表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/40

第三十二話 彼が制すは、竜と鬼

「儀式を始めよう」

『「御意」』


 私は魔法など使わず、ただ儀式を執り行う導師となって、黄昏の空から下にいる二人に呼びかける。


赤髪あかがみ赤騎士あかきしよ――暴れよ」


 大地に立つ、巨人の赤騎士に。


青浪あおなみ青武士あおぶしよ――荒れよ」


 彼の足元に立つ、人間の青武士に。


 巨人と人間、大と小、二人の肉体に変化が起こる。


『《火竜――』


 ミハエルの巨人の角が生えた頭に、さらに竜の二本の角が生える。顔が凶々しく、歯が牙となり、背中から竜の翼が広がる。


「《猛虎――」


 虎丸は、虎のように毛が逆立って、身体と両手両足が図太く膨れ上がり、指と爪が肥大し鋭利に尖っていく。


 二人は、己の肉体を『獣』と化したのだ。

 これだけでは、終わらない。

 変異は、さらに続く。


「暴れ、荒れ、乱れ――狂え」


 次は、精神こころ


「狂え、狂え、狂え、戦に狂う鬼たちよ」

『――赤鬼》』

「――青鬼》」


 自らの意思で、『鬼』とも呼べる『狂気』が、心の中に取り憑いた。


「狂え、狂え、狂え、狂え――戦え」


 二人の闘争本能が高ぶり、昂ぶり、荒れ、暴れて、狂い、狂い、狂っていく。


「戦え、闘え、戦え、闘え、戦え」


 肉体に『獣化じゅうか』、精神に『狂化きょうか』。


 二人の内で、二つの衝動が吹き荒れ、彼の中では『破滅』と混ざり合う。


 これを、人の心で制する。


「抑え、律し、制し、打ち克て」


 我に克つ、人の心で、己のモノとする。


 二重詠唱ダブルキャストならぬ、二重憑依ダブルポゼッション


 これこそ、私が授け、友が教え、遂には彼が完成させた禁術。

 さらなる怪物になるための――。


『暴れ、狂え、律し――』

「荒れ、乱れ、制し――」

「戦え、戦え、闘え、闘え、そして勝て――私の祝福を受けし狂戦士きょうせんしたちよ」


 火の巨人の赤騎士が、鬼の貌で、竜の翼を羽ばたかせ、黄昏の空へ舞い上がる。


 王国の者たちと帝国の者たちには小さな鳥のように見え、何が飛び上がったのかわからない。


 誰も理解できないうちに、火の巨人の赤騎士は、空の上でもう一度、竜の翼を羽ばたかせる。

 真っ赤な炎の大剣を振りかざし、夕焼の堕天使の軍勢めがけて、落雷のごとく斬りかかった。




「乾杯」

「「乾杯!」」


 夕闇の女帝と大帝国の諸侯たちが、楽しそうに杯を上げる。


 場所は、帝都の中心にある大宮殿、最上階の謁見室だ。


 玉座に座る女帝は、笑顔だった。

 周りの諸侯たちは、媚びるように集まっている。

 冷静なのは、警備についている白衣の騎士たちだけだ。


 メラニーは、母親の側に、紅いドレスを着て立っていた。

 乾杯などできるわけがない。


 謁見室の東側は、展望台になっていた。たくさんの明かりが輝く帝都の美しい夜景と、もっと奥にある夕闇の地平線が一望できた。


 帝都の人たちは、下層民に至るまで、戦勝気分に酔いしれ、酒を飲み交わす。

 皆が意識を向ける東の方角には、ずっと敵国だった黄昏の王国がある。

 今度こそ、王国を滅ぼせる。長かった戦争に勝てるのだ。

 

「ようやく終わるわ。何年も続いたこの戦争が。そして、黄昏の王国も……」

 女帝は心の中で、夫はせいぜい惨たらしく焼け死んで欲しいわねと願った。

「そして始まるのよ。私たちの夕闇の大帝国が全世界を永遠に支配する日が。私の息子がもたらしてくれた夕焼の大軍勢によって」


 どの世界でもこんなものだ。

 戦場を知らない戦争好きな者どもの振る舞いは。

 兵士と敵側のことなど考えもせず、自分たちの勝利と安全と、火の粉が降りかからないことを疑わない。


「嬉しくてたまらないでしょ。メラニー。世界があなたのものになるんだから」

「世界ですか……。ごめんなさい、お母様。想像がつきません」


 メラニーは落ち着いて、適当に返事をした。


「あら、そう。けど、大丈夫。これから外の世界を知れば知るほど、実感していくわ。世界を支配することの素晴らしさがね」


 メラニーは、支配などごめんだと思った。

 外の世界のどこにだって、そこで懸命に生きている人たちがいる。


 火の巨人がそうだった。


 メラニーの心は、彼を信じる想いで溢れている。

 だが、怖くてたまらなくもあった。


 なぜならば、大軍勢。夕焼の堕天使が一万体も存在するから。


 数々の世界を滅ぼしてきたという、『破滅』の再来。

 そんなものが、みんながいる黄昏の王国に向かっているのだ。


 ――赤騎士。


 彼女は、左ポケットの中に手を入れて、仕舞ってある秘密の指輪に触れる。


 指輪から感じてきたのは、炎のような熱さ。

 メラニーの心に、彼の存在が伝わってきた――。



 竜と化した、火の巨人の赤騎士が、空から突撃する。

 炎の大剣を前に突き出し、竜の翼を羽ばたかせ、地上にいた夕焼の堕天使たちを一挙に蹴散らしていった。


 大軍勢の中を突き破り、奥まで達したところで、進撃を止め、そこで炎の大剣を振り上げる。


 ――眠れ。


 前にいた堕天使たちに勢いよく振り回し、八体まとめて炎の肉塊に変えた。


 圧倒的な力を見せつけたところで、心を奪われた堕天使たちは止まらない。

 周りから夕焼の堕天使たちが大剣を振りかざし、夕焼の大魔獣たちが大爪を振り上げて、何十体と押し寄せてきた。


『ウオオオオオオオオオ――!!』


 ミハエルが、竜と巨人の咆哮を二重に轟かす。


 その瞬間、彼の巨体が、真っ赤に光る。


 ――眠れ。


 竜と火の巨人、体内に宿る二つの炎を一つに燃焼させて、口から熱線ともいうべき炎を発した。


 超高熱度のそんなものを浴びせられ、夕焼の堕天使たちの紅蓮の巨体が一瞬にして焼却される。


 灼熱世界の溶岩にも耐える、頑強な肉体と、不死身の再生力も、全くの無意味。


 まだ浴びせられていない堕天使と大魔獣たちが、同じように大剣と口から灼熱の炎を発するが、巨大な彼の体と鎧は平然と耐え抜く。


 その兄弟たちにも、熱線を浴びせる。


 竜がするように、ミハエルは前方に炎を吐きまくって、そこにいた夕焼の大魔獣、堕天使たち数十体をまるごと焼き払って、消滅させた。


 そこまでしても、一万の大軍勢には微々たるもの。

 すぐさま前左右、後ろから、次なる堕天使と大魔獣が何百、何千と迫りくる。


 そこまでの数を持ってしても、赤い怪物は止められない。


 ――眠れ。


 火の巨人の赤騎士ミハエル・フォン・シュバルツは、竜と巨人の姿で、狂うがまま暴れまくる。


 ――眠れ、眠れ。


 炎の大剣を何度も振り回し、灼熱の熱線を何度も吐いて、夕焼の堕天使たちを次々と屠っていく。

 心を奪われ、傀儡にされて、奴隷にされた、哀れな火の巨人たちを確実に葬り去っていく。


 ――眠ってくれ。安らかに。


 帝国の堕天使を一体残らず、破壊するために。

 火の巨人たちを一人残らず、眠らせてあげるために。


 己の巨大な火の手を、兄弟たちの血と炎で真っ赤に汚しながら。

 それでも彼は、騎士として、己の使命を遂行する。


 続けて、上空から夕焼の大天使たちが何十体と飛来してきて、ミハエルは竜の両翼を羽ばたかせる。

 再び空へと舞い上がり、嵐の如く飛びながら、宙にいた夕焼の大天使たちを次々と大剣で両断し、口から炎弾を連発して爆砕していく。


 空中の大天使と地上の堕天使たちも、口から炎を吐き、大剣を炎を放って、追撃してくるが、ミハエルは縦横無尽に飛行して回避し、再び地上の大軍勢へと突撃をかけた。


 今度は、空から灼熱の炎を浴びせながら。



「なんだ、あれは……?」


 それを見て、夕闇の黒太子アルフレッドがつぶやいた。

 大軍勢の後方にある城の塔の屋上から、望遠鏡を使って覗き見ている。

 後ろには、白衣の女騎士ルーチェと四人の白衣の騎士が控えていた。


 火の巨人の赤騎士が、空を飛び、炎を吐いて、堕天使たちを倒していく光景は、アルフレッドの想像を遥かに超えていた。


 そんな黒太子の前に、再び、使い魔のカラスが舞い降りる。


「やあ」


 鴉の口を使って楽しそうに話すのは、もちろん私だ。


「……お前か?」

「ああ、私だよ」


 望遠鏡を下ろした黒太子が、真っ青になりながら私の方を見てくれる。


「どうやら後悔してくれているようだな?」

「……あれは、なんだ?」


「あれ? なんのことだ?」

「とぼけるな! あれは、なんなんだー!?」


「だから、あれって? はっきり言ってくれ。何のことか、さっぱりわからない」

「おちょくるなああー! 赤騎士のことに決まってるだろがあー!!」


「だから、赤騎士がどうしたっていうんだ?」

「なぜ巨人が空を飛べる!? 火を吐ける!? あんなに速く動ける!?」


「おいおい、何を言っている? 巨人が空を飛べて、火を吐けて、速く動けて、何がいけない?」


「巨人が飛べなくて、火が吐けなくて、ノロマなのが全世界の常識だろがあー! 全世界の人間の誰に聞いたって、そう答えるに決まってるううーー!!」


「いいや。世界は広い。あんなものが、全ての世界にたった一つあってもいい。それが、世界の可能性であり、魔法を使ってでも叶える奇跡というものだ」


「あってたまるかー! 御託はいい! さっさと教えろー!」

「わかった、わかった、教えてやる」


 私はおちょくるのはやめて、ちゃんと答えた。


「赤騎士がやっているのは、何のことはない。ただの獣化と狂化の二重がけだ」

「……獣化と狂化?」


「ああ。憑依魔術の二重がけ。名付けて、二重憑依ダブル・ポゼッション。肉体を竜と化し、精神を狂戦士に変え、総合能力を爆発的に底上げ倍増強化して、己の限界を遥かに超えているだけだ」

「……はあ?」


「だから竜のように空を飛べる、火も吐ける。また狂戦士になったことで、肉体の限界を超えて、もっと速く、もっと強くなった。後で、ものすごく疲れるが、火の巨人は火山と同じぐらいエネルギッシュだからな。一日中暴れていられるとも」


 アルフレッドは口を閉ざし、ゆっくりと理解しながら、やがて恐れながらつぶやいた。


「火の巨人を……ドラゴン狂戦士バーサーカーに!?」

「そうだ」


「……数々の世界を焼き尽くしてきた火の巨人に……同じく世界に『破滅』をもたらしてきた、竜の『獣性(じゅうせい』と人の『狂乱きょうらん』を掛け合わせただと!?」


「それだけだ。火の竜の巨人の狂戦士ムスペル・オルム・ベルセルクと呼んだ方がわかりやすいかい?」


 アルフレッドは、目の前に化物を見ているかのように絶句する。


「赤騎士は、己の肉体に竜を宿し、己の精神に私が与えた狂戦士の魂を取り憑かせて、その二つの力を、元から己にあった破滅の力と一つにして、戦っている」


「なぜ奴は、そんなバカなことを……?」

「彼女を守るため。兄弟を葬るため。お前に勝つために」


「なぜ貴様は……そんなイカれたことをしやがった!?」

「ひらめいてしまったのでね。ついやってみたくなった」


 我ながら、私が一番イカれているな。


「そんなことをすれば、奴は……暴走する! とてつもない怒りと憎悪と破壊衝動に飲み込まれて、世界を滅ぼすまで止まらない!!」


 そのとおり。そんなことをすれば、正気を失って暴走する。普通なら。


「お前たちは本当に、この世界を滅ぼす気かあー!?」

「大丈夫。彼は正気を保っている。世界を滅ぼしたりなんてことにはならないよ。私やお前と違ってな」

「ありえない……どうやって!?」


 彼女のおかげだよ――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ