銀髪シスターとタキシード。あと、チャイナ。
――十二月の半ば。
俺たちの学校はいつもの倍以上の活気を見せている。
文化祭は学校関係者だけのものもあれば、部外者歓迎の学校もある。
この学校は後者。そこら辺は割と緩めだ。
別の学校の友達や近所の方々が寄ってくれるお陰の賑わいだ。
規模としてはそこまで大きくない、ただ、二日間に分けて行われる。
各クラス、各部活が一つ出し物をするのが決まりだ。
二日目は巫代さんとの約束がある。よって、俺のシフトは一日目に集中する。
肝心の出し物と言えば――
「お嬢様方、ご注文の品です」
「わぁ、ありがとうございます」
「では、ごゆっくり」
丁寧な振る舞いで紅茶とデザートを並べて立ち去る。
「ねぇねぇ! あの人、本物の執事っぽくない?」
「ね! あの眼鏡だって随分と気合い入ってるし」
「あの傷も訳あり感あって雰囲気出てる。メイクかな?」
「文化祭のコスプレだから期待してなかったけど。来たかいがあったかも!」
……別にこれはコスプレじゃないが。
仕切りの裏で、湯気で曇った片眼鏡を拭く。
「――狙い通り好評みたいだね! ようになってる」
赤が映えるチャイナ服を纏った御園さんに背中を叩かれる。
俺にこのタキシードを勧めてきたのは他でもない、この人だ。
喫茶店のバイト経験が生きた。愛想がないのもクールキャラで通っている。
後は、渡された参考資料の見よう見まねだ。
「俺なんて。御園さんこそ人気では?」
「そんなことはあるかな。でも、君と巫代ちゃん程じゃないよ」
仕切りの隙間から教室を覗く。
シスター服姿の巫代さんが同じく接客をしている。
とは言え、正式なシスター服ではない。静謐さより、可愛らしさ重視。
フリルのスカートと袖、ベールには花飾りが施されている。
髪色もあって神秘的な雰囲気が人を集める。本来であれば看板娘だ。
「どうぞ」
「ど、どうも。あの――」
「では、ごゆっくり」
シスターとは思えない無愛想な給仕。
本人としては壁を作っているみたいだが。
「あのシスター良いな……」
「ああ…………あの冷たさがいい……」
……一部の層には受けている。
「やっぱり銀髪にはシスター服だよ! 夜なべして作った甲斐がある!」
「作ったんですか……道理で一人だけ気合いが入ってるわけですよ」
かく言う俺も御園さんから提供されている。
加えて言えば。所謂コスプレ喫茶の発案者も御園さんだ。
当然だが最初は反対意見が出た。主に文化祭に乗り気じゃないメンバーから。
コスプレに羞恥心を抱くのは至極真っ当である。俺だってそうだ。
『したくない人は制服でオッケー! なぜなら既に私たちはコスプレをしているからね!』
制服もある意味ではコスプレ。と、対抗にとんでもない超理論を繰り出した。
謎の自信に誰も反論できず、かと言って否定派も代案を出せるわけでもない。
その為、接客するメンバーの中には制服姿も混じっている。
巫代さんからツッコミもありそうな物だったが、珍しく無かった。
「ごめーん! 三番テーブル行ける人―!」
「あ、俺行きます」
飲食関係は学年に一クラスのみというルールがある。
他クラスとの競合も、御園さんの意地のクジ引きで勝ち取った。
市販品を出すだけなのに盛況なのはそれが原因だろう。
特に俺たち三人が客を呼ぶようで……嬉しい悲鳴と言う奴だ。
ボロを出さないように必要以上の接客はしない。丁寧な所作だけは忘れずに。
「あの、写真いいですか⁉」
「しゃ、写真でございますか?」
参考資料に無い展開に困惑する。
「大変申し訳ございません。当文化祭は展示物以外の撮影はご遠慮しており……」
「一枚だけでいいから! 何とかできない?」
引いてくれないか。思ったよりも押しが強い。
他のお客さんも待っている都合上、あまり時間を掛けていられない。
しかし、無下に断るのも申し訳がない。
――フワりと黒いベールがどこからともなく現れる。
「――申し訳ありません。規則ですので。展示物についても投稿等はお控えください」
ぺこりと頭を下げる。同時に横目で下がるように指示される。
礼のつもりで頷くと、鋭く睨みつけられる。
たじろぎつつも仕切りの向こう側に戻った。
「あ、大丈夫だった?」
「いえ、巫代さんのお陰でやり過ごせました」
「ああいうの、断りづらいよね」
うんうん、と首を振る。
「あの、巫代さん機嫌悪いんですか?」
「ん? んー、確かに辟易とはしてたけど……」
思い当たったように手を叩く。
「案外、焼き餅焼いてるのかもね?」
「焼き餅……?」
「なーんて。それより今日は上がっていいよ」
「え? まだまだやれますよ? 盛況ですから抜けるわけにも」
廊下にはちょっとした列が出来ている。
このタイミングで俺一人抜けるのは申し訳ない。
「そう。盛況過ぎて今日の分が無くなっちゃう」
「マジですか」
「だからちょっとでも客足を減らすためにね」
これ以上は無理を言っても逆に負担になるか。
「巫代ちゃんにも後で抜けてもらうよ。二人とも午前から出張ってくれてるでしょ?」
「それを言うなら御園さんこそ」
「あたしは実行委員だからね。ほらほら、着替えてくる!」
強引に教室から追い出されてしまう。
理由が理由だ。大人しく引き下がるしかない。
とりあえず着替えようと思って更衣室に行くが満室。
「疲れる……」
幸いにも校内に仮装している生徒は多い。
このまま練り歩いてもあまり目立つことはないだろう。
戻ってもお払い箱だ。適当にぶらつくか。
流すように廊下から教室を覗いていく。
お化け屋敷。展示コーナー。カジノを模した遊び場や、小規模なプラネタリウム。
気合が入ってる所もあれば、簡単に済ませている教室もある。
去年はどんな感じだったか。そう考えると、ふと思い出す。
「図書室、だったな」
設営に参加するだけして、当日は図書室で大人しくしていた。
一緒に回る友達もおらず然したる興味もない。何やったか覚えてない程に。
何よりも、俺がいることで場をしらけさせたくなかった。
「色々と気を遣わせたか」
俺や巫代さんが浮かない為の立案だったのかもしれない。
御園さんの場合、俺はおまけの可能性もあるが……後でお礼を言っておこう。
変わらず学校を見て回るだけ。参加自体はしない。
なぜなら先に入ったら後が怖い。
綺麗な笑みで「一人で入ったんですか?」と詰められそうだ。
校門から昇降口までにも出し物がある。
殆どは各部活動が宣伝ついでに屋台をやっている感じだ。
そこで見覚えのある人たちを見つけた。丁度、綿あめを貰っている。
「あ、おじさんだ!」
どうしようか迷っている間に、駆け寄って抱き着いてくる。
後から親御さん二人も追いついて、歩ちゃんを窘めていた。
「こんにちは皆さん。お揃いで」
「こんにちは……あらあら、よく似合ってるわね」
「恐縮です」
「おじさんひつじさんだ!」
残念ながらそれはモフモフだ。
「違うよ歩。羊さんじゃなくて執事さんだ。し、つ、じ」
「し、つ、じ?」
「そうよ。羊だともこもこのフワフワよ?」
想像したのか可笑しそうにはしゃいだ。
歩ちゃんのテンションは既に最高潮らしい。
「彼芽君はこんなところでどうしたの?」
「休憩中です。折角ですから案内しましょうか?」
「それは助かるね。頼めるかな?」
「おじさんも一緒に来るの?」
「ああ。一緒にお姉ちゃんの所に行こう」
「わーい! じゃあ――ん!」
手の平を目いっぱい広げられる。
「ごめんな。今はお菓子持ってなくて」
「ちがう! はぐれたらいけないからおててつなぐの」
「あ……あ~そういうことか」
「ごめんなさいね。夏祭りからこうなの」
姉妹とはこうも似るのか。血って言うのは抗えないな。
手を繋ごうとして閃きが降りる。
「――ではお嬢様、お手を。僭越ながらこの彼芽がご案内いたします」
きょとんした顔をする歩ちゃん。
「おじさん変なのー!」
「そうか?」
二人が楽しそうにクスクスと零す。
片桐一家に教室までの道のりを案内していく。
途中で歩ちゃんが興味を持った所を紹介もした。
「こんな感じだ。見ていくか?」
「ううん! 早くお姉ちゃんが見たい!」
とのことだ。気になる場所は後で回るらしい。
期待に応えて最短ルート(ルートも何もないが)で案内する。
「――御園さん。今いいですか?」
「え? 大丈夫だけど休憩は――」
廊下で文字通りの看板娘をしていたが、俺の背後を見た。
「わー! 星ちゃん、カンフーだ! 可愛い」
「ふっふっふっ……あちょー! 歩ちゃんも相変わらず愛い奴め~」
「えへへ~」
「すみません。巫代さんまだいますか?」
「っとと。うん、いるよ。でもどうせなら家族でゆっくりして欲しいから……」
釣られるように教室を覗く。客足は落ちたようだが。
「もう少しだけ待って貰える? そしたら落ち着くと思うから」
「だそうです。どうしますか?」
「え? ええ……えっと」
「それなら待たしてもらうよ。歩も我慢できるかな?」
「できる!」
ほんの一瞬、反応が鈍かったのは子を持つ親が故だろう。
「なら俺も裏方手伝います」
「ごめん。助かるよ」
十分程して歩ちゃんたちが通されるのが見えた。
「ご注文は――みんな⁉ どうしてここに?」
「随分と盛況みたいだね」
「歩が行きたいって聞かなくて。お母さんたちも休みが取れたし」
「そ、そうなの? えっと……」
戸惑いながらも嬉しいのは隠し切れないようだ。
「お姉ちゃんきれい!」
「シスターの衣装よね? 意外に似合うじゃない」
「ああもう。あんまり揶揄わないでください、ご注文は?」
「しすたー? お姉ちゃんはいつもお姉ちゃんだよ?」
「この場合、神様のお手伝いをする人のことだね。巫代が信心深いかはさておくけど」
「二人にはこれがオススメ。お父さんは雑巾の絞り粕でいい?」
「僕に対して当たりが強くないかい?」
何かあった時のために用心していたが、心配なさそうだ。
片桐家が満足そうに教室を出た後も、流れで手伝いを続けた。
特にトラブルもなく一日目の文化祭は終わりを告げた。
「――ありがとう崖君。結局、午後まで働かせちゃったね」
「問題ないです。暇だったので」
今は後片付けと明日の準備をやっと終えた所だ。ようやく腰を落ち着けられた。
着替えは互いにできていない。他の人が着替え終えるのを待っている。
「ありがとうございます」
「なになに? 急にかしこまっちゃって?」
あ、いつもかしこまってるか! と、自分でツッコんでいた。
「俺でも参加できるように気を遣って頂いて」
「それあたしじゃないよ」
意味がわからなくて固まる。
今回の企画と提案は御園さんだ。それは間違いないはず。
「確かに二人が悪目立ちしないように、とは思ってたけど」
なら、どこが違うのか。
「巫代ちゃんに頼まれちゃったからね。君も楽しめるようって、頭も下げられたよ」
「……わざわざそんなことを」
「頼られるのも珍しいけど、巫代ちゃんがこんなに懐くのも珍しいよ」
そうだろう。現に御園さん以外の相手だと一定のラインを引いている。
「巫代ちゃんは猫だからね。テリトリー意識が強いから」
「警戒心は強いですよね」
ラインの内側に入れる基準はわからない。ただわかることは。
「くぅ~、妬いちゃうな~!」
俺も内側にいると言うことだけだ。
御園さんがクラスメイトに呼ばれた。何でも衣装が脱げないとのこと。
俺もぼちぼちこの服脱ぐか……キッチリして肩が凝るんだ。
「何ですか。猫みたいに面倒臭い女って言いたいんですか」
「一言も言ってない」
突如として背後に現れた。心臓が大きく跳ねる。
声色に反して、破顔しながら対面に座った。
周りに人はいない。期せずして二人っきりということだ。
「その、なんだ……助かった」
「何がですか?」
「昼間のことも、コスプレのことも」
「――楽しかったですか?」
問いかけに逡巡する。どんな意味を持って、どんな気持ちの発言か。
期待させるような返しはしたくはない。だが嘘も付きたくない。
ほんの僅かの時間に悩みに悩み抜いた。
「……ぼちぼち、楽しかった」
「そうですか。なら明日はもっと楽しいですよ」
微笑みを向けられ視線が外せなくなる。
片桐さんが向けたような、あまりに慈愛に満ちた瞳。
「せっかくです。一緒にどうですか?」
気が付いていないのか、平然と戸棚を開ける。
取り出したのは商品の一つであるクッキーの袋。
「巫代さんそれは」
「大丈夫ですよ。封を切った後にキャンセルが入ったのなので」
「そういうことか。だが、いいのか?」
「私たちは今日の功労者ですよ。これくらい許されます」
紙皿に盛っていき、二人分のコップを並べる。
「あ、待ってください」
流れで紅茶を淹れようとして止められる。
困惑する俺から電子ケトルを取り上げた。
「――どうぞ」
「あ、ありがとう」
俺のコップにだけ淹れて、電子ケトルを返される。
意図を察するのに時間をかけた。
「……どうぞ?」
「ありがとうございます。ふふ」
互いに給仕し合って顔をほころばせていた。
この行動に、時間には、きっと意味は無い。
理由も無いが、何となく嬉しい気持ちになったのは事実だった。
「みんなを連れてきてくれてありがとうございます」
「成り行き。感謝されることでもない」
「みんな楽しそうでした」
思い出したのか、嬉しそうにコップの水面を見つめる。
「良かったな」
「はい。そうそう、歩がシスターと姉妹のシスターを勘違いしたんですよ」
「まだいいだろ。俺は羊と間違われた」
「羊と? 何ですか、それ」
他愛ない会話をしていて気が付く。
今日は巫代さんとゆっくり話す時間が無かった。
「一緒に写真を撮りましょう」
「急だな……」
「貴方の今の姿が一生に一度な気がして。駄目ですか?」
「……俺はあまり写真が好きじゃない」
夏祭りの時は歩ちゃんの手前、言い出せなかった。
自分の顔や姿を写す物が苦手だった。
傷のせいではない。俺は自分のことが好きじゃない。
「……巫代さんと撮るなら悪くないかもしれない」
「ツンデレですか? 何でもいいですから寄ってください。ほらほら」
片手でカメラを構える。かなり密着する。
話せなかったのは、それだけ忙しかったと言うことだ。喜ぶべきことなのだろう。
そのせいか、この取るに足らないやりとりが。時間が堪らなく――
「――はい、チーズ」




