第二十九話 彼が振るうは、怒りの剣
炎の大剣の一撃で、夕焼の堕天使三体の巨大な上半身が薙ぎ払われ、広場の地面に転げ落ちる。
上半身だけになった三体は両手だけで起き上がり、すぐに再生を始めるが、火の巨人の赤騎士が大剣を叩きつけた。
『……眠れ』
三体はバラバラに粉砕され、燃え上がって消えていく。
夕焼の堕天使、残り十七体。
四体目、五体目、六体目、七体目が襲い掛かってくる。
堕天使たちの燃える肉片は、周りの壁や塔に飛び散り、火種となって炎が立ち昇った。
「やめろ! やめろ! やめろおおー!! わしの城が! わしの城がー!!」
黄昏の国王が嘆願するも、止まるはずもなし。
勇敢なる騎士が、人形にされた奴隷に負ける道理もなし。
火の巨人の騎士ミハエルはまた炎の大剣を振るって、奴隷にされた四体目と五体目の兄弟を眠らせた。
城壁の上で、メラニーは震える。
圧倒的な光景。
これが、元の姿に戻った彼の力。巨人同士による彼の闘争。
それでも、目を離さない。そこから動かない。
「赤騎士……がんばって!」
彼の戦いを最後まで見届ける。そう、決意したから。
彼女のそばで、アルフレッドは茫然となって立ち尽くす。
夕焼の堕天使は無敵だと誇っていたのに、またも二体まとめて灰にされる。
堕天使たちをたやすく屠る、あれは一体なんだ?
あれは、一体なんなんだ!?
赤騎士本人だとわかっていても、理解できない。
そんなアルフレッドの前にある胸壁の上に、一羽の鴉が降り立った。
「そんなに信じられないか?」
鴉が、喋る。
私の声で、アルフレッドに話しかけた。
「……魔法使いさん?」
メラニーが気づく。
そのとおり、私が放った使い魔だ。
アルフレッドは苛立ちながら、私の声で話している鴉を見下ろした。
「言っただろう。あれには手を出すなと。後悔するとな。これで四度目だぞ」
「あれは……お前が?」
「そうだ。火の巨人の彼を、立派な人間の騎士にしてあげた」
「『破滅』を呼ぶ、火の巨人をか!?」
「お前に『破滅』させられて、かわいそうだったのでね」
「…………正気か?」
「火の巨人が騎士に憧れていた。本当に騎士になれたらどうなるか……。面白そうだろ? 知識を広げたい魔法使いにとって、たまらない巡り会いじゃないか?」
「……お前は、狂っている」
「何を言う。知識を得るため、可能性を広げるため、世界を救うためには、多少の狂気はつきものさ。わかるだろう。お前も、魔法使いの端くれならば?」
「お前は、狂っている! お前は、狂っている!」
「そして、赤騎士はお前を許さない」
「……ぬっ」
「赤髪の赤騎士は、お前を絶対に許さない」
「……ぐうっ」
「さあ、私が育てた真の騎士が、お前を殺しに来るぞ!」
その時、アルフレッドとメラニーのそばに、夕焼の堕天使の首が飛んで来る。
「うおおおおお!」
「きゃあ!」
夕焼の堕天使の首が、城壁の中にめり込んだ。
一部を崩落させ、炎に包まれ、消えていく。
「くそ、くそ、クソオオおおおおおおおおおおお!」
「あっ!?」
アルフレッドがメラニーの手を引っ張り、鴉と赤騎士に背を向け、城の方を目指して走り出す。
「メラニー姫、ご安心を!」
私は鴉の口を使って、連れ去られるメラニーに呼びかける。
「赤騎士の奴が必ずや、あなたの元に駆けつけるでしょう!」
「……はい!」
メラニーは手を引っ張られながら、私に向かって元気に返事をしてくれた。
――私が、助けるべきなのだろうがな。
最後までやらせるとも、赤騎士に。彼女も、それを望んでいる。
アルフレッドとメラニーが、城の方へ近づいていくと、
「姫様! アルフレッド様!」
二人の元に、白衣の騎士団団長、白衣の女騎士ルーチェが、白衣の騎士たちを何十人と引き連れて駆けつけてきた。
夕焼の堕天使、残り十二体。
火の巨人ミハエルが振るう炎の大剣が、九体目の頭を砕き、十体目の身体を裂いて、十一体目の腹部を両断した。
圧倒的実力差が、夕焼の堕天使たちが誇る絶大な耐久力、再生力、生命力をたやすく蹂躙する。
残り九体となった堕天使が、全て倒されるのも時間の問題だろう。
そこで、アルフレッドとルーチェは一計を案じた。
「白衣の騎士たちよ」
「「はっ!」」
城壁の上から見ているメラニーとアルフレッドの前で、白衣の騎士団長ルーチェが号令をかけ、白衣の騎士たちが一同に剣を構える。
この白衣の騎士たち。純白の兜、鎧、衣という、白ずくめの姿。
かつて、夕闇の堕天使の血肉を喰らって、一人で王国の騎士百人に匹敵する力を持っていた騎士たちと、格好は変わらない。
だが、中身は大違い。
戦力は、かつての十倍。
白衣の騎士一人が、王国の騎士千人に匹敵。
全員が、夕闇でなく、夕焼の堕天使の心臓を喰らったことで、『破滅』の力をその身に宿した超人たち。
火の巨人の戦闘力、耐久力、再生力を、人間の肉体に凝縮させて、再現したこの超人どもは、夕焼の堕天使化能力すらも持ち合わす。
その名を、夕焼の騎士。
夕闇の黒太子が魔術実験によって創り上げた、夕焼の堕天使と並ぶ、もう一つの最強戦力だ。
「夕焼の堕天使たちを援護し、火の巨人と化した赤騎士を討ち倒せ!」
「「心得ました! 夕闇の大帝国のため! 黒太子様のために!!」」
それほどの力を持った、夕焼の騎士たち七人が、団長の号令を合図に、堕天使たちの頭の高さまで跳び上がり、火の巨人の赤騎士に斬りかかった。
『ぬっ!?』
夕焼の堕天使と戦っていたミハエルは、飛んできた夕焼の騎士たちに大剣を振り払う。
騎士のうち二人を潰すが、五人にかわされ、紅蓮の巨体を斬り裂かれた。
「よし!」
「赤騎士!」
アルフレッドは歓喜し、メラニーは悲痛を味わう。
『くっ!』
受けた傷は浅いが、ミハエルは焦る。
夕焼の騎士たちが厄介だと悟ったのだ。
その隙に、巨大な堕天使たちと矮小な騎士たちが追撃してくる。
『こやつら……、ヴィルヘルム殿と同じ!』
夕焼の騎士は、矮小な人間体。
巨大な身体の堕天使と比べて、破壊力と耐久力は大きく劣るが、瞬発力と機動力は遥かに上回る。
つまり、巨大な堕天使と矮小な白騎士が連携し、巨人体と人間体、どちらかに意識が向けさせ、上手く急所を突けば、火の巨人の騎士とて倒せるということ。
双方の体格差が十倍以上もあるため、それだけ意識や隙も広がってくる。
その厄介さを、巨人体と人間体、両方を使ってきたミハエルは悟ったのだ。
人間と虫に例えるならば、一人の騎士が、奴隷の兵士二十人と毒蜂の大群百匹を、同時に相手しているようなものだった。
ならば、どうするか。
――彼の心に、一人の友の姿が思い浮かぶ。
火の巨人のミハエルが、堕天使一体の大剣を受け止めた直後に、他の堕天使二体が左右から取り囲み、夕焼の騎士八人が彼の巨人の頭へと飛びかかった。
――その時、彼の足下で風のように駆けるは、青い影。
「助太刀いたす――」
火の巨人ミハエルの目の前まで、一気に飛び上がり、
「《秘剣・八艘飛び》!」
空中で二刀を煌めかせ、夕焼の騎士八人を瞬く間に斬り捨てた。
「なにー!?」
「ああっ……」
アルフレッドが絶叫し、メラニーは心から安堵する。
「愚かなり、女騎士! こやつらたった十人で、拙者を止められると思うとは!」
「貴様……!」
その煽りに、白衣の騎士団長ルーチェは悔しがる。
「すまぬ、赤騎士。遅くなった!」
彼の大きな肩の上に、二刀を持って立っていたのは、一人の侍。
青浪の青武士――虎丸だった。
『青武士!』
来てくれて、ミハエルは喜ぶ。
虎丸は、地面の下から見上げている夕焼の騎士たちに、片方の刃の先を向ける。
「あやつら、厄介なくせして、次から次からへと湧き出てくるのでな。だがアリッサ殿と大臣殿たちは確かにお救いしたぞ!」
『でかした!』
「……それから、お主、決めたのだな?」
『ああ……』
正体を明かした以上、黄昏の王国にはもういられない。
「……ならばよし!」
虎丸が見せるは、励ましの笑顔。
「これよりはお主に加勢しよう。天狗のように空を飛び跳ね、蝿のようにたかるあやつらを一人残らず、バッタバッタと打ち落としてくれるわ!」
『恩に着る!』
大きな友に代わり、小さな自分が、騎士たちの相手をしようというのだ。
やれるものならばやってみろと、夕焼の騎士たちが再び飛びかかる。
同時に、夕焼の堕天使たちが攻め寄せてきた。
巨人のミハエルが夕焼の堕天使たちを迎え撃ち、人間の虎丸が夕焼の騎士たちへと舞い上がる。
堕天使一体を炎の大剣で粉砕し、夕焼の騎士三人を二刀で斬り落とす。
「言ったであろう。お前たち一人たりとも、近づかせるものかよ!」
虎丸は地上に降り立ち、周りを囲む騎士たちに啖呵を切る。
「それにしても、お主……」
『ぬっ?』
そんな中で、二刀を振るいながら、火の巨人に戻ったミハエルを見上げた。
「これは、これは……まこと、まこと……見事、見事な、ダイダラボッチの赤備えよなー!!」
『ダイダラボッチ』とは、巨人の妖怪。
『赤備え』とは、赤い鎧を着たとても強い侍のこと。
両方とも、虎丸がいた元の世界の故国にあるものだ。
要するに虎丸は、巨人に戻ったミハエルの勇姿を、故国のものに例えて大絶賛しているのである。
『だから吾輩は、ダイダラボッチではなーい!』
ミハエルは堕天使の一体と二人の騎士たちを斬り砕きながら、この姿を初めて見せた時と同じように言い返す。
「よいではないか、よいではないか。同じ巨人同士、気のいいお主ならば、本物のダイダラボッチとも仲良くなれようて!」
虎丸がそう言いながら、地上で二人の騎士を斬り捨てる。さらに空高く飛び上がり、巨大な堕天使の首を、左右同時に振るった二刀の一撃で斬り飛ばした。
「バカな……」
アルフレッドは、信じられない。
「なぜ、ただの人間が……騎士どころか、堕天使まで倒せるー!?」
「当然よ。子供の時から妖怪のミハエルと共に、鍛えてきたからなあーー!!」
ミハエルが一振りで、騎士二人を打ち砕く。
虎丸が、堕天使化した夕焼の騎士の頭部を、まさしく変身した瞬間に叩き割る。
ミハエルが騎士としてここまで強くなれたのが、人間の虎丸のおかげであれば、虎丸が武士としてここまで強くなれたのも、巨人のミハエルのおかげ。
二人は、共に己の腕を高め合ってきた。
二人で、共に力を合わせて戦う力をも。
「堕天使! 騎士たち! 青武士を先に片付けろー!」
アルフレッドの命令で、夕焼の騎士たち十人、夕焼の堕天使三体が、空中にいる虎丸に集中して攻撃しようと攻めかかる。
まさに、その瞬間――、
「そう来ると――」
『思ったわあー!』
虎丸の後ろから、火の巨人のミハエルが炎の大剣を振り回し、夕焼の堕天使三体と夕焼の騎士七人をまとめて叩き斬る。
三人の騎士だけが逃げられたが、虎丸がすかさず斬り捨てた。
巨人と人間、両者のコンビネーションの前には、騎士だろうと、堕天使だろうと、まとめて斬り伏せられるのみ。
「お見事、お見事」
『お前こそ、なんと鋭い一太刀よ!』
子供の頃からの仲である二人は互いに褒め称え、夕焼の堕天使と夕焼の騎士たちをさらに倒していく。
「……クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソったれがああー!」
自身が誇る最強戦力を次々と潰されて、アルフレッドは怒り狂う。
「ルーチェ! あいつらをブッタ斬って来い!」
「いいえ、アルフレッド様! あなたの守りが!」
「私の命令が聞けないというのかああー!!」
そのために、白衣の女騎士にまで――隙が生まれる。
ミハエルと虎丸は、戦っていようとも共に見逃さない。
『青武士!』
「《秘剣・八艘飛び》!」
ミハエルが堕天使を止めて、呼びかけると同時に、虎丸が空から突撃し、下にいるアルフレッドめがけて、先程の剣技を放った。
《八艘飛び》とは、超高速移動しながら刀を振るう怒涛の八連撃。
虎丸が最も得意とする剣技で、ここぞという勝負の時に必ずと言っていいほど使う自慢の奥義だ。
地上に降りた虎丸が、メラニーとアルフレッドの眼前で二刀を振るう。
自慢の奥義最初の六連撃で、周りにいた白衣の騎士六人を斬り倒す。
続く七撃目で、白衣の女騎士ルーチェに細剣で受け止めさせた。
その一撃を以って、女騎士の動きを抑える。
そして、最後の八撃目を、夕闇の黒太子アルフレッドの首に放った。
ミハエルに代わり、仇を討ち、メラニーを救うために。
「……あっ」
虎丸の白刃が、アルフレッドの首に迫り――、
「おっと」
突如出現した、漆黒の大剣によって防がれる。
「ぬうううん!!」
さらに恐るべき怪力で、虎丸の身体を、城壁の歩廊の奥まで吹き飛ばした。
「青武士!」
「ダメだぜ。下がってな、お姫様」
着地した虎丸の方へ、メラニーは駆け寄ろうとするが、横から出された大きな手によって止められる。
「……お主は!」
白兜の大剣士。
虎丸の斬撃を防いで、アルフレッドを救ったのは、夕闇の大帝国に帰還したはずの、白兜の大剣士ルドルフだった。
「ルドルフ!?」
「おいおい、何してるんだ、アルフレッド。オレがいなくなった途端、このザマか?」
夕闇の大帝国から、アルフレッドが残した魔術でここまで転移してきたのだ。
大剣士ルドルフは、顔面を覆った白兜の中で笑いながら、巨躯の背中をアルフレッドとメラニーに向けて、虎丸の前にたちはだかる。
そして、ふと、広場の方で戦っている、火の巨人ミハエルの方を向いて、
「……ハーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハー!!!」
楽しそうに、大笑いする。
その隙を逃すまいと、虎丸はメラニーを助けようとするが、
「よせよせ、やめておけ」
大剣士が止めた。
「さっきの一撃でオレの実力はわかったろ。お姫様を巻き添えにしてもいいのか? オレは構わんが」
大剣士だけでなく、女騎士まで前に出てきて、アルフレッドを守り、メラニーを奪われまいとする。
言われたとおりだったため、虎丸は動けなかった。
この強敵二人を相手に戦えば、メラニーを巻き添えにしてしまう可能性が高く、どうなってしまうかわからない。
白衣の女騎士だけでなく、白兜の大剣士。
虎丸が感じたこの大剣士の強さは、夕焼の騎士より遥かに上だった。
「おぬし、まさか……」
そんな虎丸を、大剣士はもはや意に介さない。
「さて、さっさとずらかるぞ。決着は次の機会だ」
「ああ……。赤騎士いいいーー!!」
大剣士に促され、アルフレッドは無残な敗北の悔しさを噛み締めながら、広場で戦っているミハエルに向かって、笑いながら叫ぶ。
「メラニーを助けたければ来るがいい! 我等のいる夕闇の大帝国の帝都まで!」
アルフレッドが叫んだ途端、手首を握られているメラニーが、側にいる女騎士や大剣士と共に光に包まれていく。
転移魔術を使って、帝都へ逃げる気だ。
「おのれ!」
虎丸は止めようと一歩出るが、白衣の女騎士に立ち塞がれてしまう。
『メラニー様ー!』
火の巨人のミハエルが、夕焼の堕天使を蹴散らして、彼女に向かって駆けた。
「ミハエル……」
メラニーは、アルフレッドに手を掴まれながら、唇を動かす。
待ってます――。
彼女が光に包まれて、彼の前から消える。
『メラニー様……?』
黄昏の城の中に、彼女の姿はなかった。
もう、どこにも――。
『……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーー!!!』
城内にいた夕焼の堕天使と夕焼の騎士は、一人残らず殲滅された。
黄昏の王国は、帝国の手から取り戻されたのだ。
朝日が昇る城内で、アリッサ、大臣、騎士たち、侍女たち、兵士たち。
王国の人々が、城の外の向こうを見ている。
そこに一人で立っている、真っ赤な火の巨人を。
彼らに向かって、ミハエルは騎士として、剣を掲げた。
『みなさま、お世話になりました……。姫様は、吾輩が必ず!』
それから背を向けて、黄昏の王国から去って行った。




