで」そう語りながら貼り紙を指差す。
貼り紙にはルール説明と『借り物につき、乱暴厳禁‼』と書かれている。
それに限らず色々と制限はあるけど、普通に遊ぶ分には問題なさそう。
「格ゲーありますよ」
「やらない」
「つれないですね」
「だって巫代さん、負けると熱くなるから」
「何ですか、やる前から勝ったつもりですか」
実際、まともに勝てた試しがないですが。
けど手加減はしない。したら、私がキレることをわかっているから。
「台パンしないと約束できるならいいが」
「それはさすがに……………………しません」
「よし、ここはやめよう」
「嘘です冗談です。あっちの協力ゲーやりましょう」
踵を返す背中を掴んで引っ張る。
嘆息を一つ吐きながら一緒に席に座った。
「――思ったより上手いな」
「実はバーチャルコンソールでやったことがあります」
最近は昔のゲームを最新機種で触れることができる。
と言っても、彼芽さんがアイテムを全部譲ってくれてるからだ。
その癖、スコアは私より高い。これが俗に言う姫プと言う奴だろう。
「なんか、上手くないですか?」
「俺は移植版でやり込んだから」
「化石レベルのハードですよね?」
「小さい頃、爺ちゃんが俺と仲良くなるために買ってくれたんだ」
操作しながらチラッと、横を見る。
無表情のまま、物凄いレバー裁きをしている。
「初めてやらせてもらったのが、さっき話したゲームだった」
画面から目線を外さずに語る。
あんなに興奮していたのは初めてで、随分と印象深かった。
「爺ちゃんが初めてやったゲームらしいんだ」
「それは……残念でしたね」
今はきっと、なぞっているのだろう。
亡くなったからこそ、生きている時の記憶を鮮明に残そうとしている。
「なら今度、一緒に探しに行きませんか?」
「……どこに?」
「どこかにです。探せばありますよ」
リザルト画面で顔を見合わせる。
相変わらず表情からは読み取れないが、困った感だけは伝わってくる。
「……疲れる。機会があったらな」
「はい、是非」
「……あ」
視線を戻すと彼芽さんのキャラが爆発している。
「悪い、後は任せる」
「え、マジですか――って! 弾幕が激しいんですが⁉」
「やったことあるんじゃ」
「ここまで来たことありませんよ?」
アドバイスを貰いながら進むも、ラスボスに木っ端微塵にされました。
「惜しかったな」
「……彼芽さんがよそ見するからですよ」
「悪かった。だが、随分と上手かったぞ」
「本当ですか? 今から入部しますか」
「レトロゲー上手くてもな……」
そんな冗談を交わしながら部室を後にする。
「彼芽さんは入部とかしないんですね」
「別にプロゲーマーになりたいとは」
「限らずですよ。もし仮に入るとしたら?」
「あー……入学前からバイト優先しようと思ってたからな」
「一人暮らしですもんね」
「……ああ、文芸部とかあったら入りたかったな」
「意外にシンプルですね」
「……あ、あったぞ」
不意に歩を進めた先には、問題用紙が一つ。
そのまま、問題文を読み上げてくれる。
『九回裏ツーアウト二対一、ピッチャーはパイナップル選手。バッターは林檎選手。ランナーなし。林檎選手がホームランでサヨナラ勝利……さて、なぜでしょう?』
字面のインパクトに持っていかれるが、問題はそこじゃない。
林檎選手がホームランを打っても、この場面は同点で逆転はできない。
「解けた」
問題文を読み終えた時点で既に筆を取っていた。
私は未だに、皆目見当も付いてない。
「ヒントお願いできますか」
「簡単な叙述トリックだ。何が野球をしてるのか」
「えっと、果物ですね」
「ピッチャーはパイナップル。バッターは林檎。ランナーは?」
「なし……ああ。そういうことですか」
解答用紙に答えを書いていく。
ピタッとハマると気持ちがいいものだ。
「さすが、書いてるだけあって目聡いですね」
「……いや。昔、この仕掛けに引っかかってヒロインが爆散した」
「どんなゲームやってるんですか」
「昔は選択肢一つで、即バッドエンドが当たり前だったんだ」
プルプルと微かに震えてるので、割とトラウマらしい。
そこは書き手としての癖だとか、カッコいいこと言って欲しかった。
まぁ、らしいと言えばらしいですが。
文化祭巡りを続けていると、校内アナウンスが入る。
『まもなく、演劇部による舞台が開演します。ご興味のある方は体育館に――』
「折角ですから行きますか」
「そうだな」
体育館は結構な人混みだったが、何とか二人で席に座れた。
演技や演出は学生らしい拙いものだ。
それでも、必死に演じる彼らの勢いには会場を吞む力があった。
近くで泣く人がいたせいか、私までウルっと来てしまった。
「思ったより良いものでしたね」
「そうか? ロミオ役の人、台詞飛んでたぞ」
「手厳しいですね」
「だがまぁ、すごいとは思った」
最初からそう言えばいいのに。
「ロミジュリって原作だと最後どうなりますか?」
さっきのはなんやかんやで大団円。ハッピーエンドで終わった。
ただ、原作とは違うという声が聞こえてくる。
「ロミオがジュリエットの仮死状態を見て誤解、毒死。その後、ジュリエットが目覚めるも亡骸を目にし、自らロミオの短剣を胸に……確か、そんな感じだ」
「結構悲惨ですね……」
舞台では二人ともが生存して大団円だった。
「時代故の報われない愛ですね」
「愛というよりも依存に近い」
「素敵ですよ。その人の為なら死ねる愛なんて」
「呪いだよ。そんな愛」
お腹も空いたので自分のクラスを客として体験した。
星摩さんが、とても複雑そうな表情で接客してくれた。
お菓子を摘まみながら、舞台の感想をもう一度だけ話し合った。
「――おめでとうございます! 全問正解です! 景品をどうぞ」
全部のクイズを周り終えて、ゴール地点にやって来た。
景品として、カップル用のセット品を貰った。
二つで一つのストラップ。当然、彼芽さんはごねた。
ただ、私の方がごねるのが上手かったので、彼芽さんが根負けした。
ちゃんとカップル用の豪華景品を貰って。文化祭を全部巡った。
隣にいる彼はいつも通りで、とても死ぬとは思えなくて。
でもずっと遠くを見ている。楽しんでるようでずっと、ずっと遠く。
それでも、この時間が永遠に続けばいいと思った。この他愛の無い時間を永遠に。
けど、無常なぐらい簡単に時間が過ぎてしまって。
こういう時は何でしたか……そう。光陰矢の如し、いつかに教えて貰った。
全部、覚えてるんです。貴方に教えてもらったこと全部。
気が付けば文化祭は終わり、お客さんも全員帰っていた。
片付けも終わって今はもう、この後の打ち上げの話で持ちきりだった。
「――待ってください」
一人、ひっそりと教室から廊下に出ていた。
振り返ることはない。何も気が付かないように足を進める。
また、自分だとは思ってないみたいに。
「彼芽さん!」
「……俺のことか?」
「私にとって、彼芽さんは一人しかいませんよ……!」
止まってくれたことに酷く安堵する。
「約束は守ったぞ」
そう、約束はちゃんと守ってくれた。
文化祭を楽しめばあるいはなんて、甘い考えだった。
このまま、このまま行かせたら二度と会えない。
予感じゃない。確信だ。この人は変に律儀だから。
「いえ、まだ終わってません」
「終わっただろ。ちゃんと文化祭を一緒に」
「まだ今日は終わってません!」
胸が痛む。約束をちゃんと守る人だから、また利用する。
「私は一日をあげると言いました。今日はまだ終わってません」
「文化祭を、回って欲しいとも言ったぞ」
わかってる屁理屈だ。けど、そうでもしないと行ってしまう。
優しさを利用しようがどうしようが、今は離れたくない。
「……御園さんたちと一緒に行けばいい」
教室の中を指差す。
さっきからずっと騒がしい。私たちがいないことを意に介さない。
「嫌です。星摩さんも貴方もいないのに行く意味がありません」
「御園さんも?」
「新作のゲームがあるからパスだそうです」
本音ではありつつも、理由はもう一つ。
本当は親の許しが出なかったからだ。彼女なりの建前だ。
「疲れる……巫代さんは何がしたい」
「私は……」
答えに詰まる。どうしたいんだろう。
死んでほしくない、それは大前提だ。
ただ、私は納得してしまった。
死にたいと思うに足りると、腑に落ちてしまった。
私はこの人に何を求めているのだろう。
わからない。答えが見つからない。
だんまりな私に呆れたのか、再び歩みを進める。
「――学校の門の前!」
何だっていい。理由なんて後から付いてくる。
「そこで待ってます! ずっと!」
返事は無かった。背中が階下へと向かって消えていく。




