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第三十六話 彼が送るは、一族の魂 前編

「……”父上”?」

「まさか、火の巨人とは思っていたが……」


 メラニーと虎丸が愕然となる前で、ミハエルは怒り、悲しみ、泣きそうになりそうながら問う。


「……なぜですか、父上!?」


 夕闇の大帝国の宮殿にあった、地下の大工房にいる彼らの前にそびえ立つのは、丸まって座り込んでいる火の大巨人の巨体。


 その足元で、ミハエルは、火の大巨人から白兜の大剣士になっていた、父ルドルフに問う。

 まだ驚いているメラニーと虎丸、笑っているアルフレッドの前で。


「なぜ、アルフレッドなどに……」

「せっかくの親子の再会なんだ……」


 大剣士から剣気を放たれ、ミハエルは押し黙らされる。

 ルドルフが一気に間合いを詰め、片手で大剣を叩き込んできて、ミハエルは両手に持った長剣で、受け止めさせられた。


「話は親子らしく……、じゃれ合いながらしようか!」


 ルドルフが愉快に笑って、片手で大剣を潰してくるように押し付けてくる。


「ほら、どうした?」

「ぐうう……がああああああ!」


 ミハエルは長剣に怪物の力を込めて、必死に押し返す。

 だが……、押し返せない。


「腰が、入ってないぞ!」


 ルドルフが両手で大剣を振り回し、ミハエルは大工房の奥までぶっ飛ばされる。


 火の大巨人の怪力は、火の巨人を遥かに上回っていた。親子のように。


「赤騎士!!」

 悲痛になって、メラニーは叫んだ。

「ミハエル!」 

 同時に、虎丸は呼びかける。


「拙者が……!」

 父の相手、自分が代わろうと。

「よい!」

 それを、ミハエルは転がりつつ、立ち上がりながら拒んだ。

 これは、自分の闘争たたかい――。

「お前は姫様を!」

 友には、愛する人を託す。


「姫様! 虎丸の側を……!」


 そして、彼女に呼びかけようとしたミハエルに、ルドルフが追いつく。

 笑いながら地面を踏み砕き、息子に向かって、片手で大剣を振り下ろす。


 ミハエルは、間一髪かわした。

 足元が、大剣によって打ち砕かれる。


 すかさす父親に、長剣を打ち返す。

 しかしルドルフに上げられた大剣によって弾かれる。


 すぐにまた長剣と大剣が、何度もぶつかり合う。

 彼は怪物の力を駆使して、父親と激しく打ち合った。


「父上、なぜ……!?」

 そうしながら、また問いかけると、

「夕焼の堕天使が作れたのと、短期間で一万人も作れた理由だがな」

 父親に、全く別の話題を振られる。

「オレが破滅の力を思い出したからだ。こんなふうに!」


 ルドルフが左手を振るうと、ミハエルの後ろにある左右の床から、二体の火の巨人が生まれ出てきた。


 いや、心がない。

 初めから奴隷にされている。夕焼の堕天使たちだ。


 これが、ルドルフが持つ、火の大巨人の権能の一つ。


大巨人オレは、息子たちを無限に生み出せる。破滅の力を使えば、それこそ瞬時に、大量に!! 工房ここ帝都うえは、オレの元の身体とパイプでつながっているからな、どこからでも作り出せるんだよ!」


 そんな自慢話を、父親は楽しんでいる。


「初めから奴隷にして作るコツを掴むのには、まあ、手こずったぜ!」

「それまで……、兄弟たちの心はああー!?」


 人間体のミハエルが答えを聞く暇もなく、新たに生まれた二体の火の巨人の奴隷たちが左右から襲いかかった。


『ぬううん!』


 ミハエルは火の巨人に変身して、炎の大剣で二体の堕天使たちを斬り倒す。

 そのまま、足下にいる人間体のルドルフに大剣を振り下ろそうとするが、


「そして、これが……」

『ぐっ!!』

 しかしルドルフが左手を伸ばすと、放たれた”命令”によって動きを止められた。

「お前の兄弟たちから自由を奪った、オレの呪いだよ」


 息子たちに対する絶対命令権。

 これも、火の大巨人の権能。


「いや、オレの愛だな」

『ぐう……おおおおおーー!!』


 それをミハエルは狂戦士化し、その狂気を以って打ち消した。


「ほう、オレの愛を押しのけたか。大したもんだ」

『狂戦士になったのは……このためでも!』


 火の巨人の狂戦士と化したミハエルは、今度こそ相手に炎の大剣を振り下ろす。

 これをルドルフは人間体のまま、斬り上げた大剣で巨人体の彼の頭上まで弾き飛ばした。


「ほら、もっとだ。来い!」

『ぬううううううううう!』


 両者は、また剣と剣で打ち合う。

 両者は、互角に打ち合う。

 人間のルドルフが、巨人体の息子と互角以上に打ち合う。

 巨人の狂戦士ミハエルは、人間体の父親と互角以上に打ち合わされる。


「足りない。全然足りないぞ。いいか……」

『うおおおおおおー!』


 ミハエルは屈せず、渾身の力を込めて大剣を叩き込むと、


『こうするんだよ!』


 ルドルフが一瞬にして、夕焼の堕天使と化し、炎の大剣の一撃を喰らって大工房の天井までブッ飛ばされる。


 背丈は息子たちと同じ、ルドルフの堕天使形態だ。


『ハハハハハハ! 振り出しに戻ったな!』


 上から天井の破片が落ちてくる中、夕焼の堕天使ルドルフが楽しそうに笑う。


 下から見上げているメラニーは震え、アルフレッドは楽しんでいる。


「どうだい、メラニー。あれが、私の最強の大剣士だ!」

「……なぜ、彼の父親が、あなたなんかとともに!?」


 次の瞬間、ミハエルは竜の翼を羽ばたかせる。

 火の竜の巨人と化し、上から豪速の勢いで斬り込んだ。


『翼――か!』


 しかし、同時に、ルドルフもまた赤い天使の翼を広げ、飛び立ってくる。

 

 両者は、大工房の中心で激突した。

 余りの勢いの差に、ミハエルは上に大きく吹っ飛ばされ、大工房の外、大宮殿の上まで押し出される。


 空中で彼が羽ばたいて体勢を整えていると、彼の前に、夕焼の大天使と化したルドルフが飛んで来た。


『どうだ、見ろ。オレも飛べるんだぜ。アルフレッドの奴がつけてくれたんだ!』


 巨人体のルドルフが、夜空を背景に、両手と天使の翼を広げ、自慢する。


『うううアアアアアア!』


 ミハエルは聞かず、鬼の形相となり、竜の翼を広げ、狂竜化。


『ヌウううううーーん!!』


 最強形態、火の竜の巨人の狂戦士ムスペル・オルム・ベルセルクと化し、正面にいる父親へ斬り込んだ。


『そして、獣化これもな――』


 ルドルフが負けじと、天使の翼を広げたまま、魔獣化。

 正面から斬りかかったミハエルを、炎の大剣で後ろに押し返す。


 息子の方が、怒る竜と鬼ならば、父親は、笑う天使と悪魔のような姿だった。


『ハハハハ! 考えることは、みんな大体同じだな!』

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおーー!!』


 ミハエルとルドルフ親子は、ともに異形の姿のまま激しく打ち合う。

 翼を羽ばたかせて、大宮殿の空の上を飛び回り、帝都の夜空を、真っ赤で巨大な灼熱の炎で灯しながら。


 さらには、巨人体と人間体を使い分ける。


 空飛ぶ人間のミハエルが、空飛ぶ巨人ルドルフを斬り裂く。

 すると、ルドルフが空飛ぶ大剣士と化して、空中で赤騎士と刃を交える。


 ミハエルは火の竜の巨人の狂戦士ムスペル・オルム・ベルセルクと化して、白兜の大剣士に大剣を振り下ろす。

 大剣士はまた夕焼の堕天使と化して弾き返した後で、己の大剣を振り下ろし、赤騎士が空中で人間に戻って、ひらりとかわした。


 人間体に戻った親子は大宮殿の最上階にある広大な円蓋の上に降り立ち、そこで互いに走り込んで、また刃をぶつけ合う。


 その度に、彼は打ちのめされる。


 ルドルフの、凄まじい怪力に。

 自分自身の怪物の力を、全力で使おうとも。


 火の巨人と、火の大巨人の力の差は、まさしく親子の差なだけあった。

 小さな子供が、大きな父親に勝てるわけがないほどの絶望的な差が。


「……父上、なぜですか!?」

 ミハエルは苦しみながらも、何度だって問う。

「なぜ、我等息子たちをアルフレッドに!?」

「――快楽」

 ルドルフは今度こそ、楽しそうに答えた。


「むかし、人間の世界を滅ぼすたび思ったもんさ――。楽しそうだな、って」


 愕然となる彼に対し、父親は大剣を振るいながら続ける。


「全部焼いて、灰にしちまうには、もったいないな、ってな」

「……そんなことのために?」

「なに言ってんだ。お前が一番わかってくれるだろ?」


 ルドルフは、大剣を振るうと共に言い返した。

 ミハエルは長剣で受け止めながら、幼い頃に水晶で覗き見て、人間の世界に憧れ続けてきた時のことを嫌でも思い出す。


「そんで、だいぶ経って、くっだらねえ生活を送ってた時だ。アイツが来たのは」


「――火の巨人を私の物にしたいと思って、灼熱の世界へ初めて行った時に……、出会えたんだよ。あいつに」


 大工房の地下で、アルフレッドは喜んで、メラニーに明かす。


「話をして、それは驚いたもんさ。人間の世界に行きたい巨人がいたんだから」


「――笑ったね。オレたちを使い魔にしたいっていう魔術師のガキがいたんだからよ。けどな、オレは幸運の女神が微笑んでくれたと思わずにはいられなかったぜ」


「笑う火の大巨人の前で、魂は大人で、体はまだ子供だった私は、震えながらも、運命を感じずにはいられなかった」


「アイツはビビリながら、オレにこう切り出した。『だったら、人間になってみるのはどうだ? 私が、何もかも用意してやる。お前の世話をしてやる』ってな」


「私は、取引を持ちかけたんだ。『その代わり、お前の息子たちを差し出せ』と」


「オレは笑いながら、アイツにこう答えてやった。『――いいぜ。喜んで』」


「私は約束通り、火の大巨人の身体を元に、前世から引き継いだ知識と魔術の全てを駆使して、創造した! 火の大巨人の魂が入れる人間の肉体を!!」


「それが、この身体だ。白兜の大剣士ルドルフ様だ」


「あれこそ、私の最高傑作!!!」


「アイツは、願いを叶えてくれた! だったらオレも、約束を果たさなきゃな!」


 大宮殿の円蓋の上で、ルドルフは息子に言った。


「あとは、お前が気づいたとおりだよ」

「あなたが、オレたちの前からいなくなったのは、そのためか!?」


 ミハエルは長剣を打ち返して、父親に大剣で受け止められる。


「アルフレッドがいたこの世界に来て……、自分自身を呼び出すための道具にして……、息子たちをこの世界に召喚し、大巨人の権能で捕らえ、アルフレッドに差し出した!!」

「そうさ! そんでアルフレッドと一緒に、息子ガキどもを夕闇の堕天使に改造した場所が、あの大工房だ!!」


 怒る息子に、ルドルフは大剣を叩きつけた。


「破滅を思い出して、夕焼にするには、そりゃ苦労したけどな!!」

「本当にそんなことのために……自分の息子(オレ)たちを売り渡しのですか!?」


 彼は激昂し、怪物の力で渾身の一撃を叩き込む。

 しかし、ルドルフに大巨人の怪力であっさりと受け止められる。

 息子がいくら歯を食い縛って長剣を必死に押そうとも、父親は笑うだけで、相手の大剣と身体はびくともしない。


「だからお前ならわかってくれるだろ。人間になれたのは、最高だって!?」

「だからって!?」

「人間は、オレたち火の巨人族にない物をたくさん持っている。宮殿、風呂、ベッド、宝石、馬に、歌に、酒に、踊りに、金とギャンブル。戦争、殺戮、略奪、狩り、そして、女! 世界をただブッ潰してた時より、よっぽど楽しかったぜ!」


 聞きながら、ミハエルは、自分自身の楽しかった人生を振り返る。


「なあ、息子のお前ならわかってくれるよな。女にマジで惚れちまって、オレと同じように人間になったお前なら! 人生は、最高だって!?」

「だからといって!」

「何より、肉だ」


 それを聞いた瞬間、彼はなぜかおぞましい気分に襲われた。


「そうだぜ。人間は上手いんだ。ありとあらゆる食物が。犬、馬、うさぎ、ブタ、サケ、牛、ヤギ、羊、ニワトリ、アヒル、鹿、イノシシ。人間はなんでもおいしく料理してくれる。極上の酒と一緒に味わうともうたまんねえ。……特に、人間!」


 父親が快楽に溺れるような顔で舌をなめずりし、彼の背筋に恐ろしいほどの悪寒が走る。


「そうだぜ。人間は美味い。味も、歯ごたえも、どんなにしたって極旨だ!」

「あなたは……」

「さっきオレの元の身体が、帝都とつながってるっつたけどな、あれ、つまみ食いにもちょうどいいんだぜ。街中に、自分の手、口出して、ちょいっとな。誰が騒いだって、アルフレッドがもみ消してくれる!」

「人間を……」

「人間の口で喰っても、巨人の歯でかじるのもいいけどな、やっぱり元の身体で味わうのが最高だ!」

「人間を、喰らってきたというのか!?」


 ミハエルは、絶叫せずにはいられない。


「なんだ。お前、喰ったことないのか。おすすめだぜ。今度、喰ってみろよ」

「誰が!?」

「そうだ。初めにあのお姫様なんかどうだ?」

「!?」


「オレやアルフレッドと仲直りしてよ。どうだい、一緒に、一口?」

『だれがああああああああああああああああああああああああーーー!!!』


 ミハエルは再び、火の竜の巨人の狂戦士ムスペル・オルム・ベルセルクと化して、炎の大剣を振り下ろし、


『――あっそ』


 夕焼の堕天使と化したルドルフに、炎の大剣で受け止められて、


『んじゃ、お前とお姫様、セットでいただくとするか!』


 その巨体を、大宮殿の中に叩きつけられた――。


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