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第三十話 彼が戦った後で

 鴉が国境を超えて、西へ飛ぶ。


 目指すのは、夕闇の大帝国の帝都だ。


 繁栄を極めた帝都の中心にあるのは、帝国の大宮殿。

 そこの高層階に、黄昏の紅姫メラニーは連れて行かれた。


「お前は、ここでおとなしくしていろ!」


 黒太子アルフレッドに案内されたところは、何とも豪勢な部屋だった。

 ベッドは天蓋付きで、天井に輝くのはシャンデリア。

 置かれた家具や、壁にかけられた絵画や装飾、いずれも超高級品である。


 王国の部屋も贅沢だったが、明らかに格が上がる。

 夕闇の大帝国の金と贅の限りを尽くしてくれたのだろう。


 そんなものに、メラニーの心は揺らいだりはしない。


「あら。随分といいお部屋を用意してくれたのですね」


 アルフレッドに強気になって、社交儀礼の言葉に皮肉を込める。


 彼への想いが、彼女の心を支えていた。

 それを、アルフレッドは敏感に察する。


「そうやって、減らず口を叩いても無駄だ。赤騎士の奴は来ない!」

「いいえ。来ます!」


 醜く怒る黒太子に、メラニーはきっぱりと言い返す。


「私の騎士は、必ずここに」

「……そうか。気が変わった。見せてやる!」


 メラニーは、アルフレッドに大宮殿にある地下へと案内される。

 そこにあったのは、地下二十階もある大空洞だった。


「……なにここ?」


 メラニーは、地下三階の吹き抜けから身を乗り出して、空洞の中を見渡す。

 そこにあったのは、余りにも広く、余りにも深い空間に建設された、地下の大工房だった。


「こんなに深くて、大きな工房だなんて……。どうやって造ったというの……?」

「どうやったと思う?」

「……火の巨人に掘らせ、造らせたのね?」

「違う。堕天使だ」


 メラニーは気にもせず、大工房の中を見渡す。

 そして、中心にあった余りにも巨大な物体が、何かに気づいて目を見張った。


「……あれは、火の巨人!?」


 大工房の中心にいたのは、とてつもなく大きな火の巨人だった。

 夕焼の堕天使たちの十倍以上はある。


 全身真っ赤な肉体は、男性。

 地面に腰掛け、曲げた両足を立てて、両ひざの上に両手と頭を乗せて、顔を伏せている。

 頭部の二本の角、燃え盛る炎のような長い髪、溶岩のように燃え滾る全身は、ミハエルと夕焼の堕天使そっくりだ。


 ただし、安らかに眠る姿は、赤ん坊が母胎の中で眠っているようにも見える。


 周囲には、火の巨人たちが何体といた。

 全ての巨人たちが、同じ座り方をしている。

 まるで、親子が一緒に眠っているように。


「奥にいるあの大きな巨人は……まさか、親?」

「そうだよ。火の大巨人。父親さ。あれから火の巨人たちは、生まれてきた」

「生まれてきたって……、母親はいないの?」

「ああ。奴らはそうやって生まれてくる。あいつもな。さすがは化物だよ」


 アルフレッドの彼への皮肉を、彼女は無視する。


 なにはともあれ、メラニーは理解した。


 ここは、火の巨人を産み落とし、夕闇の堕天使に改造するための工房なのだと。

 赤騎士の父親と兄弟たちは、ここで心を殺されて、家畜に変えられている。


 彼がここを見たら、どんな想いをするだろう。

 いや、きっと彼は、この場所を想像し、覚悟をもう決めているはずだ。

 ここに辿り着いたら、彼は迷わずここを跡形もなく破壊して、父親と兄弟たちを呪縛から解き放つ。


 父殺し、兄弟殺しという、重い罪を背負って。

 つらい想いをしながら……。


 ――彼がここに来た時は、私がこの場所を教えてあげよう。

 ――そして、彼を慰め……、違う。私も、罪を背負うのだ。


「あら、ここにいらしたのね?」


 その時、メラニーたちの前に、見知らぬ人物が現れた。

 豪奢な青いドレスを着た茶髪の貴婦人。大勢の臣下を連れている。

 齢を重ねた中年の美女であり、君主としての貫禄を放っていた。


「これは、これは、義母上ははうえ


 アルフレッドが謹んで、貴婦人に頭を下げる。

 メラニーは、誰なのかすぐにわかった。


 夕闇の女帝。

 メラニーの母親だ。


「嬉しいわ、アルフレッド。ちゃんと、取り戻してくれたのね」

「はい。女帝陛下あなたとメラニーのためですもの」


 夕闇の女帝が微笑んで、メラニーに近づいてくる。


「あなたなのね、メラニー」

「はい、お母様……」


 メラニーは数年ぶりに再会した実母に、戸惑いを隠すことができなかった。

 そんな娘を、女帝は優しく抱きしめる。


「王国でのことは聞いてるわ。大変だったわね。長い間、迎えに行けなくて、本当にごめんなさい。けど、大丈夫。もう大丈夫よ。あなたは今度こそ幸せになれるわ。これからゆっくりと母娘の時間を取り戻して行きましょうね」

「……はい」


 メラニーは迷う。信じていいのだろうか。

 母親への期待が邪魔をして、これから王国をどうするつもりなのか聞けない。


義母上ははうえ、例の準備は?」

 アルフレッドが質問する。

「ええ。できてるわ」

 夕闇の女帝は答える。


「夕焼の堕天使の大軍勢。総勢一万。いつでも黄昏の王国に向けて進軍可能よ」


 あの時、雌豚メスブタと言った父の言葉が、娘であるメラニーの心の中に蘇る。


「感謝いたします、義母上ははうえ。これで長年の悲願が達せられるでしょ」

「いいえ、何もかもあなたのおかげよ。アルフレッド。メラニーも取り戻してくれて、ようやく願いが叶えられるわ。黄昏の王国なんて、なにもかも焼き尽くしてあげるんだから」


 彼女は悪寒を抑えながら、改めて、母親の姿を自分の目でよく見た。


 青いドレスと黄金細工に飾られた身体は、肥満体。

 顔と肌の化粧は、白くてけばけばしい。


 宮廷内では、媚びる佞臣たちによって褒めちぎられていると察せられた。

 さぞや、太った身体と一緒に、虚栄心を膨らませてきたことだろう。

 愛人も、多そうだ。


 メラニーは、母親になんてことをと思いながらも、心の底から湧き出る嫌悪感が抑えられない。


 国王との約束なんて、初めから守る気などなかったのだ。

 全ては、愛する娘を自分の手に取り戻してから、夫と黄昏の王国を焼き尽くして、復讐するために。


 愛する娘が今まで暮らしてきた王国を滅ぼされてどう思うのか、考えもせずに。


「どう、あなたも嬉しいでしょ、メラニー?」


 夕闇の女帝は、母親らしい微笑みを一切崩さずに、そう言ってくる。


「お母様……やめてください」


 メラニーは、恐ろしいものを見ているかのように、小さな声で頼んだ。


「あら。どうしたの、メラニー?」

「黄昏の王国をすべて焼くなんて、そんな必要はありません。あそこは……」

「まあ、なんて優しいのメラニー。あなたにあんなにひどいことをした王国を助けて欲しいだなんて」


 女帝は、本当に母親のように笑った。


「わかったわ。後で、助けたい人を教えてちょうだい。その人たちだけは助けてあげるから」


 説得なんて、無駄だと悟り、気力が失せた。

 これ以上言ったら、機嫌を損ねて、怒らせてしまうだけだろうと。

 そうすれば、もっとひどいことになるかもしれないと、怖気づいてしまう。


 それほどに、母親に裏切られた失望と、絶望感は大きかった。


 しかも、あの夕焼の堕天使が、一万も……。


 彼は、勝てるの――?


 勝つと言ってくれた彼を信じたい想いが、手足と一緒に震えそうになる。

 涙が出そうで、まだ来てくれない彼にすがりそうになってしまう。


 赤騎士、早く――。


「カアー、カアー」


 なので私は、上に止まって見ていた鴉を、励ますように鳴かせてあげた。


「アホー。アホー」

「なによ、この鳥!」

「ええい! 消えろ! 消えろ!」


 女帝はさっぱりわからず、アルフレッドは喚き散らすことしかできない。


 鴉が飛び立って、メラニーは見上げながら笑ってくれる。


 そして、自分が着ている紅いドレスの左のポケットの中に、いつの間にか、彼から贈られた秘密の指輪があることに気づく。


 一体、どうして。


 黄昏の王国の城にいた時、自分の部屋の机の中に大事にしまっておいて、アルフレッドに捕らえられてから取りに行けなかったはずだった。


 ――虎丸が、救い出したアリッサに部屋から持ってきてもらって、大剣士に押し返される直前、こっそりお返しておいたのさ。



 その頃、黄昏の王国は、希望が沈みかけていた。


 戦いの後の城の中は、国王代理となった大臣とその息子であるヤーコプの指揮の下、誰もが仕事を真面目にこなしていたが、人々の顔は暗い。


 国王に裏切られ、メラニー王女はさらわれて、帝国の陰謀と新たに現れた夕焼の堕天使たちに、自分たちは何もできなかった。余りにも無力だったからだ。


 彼がいなければ、どうなっていたことか。

 その彼も、今や王国から去って、行方知れず。


 夕焼の騎士という、とてつもなく強くて、堕天使にまでなれる騎士まで出てきて、これから本当にどうすればいいのだろうか。


 国王は捕らえ、監督官を初め自らの意思で捕まった者もいるが、それが何の足しになるだろう。


 頭脳明晰の大臣すら打つ手無く、誰もが希望ある未来を想像できないでいた。


 そんな中、西の城塞都市の方から急報が届く。


 夕闇の大帝国で、夕闇の堕天使。

 いや、夕焼の堕天使一万の大軍勢が、進軍を目前にしているとのこと。


 この報告を聞いた大臣は、絶望に陥る部下たちを前にして、口を開いた。


「全軍を集めろ。城塞都市にて最後の決戦に挑むぞ!」


 逃げる者は無く、黄昏の王国軍全軍が、西の城塞都市に集結する。




 ――彼の禁術は、まだ完成していない。


 どちらか片方だけだった。


 それなのに、今ならばできる気がする。


 決戦を目前に控えた今になって、ようやく。


 おそらく、彼女とのすべてを犠牲にしたからだ。

 それこそが、――というものなのだから。


 あそこに帰ってきた彼は、人の身で、最後の試練に挑む。


 私たちの教え、王国での日々を振り返り、彼女への想いを抱いて。


 ――翼を広げ、鬼となる。


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