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第二十八話 彼が泣いていた、騎士になるまでの物語

 火の巨人。

 灼熱の世界に存在する異世界の巨人たち。


 一体一体が、一つの火山に相当し、一つの世界の勇者か魔王に匹敵する。

 それが何千、何万と存在し、一つの大軍勢となって他の世界へと侵攻した。


 幾千幾万の世界を焼き尽くし、滅ぼされてきた者たちは、こう叫んだ。


 あれは、『破滅』だ。

 奴らは、『破滅』そのものだと。


 そのとおり。

 彼らの中にあったのは、破壊衝動。

 全てを滅ぼせという、『破滅』に向かって行進する破壊本能だけだ。


 その意志のままに暴れ回った火の巨人たちは、とうとう自分たちがいた灼熱世界をも滅ぼしてしまった――。


 ――それも、今や遠い昔の話。


 滅亡の後、火の巨人たちはわずかに生き残り、破滅の力を忘れて、自分たちが滅ぼした後の世界で、ほそぼそと生き始める。


 破滅の意思は穏やかな心へ変わり、彼らは一つの文明を築き上げた。


 火の巨人たちは、自分たちの心と世界を手に入れたのだ。


 そうして、長い時が過ぎ去って、今日も火の巨人たちが穏やかに暮らしていたある日のことだ。


 異世界からのくだらぬ介入があったのは。


 火の巨人たちは、この世界へ強制的に異世界召喚される。


 彼らをこちらの世界に召喚したのは、夕闇の大帝国の皇太子。


 この時は、黒太子もまだ子供だったが、既に帝国内で、「魔導の天才だ!」と持て囃されていた。さらには優れた弁舌によって、見事、大帝国の皇族の養子になることに成功した。


 それもそのはず。無様な最期を遂げた前世の世界から記憶、知識、そして全ての魔術を受け継いで、転生した人物だったのだから。


 世界を滅ぼせるほどの力を。


 ――私の失態だ。


 夕闇の大帝国で、魔法の研究機関を築いた皇太子は、大帝国の覇権と新たな世界における己の野望のために、火の巨人たちの奴隷化ならびに兵器化を思いつく。


 『破滅』の力を持った火の巨人ならば、破壊兵器にはもってこいだと。


 それこそが、夕闇の堕天使。


 拉致された火の巨人たちは、『破滅』の力を忘れていようとも必死に抵抗した。


 自分の命と心を守るため、一族と兄弟たちを守るために。


 しかし残念なことに、夕闇の黒太子が用意した『呪い』を打ち破ることはできなかった。


 兄弟たちの奮闘のおかげで、逃げることができたのは、巨人の子供一人だけ。


 彼は泣きながら、逃げて、逃げて、逃げて――。


 やがて、ここは、自分たちがいた世界とは、全く異なる世界だと気づく。


 空も、山も、大地も、赤くない。

 朝は青くて、夜は暗くて、緑は豊かだけど、巨人はいない。

 

 巨人なんて、一人もいない。

 いるのは、自分たちと同じような姿だけど、小さな人間たちばかり。


 巨人の世界にいた巨人の子供が、人間たちの世界に迷い込んだのだ。


 子供が、たった一人で。


 ――ここは、どこ?

 ――みんな、どこ?

 ――オレは、どこにいるの?


 全くの異世界で迷子になって、この子は泣いた。


 子供がたった一人で、泣いて、泣いて、泣き続けた。


 しかしどんなに泣いても、兄弟かぞくと会うことも、住んでいた世界おうちに帰ることもできなかった。



 以来、彼は、人間たちのいる世界で、一人ぼっちで生きていくことになる。


 寂しくて、寂しくて、たまらない毎日。


 小さな人間たちと友達になれるかな、と思って、近づいてみたけれど、泣き叫ばれて逃げられる。

 追えば、襲われて、今度はこっちが泣きながら逃げる羽目に。


 優しかった彼は、人間を襲うことなんてできない。


 抵抗しないとわかった人間たちは、化物退治を目当てにあっちからやって来る。

 獲物が欲しい狩人に追われ、名声が欲しい騎士に狙われて、弱い者いじめが大好きな子供たちにまでいじめられる。


 友達になってくれる人はおろか、優しくしてくれる人すらいなかった。


 やがて、彼は、森の奥の洞窟の中で逃げ込んで、そこに隠れ住むことになる。


 暗い、暗い洞窟の中、一人ぼっちで。


 そこが、妖精ツヴェルクの森。


 寂しくて、寂しくて、たまらなくなり、たまに洞窟から出てみる。


 だけど、やっぱり化物扱い。

 大人たちに追い回され、子供たちに石を投げられ、洞窟に逃げ帰るだけの日々。

 洞窟の中まで追われ、両手を痛めながらもっと奥まで掘り進めることも。


 彼が、泣かない日はなかった。


 そんな時、二つの偶然、いや、奇跡に恵まれる。


 一つ目は、子供たちにいじめられていた時に、まだ幼い少女に助けられたこと。

 少女は、人間の子供たちに一喝し、怪物の彼を助けてあげる。


 それだけでなく、彼のことを励ましてくれた。


 その時の彼女の笑顔は、一生忘れない。彼にとって、永遠の宝物だ。


 偶然は、占い師が落とした魔法の水晶玉を拾ったこと。

 彼は、洞窟の中で水晶玉を眺め、人間の生活を眺め続けた。


 彼にとって、唯一の楽しみ。


 そして、遂に幸運が訪れる。

 魔法使いに、出会えたことだ。


 ――私にとっては、せめてもの償い。


 あとは、ご存知のとおり。


 巨人の子供は、人間の騎士となった。


 かつて助けてくれた少女に仕え、心を奪われ奴隷にされた兄弟たちを自ら手にかけて解き放つ日々。


 やがて、再び皇太子と対峙した彼は、遂に元の姿に戻った。


 灼熱の胸に抱く、少女への恋と愛のために――。



 黄昏の城の広場を、灼熱の巨人たちが地響きを立てて跋扈する。


 彼の左、右、正面から、三体の夕焼の堕天使が同時に斬り込んだ。


 対して、火の巨人に戻ったミハエルは、右に踏み込む。


 右の堕天使の大剣が振り下ろされる瞬間、己の炎の大剣を斬り上げる。

 右の堕天使の大剣を勢いよく弾き返し、続けて、正面、左の順に、他の堕天使が斬りつけてきた二本の大剣をも弾き飛ばした。


 三体の夕焼の堕天使は怯まず、彼一人に向かって三本の大剣を打ち続ける。


 兄弟たちの三本の大剣を、火の巨人ミハエルは、一本の大剣だけで受け続ける。


 城内の広場で繰り広げられる、四体の巨人同士による剣戟。


 圧倒的な光景。

 それを、巨人たちの足下にある城壁の上から、黄昏の紅姫メラニーが見上げる。


 彼女は、逃げない。決して目を離さない。

 巨人となった彼を信じて、巨人同士の剣戟を見守り続ける。


「……勝てる」


 そんな彼女にも聞かせるように、隣で夕闇の黒太子アルフレッドが、巨人同士の戦いを見ながらつぶやく。


「……勝てる、勝てる、勝てる、勝てる!だから、どうしたー!? 火の巨人だから、どうしたって言うんだあああーー!!」


 アルフレッドが、火の巨人の赤騎士に叫ぶ。


「火の巨人とて、たった一人! 私の夕焼の堕天使は、二十体!」


 勝利を確信して、


「勝てると思うなよ! 赤……」

『勝てると思うな……だと!?』


 叫ぼうとしたアルフレッドを、巨人の口から発した、たった一声で黙らせる。


『その言葉、そのまま返そう! 黒太子ーー!!』


 三体の夕焼の堕天使が、炎の大剣を振り下ろす。

 その瞬間、火の巨人ミハエルは、真っ赤な炎の大剣を背後に振りかざし、己の『破滅』の力を発動させる。


『――眠れ』


 炎の暴風を巻き起こすほどの勢いで、真っ赤な炎の大剣を一挙に振り回す。

 たった一撃で夕焼の堕天使三体をまとめて薙ぎ払い、上下真っ二つに両断する。


 巨大な堕天使の上半身が宙を舞い、城内の広場を岩石のように転げ落ちた。

 想像を絶す光景が、夕闇の黒太子アルフレッドを驚愕させる。


『貴様の勝利など微塵もないこと……、我が兄弟と王国の同胞たちの無念、姫様と吾輩の怒りとともに、思い知れ、アルフレッドオオオオオオーーー!!!』


 ――あの時、泣いていた赤い怪物の子供は、今や立派に成長していた。

 彼女を守り、仇を討てる、火の巨人の騎士に。


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