第三十八話 彼が迎える、恋の結末
「……決着か」
私の隣で、剣を持っているだけでボロボロのミハエルを前にして、アルフレッドは笑いながら言った。
「……決闘だな?」
「……そうだ」
聞き返したアルフレッドに、ミハエルは答える。
話すのもつらそうだった。
「そうだよな。もう夕焼の堕天使もいないし、ルドルフもお前が殺しちまったもんなー!」
アルフレッドは、彼を罵倒し続けた。
「いいとも。やってやるよ! 逃げたりなどするものか! 私とて男だ! お前を討って、ルドルフの仇を取ってやる!!」
取れる手段を全て失って、心の焦りを抑えつけるかのように。
「勝てると思うなよ! 私だって、前世の時から剣は使える! 覚悟しておけ、この大帝国でも最強の剣士だったんだからなー!」
「……剣はあるか?」
「あるとも!」
アルフレッドは魔術を使って、何もなかった手元に黒い鞘に収められた長剣を取り出す。
「余計な心配をするな! この父殺しが!!」
剣を抜きながら、悪あがきをするように吐き捨てた。
「騎士を気取って、兄弟も殺しまくった怪物め!!」
彼には堪えた。
「お前が立ち合え、魔法使い!」
「……魔法使い殿、頼みます」
「いいとも」
私は前へと進み、剣を抜きながら歩くアルフレッドと、その場に立っているだけで一歩も動けないミハエルの間に立つ。
睨むミハエルと笑うアルフレッドは、互いに剣を構え、距離を取って対峙する。
「赤騎士」
「……アルフレッド様」
アルフレッドの後ろにいる、二人の女性。
立っているメラニーと、立てないルーチェが、各々の相手に声をかける。
「メラニー、ルーチェ、お前たちはそこで黙って見ていろ!」
アルフレッドが、二人に叫んだ。
ミハエルは、何も言えない。
虎丸は黙って、腕を組んでいる。
「二人とも準備はいいな?」
私は、二人に確かめる。
「さっさと始めろ!」
アルフレッドは、身体も、覚悟も、準備万端だ。
ミハエルはうなずく。
息を整え、両手で長剣をつらそうに上げて、剣の先を相手に向けて構えた。
「それでは、赤髪の赤騎士ミハエル・フォン・シュバルツと夕闇の黒太子アルフレッド・ヴォルフガング・エーデルアーベントの決闘を始める」
私は一歩、二歩と前を向いたまま後ろに下がって、杖を左手に持ち替え、右手を上げる。
向かい合う両者の前に、障害となるものはもう何もない。
後ろの三人は、黙って見つめている。
メラニーは見開く瞳を涙で濡らし、両手を握りしめて祈りながら。
「はじめ」
私は、右手を振り下ろす。
その瞬間、両者ともに剣の先を相手に向けながら駆け出した。
アルフレッドは凄まじい勢いで、ミハエルはふらついた足取りで。
私の目の前で、二人は交錯し、はせ違った。
ミハエルとアルフレッド。
背を向け合ったまま、アルフレッドだけが離れていって、すぐに止まった。
見ている者たちの中で、時間が止まったかのような感覚がその場を支配する。
わずかな時が経った後で、ミハエルの身体から鮮血が迸った。
ミハエルがよろめき、メラニーは衝撃に打たれる。
アルフレッドは、口の端を吊り上げて――、血を吐いた。
体から多くの血を流して、剣を落とす。
まだ立とうとするも、あえなく両ひざをついた。
両者の剣が見えていたルーチェは、目を背けそうになるも、決して主から目を離さなかった。
アルフレッドが、血に濡れた自分の右手を見つめる。
「ああ、くそ……。今度こそいけると思ったんだがな……。なあ、赤騎士」
にやついた顔を浮かべて、背を向けるミハエルの方を振り返った。
「うれしいか、私を殺せて? どうした、答えてくれよ、この父殺しが!」
頭がふらついて、目から光を失う。
「お前、いつか後悔するぞ……。そこの魔法使いに出会えたことをな」
「……馬鹿を言うな、黒太子」
ミハエルは、背を向けたまま答えた。
「吾輩と魔法使い殿が、そんなことになどなるものか」
「お前は、いつか必ずその剣で……もう一人の父親を……」
「ならない。吾輩が騎士として必ず、そんなことには……」
それが、最後。
夕闇の黒太子アルフレッドはうつぶせに倒れ、動かなくなった。
決着がついた。全ての決着が。
この者がまた、どこかの世界に転生することはないだろう。
ミハエルは、私にも背を向けたまま、その場に立ち尽くす。
私の後ろに、虎丸が歩いて来た。
「……勝ったな?」
「…………はい」
私が聞くと、彼はまだ背を向けたまま答える。
「…………実の父を殺してしまいました」
今にも、泣き出しそうだった。
「……つらいか?」
「……はい。つらすぎます」
「……背負っていけ。いつでも肩を貸そう」
私の声を聞いて、彼が、私たちの方を振り向く。
「私も、虎丸もな」
私も、虎丸も、微笑んでいる。
「…………はい」
ミハエルは、やっと笑うことができた。
「……赤騎士」
そして、メラニーが、彼に近づく。
「……姫様」
彼女を前にして、ミハエルは、長剣を腰帯の鞘に収める。
「私も肩を……ううん。あなたと一緒に背負わせてください。私も、同罪なのですから」
「……はい」
彼が一歩、彼女も一歩、近づく。
「赤騎士……」
「姫様……」
また一歩、また一歩と近づいて、
「……ミハエル」
「……メラニー様」
二人は、相手を固く抱きしめた。
固く、固く、抱き合って、熱い温もりを感じあう。
「ミハエル。言って。私に……。あの時は言えなかった言葉を」
「はい……」
二人はまた離れ、見つめ合う。
「メラニー様、吾輩は、あなたを愛しております」
「はい。知っています」
「あなたを、あなたを、ずっと昔から愛しております」
「はい。ミハエル、私も……あなたを愛して……」
二人とも、相手の口にキスをする。
熱い、熱い、口づけを――。
もう、離れたくない。二度と離したくない。
互いの身と心は、赤く、紅い、想いで、焦がれ、焦がれ、ずっと恋い焦がれてきたのだから。
今、この時だけは、二人の時間。
二人だけの時間。
続いてほしい。
ずっと、ずっと。
永遠に。
だとしても――。
二人とも、ためらいながら、離れた。
「でも……行くのですね?」
「……はい」
メラニーに、ミハエルはうなずいた。
「吾輩は、怪物。人間と一緒にはいられませんから」
「ええ……。そうですね」
これが運命だと、二人は受け入れる。
「姫様……、あとは頼みます」
「わかっています……。女王として、しっかりと」
唯一の王女であり皇女である彼女には、黄昏の王国と夕闇の大帝国の王位継承者としての務めがある。
「それまで、姫様の身は……」
「……私が守ろう」
すると、ルーチェが立ち上がり、そう申し出てきた。
「約束する。白衣の騎士団長としての務めは、最後まで果たそう……。姫様」
「ええ。お願いするわ、ルーチェ」
メラニーがそう言うならば、私たちが言うことはもう何もないだろう。
「では、姫様。拙者も、これにて御免」
虎丸も、メラニーに別れを告げる。
「虎丸、あなたも今までよく仕えてくれました……。アリッサに、何かお伝えしておくことはありますか?」
「いえ、お別れは済んでありますので……。最後の拙者の活躍を語り聞かせてくださればそれで」
続けて、彼女は、私にも言葉を送った。
「魔法使いさん、ミハエルのこと、これからも……」
「お約束します。新たなる女王陛下に」
私は左手の杖を、右手に持ち替える。
ミハエルが、私たちの方に近づく。
そして、彼女の方を振り向いた。
お別れの時だ。
「おさらばです……。ありがとう、メラニー」
「さようなら……。ありがとう、ミハエル」
私は魔法をかけ、彼女の前から消える。
帝都の広場から。全ての決着がついた場所から。
彼女一人を残して――。
――こうして、赤髪の赤騎士は、黄昏の紅姫の元から去っていった。




