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第三十三話 彼がもたらすのは、怒りの光

「大丈夫。彼は正気を保っている。世界を滅ぼしたりなんてことにはならないよ。私やお前と違ってな」


「ありえない……どうやって!?」


「まずは友から教わった。外なるモノを己の内に宿らせ、操る術を。母から才を受け継いだ、降霊術の名手に」


 さらなる怪物と化した今のミハエルの破壊をもってしても、生き残っている兄弟たちはいた。

 胴体の左半分がなくなった夕焼ゆうやけ堕天使だてんしの一体は、尚も主人に命じられた敵を滅ぼすため起き上がろうとする。

 

 そこへ、青い影が躍りかかった。


 堕天使の巨木のような首を、刀の一振りで断ち切って、火の粉に変える。


 続いて、八度飛んで、八体の堕天使、大天使、大魔獣たちを瞬く間に斬り倒す。


 そうしていくのは、空と海のような蒼い甲冑を着た、一人の武士。


 彼の兄弟たちにとどめを刺すのは、虎丸の役目だ。


 彼によって蹂躙された跡を、生き残った巨人たちの身体を舞台に、左右二本の刀を振るって軽やかに舞う。


 顔の表情は、白虎びゃっこ面貌めんぼうに隠れ、窺い知れない。


 戦装束いくさしょうぞくを身につけた肉体は獣みたいに猛々しく、放たれる殺気は魑魅魍魎ちみもうりょうのように荒々しいというのに、剣舞は華麗だった。


 巨人の首を斬って落とすと、そこからまた跳んで、何百歩と離れた先にいる次の巨人へ、また次の巨人へ、ひとっ飛びで飛んで行く。


 それが終われば、次の巨人へ。

 それが終われば、また次の巨人へ。


 一撃は、風の如く。

 連撃は、嵐の如く。

 跳び跳ね、飛翔する。


 巨大な夕焼の堕天使たちを、まるで草を刈るように薙ぎ倒していく。

 義兄が打ってくれた両手の二振りの刀で、彼の兄弟たちを次々と眠らせる。


 ただの人間が。


 それは、巨人たちが、反撃してこようとも変わらない。


 夕焼の堕天使が炎の大剣を振り下ろそうと、夕焼の大魔獣が口を大きく開いて噛み付いてこようと、空から夕焼の大天使が鷲のように襲ってこようと、ひらりとかわし、刀を振るって、安らかに眠らせる。


 相手は、火の巨人。

 数々の世界を滅ぼしてきた破滅の存在。


 虎丸は、小さな人間。

 なぜ、そんなことができるのか。


 己の武を、人の頂きまで鍛え上げているだけでは足りない。


 己の内に、人ならざるモノたちを降ろしているからだ。

 母から教えてもらい、数々の異界で高め続けてきた、自慢の降霊術で。


 心に鬼を、体に獣を。

 荒牛の如き鬼に変わり、猛虎の如き獣と化し、己の存在を無に至らせて。


 されど、人ならざるものになるなど、人には有り余る。

 過ぎれば、心が壊れ、身を滅ぼす。


 これは、かんなぎの才に恵まれた、虎丸とて同じこと。

 だから彼のように極めるまで、地獄の修練を積み上げた。


 そこまでしたのは、彼と並ぶため、共に戦うため、そして、彼に勝つために。

 たとえミハエルが、さらなる怪物ムスペル・オルム・ベルセルクになろうとも。


 あきらめる? とんでもない。

 あれに勝つ? もちろんだとも。

 武士が、騎士に負けてなるものかと追い続けた。


 だから、ミハエルが感謝しているように、虎丸もまた感謝している。

 ここまで強くなれたのは、彼という友がいてくれたから――。



赤騎士あかきしは、青武士あおぶしから学んだ。己の内に、己以外のものを降ろして操る術を。いかに抑え、律し、制するかを」


「バカな! 巨人なんかにできるはずが!?」

「そうとも。それだけではない」

「……なに?」


「彼が元から宿す『破滅』の力を、身体の中に流れる『血』に例えるとするならば、友の降霊術は、『肺と呼吸法』。竜の獣性と人の狂乱は、『薬物』と『信仰』といったところか……。だが、それだけでは足りない。あれがなければ、正気は保てない。肝心の『心臓』となる、あれがなければ……」


「……あれ?」

「そうだよ。あれだよ、あれ」


 彼が胸に抱き、彼女と共に日々を過ごし、育んできたもの。

 王国の人たち、異世界の人間たちとも交わることで、あれはより大きくなった。


「あれとは、なんだ!?」

「わからないかい。彼女がくれた」


 今は幸せを犠牲にして、奉仕するからこそ、遂には禁術の完成にまで至らせてくれた。


「答えろ! あれとはなんだ!?」

「そんなの決まっているだろう」


 私は心から笑って、答える。


「愛だよ、愛」


 メラニー・ローザリンデ・エーデルワイスへの愛。


「…………愛?」

「そうとも。彼女への愛さ」


 それこそが、さらなる怪物と化しながら人の心を忘れさせず、彼を、真の騎士にさせるもの。


「他の人間の騎士たちと何一つ変わらない、愛の力だよ」


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーー!!』


 絶対的な咆哮を轟かす火の竜の巨人の狂戦士ムスペル・オルム・ベルセルク、赤髪の赤騎士ミハエル・フォン・シュバルツは、愛の騎士なんだと。



「……あんな化物が?」

「そのとおり」


「……ありえない、ありえない、ありえない。そんなことあってたまるかあー!」


 アルフレッドは、受け入れられず、狼狽する。


「ありえないだと。化物が、人の愛を抱いて、真の騎士になることがか?」


 私は、言い返した。


「やめろ。世界を狭めるな、黒太子。可能性を求め、不可能を否定し、おのれが視る世界を広げろ。お前も、魔法使いの端くれならば」


「黙れ! 黙れ! もう黙れえー! 貴様の戯言を聞いて、頭がイカれそうになってくるのは、もううんざりだあああー!!」


「お前が破滅を操ろうとしたように、獣性も、狂乱も、制することができれば、頼もしい力だろう。愛の力なら尚更だ。世界にとって素晴らしいことじゃないか?」


「貴様はやはり、全世界を滅ぼす悪しき存在だー!!」


「いいや。私は、全ての世界を愛している。だから私は世界を巡り、世界を守り、知識を求め、誰かの願いを叶えるのさ」


「貴様は、その知識欲と実験的試みの果てに……いつか必ず、全ての世界を巻き込んで滅亡させる!! いつか必ず!! 必ず!! 絶対に!! 絶対にだ!!!」


「愚かな。道を踏み外せば、待つのは堕落。自覚して尚、可能性を求め、未踏へと進まなくてならない。知恵を新たに、過ぎた力を制して、操る術とし、夢を叶える。それが、全ての存在と世界に対する、我々、魔法使いの責務だろうが?」


「その果てに……世界を滅ぼしてもか?」

「世界を滅ぼさない……救うためにだよ」


 私の声でしゃべりつづける鴉を、黒太子はわなわなと見下ろした。


「ところでいいのか。向こうは、何の手も打たなくて?」

 

 私の突然の発言に、黒太子がハッとなって戦場の方を見つめる。

 夕焼の堕天使の大軍勢は、今や半壊していた。


 アルフレッドは、私の鴉に怒りと焦りの眼を向ける。


「お前、まさか、私を引きつけるためにここに!?」

「まさか。誓って、その気はなかった。本当に話に来ただけだ。かといって、お前に助言してやる義理もない」


 私は一転して、冷徹となる。


「だが、これだけは最後に教えておいてやる。世界を滅ぼすのは、私のように狂った魔法使いではない。貴様のように欲深くて力に溺れる傲慢な王様だ。傲慢な支配の積み重ねこそが、他者と世界を巻き込んだあげく、己自身をも滅ぼすのだ」


 次の瞬間、侮辱した鴉に、白衣の女騎士ルーチェが、アルフレッドの後ろから細剣を振り払った。


 間一髪、鴉が、アルフレッドを置いて飛び立つ。

 飛んで行く鴉の足下で、激怒したアルフレッドとルーチェが、塔の屋上から駆け出していく姿が見えた。



 火の巨人の赤騎士が、竜の翼で大きく羽ばたく。

 虎丸が堕天使の頭頂部を蹴って、巨人のミハエルの肩の上に飛び乗る。


 そのままミハエルは、さらに空の上へ。

 昏い空の高くまで昇っていって、やがてそこで止まる。


 正面には、半分沈んだ紅い夕陽が。

 遥か下には、半壊した夕焼の堕天使の大軍勢が見えた。


 大軍勢は散らばらず、ひとかたまりの集団となっていた。


 彼の誘導によるもの。

 正気を保っていたからこそできた芸当。


 密集した大軍勢を見下ろしながら、ミハエルは息を大きく吸う。


 体内で巨人の炎と竜の炎を融合させ、狂戦士の狂乱と私が教えた火魔法でさらに燃焼させて、限界まで高める。


 そして、地上の大軍勢に向かって吹いた。


 《怒りの光(レイーレ・レイ)


 最大最後の一撃となる、真っ赤な光を。


 日の光のように降り注ぎ、地上にいた夕焼の大天使たちが灰燼と化す。


 空の上から筆のように振るって、大軍勢を文字通り塗り潰していく。


 広大な大地を瞬く間に炎熱の地獄に変えて、生き残っていた夕焼の堕天使たち、大魔獣たち、大天使たちを、一人残らずまとめて焼滅させた。


 そこで、ミハエルは、吹くのをやめる。


『……みんな、安らかに眠ってくれ』


 一万の兄弟たちを自ら火葬して、彼の赤い眼の中にある炎が潤った。

 彼の肩の上で、虎丸は黙祷もくとうを捧げる。


 この光景は、遠く離れた王国と帝国、両陣営にもよく伝わった。

 何が起こったのか事実だけはわかって、両陣営の反応は対照的となる。


 東の城塞都市にいた黄昏の王国の者たちにとっては、恐ろしくとも、彼がやってくれたのだという天の光。まさに救い。


 西の本営にいた夕闇の大帝国の者たちにとっては、あの無敵の大軍勢が日没の瞬間に全滅したのだという破滅の光。まさしく悪夢。


 

 そして、遠い帝都の謁見室の展望台からも、うっすらとだがよく見えた。

 昏い東の地平線が、夜明けのように赤く光っている光景が。


 女帝たちが見つめる中、メラニーだけは悟った。

 彼の赤い光だ。


 彼女は左のポケットから秘密の指輪をそっと取り出して、左手にはめる。

 運命の人と結ばれた時にする、左手の薬指に。


義母上ははうえ


 次の瞬間、謁見室の玉座の前に、夕闇の黒太子アルフレッドと白衣の女騎士ルーチェが、東の戦場から魔術で転移してくる。


 メラニーの指輪の魔法によって、彼女の居場所が、東の空の上を飛んでいるミハエルと虎丸に伝わったのはほぼ同時だった。



「――ミハエル!」

『ああ。ゆくぞ、虎丸!』


 彼の竜の翼が、日が沈んだ西の空に向かって羽ばたいてゆく。



「アルフレッド。こんなに早く一体どうしたの?」

「義母上、すぐにお逃げくださ……」


 アルフレッドと女帝は、メラニーが東の方を向いていることに気づく。


 東の昏い空の向こうから、赤い小さな光が、一羽の鳥のように飛んで来るのも。


 それを見て、彼女は笑った。



 帝都にいる人たちも、自分たちのところに、空から赤い光が、どんどん近づいてきているのを目撃した。


 帝都の空の上までやって来て、巨大な翼を広げて、降りてくる。


 着地した衝撃で、帝都が地震のように揺れる。


 それでも帝都の人々は、まだ動けない。


 戦火が自分たちに及ぶことなど考えてもこなかった帝都の人たちは、呆然と立ち尽くすだけだ。


 大宮殿の謁見室から覗く、夕闇の女帝と佞臣たちとて例外ではなかった。


 けれども確かにそれは、外の正面にある大通りの奥に立っている。

 鬼の形相で竜の翼を広げ、炎の大剣を持った、真っ赤に燃える巨人の騎士が。


 メラニーは目を離さず、見つめ続ける。

 さらなる怪物となって、来てくれた彼の姿を。


 ――怖い。だけど、嬉しくてたまらない。


 大通りに立ったミハエルは巨人の眼で、謁見室の奥にいた彼女の姿をやっと見つける。


 ――怖い。だけど、嬉しくてたまらない。

 

『姫様あああああああああああああああああああああああああああああーー!!』


 ミハエルは恐れず、大声で呼んで、ありったけの想いをぶつけると、


「赤騎士!」


 メラニーは、笑顔で答えた。


 彼女の人の声が、彼の巨人の耳に届き――愛が、通じて、


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーー!!!』


 ミハエルは夜空に向かって、歓喜の咆哮を轟かす。


「「「わああああああああああああああああああああああああーーー!!!」」」


 知らぬ者には大怪獣の咆哮に他ならず、帝都の人々はようやく逃げ惑った。


「あれは、なに!? あれは、なんなの!? なにしてるの、アルフレッド!!」


 夕闇の女帝が、アルフレッドに詰め寄る。

 

 謁見室が大騒ぎとなり、諸侯たちが出口に殺到していく中、


「堕天使! 堕天使! 堕天使いいいーー!!」


 慌てるアルフレッドの命令で、帝都の防衛についていた夕焼の堕天使たちが、道路を走って攻め寄せてくる。


『姫様! 今、参ります! でやああああああああああああーーー!!!』


 火の巨人のミハエルは真っ赤な大剣を振りかざし、真っ直ぐ駆け出した。

 待っていてくれているメラニーの元へ――。


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